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終わりの続き
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シランの若獅子の言葉に視線が集まる。
勢い良く振り返った兄が驚愕の表情を浮かべる。
「エル、どうして……」
私は真っ直ぐに進み、王の前に膝を着いた。
その場に頭を垂れて静かに告げる。
「お待ちしておりました。我が王よ」
「何のつもりだ。答えろ、オーレリア」
オーレリア・ディセントラ。それが前世における私の名だ。
もう二度と呼ばれるはずのない名前を知るのは一人しか居ない。
この人こそ私が待ち焦がれた王だ。
「どうぞ一思いに殺して下さい」
「何を言っている! お前が一体何を――」
「オーウェン・ウェスタリア。貴方には関係の無いことだ」
不躾な物言いだ。およそ実の兄に対する物言いではない。
けれど許して欲しい。
あの時間を過ごしたのは私と王だけ。あの日の続きを始められるのも私達だけだ。
「エステル……?」
困惑する兄を無視して王に向き直る。
鷹を彷彿とさせる鋭い瞳すら懐かしくて、場違いにも笑ってしまった。
「何のつもりだと聞いている」
問われた意味が分からずに首を傾げる。
私を殺したいほど憎んでいるはずだ。腰の剣を一振りするだけで全てに片が付くのに、何を躊躇しているのだろう。
「私を殺したいほど憎んでいるのだろう?」
「何を、言っている」
まるで感情が抜け落ちたみたいだ。
呆然と見下ろす瞳があの時のように揺れている。
私を殺した時と同じ顔だ。
「俺に二度もお前を殺せと言うのか」
ああ……やはり、私は手に掛ける価値すら無いのだ。
それに王族を殺したとなれば面倒事になるのは目に見えているじゃないか。
「私が間違っていた」
「ならば」
王の言葉を遮るようにして太腿に仕込んであるナイフを引き抜く。
手を煩わせるような真似はしない。迷わず切っ先を己に向けた。
顔を見上げて言葉に詰まる。
「どうして、貴方が泣くんだ」
王は無表情のまま、静かに涙を流していた。
絶えず零れ落ちる雫が頬を濡らしていく。
驚きのあまり、ナイフを握る手が僅かに緩んだ。
「な、にを」
次の瞬間には強く抱き締められていた。
甲高い音を立てて何かが転がる音が響く。
痺れるように痛む両手から、ナイフが弾き飛ばされたのだと分かった。
「――ずっと、逢いたかった」
耳元で囁く声は微かに震えている。
まるで離さないと言わんばかりに抱き締められて戸惑う。
やはり恨まれているのだと思ったのに。
目が合った瞬間から怒りを孕んだ瞳をしていたから。
なら、どうして私は抱き締められているのだろう。
「私は、貴方の国を滅ぼした」
「俺が未熟だったからだ」
あれは私が招いた悲劇だ。
継母の策略に気付いていれば、何も失わずに済んだのだから。
「私は、貴方の腹心を殺した」
「俺が愚かだったからだ」
あれは継母が唆した。
王には何の非も無いのに。
「私は――」
「もういい」
懇願するような声に何も言えなくなる。
泣かせるつもりじゃ無かったのに、また傷付けてしまったみたいだ。
「王よ、泣かないでくれ」
「赦してくれ」
涙を拭おうと伸ばした手を掴み、懇願するような声で言った。
その言葉は私が言うべきなのに。
何も答えられずにいると王が言葉を続ける。
「唯一愛した人間に裏切られたと思い込んで、お前を手に掛けた」
「いいえ。貴方は正しかった。私のせいであの国は滅んだのだから」
「いや、そうじゃない。あれは自分の意思で俺を裏切った」
王が語るのは初めて聞く話ばかりだった。
腹心の妹に想いを寄せられていると知っていたが、敢えて相手にしなかったこと。
私と結婚した悲しみから妹が命を絶ち、それを逆恨みした腹心から継母に計画を持ちかけたこと。
全て腹心が遺した手紙に事細かに記されていたこと。
勢い良く振り返った兄が驚愕の表情を浮かべる。
「エル、どうして……」
私は真っ直ぐに進み、王の前に膝を着いた。
その場に頭を垂れて静かに告げる。
「お待ちしておりました。我が王よ」
「何のつもりだ。答えろ、オーレリア」
オーレリア・ディセントラ。それが前世における私の名だ。
もう二度と呼ばれるはずのない名前を知るのは一人しか居ない。
この人こそ私が待ち焦がれた王だ。
「どうぞ一思いに殺して下さい」
「何を言っている! お前が一体何を――」
「オーウェン・ウェスタリア。貴方には関係の無いことだ」
不躾な物言いだ。およそ実の兄に対する物言いではない。
けれど許して欲しい。
あの時間を過ごしたのは私と王だけ。あの日の続きを始められるのも私達だけだ。
「エステル……?」
困惑する兄を無視して王に向き直る。
鷹を彷彿とさせる鋭い瞳すら懐かしくて、場違いにも笑ってしまった。
「何のつもりだと聞いている」
問われた意味が分からずに首を傾げる。
私を殺したいほど憎んでいるはずだ。腰の剣を一振りするだけで全てに片が付くのに、何を躊躇しているのだろう。
「私を殺したいほど憎んでいるのだろう?」
「何を、言っている」
まるで感情が抜け落ちたみたいだ。
呆然と見下ろす瞳があの時のように揺れている。
私を殺した時と同じ顔だ。
「俺に二度もお前を殺せと言うのか」
ああ……やはり、私は手に掛ける価値すら無いのだ。
それに王族を殺したとなれば面倒事になるのは目に見えているじゃないか。
「私が間違っていた」
「ならば」
王の言葉を遮るようにして太腿に仕込んであるナイフを引き抜く。
手を煩わせるような真似はしない。迷わず切っ先を己に向けた。
顔を見上げて言葉に詰まる。
「どうして、貴方が泣くんだ」
王は無表情のまま、静かに涙を流していた。
絶えず零れ落ちる雫が頬を濡らしていく。
驚きのあまり、ナイフを握る手が僅かに緩んだ。
「な、にを」
次の瞬間には強く抱き締められていた。
甲高い音を立てて何かが転がる音が響く。
痺れるように痛む両手から、ナイフが弾き飛ばされたのだと分かった。
「――ずっと、逢いたかった」
耳元で囁く声は微かに震えている。
まるで離さないと言わんばかりに抱き締められて戸惑う。
やはり恨まれているのだと思ったのに。
目が合った瞬間から怒りを孕んだ瞳をしていたから。
なら、どうして私は抱き締められているのだろう。
「私は、貴方の国を滅ぼした」
「俺が未熟だったからだ」
あれは私が招いた悲劇だ。
継母の策略に気付いていれば、何も失わずに済んだのだから。
「私は、貴方の腹心を殺した」
「俺が愚かだったからだ」
あれは継母が唆した。
王には何の非も無いのに。
「私は――」
「もういい」
懇願するような声に何も言えなくなる。
泣かせるつもりじゃ無かったのに、また傷付けてしまったみたいだ。
「王よ、泣かないでくれ」
「赦してくれ」
涙を拭おうと伸ばした手を掴み、懇願するような声で言った。
その言葉は私が言うべきなのに。
何も答えられずにいると王が言葉を続ける。
「唯一愛した人間に裏切られたと思い込んで、お前を手に掛けた」
「いいえ。貴方は正しかった。私のせいであの国は滅んだのだから」
「いや、そうじゃない。あれは自分の意思で俺を裏切った」
王が語るのは初めて聞く話ばかりだった。
腹心の妹に想いを寄せられていると知っていたが、敢えて相手にしなかったこと。
私と結婚した悲しみから妹が命を絶ち、それを逆恨みした腹心から継母に計画を持ちかけたこと。
全て腹心が遺した手紙に事細かに記されていたこと。
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