3 / 30
第3話 頼みと迷いと
しおりを挟む
とりあえず腹が減った。
ルチルもそうだが男の子――クレインに至っては、あまりの空腹に起き上がってすぐ倒れてしまうほどだった。
なので揃って食事を取ることにした。色々あった直後なので、調理はしたくない気分。そして何たる偶然か、リビングのテーブルにはアップルパイの箱が置かれてある。
「あむっ、はぐはぐ……」
「うっめー!! はぐはぐっ!!」
アップルパイ8切れを、二人で分けて食べる。クレインは脇目も振らずアップルパイを平らげ、ちょうど半分の4つをもう腹に収めてしまった。
「いやー悪いな! これ有名な店のやつなんだろ? 値段も高いだろうに、分けてもらっちゃって!」
「いいよ~。そもそも8切れなんて一人じゃ食べきれないって思っていたもん」
ルチルはアップルパイを食べながら会話を進める。1切れを母に、という考えはとっくに抜け落ちてしまっていた。
「ふう……ごちそうさま。それにしてもクレイン……あっ、様とか付けた方がいい?」
「いやあ? そんなのむしろ全然いらねえ。普通に接してくれよ」
「そっか、じゃあクレインだ。なんか皇子様って言う割には、庶民の金銭感覚あるんだね?」
ルチルのイメージにおける貴族なら、『もっと美味いものをよこせ!』とか言いそうであった。
「そういう教育を受けていたからな。民の心を知るには現場に出ることから、だ」
「わーお、思いのほか自由~。でも……だったらどうしてって話になるけど」
食事を取れる元気は戻っていたが、包帯が巻かれた傷は痛々しく腫れている。当のクレイン本人も、時々疼くのか押さえて痛そうにしていた。
「ああそれはだな……いててっ」
「大丈夫? 鎮痛のポーションあるよ?」
「いやそれには及ばねえ……気合で我慢してやる。うっ……」
「もーっ、話を遮るほど苦痛なんじゃない。ちょっと待って!」
ルチルはやれやれと立ち上がり、キッチンの棚から薄い緑色の液体が入った瓶を持ち出す。これがポーションである。しかも家庭に常備する用の原液であり、薬草をそのまま閉じ込めたような香りがする。
「原液50ミリを水で薄めて……はい」
「匂いからして甘ったれぇ……きついわ」
「痛い方がきついでしょ。ほらほら飲む飲む」
「わーっ、自分で飲むから堪忍してくれぇ」
ルチルの圧に負けたクレインは、渋々ながらもポーションを飲み干すのだった。
「うぐえー、あ゛ーっ……」
「……スヴァーダ。スヴァーダ帝国の皇子様かあ」
今自分の目の前にいる、甘ったるいポーションをちまちまと飲む男の子が、そうだというのだからルチルは驚きが隠せない。
ルチルが住んでいる国アスカンブラ、それは世界の中心にある大陸『ホッドミーミル』に位置する。
そこから南の海を渡った先には『ライヴァン』という大陸があり、スヴァーダはその中で最も規模が大きい『帝国』だ。
太陽の加護を受けた皇帝の下に人々は繁栄し、今や武力面でも経済面でも強い影響力を持つ。もちろん文化だって幅広く発展している。
以上がルチルの中でのスヴァーダに関する知識だが――そこからやってきた人物が、こんなにも軽い性格ということで、ちょっと新鮮味を感じているのだった。
「……あー……楽になったかも」
「ほーれ見たことか。それで? どうしてそんな傷を負うことになったの?」
クレインがポーションを飲み干したのと同時に、口直しの水を差し出す。そして事情を伺うのだった。
「うーん……そうだな。まずはお前が遭遇した赤い連中について話さないとな」
「赤い連中……」
さっきの男達がクレインを狙っていることは、うっすらと予想ができていた。
「あいつらは『ウットガル山賊団』って言うんだ。おれの祖国スヴァーダ……というかライヴァン大陸全土。そこら一帯を根城にして暴れ回っている、山賊の集まりだよ」
「山賊って言う割には、海超えてアスカンブラまで来てるけど……」
「そうなんだよ、南を拠点にしているって割には北まで出ている。国の皆が知らない情報だ」
「そうなんだ……?」
するとこの情報を持ち帰ることができたら、山賊団への有効な対策が見つかるかもしれない。
「じゃあそれを調べるために、敵の拠点まで乗り込もうとしていたの?」
「いや、単に近くで悪さしている連中いたから、とっちめてやろうとばーっと」
「おいおい」
「で、木箱に隠れてチャンスを伺ってたんだが……それが北に運ばれる物資だったらしくてよ。間違えられて運ばれここまでって感じでさ~」
「かっこよく言ってるけどドジ踏んでるじゃん……」
思わず抜けた声でツッコんでしまうルチル。
「んで、途中で箱開けられて、それでバレて捕まりかけた。だから死に物狂いで逃げ出して、今に至るってわーけーよぉー」
「その傷は逃げ出すのに受けた傷ってことね」
「そーいうこと。いやー……予想以上の強さだった」
強さという単語を聞いて、ルチルは首を傾げる。
「傷を負うぐらい戦ってきたんだろうけど、武器は何使ってるの?」
「斧だ! 戦闘用に調整された、バトルアックスってやつだ。でも逃げる時に落っことしてきちまった」
「やっぱりなんか……だめだね」
「おいおい失望したような目で見るなー!?」
ドジさについてはさておいて、クレインという少年の事情は把握できた。すると次の話題は必然的に、今後の予定となっていくが――
「なあ、アップルパイ美味すぎて忘れてたけど。お前の名前はなんて言うんだ?」
「えっ? ああっ、確かに紹介していなかったね。わたしはルチルって言います」
「ルチルか……ルチル」
するとクレインは、ソファーからおもむろに立ち上がり――
正面に座っていたルチルの隣までやってくると、頭を下げた。
「……えっ?」
「頼む。ただでさえ助けてくれたのに、重ねて頼んでしまうが。おれをスヴァーダまで連れていってほしい」
アップルパイに食らいついていた時とは打って変わった、真剣な声だ。
「おれはホッドミーミルの地理はともかく、詳しい情勢なんてわからん。どこが安全で通行可能か見当もつかない。加えて連中がここまで来ているんだ、南に行けば行くほど数は増えるだろう」
「目をつけられている以上、こっちにいるライヴァン人にも迂闊に接触できない。そもそもどこにいるかすらもわからないんだからな……」
「あと、詳細は言えないんだが……おれの存在は国外に知られていないんだ。だから大人を頼ろうにも時間がかかるだろうし、そんなことしたら、連中だって勘づくかもしれない」
「安全に進むにはお前の協力が必要なんだ……ルチル。礼については後で考えるが、必ずすると約束しよう。どうかおれに力を貸してくれないか?」
真剣に頼まれたからこそ、ルチルは一旦首を横に振る。
「えっと、その……わたしは普通の女の子だよ。皇子様を守って送り届けられるような力は持っていない」
「……」
「でも今のあなたには、わたしぐらいしか頼れる人がいないんだよね……だからちょっと考えさせて。明日に結論を出してもいい?」
「……ああ。そうだよな、急にこんな話されてもな」
「そうだよ、話題飛躍しすぎ。日も暮れたんだし、今日はお風呂に入って寝よう!」
という提案により、二人は入浴して一息つく。そして揃ってルチルの自室で寝ることになった。
「おれは別に下のソファーでもいいんだが……」
「わたしが不安なの。近くにいて存在を確認できないと……もしかしたら襲われるかもしれないんだし」
ルチルは自分の部屋にあったテーブルを押しのけ、そこに布団を敷いた。自分が寝ると申し出たのだが、クレインは聞かずに先に寝そべってしまう。
「もー、なんだか申し訳ないな……皇子様にこんな対応なんて。服だってそれっぽいの着てもらってるけど、男の子用ってわけじゃないし」
「助けてもらっているのに贅沢は言えねえよ。安心して寝られるってだけでも十分だ」
本当に性格がいいな、とルチルは感心する。一応性別を問わず着用できるローブを着たクレインは、窓の外をじっと見つめていた。
「月が出ているな。半月だと少し不安があるが……やっとくか」
クレインは立ち上がり、窓際まで進む。そしてポケットから物体を取り出し、月の光が当たる場所に置いた。
「それは何?」
「ペンダントだよ。だけどちょっと特別でな、これには月の光を閉じ込めておくことができるんだ」
「なんか……神秘的だね。ロマンチックかも」
「それ以上に実用的だ。こいつを使うと、おれの魔法が強化されるんだよ」
「魔法? クレインの魔法って……」
「説明はまた今度でもいいか? 今日はもう疲れた」
「あ、ごめんね。それじゃあ……おやすみ」
「おう、おやすみ」
それから数分と立たずにクレインは寝息を立てた。さらに様子を見ていると、布団から足を投げ出し、枕が半分ほどずれていく。
あまりにも寝相が悪いものだから、一周回って笑いがこぼれてくるルチル。そのような喜びとは裏腹に、彼女は眠れないでいた。
(……クレインはわたしを頼ってくれている。でもそれはきっと……ううん、絶対危険な旅)
(わたしはどうすればいいんだろう? お母さん……)
ベッドの上で膝を抱えて、窓から差し込む月の光を見ながら、一人考え込む。
彼女の手に握られていたのは、宝石と間違えてしまいそうな、透明な貝殻。何回も握られているようで、手の跡がうっすらと残っている。
(お母さんだったらなんて言うかな。薦めてくれるかな、止めてくれるかな……)
(……ううん。仮定の話をしたって意味がないよ。大事なのは今……)
ルチルはそっと目を閉じて、貝殻の穴を耳に押し当てた。
この貝殻はルチルの先祖から代々受け継がれてきたのだと言う。耳を澄ませると聞こえてくるのは、波の音ではない。
『さあ行かん 我は行かん 風の赴くままに』――
『巡る風 巡る世界 やがて辿り着かん』――
『ときめきは 迷い子を黙し導く羅針盤』――
『いざ行かん 鳴動が舞い踊る彼方へ』――
(……ときめき)
美しい女性の歌声。ルチルは小さい頃からこの歌を子守歌として聞いてきた。母も同じようにしており、それどころか先祖代々の習わしなのだと言う。
よって一族の誰もが、この歌を好いている。そして好きな歌にルチルは背中を押された。
(ときめきかぁ……そうだ、今のわたしはとてもときめいている)
(だって……近い年齢の男の子と、こんなに距離を縮めるの、初めてなんだもん)
今のルチルは、クレインのひどい寝相にすらも心躍らせていた。きっとこれまでの生活を変える、何かが待っているだろうと。
彼女の予感を肯定するように、窓から月の光と、そよ風が差し込む。
(山賊に目をつけられているんだから、命がいくつあっても足りないかもしれない……)
(でも正直、そんな不安なんかより、ときめきの方が勝っちゃってるな)
(……行こう。行かなくちゃ。わたし、クレインと一緒に旅をしてみたい)
(これが風の導きだと言うのなら……素直に従ってみたい。今はすごくそんな気分……)
ルチルもそうだが男の子――クレインに至っては、あまりの空腹に起き上がってすぐ倒れてしまうほどだった。
なので揃って食事を取ることにした。色々あった直後なので、調理はしたくない気分。そして何たる偶然か、リビングのテーブルにはアップルパイの箱が置かれてある。
「あむっ、はぐはぐ……」
「うっめー!! はぐはぐっ!!」
アップルパイ8切れを、二人で分けて食べる。クレインは脇目も振らずアップルパイを平らげ、ちょうど半分の4つをもう腹に収めてしまった。
「いやー悪いな! これ有名な店のやつなんだろ? 値段も高いだろうに、分けてもらっちゃって!」
「いいよ~。そもそも8切れなんて一人じゃ食べきれないって思っていたもん」
ルチルはアップルパイを食べながら会話を進める。1切れを母に、という考えはとっくに抜け落ちてしまっていた。
「ふう……ごちそうさま。それにしてもクレイン……あっ、様とか付けた方がいい?」
「いやあ? そんなのむしろ全然いらねえ。普通に接してくれよ」
「そっか、じゃあクレインだ。なんか皇子様って言う割には、庶民の金銭感覚あるんだね?」
ルチルのイメージにおける貴族なら、『もっと美味いものをよこせ!』とか言いそうであった。
「そういう教育を受けていたからな。民の心を知るには現場に出ることから、だ」
「わーお、思いのほか自由~。でも……だったらどうしてって話になるけど」
食事を取れる元気は戻っていたが、包帯が巻かれた傷は痛々しく腫れている。当のクレイン本人も、時々疼くのか押さえて痛そうにしていた。
「ああそれはだな……いててっ」
「大丈夫? 鎮痛のポーションあるよ?」
「いやそれには及ばねえ……気合で我慢してやる。うっ……」
「もーっ、話を遮るほど苦痛なんじゃない。ちょっと待って!」
ルチルはやれやれと立ち上がり、キッチンの棚から薄い緑色の液体が入った瓶を持ち出す。これがポーションである。しかも家庭に常備する用の原液であり、薬草をそのまま閉じ込めたような香りがする。
「原液50ミリを水で薄めて……はい」
「匂いからして甘ったれぇ……きついわ」
「痛い方がきついでしょ。ほらほら飲む飲む」
「わーっ、自分で飲むから堪忍してくれぇ」
ルチルの圧に負けたクレインは、渋々ながらもポーションを飲み干すのだった。
「うぐえー、あ゛ーっ……」
「……スヴァーダ。スヴァーダ帝国の皇子様かあ」
今自分の目の前にいる、甘ったるいポーションをちまちまと飲む男の子が、そうだというのだからルチルは驚きが隠せない。
ルチルが住んでいる国アスカンブラ、それは世界の中心にある大陸『ホッドミーミル』に位置する。
そこから南の海を渡った先には『ライヴァン』という大陸があり、スヴァーダはその中で最も規模が大きい『帝国』だ。
太陽の加護を受けた皇帝の下に人々は繁栄し、今や武力面でも経済面でも強い影響力を持つ。もちろん文化だって幅広く発展している。
以上がルチルの中でのスヴァーダに関する知識だが――そこからやってきた人物が、こんなにも軽い性格ということで、ちょっと新鮮味を感じているのだった。
「……あー……楽になったかも」
「ほーれ見たことか。それで? どうしてそんな傷を負うことになったの?」
クレインがポーションを飲み干したのと同時に、口直しの水を差し出す。そして事情を伺うのだった。
「うーん……そうだな。まずはお前が遭遇した赤い連中について話さないとな」
「赤い連中……」
さっきの男達がクレインを狙っていることは、うっすらと予想ができていた。
「あいつらは『ウットガル山賊団』って言うんだ。おれの祖国スヴァーダ……というかライヴァン大陸全土。そこら一帯を根城にして暴れ回っている、山賊の集まりだよ」
「山賊って言う割には、海超えてアスカンブラまで来てるけど……」
「そうなんだよ、南を拠点にしているって割には北まで出ている。国の皆が知らない情報だ」
「そうなんだ……?」
するとこの情報を持ち帰ることができたら、山賊団への有効な対策が見つかるかもしれない。
「じゃあそれを調べるために、敵の拠点まで乗り込もうとしていたの?」
「いや、単に近くで悪さしている連中いたから、とっちめてやろうとばーっと」
「おいおい」
「で、木箱に隠れてチャンスを伺ってたんだが……それが北に運ばれる物資だったらしくてよ。間違えられて運ばれここまでって感じでさ~」
「かっこよく言ってるけどドジ踏んでるじゃん……」
思わず抜けた声でツッコんでしまうルチル。
「んで、途中で箱開けられて、それでバレて捕まりかけた。だから死に物狂いで逃げ出して、今に至るってわーけーよぉー」
「その傷は逃げ出すのに受けた傷ってことね」
「そーいうこと。いやー……予想以上の強さだった」
強さという単語を聞いて、ルチルは首を傾げる。
「傷を負うぐらい戦ってきたんだろうけど、武器は何使ってるの?」
「斧だ! 戦闘用に調整された、バトルアックスってやつだ。でも逃げる時に落っことしてきちまった」
「やっぱりなんか……だめだね」
「おいおい失望したような目で見るなー!?」
ドジさについてはさておいて、クレインという少年の事情は把握できた。すると次の話題は必然的に、今後の予定となっていくが――
「なあ、アップルパイ美味すぎて忘れてたけど。お前の名前はなんて言うんだ?」
「えっ? ああっ、確かに紹介していなかったね。わたしはルチルって言います」
「ルチルか……ルチル」
するとクレインは、ソファーからおもむろに立ち上がり――
正面に座っていたルチルの隣までやってくると、頭を下げた。
「……えっ?」
「頼む。ただでさえ助けてくれたのに、重ねて頼んでしまうが。おれをスヴァーダまで連れていってほしい」
アップルパイに食らいついていた時とは打って変わった、真剣な声だ。
「おれはホッドミーミルの地理はともかく、詳しい情勢なんてわからん。どこが安全で通行可能か見当もつかない。加えて連中がここまで来ているんだ、南に行けば行くほど数は増えるだろう」
「目をつけられている以上、こっちにいるライヴァン人にも迂闊に接触できない。そもそもどこにいるかすらもわからないんだからな……」
「あと、詳細は言えないんだが……おれの存在は国外に知られていないんだ。だから大人を頼ろうにも時間がかかるだろうし、そんなことしたら、連中だって勘づくかもしれない」
「安全に進むにはお前の協力が必要なんだ……ルチル。礼については後で考えるが、必ずすると約束しよう。どうかおれに力を貸してくれないか?」
真剣に頼まれたからこそ、ルチルは一旦首を横に振る。
「えっと、その……わたしは普通の女の子だよ。皇子様を守って送り届けられるような力は持っていない」
「……」
「でも今のあなたには、わたしぐらいしか頼れる人がいないんだよね……だからちょっと考えさせて。明日に結論を出してもいい?」
「……ああ。そうだよな、急にこんな話されてもな」
「そうだよ、話題飛躍しすぎ。日も暮れたんだし、今日はお風呂に入って寝よう!」
という提案により、二人は入浴して一息つく。そして揃ってルチルの自室で寝ることになった。
「おれは別に下のソファーでもいいんだが……」
「わたしが不安なの。近くにいて存在を確認できないと……もしかしたら襲われるかもしれないんだし」
ルチルは自分の部屋にあったテーブルを押しのけ、そこに布団を敷いた。自分が寝ると申し出たのだが、クレインは聞かずに先に寝そべってしまう。
「もー、なんだか申し訳ないな……皇子様にこんな対応なんて。服だってそれっぽいの着てもらってるけど、男の子用ってわけじゃないし」
「助けてもらっているのに贅沢は言えねえよ。安心して寝られるってだけでも十分だ」
本当に性格がいいな、とルチルは感心する。一応性別を問わず着用できるローブを着たクレインは、窓の外をじっと見つめていた。
「月が出ているな。半月だと少し不安があるが……やっとくか」
クレインは立ち上がり、窓際まで進む。そしてポケットから物体を取り出し、月の光が当たる場所に置いた。
「それは何?」
「ペンダントだよ。だけどちょっと特別でな、これには月の光を閉じ込めておくことができるんだ」
「なんか……神秘的だね。ロマンチックかも」
「それ以上に実用的だ。こいつを使うと、おれの魔法が強化されるんだよ」
「魔法? クレインの魔法って……」
「説明はまた今度でもいいか? 今日はもう疲れた」
「あ、ごめんね。それじゃあ……おやすみ」
「おう、おやすみ」
それから数分と立たずにクレインは寝息を立てた。さらに様子を見ていると、布団から足を投げ出し、枕が半分ほどずれていく。
あまりにも寝相が悪いものだから、一周回って笑いがこぼれてくるルチル。そのような喜びとは裏腹に、彼女は眠れないでいた。
(……クレインはわたしを頼ってくれている。でもそれはきっと……ううん、絶対危険な旅)
(わたしはどうすればいいんだろう? お母さん……)
ベッドの上で膝を抱えて、窓から差し込む月の光を見ながら、一人考え込む。
彼女の手に握られていたのは、宝石と間違えてしまいそうな、透明な貝殻。何回も握られているようで、手の跡がうっすらと残っている。
(お母さんだったらなんて言うかな。薦めてくれるかな、止めてくれるかな……)
(……ううん。仮定の話をしたって意味がないよ。大事なのは今……)
ルチルはそっと目を閉じて、貝殻の穴を耳に押し当てた。
この貝殻はルチルの先祖から代々受け継がれてきたのだと言う。耳を澄ませると聞こえてくるのは、波の音ではない。
『さあ行かん 我は行かん 風の赴くままに』――
『巡る風 巡る世界 やがて辿り着かん』――
『ときめきは 迷い子を黙し導く羅針盤』――
『いざ行かん 鳴動が舞い踊る彼方へ』――
(……ときめき)
美しい女性の歌声。ルチルは小さい頃からこの歌を子守歌として聞いてきた。母も同じようにしており、それどころか先祖代々の習わしなのだと言う。
よって一族の誰もが、この歌を好いている。そして好きな歌にルチルは背中を押された。
(ときめきかぁ……そうだ、今のわたしはとてもときめいている)
(だって……近い年齢の男の子と、こんなに距離を縮めるの、初めてなんだもん)
今のルチルは、クレインのひどい寝相にすらも心躍らせていた。きっとこれまでの生活を変える、何かが待っているだろうと。
彼女の予感を肯定するように、窓から月の光と、そよ風が差し込む。
(山賊に目をつけられているんだから、命がいくつあっても足りないかもしれない……)
(でも正直、そんな不安なんかより、ときめきの方が勝っちゃってるな)
(……行こう。行かなくちゃ。わたし、クレインと一緒に旅をしてみたい)
(これが風の導きだと言うのなら……素直に従ってみたい。今はすごくそんな気分……)
0
あなたにおすすめの小説
『異世界庭付き一戸建て』を相続した仲良し兄妹は今までの不幸にサヨナラしてスローライフを満喫できる、はず?
釈 余白(しやく)
児童書・童話
毒親の父が不慮の事故で死亡したことで最後の肉親を失い、残された高校生の小村雷人(こむら らいと)と小学生の真琴(まこと)の兄妹が聞かされたのは、父が家を担保に金を借りていたという絶望の事実だった。慣れ親しんだ自宅から早々の退去が必要となった二人は家の中で金目の物を探す。
その結果見つかったのは、僅かな現金に空の預金通帳といくつかの宝飾品、そして家の権利書と見知らぬ文字で書かれた書類くらいだった。謎の書類には祖父のサインが記されていたが内容は読めず、頼みの綱は挟まれていた弁護士の名刺だけだ。
最後の希望とも言える名刺の電話番号へ連絡した二人は、やってきた弁護士から契約書の内容を聞かされ唖然とする。それは祖父が遺産として残した『異世界トラス』にある土地と建物を孫へ渡すというものだった。もちろん現地へ行かなければ遺産は受け取れないが。兄妹には他に頼れるものがなく、思い切って異世界へと赴き新生活をスタートさせるのだった。
連載時、HOT 1位ありがとうございました!
その他、多数投稿しています。
こちらもよろしくお願いします!
https://www.alphapolis.co.jp/author/detail/398438394
生まれたばかりですが、早速赤ちゃんセラピー?始めます!
mabu
児童書・童話
超ラッキーな環境での転生と思っていたのにママさんの体調が危ないんじゃぁないの?
ママさんが大好きそうなパパさんを闇落ちさせない様に赤ちゃんセラピーで頑張ります。
力を使って魔力を増やして大きくなったらチートになる!
ちょっと赤ちゃん系に挑戦してみたくてチャレンジしてみました。
読みにくいかもしれませんが宜しくお願いします。
誤字や意味がわからない時は皆様の感性で受け捉えてもらえると助かります。
流れでどうなるかは未定なので一応R15にしております。
現在投稿中の作品と共に地道にマイペースで進めていきますので宜しくお願いします🙇
此方でも感想やご指摘等への返答は致しませんので宜しくお願いします。
【奨励賞】氷の王子は、私のスイーツでしか笑わない――魔法学園と恋のレシピ【完結】
旅する書斎(☆ほしい)
児童書・童話
【第3回きずな児童書大賞で奨励賞をいただきました】
魔法が学べる学園の「製菓科」で、お菓子づくりに夢中な少女・いちご。周囲からは“落ちこぼれ”扱いだけど、彼女には「食べた人を幸せにする」魔法菓子の力があった。
ある日、彼女は冷たく孤高な“氷の王子”レオンの秘密を知る。彼は誰にも言えない魔力不全に悩んでいた――。
「私のお菓子で、彼を笑顔にしたい!」
不器用だけど優しい彼の心を溶かすため、特別な魔法スイーツ作りが始まる。
甘くて切ない、学園魔法ラブストーリー!
14歳で定年ってマジ!? 世界を変えた少年漫画家、再起のノート
谷川 雅
児童書・童話
この世界、子どもがエリート。
“スーパーチャイルド制度”によって、能力のピークは12歳。
そして14歳で、まさかの《定年》。
6歳の星野幸弘は、将来の夢「世界を笑顔にする漫画家」を目指して全力疾走する。
だけど、定年まで残された時間はわずか8年……!
――そして14歳。夢は叶わぬまま、制度に押し流されるように“退場”を迎える。
だが、そんな幸弘の前に現れたのは、
「まちがえた人間」のノートが集まる、不思議な図書室だった。
これは、間違えたままじゃ終われなかった少年たちの“再スタート”の物語。
描けなかった物語の“つづき”は、きっと君の手の中にある。
生贄姫の末路 【完結】
松林ナオ
児童書・童話
水の豊かな国の王様と魔物は、はるか昔にある契約を交わしました。
それは、姫を生贄に捧げる代わりに国へ繁栄をもたらすというものです。
水の豊かな国には双子のお姫様がいます。
ひとりは金色の髪をもつ、活発で愛らしい金のお姫様。
もうひとりは銀色の髪をもつ、表情が乏しく物静かな銀のお姫様。
王様が生贄に選んだのは、銀のお姫様でした。
運よく生まれ変われたので、今度は思いっきり身体を動かします!
克全
児童書・童話
「第1回きずな児童書大賞」重度の心臓病のため、生まれてからずっと病院のベッドから動けなかった少年が12歳で亡くなりました。両親と両祖父母は毎日のように妾(氏神)に奇跡を願いましたが、叶えてあげられませんでした。神々の定めで、現世では奇跡を起こせなかったのです。ですが、記憶を残したまま転生させる事はできました。ほんの少しだけですが、運動が苦にならない健康な身体と神与スキルをおまけに付けてあげました。(氏神談)
王女様は美しくわらいました
トネリコ
児童書・童話
無様であろうと出来る全てはやったと満足を抱き、王女様は美しくわらいました。
それはそれは美しい笑みでした。
「お前程の悪女はおるまいよ」
王子様は最後まで嘲笑う悪女を一刀で断罪しました。
きたいの悪女は処刑されました 解説版
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる