春風の魔法少女 ルチルの大冒険

ウェルザンディー

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第6話 心のざわめき

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 必要な物資を買い込み、予定も立てた所で今日はひとまず終了。万全の状態にするべく、ルチルとクレインは家で身体を休めるのであった。



「あだっ! っつー……」
「きつく巻きすぎたかな? 次は気をつけるね」
「次がないように努力するけどな……」


 1日が過ぎ去ろうとしている所で、ルチルはクレインの包帯を交換してあげていた。服はすっかり脱いでもらって、直接患部に薬を塗り込んでいく。


「わっと、とととっ」
「ん、炎が邪魔になってるのか」
「いや燃えたりするわけじゃないから大丈夫だけど……」
「でも傷口が見えづらいんだろ? ふぅん!」


 クレインが大きく息を吸い込むと、彼の背中から放出されていた炎が次第に収まっていく。


「え、炎って格納できるんだ。初めて知った」
「できるにはできるが、これ水中で息止めてんのと同じ感覚だからな。ずっと入れてんと体温が上がってきて、むず痒くなってくんだわ」
「そっか、じゃあぱぱっと終わらせないとね」



 クレインの厚意に感謝しつつ、ルチルは手短に交換を済ませていく。どうやら彼の治療をしていくにつれ慣れてきた様子。



「なあルチル、お前は炎人ムスペルについてどれぐらい知ってるんだ?」
「んー……そんなに詳しくないよ。自分の意志で炎に命令できるとか、それぐらい」


 このことはニーナに教えてもらった。炎人ムスペルの出す炎は、基本的には装飾品なので、触れたとしても何も起こらない。そのため服を着ても引火することはないし、風呂に入っても消えない。本人にだけ感じられる熱のみを有しているのだ。

 しかし炎を持つ者が『燃やす』という意思を送った時、初めて炎はその機能を果たすのだという。


「ま、そんな感じだな。この炎の仕組みってのは」
「そっちはどんな感覚なの? わたし見ての通りの始人トネヴィだから、想像つかないんだよね」
「う~むむこれまた口で説明すんのがむずいんだが……こう、ぶわーっと燃え上がる感じ?」
「表現力が乏しすぎる、一切想像できない」

「うるせー! おれはケンカはつえーけど語彙力は爆散してんだよ!」
「よくある男の子の典型って感じですな~。それでいいのか皇子様」
「いいんだよ難しいことは頭いいのに任せておけば!」
「スヴァーダ帝国の明日はどっちだ……!」





 雑談に興じながら、治療はあっという間に終わる。あとは寝るだけとなった矢先に――


「ふっ……ははは!」
「んっ?」


 クレインは突然笑い出した。




「……どうしたの急に。思い出し笑い?」
「いやちげーよ。お前と話していると楽しいなって」


「楽しい? 本当に?」
「本当だとも。おれの周囲には同年代の女子ってそんなにいねえからよ~」



 肩をごりごり回しながら、クレインはぼやくように話す。



「一応姉貴がいるけど、ほとんど城空けてるし。だからみーんなおれより年齢が上なんだよ」

「まずは世話係だろ。それから城の使用人。あと教育係のババア。そんでもって……だ!」




 ルチルの耳がぴくっと動いた。彼女の心の波打ち際に押し寄せていた感情が、それを境に一気に引いていく。


「……お母さん、いるの?」
「いるぜいるぜ。これがやかましいのなんのありゃしねえ」


「……そうなんだ」
「おれが何かする度突っかかってきやがってよ~。もうおれは甘やかされる年頃じゃねーっつぅの!」


「……」
「飯作るのはまだいい、でも下着のサイズまで確認するやつがあるか!? 仮にも皇帝陛下の妻に当たる立場なんだからよ、んな庶民的なことよりもっとやるべきことがあるだろっつーか……」



「……ルチル?」




 急に声がしなくなったので、クレインはベッドの方を向く。ルチルは横になっていて、彼に背中を向けていた。


「……話していたら眠くなっちゃったの。だからもうおやすみ」
「あ、ああおやすみ。でもよ、ルチルと話していると楽しいのは事実だからな!」
「それはもうわかったよ……」





 程なくしてクレインの寝息が聞こえる。寝相を見るのは2回目であるが、やはり四肢が布団から飛び出した悪い寝相であった。


 目を閉じて寝たふりをしていたルチルは、またしてもそんな彼の寝相を見守っている。



「……ごめんね。本当に、ごめんね……」



 彼の寝顔に向けて言いたいことはあったが、口にしなかったしできなかった。


 大きい感情がルチルはナイトテーブルに手を伸ばす。





 そこにあった物体を2つ、ルチルは両手で包み込むようにして抱きしめた。片方は昨日子守唄を聴いた貝殻である。

 そしてもう片方は、卵が2つほど丸々入りそうな大きさの瓶であった。中には植物や木の実が多数入っており、さながら一つの森のよう。



 その中央には、この世の物とは思えない白をした、人の手では決して作れないような形の宝石が置かれている。



(なんで……なんでこんなにも、悲しいの。クレインはお母さんのこと、話してくれただけじゃない……)

(それなのにわたしは……わたしはどうして……)



 貝殻と同様に、瓶も母から受け継がれたもの。もちろん先祖代々という点も同様だ。

 故にこれには多くの人の思いが込められており、その分だけルチルにとっても宝物だ。



 だから今度の冒険には、置いていこうと思っていた。万が一危機に瀕した場合に、失いたくないから。

 しかし今クレインと話してみて、持っていくことを決めた。もしも冒険の途中で感情が耐えられなくなってしまったら、抑え込む手段はこれしかない。



 まして彼と相談して決めたルートでは、あのヤルンヴィドの近くを通る。3接近して何が起こるのか、ルチル自身もわからないのだ――





 さて、睡眠には感情を整理し落ち着かせる効果がある。翌日にもなると、ルチルの気持ちはすっかり整理され、引き締まった気持ちで準備に取り組むことができていた。



「なんだそのでっかいバッグは……」
「これに色々入れていくに決まってんでしょ。ふふーん」


 ルチルは滑車と取っ手が付いた四角いバッグを手に、どや顔をクレインに決める。


「倉庫に眠っていたのを頑張って引っ張り出しました!」
「あー、努力は認めるんだが。そんな量持ってたら、緊急時に対応できんのか?」
「え゛っ」


 思わぬ指摘にぎょっとするルチル。


「そんな大仰な荷物持っていくのは、旅行屋がパッケージしたツアーに行く時ぐらいだぜ。今回は何があるかわかんねーから……お前がいつも下げている、あのポシェットぐらいで十分だ」
「ええ……そしたらお腹空かない……?」

「パンパンに詰めとけ。そして町とかに着いたら補給してくんだよ」
「んじゃ昨日の買い物には何の意味が……」
「張り切りすぎていたな。はは、これもいい経験じゃねーか?」



 慣れたように話すクレインだが、実は彼も本格的な旅はこれが初めてである。



「あとは服のポケットに入れておいたりとかな。旅行者用の服って、そういうのがいっぱい付いてんだよ。おれそれに着替えてーから、今日は服屋に行かね?」
「ん……それは賛成。わたしも別に行きたいお店があるんだ。多分、クレインの準備もそこでできると思うよ」
「おれにも関係ある店? へえ、どんなのなんだか」





 朝食を済ませて、ルチルはクレインと町に出る。万が一蒼い炎がバレてしまったら大変なので、クレインには元から着ていた服の上から、さらに全身をすっぽり覆うローブに身を包んでもらうことに。


「ああー、あぢーよ、あづいあづい」
「ごめんね、わたしのお願い聞いてもらっちゃって。もうすぐ到着するからね」
「結構歩いてきたが……もうすぐか」



 そこは大通りから入ってくる、裏路地とも呼べる場所。こういった所にはその道のプロしか知らないような、隠れた名店があるものだ。



「ここでーす、『ノワールのよろず屋』。服脱いでいいよ、こんにちはー」
「んん……んんっ? な、なんだこの店は?」


 クレインが驚くのも無理はない。そこは鍛冶屋にあるような武器や鎧に加えて、魔道具店でしか見かけない杖やローブも取り揃えられていたのだ。




「はいよーっ、いらっしゃい。おっ!? 誰かと思えばルチルちゃんじゃねえか!?」
「おじいさんこんにちは。この人は鍛冶職人なんだよ、クレイン」
「へえ……こんにちは」


 ローブを脱いだ汗だくの顔で、お辞儀をするクレイン。教え込まれたような美しい礼だった。

 そして脱いですぐに背中から炎が飛び出す。おじいさんはそれを受けたのか、もっと驚いた様子で叫ぶ。


「……ばあさん! 大変だ!! ルチルちゃんが男連れてる!!!」
「ちょっ!?」
「誤解するようなこと言うなクソジジイ!!」


「かーっ!? なんだお前、初対面の爺さんに向かってジジイとは!! 教育がなってないようじゃな!?」
「いやおめーが突然変なこと言うのが悪いんじゃねーか!!」




「……なんだいうるさいね、こっちは魔道具の修繕で忙し……ってあら?」
「おばあさんこんにちは。えーと……えーとぉ」
「ちょっとあんた!! ルチルちゃんが困ってるじゃないかスカタン!!」



 会計口の奥から出てきた、皺が目立つ女性。おじいさんは彼女から盛大にぶっ叩かれる。



「うげえーっ! でもよぉばあさん、男だぞ!? ルチルちゃんが男連れてきたんだぞ!?」
「あんた今日は奥に籠ってずっと武器作ってな……!!!」
「わ、それは困ります。おじいさんには相談したいことがあるんです。こっちの男の子についてなんですけど」
「は?」


 突然話題の中心に連行された上に、必然的にこの老人と話さないといけないことを察し、困惑するクレイン。


「彼は斧を扱うんですけど、それがなくなっちゃって。新しいのを見繕っていただければなーと」
「はぁ~~~!? ルチルちゃんが男の為に武器の相談だとぉ!? ばあさんこれは!!!」
「一々口立てるなぁー!!! 早く営業せんかいボケェ!!!」
「んげーっ!!!」


 おじいさんはおばあさんに背中をビシバシ叩かれ、武器の販売スペースに移動させられた。


「さっ、あとは二人で話しておいで。武器だけじゃなくって、服の相談にも乗ってくれると思うよ。武器を買う人は大抵が冒険者だから、服も一緒に買うことが多いんだって」
「へぇ……それに加えて魔道具も取り扱ってんだろ? 本当の意味でよろず屋なんだな」


 感心しつつクレインはおじいさんの所に向かう。





 この店はよろず屋の名が示す通り、武具と魔道具の双方を取り扱っている。主人のおじいさんが武具担当で、おばあさんが魔道具担当。魔法をよく扱うルチルは、おばあさんに用事があった。



「あとすみません、実は赤い鈴を切らしちゃって。新しいのいただけますか?」
「ああ、それでやってきたのかい? 少し待ってなさい」


 カウンターの奥に引っ込むおばあさん。2分後には、ご指名通りの赤い鈴を手に戻ってきた。


「一昨日できたばかりの新品さ。しかし旅行先だと、上手く発揮するかどうかは微妙だがねえ」
「え……わたしが旅行に行くって話、どこから」
「町中で話題になってるさ。あの『春風の魔法少女』が、1ヶ月も仕事を休んで旅行だって」
「ふへえ~……壁に目と耳がいっぱい張り付いてるぅ~……」


 とほほと落ち込むルチル。自分の影響力がいか程かを実感するのであった。


「ま、私は何をしようが気にしないけどさ。そんな間旅行に行くってんなら、魔法関連の道具も買っといた方がいいんじゃないかい?」
「んー……じゃあ『ルーンポーション』3つと、『魔法布』ください」
「あいよ。『精神石』は?」
「必要ないです」
「……そうかい」



 おばあさんに連れられ、ルチルは魔道具の販売スペースに向かう。その間クレインとおじいさんが、斧を前に会話に熱中している様子を横目で見るのだった。
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