春風の魔法少女 ルチルの大冒険

ウェルザンディー

文字の大きさ
27 / 30

第27話 月空にさよなら

しおりを挟む
「どこだ!? どこにいらっしゃる!? クレイン殿下っ!!」
「アレス様落ち着いて!! そんなに立たれては、馬車の走行に影響が出ます!!」



 スヴァーダからやってきた馬車達は、アンドヴァリ港からの周辺をしらみ潰しに当たっていた。

 偵察係からの情報はあれど、やはり見知らぬ大地ホッドミーミル。熟練の使用人であるアレスでさえ、どこから手をつければいいのかわからなかったのである。



「悪かった……くそっ!! 何かあればいいのだが……!! こう、目立つような何かが!! きっとそれを発生させているのが、クレイン殿下であるに違いないのだから……!!」
「だからアレス様、殿下を信用されているのかされていないのかどちらなんですか……!!」


「……!! アレス様、あちらを!!」
「なんだ……っ!?」



 そうして彼らも目撃した。通常の自然現象ではまず発生しない、空を埋め尽くさんばかりの黒雲を。



「誰かが魔法を用いて戦闘をしているものかと!! ですが……」
「殿下とは関係ない全くの別人、という可能性もあるが!! 今は藁にでも縋りたい気分だ――馬車を回せッ!!」
「了解!!」







「……ガ、キ、ふ、ぜ、い、がぁぁぁぁぁぁ……」


「許さん……許さん……ぼくを誰だと思っている……」


「『厳嵐の魔術師』アグナル様だ……てめえらとは積んできた量も!! 質も!! 時間も!!」


「何もかもが違うんだよーーーッ!!!」




 黒雲から放たれた嵐は、瞬く間に自分達の上空に覆い被さった。


 そしてアグナルの感情を代弁するように、雷が、雨が、霞が、風が降り注ぐ。




「くうっ……!」
「目の前にゴールは見えてるってのに……!」


 雲を超えた先には満天の星空が広がっている。しかし一瞬にして、背後から追いついた黒雲が飲み込んでしまう。


「まずい、月が覆われて……!」
「ほーう? つまり君は月がなければ何にもできないクソ雑魚と!!」
「こいつっ!!」



 先ほどやってみせたのと同様に、アグナルは追い風を受けて一気にルチル達を追い抜き、そして前に立ち塞がった。


 しかしその顔には皺のようなものが入っていて、心なしか髪色が薄くなっている。息も絶え絶えで戦闘を続行できるかどうかも怪しい。



「ルーン欠乏症か? そこまでしておれ達を殺そうとするなんて、人気者は辛いねぇ!」
「黙れ……ガキには一生わからねえよ、ぼくのプライドなんて……!!」
「そのプライドにしがみつくぐらいなら、命を大事にしろってんだ!」


 煽ってはみたものの、クレインもきつい状況なのは確か。月が覆われてしまうと光が弱まってしまうから。

 普段なら雲による光量の変化は誤差なのだが、今は普段ではなく緊急事態。少しでも魔法の威力が落ちるのは避けたい。

 油断をしてしまえば、目の前の獰猛な魔術師に、本当に命を奪われてしまうのだから。




 アグナルは立ち塞がるだけで、一切動かない。こちらの出方をうかがっているのか、攻撃に出る体力すらないのか――




「クレイン……月が見えればいいんだよね?」


 睨み合いが続く中、ルチルはクレインに切り出した。


「え? ああ……そうすれば、あとは根性で、嵐の範囲から一気に抜け出せる……」
「そっか。うん、わたしは大丈夫だよ」



 ルチルは嵐の向こう、星空に照らされた先を見遣る。




 その方角には、炎と剣を象った紋章が刻まれた、とても質の高い馬車が数台走ってきていた。




「アレス達の馬車だ!」
「そうでしょ? だったらすることは一つだけ。クレインはあの馬車に乗り込めばいい」
「ルチル……」



 雨も霞も肉体に当たらない。雷も避けてくれる。あらゆる向かい風が、今の二人の前では意味を成さない。


 突然、どちらも何も言い出せず止まってしまった。あの馬車に乗り込むということは、つまり――




「楽しかった。クレインとの旅。わたし、色んなものを見つけることができたよ」
「……おれもだよ。始まりこそ最悪だったが……楽しかった」


 終わりを目の前にして、二人だけの静寂が世界を包み込む。


「わたし、いつかライヴァンに行くね。今度はクレインに案内してもらいたいな」
「おれもそのうちルチルを呼んでやるよ。城の連中に言いつけて、豪華なおもてなしをしてやる」


「ふふ……じゃあどっちが早いか競争だ!」
「競争なら負けねえぜ! 男はそういう生き物だからな!」



 最悪な天候の下最高の笑顔を見せる若者に、アグナルは遂に堪忍袋の緒が切れる。



「てめえら……ッ!!! ぼくがこんなにも命懸けてんのに、堂々といちゃついてんじゃねーよカーーーーースッ!!!」

「もう怒った!!! 絶対に容赦しねえ!!! 肉体の破片すら残さずホッドミーミルの大地に還してやるわーっ!!!」



 震える手で杖を振りかざし、アグナルはありったけのルーンを込める――





「いくよ――『春風』!」




 アグナルが魔弾を放つより前に、ルチルは三方向に風を放った。



 一つは空に。どこまでも飛んでいって、黒雲に穴を開ける。ちょうど月が覗けるぐらいの大きさだった。



 もう一つは前に。走り出したクレインの背中を押すように、勇気づけるようなとっておきの風を。



 最後は下に。自分は空に飛び上がって、去り行く彼を見送れる高さまで移動する。





「クレインーっ! さようならーっ!」



 最後まで醜悪な嵐は、優しい春風の加護を打ち破ることができなかった。


 自分が生み出した魔法の力に守られながら、ルチルは大きく手を振る。


 必死で走らないといけないから、この声に応えてくれるわけないだろう。そう思い至っても、見送ることはやめない。




 しかしクレインは、目的の馬車を前にして、くるっと後ろを振り向いた。そして歯を出して笑いながら、こちらも精いっぱい叫んだ。



「ルチルーっ!! じゃあなーっ!! また会おおおおおーーーっ!?!?」



 変に行動を加えたせいで意識が逸れてしまい、上手く勢いを落とせなかったクレイン。

 そのまま馬車に突っ込む。彼が気がつくと、従者のアレスをクッションのようにして座っていた。



「……殿下!! 殿下ぁー!?!?」
「悪いなアレス! へへっ、心配かけた!」
「へへっじゃないんですよこの馬鹿皇子は……!!!」


 態勢を立て直そうにも、馬車はものすごい勢いで走っているので、簡単に動くわけにもいかない。


 主人のためなら別にクッションのままでもいいかな――アレスはそんなことを考えていた。それだけクレインが戻ってきたことが嬉しかったのである。


「最後の最後にルチルに助けられたんだ! あいつがいなかったら無理だった!」
「そうでしたか……つまり命の恩人ということですね!?」
「ああそうだ! だからいつか城に呼んで、恩返ししねえとな!」



 クレインは窓から顔を出した。その時、傷口が少し疼き頭痛がした。痛みを和らげてくれていた、ルチルの魔法が切れつつあるのだ。


 今にも治療が必要な傷口をよそに、クレインは後ろを見る。それは馬車がとっくに過ぎ去ってしまった道。


 その道の果てには、黒雲が徐々に小さくなっていくのが見えた。空中に滞在してくれたおかげで、手を振ってくれているのがよく見える――



「ルチルーっ!! じゃあなーっ!! いつか絶対に、絶対に、ぜーったいに会おうなーっ!!!」





 ようやく馬車が視界から姿を消した時、ルチルは手を下ろした。笑顔だけを浮かべながら。


 ふと空を見ると、黒雲が小さくなっていく。とうとう彼も体力が尽きたのだろう。




「ぜぇ……ぜぇ……何故だ……何故ぼくの『嵐』に飲み込まれない……?」

「答えろ……さてはお前の魔法、『風』じゃないな? 何か小細工でも仕込んでんだろ……!!」



 地面に降り立つと、アグナルはすぐにそのように問いを投げかけた。

 あれだけ恐ろしい力を持った魔術師だったが、今は哀れみしか感じない。



「自分が負けたからって、その原因を力だけに求めるの、よくないと思うなあ」

「いい? あなたはきっと自分のプライドのために戦っていたんでしょ。どこまでも自分のことしか考えない、ちっぽけな理由で!」



「わたしはそうじゃないもの――わたしはクレインの役に立ちたかった。力になりたかったから、とても頑張れたの。だってわたしが頑張らないと、とても困っちゃう人がいるんだから」

「これが自分のためだったら、上手くいかなくても気にしないもの。人のために命を懸けられるか――それが、あなたとわたしの違い!」



 ルチルは軽く風を飛ばすと、アグナルの背後まで瞬時に移動する。


 あろうことに彼はルチルにこっそり忍び寄り、隠し持っていたナイフで首を切ろうとしていたのだ。



「へあっ……!?」
「しつこい男は嫌われろー! おりゃあー!!」



 まず一発、盛大にビンタ。その勢いを乗せて、もう一発ビンタ。


 気が済むまで何度も何度も、ルチルはアグナルにビンタを繰り返す――





「……ふう! すっきり!」


 気がつくとアグナルの顔は、赤く腫れてしまい原型を留めていなかった。殺そうとしたのだからこれぐらいいいよねと、ルチルはタガを外したのである。



「よし……それじゃあ」


「わたしも帰ろう!」



 崩壊しかけの神殿跡も、山賊達の死体や気絶しているやつも。


 何もかもに知らんぷりを決め込む。そしていつもやっているように、ルチルは風を操り空を飛ぶ。



「今ならどこまでも飛んでいけそうな気分! そーれっ!」




 すっかり春も更けた夜空に、満面の春風が舞う。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

『異世界庭付き一戸建て』を相続した仲良し兄妹は今までの不幸にサヨナラしてスローライフを満喫できる、はず?

釈 余白(しやく)
児童書・童話
 毒親の父が不慮の事故で死亡したことで最後の肉親を失い、残された高校生の小村雷人(こむら らいと)と小学生の真琴(まこと)の兄妹が聞かされたのは、父が家を担保に金を借りていたという絶望の事実だった。慣れ親しんだ自宅から早々の退去が必要となった二人は家の中で金目の物を探す。  その結果見つかったのは、僅かな現金に空の預金通帳といくつかの宝飾品、そして家の権利書と見知らぬ文字で書かれた書類くらいだった。謎の書類には祖父のサインが記されていたが内容は読めず、頼みの綱は挟まれていた弁護士の名刺だけだ。  最後の希望とも言える名刺の電話番号へ連絡した二人は、やってきた弁護士から契約書の内容を聞かされ唖然とする。それは祖父が遺産として残した『異世界トラス』にある土地と建物を孫へ渡すというものだった。もちろん現地へ行かなければ遺産は受け取れないが。兄妹には他に頼れるものがなく、思い切って異世界へと赴き新生活をスタートさせるのだった。 連載時、HOT 1位ありがとうございました! その他、多数投稿しています。 こちらもよろしくお願いします! https://www.alphapolis.co.jp/author/detail/398438394

生まれたばかりですが、早速赤ちゃんセラピー?始めます!

mabu
児童書・童話
超ラッキーな環境での転生と思っていたのにママさんの体調が危ないんじゃぁないの? ママさんが大好きそうなパパさんを闇落ちさせない様に赤ちゃんセラピーで頑張ります。 力を使って魔力を増やして大きくなったらチートになる! ちょっと赤ちゃん系に挑戦してみたくてチャレンジしてみました。 読みにくいかもしれませんが宜しくお願いします。 誤字や意味がわからない時は皆様の感性で受け捉えてもらえると助かります。 流れでどうなるかは未定なので一応R15にしております。 現在投稿中の作品と共に地道にマイペースで進めていきますので宜しくお願いします🙇 此方でも感想やご指摘等への返答は致しませんので宜しくお願いします。

【奨励賞】氷の王子は、私のスイーツでしか笑わない――魔法学園と恋のレシピ【完結】

旅する書斎(☆ほしい)
児童書・童話
【第3回きずな児童書大賞で奨励賞をいただきました】 魔法が学べる学園の「製菓科」で、お菓子づくりに夢中な少女・いちご。周囲からは“落ちこぼれ”扱いだけど、彼女には「食べた人を幸せにする」魔法菓子の力があった。 ある日、彼女は冷たく孤高な“氷の王子”レオンの秘密を知る。彼は誰にも言えない魔力不全に悩んでいた――。 「私のお菓子で、彼を笑顔にしたい!」 不器用だけど優しい彼の心を溶かすため、特別な魔法スイーツ作りが始まる。 甘くて切ない、学園魔法ラブストーリー!

14歳で定年ってマジ!? 世界を変えた少年漫画家、再起のノート

谷川 雅
児童書・童話
この世界、子どもがエリート。 “スーパーチャイルド制度”によって、能力のピークは12歳。 そして14歳で、まさかの《定年》。 6歳の星野幸弘は、将来の夢「世界を笑顔にする漫画家」を目指して全力疾走する。 だけど、定年まで残された時間はわずか8年……! ――そして14歳。夢は叶わぬまま、制度に押し流されるように“退場”を迎える。 だが、そんな幸弘の前に現れたのは、 「まちがえた人間」のノートが集まる、不思議な図書室だった。 これは、間違えたままじゃ終われなかった少年たちの“再スタート”の物語。 描けなかった物語の“つづき”は、きっと君の手の中にある。

運よく生まれ変われたので、今度は思いっきり身体を動かします!

克全
児童書・童話
「第1回きずな児童書大賞」重度の心臓病のため、生まれてからずっと病院のベッドから動けなかった少年が12歳で亡くなりました。両親と両祖父母は毎日のように妾(氏神)に奇跡を願いましたが、叶えてあげられませんでした。神々の定めで、現世では奇跡を起こせなかったのです。ですが、記憶を残したまま転生させる事はできました。ほんの少しだけですが、運動が苦にならない健康な身体と神与スキルをおまけに付けてあげました。(氏神談)

生贄姫の末路 【完結】

松林ナオ
児童書・童話
水の豊かな国の王様と魔物は、はるか昔にある契約を交わしました。 それは、姫を生贄に捧げる代わりに国へ繁栄をもたらすというものです。 水の豊かな国には双子のお姫様がいます。 ひとりは金色の髪をもつ、活発で愛らしい金のお姫様。 もうひとりは銀色の髪をもつ、表情が乏しく物静かな銀のお姫様。 王様が生贄に選んだのは、銀のお姫様でした。

王女様は美しくわらいました

トネリコ
児童書・童話
   無様であろうと出来る全てはやったと満足を抱き、王女様は美しくわらいました。  それはそれは美しい笑みでした。  「お前程の悪女はおるまいよ」  王子様は最後まで嘲笑う悪女を一刀で断罪しました。  きたいの悪女は処刑されました 解説版

ちびりゅうのかいかた(プロトタイプ)

関谷俊博
児童書・童話
ちびりゅうは夜店の屋台で良く見かけます。値段は300円とお手頃価格です。

処理中です...