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第29話 ルチルの過去
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「お母さん、それどう? 今ローゼンの町で流行っている、美味しいアップルパイだよ」
レジャーシートを敷き、その上に座ってルチルはアップルパイを食べる。包み紙に一切れ乗せて、それはお墓の前に供えた。
「お仕事で会った人がさ、とっても美味しいって言うから~。思わず買っちゃったんだよね」
隣にはもちろん、貝殻と白い宝石のポプリも置いてある。今のルチルは、友達や家族を前にして、とても楽しい心持ちだ。
そしてそれが、傍から見れば空虚なままごとであることも、当然彼女は気づいている。
「……お母さん! あのね……!」
お腹も少し膨れたところで、ルチルはようやく本題を切り出せた。
「わたしね、友達できたんだよ! とってもかっこいい男の子で……クレインって言うの!」
少し恥じらいながら、でもやっぱり嬉しそうに、ルチルは伝える。
「スヴァーダ帝国の皇子様なんだって……でもそう思えないぐらい、とっても気さくで優しかったの! あと単純だった!」
色々なことを話すが、返事は返ってこない。魚が飛び跳ねる音に草花が風に揺れる音は、その代わりにもならない。
「わたし、約束したんだ! また会おうねって!」
「いつかその子のことローゼンに呼ぶから、そしたらお母さんにも紹介するね!」
「きっとお母さんも気に入るよ! お母さんも……」
「お母さん……」
突然空が雲って、雨が降ってきた。しかしそれはルチルの錯覚である。
彼女の瞳がうるんでしまったものだから、そのように思えたのだ。
「お母さん……お母さん。お母さん……!」
「……うわあああああんっ!! お母さん、お母さーん……!!!」
膝を抱えてルチルは泣いた。どこまでも響く自分の声が、あの時のことを思い起こさせる――
ちょっと高めの宿に泊まった。美味しい料理を食べた。素敵な店をたくさん巡って、自然が感じられる名所にも行った。
こんなにも楽しいことをした。振り返れば思い出はたくさんあるのに、
何もかも、あらゆる全てを、醜悪な異臭が塗り潰した。
「……おかあさん、おかあさん……」
「ルチル!! ……待ってね、もう少しでローゼンだから!!」
「に、臭いが……もう、だめ……」
「鼻をつまんでいれば大丈夫よ!!」
「で、でも……つまんでも、ずっと、臭いの……」
町にいた時に、突然空気が重く濁っていった。通行人もお店の人も、大人も子どもも皆して。
肉体が一斉に溶けた。そのことに気づいた苦しみの声で、町は全て埋め尽くされた。耳がいくつあっても足りない絶叫だった。
でも、彼女は腐らなかった。まずいことになったと顔をしかめた後、隣にいた娘をすぐに抱きかかえ、町を脱出した。
荷物は全て置いていった。忘れ物ですよと声をかけにくる人もいない。
旅行のおみやげも全部捨ててきた。一つだけでもと娘は懇願したが、その頼みを無下にしてまで、彼女は走り出した。
観光都市ヤルンヴィドから、アスカンブラ首都ローゼンまで。片道でも数日を要する距離を、彼女は娘と共に走ってきたのである。
「……!! ルティカさん!!」
「オーガスタさん……よかった……」
ローゼンに到着した時、仕事上の付き合いがある彼が、ちょうど南門の近くにいた。慌てる彼に釣られて、近所の住民が続々集まってくる。
「私に近づかないで!!! ……オーガスタさん、この子を……まずはルーンに異常がないか調べてください……」
「い、一体何があったんです!? 確かヤルンヴィドに行くって……」
「ヤルンヴィドで……『大腐乱』が起こった。住民は全て腐ってしまった……」
「な、何だって……!!!」
近くにいた野次馬達も、『大腐乱』の話を聞いて、一斉に動揺を見せる。もはやホッドミーミルにすら逃げ場はないのだと、多くの者が絶望した。
「私はどうにか逃げてこられたけど……どうやらここまでみたい。ルチルのこと、お願いしますね」
「ルティカさん!! くそ、くそおっ……!!!」
その時娘は――ルチルは目を開けた。母と親しげな優しいおじさん、オーガスタに抱えられながら。
それから母の姿を目撃した。大好きな母親の顔は、今は髪の色素が抜けてしまい、汗がとめどなく流れている。
だからといって、どこか怪我をしているわけではない。ルチルは安心して視線を向けるが――
母の腹部には穴が空いていた。そこは汚らわしい色に染まっており、加えて先程から消えなかった異臭は、そこから放たれていたのだと気づいてしまった。
「お母さん! お母さん……!!!」
「ルチル……」
母は苦しそうな表情のまま、一歩ずつ後ずさりをする。
ルチルは母を求めて必死に手を伸ばすが、オーガスタが強く身体を押さえつけているので、決して届かない。
「やめて!! 離して!! お母さんが、お母さんが……!!!」
「ルチルちゃん、もうだめなんだ!!! ルチルちゃんのお母さんはもう……腐っていくしかないんだ……!!!」
「……!!」
気づけば他の住民も、さめざめと泣き出した。全員が母に荷物を届けてもらったり、送ってもらった人ばかりだ。
町中を飛び回っていた彼女は、とても人当たりがよく、誰からも信頼されていた。彼女は町を巡る風となり、人々の健全な交流の橋渡しとなっていたのだ。
その風が失われる。事前の予告もなしに、突然に。世界を蝕む腐れに飲み込まれ、今潰えようとしている。
「お母さん……!! わたし、わかんないよ!! どうして町に入らないの!?」
「お母さんは町のことが嫌いになったの!? 町の皆が嫌になっちゃったの!? わたしの、わたしのことが……!!!」
「そんなことはないわ。私はこの町を愛している。もちろんこの町の皆もね」
肉体が溶ける痛みに耐え、せめて最期は母親らしい笑顔で。
「でも運命はどちらも愛さなかった。だから私はここでお別れ……」
娘が泣けば泣くほど、自分も別れるのが辛くなってくる。
「ずっと元気でね、ルチル。春風のように優しい、私の娘。ブリュンヒルデのように……美しく育ってちょうだい」
その言葉を最後に、ルチルの母ルティカは――
自分に向かってルーンを放ち、肉体を燃やした。
「あああああああああっ……!!!」
轟音にかき消されて、母が苦しむ声も、娘が泣きわめく声も、全てが聞こえなかった。
夜を照らす業火の前には、腐れすらも残らない。そうでもしないと腐れは消えない。
自分がこの世に生きた痕跡を残すことすら、あの腐れは許してくれないのだ――
数分もすると火は止む。黒い灰しかそこには残っていなかった。
大好きな母親は、その辺の土に紛れ込んでしまいそうな形になって、いなくなってしまったのである。
「……どうして……」
「どうしてなの……?」
ルチルの中には、たくさんの疑問符が浮かんでいた。あまりにも衝撃的で、震える声や身体は未だ現実を受け止め切れていない。
「わたし……お母さん……何か悪いことでもしたの!? 悪いことしたから、こうなっちゃったの!?」
「何にもしてないよ!! 何にも、何にも!! ただお仕事を頑張って、ちょっとご褒美にって旅行しただけだよ!?」
「……ルチルちゃん」
「少しぐらいぜいたくしてもいいよねって、二人で話をして……!!! どこに行くのかも一緒に決めて……!!!」
「なのに、なのにどうして……!!! どうしてなの……!!! うわあああああん!!!」
「……ごめん、ごめんよ、ルチルちゃん……!!!」
そんなことがあってから、2週間もした後のこと。
「ふう……こんなもんかな?」
「わ、十分です。ありがとうございます、オーガスタさん」
ルチルはルティカ湖のほとりにいた。近くにはオーガスタが汗を流して一息ついており、ニーナが興味深そうに周囲を見回している。
「へあー、疲れたなあ……やっぱり『裏側』に来るのは骨が折れるね」
「加えて墓石に箱も持ってきたんだもの、そりゃあね」
「わがまま言ってすみません……」
「いいのよ、それはしていいわがままだったわ」
何の偶然か、この美しい湖の名前は、ルチルの母と同じ名前だった。それに縁を感じた彼女は、生前ルチルを連れてよく遊びに来ていたのである。
町と同じかそれ以上に、親子の思い出が詰まった場所。ルチルはそんな場所に、せめて母を眠らせてあげたいとお願いしていたのだった。
「ルティカさんもこんな美しい自然の中で眠れるなら、本望だと思うわ」
「……骨どころか、灰がちょっと入っているだけですけどね」
「もう……周りが気を遣っているのに、本人がそれを言っちゃおしまいじゃない」
「……」
肩に手を置いてきたニーナに対して、ルチルは目を逸らして合わせない。
「ね? ルチルちゃん。辛いことがあったら大人に言うこと。皆ルチルちゃんの事情は知っていて、力になれるから。一人で抱えるのだけはやめてね?」
「そんなこと言ったって……わたし、もう気にしてないですから」
少し落ち着いた物言いに、オーガスタとニーナは押し黙る。
「もうわたしは独りなんですから。生活するためのお金、自分で稼いでいかないと。いつまでもふさぎ込んでじゃいられないんです」
「……そうかなあ。お金がなくても、案外皆が助けてくれると思うけどなあ」
「それも最初のうちだけです。いずれは大人にもなるんですし、人に頼っているばかりじゃだめだと思うんです」
「でも今の貴女は子供よ。子供は存分に頼らないと生きていけない」
「言い訳ですよそんなの……とにかく、これ以上だらだら居座っても無駄なだけです。わたしはもう帰ります。仕事の準備をしなくっちゃ」
「……引き留めても強引に帰りそうだね」
「だって……必要なことですし」
「……」
余計なことを言って、これ以上彼女を悲しませるわけにはいかない。問題なのは『余計』の基準が何なのか、ルチル自身すらもわからないことである。
「それじゃ、失礼します。今日はありがとうございました!」
「うん……また明日ね」
「そうだ、今度ルチルちゃんの家に料理持っておじゃまするから。その時はよろしくね?」
「はーいっ」
大人達の思惑に一切気づかず、ルチルは何食わぬ顔で空を飛ぶ。母がいなくなった日常に戻っていく。
「……無理してるねえ。あれは子供にさせちゃいけない表情だ」
「すっかり心を閉ざしているわね……ああいうタイプって本当難しいのよ。とはいえ……」
「現状できるのは、元通りの生活を営めるような支援かな……変に話を持ち出すと、もう誰も信頼しなくなってしまう」
「そうね……悪化だけは避けないと」
オーガスタとニーナも、自分の力不足を歯痒く感じながら、湖を後にするのだった。
レジャーシートを敷き、その上に座ってルチルはアップルパイを食べる。包み紙に一切れ乗せて、それはお墓の前に供えた。
「お仕事で会った人がさ、とっても美味しいって言うから~。思わず買っちゃったんだよね」
隣にはもちろん、貝殻と白い宝石のポプリも置いてある。今のルチルは、友達や家族を前にして、とても楽しい心持ちだ。
そしてそれが、傍から見れば空虚なままごとであることも、当然彼女は気づいている。
「……お母さん! あのね……!」
お腹も少し膨れたところで、ルチルはようやく本題を切り出せた。
「わたしね、友達できたんだよ! とってもかっこいい男の子で……クレインって言うの!」
少し恥じらいながら、でもやっぱり嬉しそうに、ルチルは伝える。
「スヴァーダ帝国の皇子様なんだって……でもそう思えないぐらい、とっても気さくで優しかったの! あと単純だった!」
色々なことを話すが、返事は返ってこない。魚が飛び跳ねる音に草花が風に揺れる音は、その代わりにもならない。
「わたし、約束したんだ! また会おうねって!」
「いつかその子のことローゼンに呼ぶから、そしたらお母さんにも紹介するね!」
「きっとお母さんも気に入るよ! お母さんも……」
「お母さん……」
突然空が雲って、雨が降ってきた。しかしそれはルチルの錯覚である。
彼女の瞳がうるんでしまったものだから、そのように思えたのだ。
「お母さん……お母さん。お母さん……!」
「……うわあああああんっ!! お母さん、お母さーん……!!!」
膝を抱えてルチルは泣いた。どこまでも響く自分の声が、あの時のことを思い起こさせる――
ちょっと高めの宿に泊まった。美味しい料理を食べた。素敵な店をたくさん巡って、自然が感じられる名所にも行った。
こんなにも楽しいことをした。振り返れば思い出はたくさんあるのに、
何もかも、あらゆる全てを、醜悪な異臭が塗り潰した。
「……おかあさん、おかあさん……」
「ルチル!! ……待ってね、もう少しでローゼンだから!!」
「に、臭いが……もう、だめ……」
「鼻をつまんでいれば大丈夫よ!!」
「で、でも……つまんでも、ずっと、臭いの……」
町にいた時に、突然空気が重く濁っていった。通行人もお店の人も、大人も子どもも皆して。
肉体が一斉に溶けた。そのことに気づいた苦しみの声で、町は全て埋め尽くされた。耳がいくつあっても足りない絶叫だった。
でも、彼女は腐らなかった。まずいことになったと顔をしかめた後、隣にいた娘をすぐに抱きかかえ、町を脱出した。
荷物は全て置いていった。忘れ物ですよと声をかけにくる人もいない。
旅行のおみやげも全部捨ててきた。一つだけでもと娘は懇願したが、その頼みを無下にしてまで、彼女は走り出した。
観光都市ヤルンヴィドから、アスカンブラ首都ローゼンまで。片道でも数日を要する距離を、彼女は娘と共に走ってきたのである。
「……!! ルティカさん!!」
「オーガスタさん……よかった……」
ローゼンに到着した時、仕事上の付き合いがある彼が、ちょうど南門の近くにいた。慌てる彼に釣られて、近所の住民が続々集まってくる。
「私に近づかないで!!! ……オーガスタさん、この子を……まずはルーンに異常がないか調べてください……」
「い、一体何があったんです!? 確かヤルンヴィドに行くって……」
「ヤルンヴィドで……『大腐乱』が起こった。住民は全て腐ってしまった……」
「な、何だって……!!!」
近くにいた野次馬達も、『大腐乱』の話を聞いて、一斉に動揺を見せる。もはやホッドミーミルにすら逃げ場はないのだと、多くの者が絶望した。
「私はどうにか逃げてこられたけど……どうやらここまでみたい。ルチルのこと、お願いしますね」
「ルティカさん!! くそ、くそおっ……!!!」
その時娘は――ルチルは目を開けた。母と親しげな優しいおじさん、オーガスタに抱えられながら。
それから母の姿を目撃した。大好きな母親の顔は、今は髪の色素が抜けてしまい、汗がとめどなく流れている。
だからといって、どこか怪我をしているわけではない。ルチルは安心して視線を向けるが――
母の腹部には穴が空いていた。そこは汚らわしい色に染まっており、加えて先程から消えなかった異臭は、そこから放たれていたのだと気づいてしまった。
「お母さん! お母さん……!!!」
「ルチル……」
母は苦しそうな表情のまま、一歩ずつ後ずさりをする。
ルチルは母を求めて必死に手を伸ばすが、オーガスタが強く身体を押さえつけているので、決して届かない。
「やめて!! 離して!! お母さんが、お母さんが……!!!」
「ルチルちゃん、もうだめなんだ!!! ルチルちゃんのお母さんはもう……腐っていくしかないんだ……!!!」
「……!!」
気づけば他の住民も、さめざめと泣き出した。全員が母に荷物を届けてもらったり、送ってもらった人ばかりだ。
町中を飛び回っていた彼女は、とても人当たりがよく、誰からも信頼されていた。彼女は町を巡る風となり、人々の健全な交流の橋渡しとなっていたのだ。
その風が失われる。事前の予告もなしに、突然に。世界を蝕む腐れに飲み込まれ、今潰えようとしている。
「お母さん……!! わたし、わかんないよ!! どうして町に入らないの!?」
「お母さんは町のことが嫌いになったの!? 町の皆が嫌になっちゃったの!? わたしの、わたしのことが……!!!」
「そんなことはないわ。私はこの町を愛している。もちろんこの町の皆もね」
肉体が溶ける痛みに耐え、せめて最期は母親らしい笑顔で。
「でも運命はどちらも愛さなかった。だから私はここでお別れ……」
娘が泣けば泣くほど、自分も別れるのが辛くなってくる。
「ずっと元気でね、ルチル。春風のように優しい、私の娘。ブリュンヒルデのように……美しく育ってちょうだい」
その言葉を最後に、ルチルの母ルティカは――
自分に向かってルーンを放ち、肉体を燃やした。
「あああああああああっ……!!!」
轟音にかき消されて、母が苦しむ声も、娘が泣きわめく声も、全てが聞こえなかった。
夜を照らす業火の前には、腐れすらも残らない。そうでもしないと腐れは消えない。
自分がこの世に生きた痕跡を残すことすら、あの腐れは許してくれないのだ――
数分もすると火は止む。黒い灰しかそこには残っていなかった。
大好きな母親は、その辺の土に紛れ込んでしまいそうな形になって、いなくなってしまったのである。
「……どうして……」
「どうしてなの……?」
ルチルの中には、たくさんの疑問符が浮かんでいた。あまりにも衝撃的で、震える声や身体は未だ現実を受け止め切れていない。
「わたし……お母さん……何か悪いことでもしたの!? 悪いことしたから、こうなっちゃったの!?」
「何にもしてないよ!! 何にも、何にも!! ただお仕事を頑張って、ちょっとご褒美にって旅行しただけだよ!?」
「……ルチルちゃん」
「少しぐらいぜいたくしてもいいよねって、二人で話をして……!!! どこに行くのかも一緒に決めて……!!!」
「なのに、なのにどうして……!!! どうしてなの……!!! うわあああああん!!!」
「……ごめん、ごめんよ、ルチルちゃん……!!!」
そんなことがあってから、2週間もした後のこと。
「ふう……こんなもんかな?」
「わ、十分です。ありがとうございます、オーガスタさん」
ルチルはルティカ湖のほとりにいた。近くにはオーガスタが汗を流して一息ついており、ニーナが興味深そうに周囲を見回している。
「へあー、疲れたなあ……やっぱり『裏側』に来るのは骨が折れるね」
「加えて墓石に箱も持ってきたんだもの、そりゃあね」
「わがまま言ってすみません……」
「いいのよ、それはしていいわがままだったわ」
何の偶然か、この美しい湖の名前は、ルチルの母と同じ名前だった。それに縁を感じた彼女は、生前ルチルを連れてよく遊びに来ていたのである。
町と同じかそれ以上に、親子の思い出が詰まった場所。ルチルはそんな場所に、せめて母を眠らせてあげたいとお願いしていたのだった。
「ルティカさんもこんな美しい自然の中で眠れるなら、本望だと思うわ」
「……骨どころか、灰がちょっと入っているだけですけどね」
「もう……周りが気を遣っているのに、本人がそれを言っちゃおしまいじゃない」
「……」
肩に手を置いてきたニーナに対して、ルチルは目を逸らして合わせない。
「ね? ルチルちゃん。辛いことがあったら大人に言うこと。皆ルチルちゃんの事情は知っていて、力になれるから。一人で抱えるのだけはやめてね?」
「そんなこと言ったって……わたし、もう気にしてないですから」
少し落ち着いた物言いに、オーガスタとニーナは押し黙る。
「もうわたしは独りなんですから。生活するためのお金、自分で稼いでいかないと。いつまでもふさぎ込んでじゃいられないんです」
「……そうかなあ。お金がなくても、案外皆が助けてくれると思うけどなあ」
「それも最初のうちだけです。いずれは大人にもなるんですし、人に頼っているばかりじゃだめだと思うんです」
「でも今の貴女は子供よ。子供は存分に頼らないと生きていけない」
「言い訳ですよそんなの……とにかく、これ以上だらだら居座っても無駄なだけです。わたしはもう帰ります。仕事の準備をしなくっちゃ」
「……引き留めても強引に帰りそうだね」
「だって……必要なことですし」
「……」
余計なことを言って、これ以上彼女を悲しませるわけにはいかない。問題なのは『余計』の基準が何なのか、ルチル自身すらもわからないことである。
「それじゃ、失礼します。今日はありがとうございました!」
「うん……また明日ね」
「そうだ、今度ルチルちゃんの家に料理持っておじゃまするから。その時はよろしくね?」
「はーいっ」
大人達の思惑に一切気づかず、ルチルは何食わぬ顔で空を飛ぶ。母がいなくなった日常に戻っていく。
「……無理してるねえ。あれは子供にさせちゃいけない表情だ」
「すっかり心を閉ざしているわね……ああいうタイプって本当難しいのよ。とはいえ……」
「現状できるのは、元通りの生活を営めるような支援かな……変に話を持ち出すと、もう誰も信頼しなくなってしまう」
「そうね……悪化だけは避けないと」
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