ナイトメア・アーサー ~伝説たる使い魔の王と、ごく普通の女の子の、青春を謳歌し世界を知り運命に抗う学園生活七年間~

ウェルザンディー

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第1章3節 学園生活/楽しい三学期

第161話 はじめての誕生日

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 離れに戻ってきても、アーサーの作業は続く。エリスに心配されない程度に部屋に籠り、針を握って手を動かす。



「……」
「ワンワン!」
「……ああ、悪いな」


 カヴァスが持ってきた苺をつまみ、針を置いて手をほぐす。


「ワンワン?」
「……そうだな。今日はもう終わりにしよう。これで明日には完成するはずだ……」
「ワンワン! ハウッ、ハウッ!」


 カヴァスは尻尾を振りながら、机の下に置かれていた小箱を引っ張り出す。


「……焚いてみろと」
「ワン!」
「そうだな……」



「……」



 小さな壺の中に水を入れ、付属の火打石で火をつける。

 そうすると、壺の中から心地良い香りが溢れ出してくる。



「月見草の香り……」


 清廉な月の見える夜のように、すっきりと且つ微睡まどろむような香りが特徴。サラに言われた説明を、ベッドに横渡りながら思い出す。


 店員に熱烈に薦められて買ったもう一つのアロマだが、意外と彼の気にも召したようだった。



「エリス……」





 そしてやってきた、三月二十三日。エリスの誕生日当日。





「はううう~。タピオカおいひいよぉ~」
「喜んでくれて何より~。ずるずる」
「ぶっ……けほっ。もぐもぐ」


 昼休憩の時間、エリスはリーシャとカタリナに連れられて屋上のカフェにやってきていた。そこで列に並び、新作メニューを堪能している。


「セバスン、これ凄いもちもちする……」
「なんと……その黒々とした見た目からは想像もできませんな」
「美味しいけれど、顎が疲れる……」
「タピオカいいねタピオカ。絶対流行ると思う」


 話しながら三人はドリンクを飲み終え、容器を返却口に戻す。


「ふうー。リーシャありがとうね、奢ってもらっちゃって」
「いいよこれぐらい。だって誕生日なんだもん、正直財布事情はきついけどこれぐらい大したことない!」
「えへへー。ありがとー。わたしもリーシャの誕生日にはスイーツ奢るねー」
「あたしは特に関係ないんだけどね……」
「何言ってんの友達でしょ!」
「そ、そうかな……」



 教室に戻りつつ更に会話は弾む。



「ねえねえ、他の誰かに祝ってもらった?」
「んとねー、まずハインリヒ先生。あとビアンカさんとアレックスさん。でもってイザーク。あとヒルメ先輩。それにアザーリア先輩にもお祝いしてもらったかなー」
「おお、アザーリア先輩にまで……何かエリス顔広くない?」
「えー、普通にしていればこんなもんじゃない?」


 そして一年一組の扉を開く。


「んじゃあねー。タピオカほんとにありがとー!」
「ばいばーい!」




 エリスとカタリナは席に戻る。隣にはいつものように、すまし顔のアーサーとにやけ顔のイザークが座っていた。


「お帰りー。タピオカ美味しかった?」
「……」

「うん、とっても。何というか、新触感だったよ」
「そうだったかー。ボクも落ち着いたら食べに行こうかな」
「……」

「えー、もったいないよー。流行りの物は流行ってるうちに食べるから美味しいんだよー」
「意地でも並ぶの嫌だからねボクは。味が知れればそれでいいんすよぉ!」
「むぅ、この男子脳である」
「……」



「……なあアーサー? オマエも何か一言言おうぜ?」



 イザークがアーサーを横目に見ると、彼は口を固く結んで拳を膝に強く擦り付けていた。



「……そうだな」
「いや、うん……何かオマエ、朝からずっとこんなんだぞ? 平気か?」
「平気だ」
「そっ、かあ……ならいいんだけど……」


 その時始業五分前を知らせる鐘が鳴った。


「あ゛~……授業だ。もう寮に帰りてえよお……」
「あと三回なんだから頑張ろう?」
「う゛う゛~……眠てえ……」
「……」


 教科書を取り出すアーサーの背中に、カタリナは心の中で声援を送る。


(……緊張してるみたいだけど、大丈夫だよ)

(アーサーが頑張ってたの、あたし知ってるから。想いは伝わるはずだよ)





 こうして一年最後の授業も終わり、離れでの夜。





「えへへ、レースのブラウス~。お母さんが送ってくれたの~。可愛い~」
「……」

「春休みはこれ着ようかな~。黄緑のワンポイントが、素敵っ!」
「……エリス」



「んー?」



 ソファーに座り、両親からのプレゼントを開封していたエリスを見て、アーサーは遂に覚悟を決める。



 カヴァスが全てを察して身体に収まった所で、行動に移す。



「……」
「……んー? どうしたのー?」
「……ふっ」


「何々、早く言ってよぉ。気になるなぁ」
「いや……」



「そのブラウスに……似合うと思ってさ」


 入り方は上々。すっと立ち上がり、彼女の前まで移動する。


「……」

「……えー。えーっと……」

「……誕生日おめでとう」



 素っ気なく、本人はそう思い込んで言い放った。



 彼女の手を取ってから、赤い小箱をそこに置いてやる。



「……え」


 エリスは急いで体勢を立て直し、

 目をくりくりと丸くして、贈り物を見つめる。


「……」
「……」


「……開けてもいい?」
「当然」
「……ありがと」



 エリスの小さな手が箱にかけられる。


 それが一つ、また一つと包装を剥がしていく度、アーサーの心臓は大きく脈打つ。視線は離されず、口も沈黙を守り続ける。





「わあ……!!」



 小箱の中の贈り物――クローバーのヘッドドレスとオレンジのアロマオイルが彼女の前に現れたその瞬間。



 彼女は、これまで聞いたこともないような声で、その顔に可愛らしい花を咲かせた。



「ヘッドドレス……これ、わたしに?」
「実用品としてアロマオイルもつけておいた……だからまあ、そういうことだ」
「そっか……うん」


「……何だ」
「……縫い目がかなり雑だね。わたしが欲しいって言ってたの買えなかったから、代わりにアーサーが作ってくれたんでしょ?」
「なっ!?」
「えへへ……わたし、女の子だもん。それぐらいわかっちゃうよ」



 エリスは箱からヘッドドレスを取り出し、そして、



「……どう? 似合う……かな?」


 頭につけてから、アーサーに微笑みかける。





「……」



 赤くて艶めかしい髪を、白のレースに緑の布を付けてクローバーのパーツを付けた、手作りヘッドドレスが彩る。


 素朴で可憐な、華奢な体格の彼女。頬を赤らめながら、緑の瞳で彼を見据える。



「……ああ」

「とても似合ってるよ」


 贈られた言葉と微笑みに、彼女ははにかみだけで答える。




「……あのね」
「ん……どうした」
「実は……わたしからもアーサーにプレゼントがあるの」
「……オレに?」
「うん。これをどうぞっ」


 エリスはプレゼント箱の中で、唯一手を付けていないものをアーサーに渡す。


「だが……何故だ」
「ナイトメアの誕生日ってね、主君と一緒なの。だからわたしが誕生日を迎えるってことは、アーサーも誕生日を迎えるってことなんだよ。だから……」
「……?」



「騎士を気にかけてあげるのは、主君の仕事でしょ?」
「……!」



 アーサーが目を丸くすると、エリスはまた笑ってみせる。

 それを受け、アーサーは渡された小箱を開けた。中身も早々に取り出す。



「……ブレスレットか」
「うん。腕輪も装飾も、材料買ってきて自分で作ったんだ」
「……そうか。オレと同じだな」

「あ、今ヘッドドレス作ったの認めたね」
「っ……お前。ずるいぞ」
「えっへへー」
「……ふん……」



 アーサーも箱からブレスレットを取り出し、右手首につける。銀の腕輪に赤いビーズなどが付けられて、見てくれもよく着け心地も快適だ。



「……どうだ。似合うか」



「……うん。とても似合ってるよ……似合ってよかった」


 そこで会話は一旦途切れる。


「……ふふっ」
「ははは……」


 だが、その後に言葉を続ける必要はない。互いに快く笑い合えれば、それで十分だ。





 こうしてアーサーの計画は、概ね予想の範疇で終えることができた。


 だが、不足の事態は翌日に待ち受けており――




「ビアンカさん、アレックスさん! おはようございます!」
「あら、おはようエリスちゃん……まあ可愛い物着けちゃって!」
「これ、誕生日プレゼントでアーサーが作ってくれたんです!」
「アーサーが!? へえ、思わぬ所で才能発揮したな~!」
「うふふ、その勢いで手芸部入っちゃう~? なんてねっ!」



「あっ、ウェンディさんとカイルさん! おはようございます!」
「ん……エリス殿にアーサー殿。今日は修了式のはずでは」
「修了式は十時からなので、まだ時間あるんです。あとこれ見てください!」
「わぁ、可愛いヘッドドレス……! どこで買ったの!?」
「それがですね、なんと! これアーサーが作ってくれたんです!」

「たった今イズヤは強い衝撃を受けたぜ。剣も裁縫も上手だなんて、アーサーは一体何者なんだとイズヤは勘繰るぜ」
「イズヤ、んなことよりもなあ! お前さんよかったなあ、ええもん作ってもらえて! 大事にしろよ!」
「もちろんです!」



「アザーリア先輩! マイケル先輩もおはようございます!」
「おっはよー。確か君は苺姿のエリスちゃん。それはさておき、何かいい感じのアクセサリー着けてんじゃん」
「おはようございますわ! ヘッドドレスがお似合いですわね!」
「ありがとうございます! これ、アーサーが作ってくれたんですよ!」
「まあそうだったんですの! うふふ……こんな素晴らしい物を作れるなんて、アーサー君は才能に溢れていますのね!」

「……」
「……どうしたアーサー君。急にアザーリアに感謝するような視線を送って」
「いや……何でもないです」




 知り合いに会う度、エリスは早速身に着けたヘッドドレスを自慢する。


 ご丁寧にもアーサーが作ったという一言を添えて。



 おかげでアーサーは、自分を話題に出される度に、恥ずかしさで溶けてしまいそうになっていたのだった。


 彼女がここまで喜び、自慢することは想定外だったのである。




「えっ、本当にー!? これアーサー作ったのー!?」
「そうなのー! ねえ、すごいかわいいでしょ!?」
「えっ嘘マジ可愛いー! 私も欲しいー!」
「だめ~。欲しかったら自分で作ってくださ~い」

「ううー! じゃあさ、せめて試着は!? 一瞬だけ被らせて! ねっ!?」
「え~どうしよっかな~。またタピオカ奢ってくれたら考えようかな~」
「うわー!! 足元見られてるー!! 今月はもうきついって言った気がするのにー!!」



 一組の教室にリーシャがやってきて、そこで修了式後の後の予定について話し合った。

 可愛いに敏感な思春期女子がそのまま帰ってくれるはずがなく、当然ヘッドドレスに興味を示した。そこから繰り広げられたガールズドークを、アーサーは隣でぼーっと眺めている。



「……」
「……アーサーよお」
「何だ……」
「オマエってさあ……マジでわかりやすいよな」

「……何の話か身に覚えがないな。抽象的な言葉で鎌をかけるのはやめてもらおうか」
「だからそういう所だぞ。早口で難しい単語並べて、何も無いように装ってよ。ぶっちゃけ顔に出てっぞ」
「それはあんたが勝手にそう解釈しているだけだ」
「わー!!! アーサー君このブレスレットおっしゃれー!!! どこで買ったのー!?!?」
「やめろっ! それに触るなっ!」



 アーサーとイザークの取っ組み合いが始まった所に、ハインリヒが扉を開けて入ってくる。後ろには紙束を抱えたカタリナもついてきていた。



「おっもう十分前になるのか~。じゃあまた後でね!」
「ばいばーい!」



 リーシャと入れ替わりに、二人は教壇に紙束をまとめて置く。非常に不快な、且つ鈍い音が響く。



「……カタリナ様。今お腕で握られているそれは一体何でございましょうか……?」
「え、これ? 春休みの宿題だって。帝国語、算術、魔法学……」
「うおおおおおおーーー!! 今この一瞬だけ死にてーーー!!」
「だからオレの腕を放せ……!」


 イザークがアーサーの腕をぶんぶん振り回す間に、エリスはハインリヒの手伝いに入る。その理由は当然、


「ハインリヒ先生、これ見てください!」
「ん、おや……中々可愛らしい物を身に着けておられますね」
「アーサーが作ってくれたんです! わたしに似合うようにって!」
「ほう、アーサーが……非常に良いセンスをお持ちのようで」

「わかるんですか? ハインリヒ先生でもわかっちゃうんですか?」
「ええ。形も大まかにわかりますが、何よりも情熱と真心が伝わってきますよ」


 丁寧に説明されると、製作側は冥利に尽きる。恥ずかしがる体力もそろそろ尽きそうである。


「……」
「……やべえぞ、アーサーが本格的に顔真っ赤になってきた」
「よかったねアーサー、頑張った甲斐があったね」
「……~~!!」

「あーっとカタリナからの追い打ちを喰らってアーサー君倒れ込んだぞー!? ていうか頑張った甲斐って何の話だよ!?」
「それは追々ね。はい、宿題後ろに配っていってね」
「ああもうボクも追い打ちを喰らって倒れ込みそうー!!」



 かくして修了式前最後の十分は、騒々しく過ぎていく――
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