ナイトメア・アーサー ~伝説たる使い魔の王と、ごく普通の女の子の、青春を謳歌し世界を知り運命に抗う学園生活七年間~

ウェルザンディー

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第1章3節 学園生活/楽しい三学期

第160話 誕プレアーサー君・後編

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「ヴィクトールくーん、これ向こうに持ってってー」
「かしこまりまし……たっ」
「大丈夫? 持てる?」
「このぐらい何とも……ないです」


 三月を迎えた生徒会室では、今年使った書類の整理が行われている。まとまった数の紙束を移動させるので、結構体力を使う。


「明日は薬草かなヴィクトールく~ん?」
「……貴様も手伝え、ハンス」
「やーだよ。誰がするかこんな力仕事。それよりも妨害しないだけ感謝しろよ?」
「こいつ……」



 そんな忙しい最中、扉が開いて生徒が入ってくる。



「……ん?」
「おおっアーサー。いい所に来たなってどこ行くんだよ」
「……」


 アーサーは知り合い二人には目もくれず、ある生徒の前まで一直線。


「……あら?」
「……」


 日付順に書類を整理していたアザーリアの前に、アーサーが立つ。




「……」
「どういたしまして? あなたは確か……いつもエリスちゃんの近くにいる」
「……アーサー、です。その……」
「……?」


「……話が、あります。時間は、ありますか」




「……」


「……ええ、大丈夫ですわ。ルサールカ、留守をお願いね」



 アザーリアは立ち上がり、アーサーと共に生徒会室を出ていく。それを咎める生徒がいないのは、普段の彼女の行いからなのだろう。



「……この前の件といい、最近の奴に何があったんだ」
「何か普段と違うよねー。正直調子狂うわ」





 時を大体同じくして、第二階層。ガゼルとシャゼムは大きな袋をいくつも引っ張りながら、足取り重く道を歩く。


「んひぃーっ……重てえよお……」
「お前が二つ返事で返事するからだぞ!! そのせいで僕も巻き込まれてよぉ!!」
「だってばあちゃんの頼みだぞ!? しかもお駄賃に『ほしをみあげるもの』ときた!! これはもうやるしかないだろ!!」
「あんなクソッタレのどこがお駄賃だボケェェェ!!!」


 ガゼルは思わず袋を投げてしまいそうになったが、偶然の事態に思い留まることになる。


「……おお! あれはアーサー君ではないか!?」



「アーサーくーーーん!! ちょっとこっち手伝ってくんなーーーーい!?!?」



 呼ばれたアーサーは、その声に対して振り向いたが、


 後ろに連れていた女子生徒を連れて走り去ってしまう。




「……えっ何? 僕何かしたかなあ? 走り去られたんだけど?」
「あの女子生徒、どっかで見た気がするんだが……そうだ、演劇部のアザーリアだ!」
「何だと!? ……はっ!? ということはまさか、おデート!? 研鑽大会で劇的勝利を挙げた期待の新二年生が、演劇部の大注目ヒロインと密会逢引おデートしている現場を僕達は目撃してしまった!?」
「いやいやまさかそんなことは……あるかもしれない!!!」


「ぬおおおおおおおお!! 早く!! 早く部室に戻って記事を書かなければ!! スクープ記事は鮮度が命だァーーーーーッ!!」
「あーーーっ逃がさねえぞ!!! 先にばあちゃんの手伝い終わらせろーーー!!!」




 当のアーサーとアザーリアは、一気に走り抜けて目的の店の前まで到着していた。


「……何とか撒いたか」
「いいんですの? お知り合いみたいでしたけど」
「……今は関わりたくないんです」
「うふふ……そうかもしれませんわね」



「……アーサーにアザーリア先輩?」


 呼びかけられた方を振り向くと、そこには袋を持って茫然としているカタリナがいた。アーサーは予期せぬ出会いに目を見開く。


「えっと、この店は手芸部で材料を買っている店で……」
「……」


「どういたしますの? 先程は無視いたしましたけど」
「……いや。あんたにはいずれ会おうと思っていたから、都合がいい」



 そう言ってアーサーは、冷静になって三枚の紙をカタリナに渡す。



「ん……? これは型紙? ……ヘッドドレス?」
「うふふ。実はアーサー君、エリスちゃんの誕生日にヘッドドレスを作ってあげようと思ってまして……」
「や、やめてください……」
「あら、どうせ言うのでしたらわたくしが言っても問題なくて?」
「……くっ」


「そっか。それで材料を買いに来たんだね。えっと……一人じゃ恥ずかしいから、アザーリア先輩に手伝ってもらって」
「……そういう、ことだな……」
「……あたしを訊ねる予定だって、言ったよね」


 カタリナは袋をセバスンに託す。そして彼はそれを持って学園への道を戻っていく。


「でも……あたし、力になれるかな。買い物、するんだよね?」
「勿論だ。オレの知り合いである以上、手伝ってもらうぞ。一緒に来い」
「うん、わかったよ」
「分かっていると思うがあいつには黙っていろよ。言ったらただでは済まさない」
「……あはは。勿論、わかってるよ」





 二日後、アーサーがやってきたのは温室。目的は当然サラに会うためである。


 あるはずだったが。



「ぎゃー!!! 触手こっち向いてるー!!」
「くっ……!」
「ありがと! 実はあたし研鑽大会見てたんだかっこいいねー!!」
「今言う……話かっ!?」
「ワッフーン!!」



 暗みのかかった緑の触手を、一本一本地道に殴り飛ばしていく。本体は倉庫の裏側にいて、外から回り込めば全貌が見えることだろう。


 そう、平穏なはずの温室で、何故かアーサーは化物退治に駆り出されていたのだ。



「むひゃー。随分と活きのいいマンドラゴラですねえ。パーシーに持ってやってやりたいぐらいですよ」
「ノーラ先輩呑気なこと言ってないで何とかしてくださいー!! 今いる最上級生はノーラ先輩だけなんですー!!」
「えー、私はもう少し観察してたいんですけど。それにアーサー君が大体何とかしてくれるでしょ」
「オレだって限界がある……あるんです!!」


 そう叫びながら、アーサーは通算三十本目の触手を捻じ伏せる。上空から降り立った所には丁度サラが隠れていた。


「まだ擦り傷程度じゃない。薬草塗ったらいけるわね」
「内側から疲労が来ているんだよ……!」



「むぅ。誰も対処できなくなると厄介ですし、それならもう片付けちゃいますかあ。ヒヨリン行きますよ」
「ピイ!」


 頭上にヒヨリンを乗せると、暴れ狂う触手の前に出る。



 当然触手は格好の餌食に引き寄せられるが、ノーラは持ち前の体格を駆使して合間を潜っていく。


 そして、ある程度触手に近い所まで進むと――



「……土の主神アングリークよ、偉大なる太祖ファヴニールよ……我に力を与え給え……」
「ピヨピヨ~!」
「ふんじゃらへんじゃら……」


 地面に手を当て、それを通じて触手に魔力を送る。



 それを受けてか、だんだんと触手は静かになり、最終的にはシュルシュルと音を立てながら倉庫の裏に消えていった。



「ふぃ~。まあこんなもんですかね。では数人程でいいです、私と一緒にマンドラゴラの回収を。それをしない人はリーン先生への言い訳でも考えておいてください。あと生徒会への修理代請求理由も」



 ひょこひょこと倉庫に向かうノーラと他の生徒を、アーサーとサラは見送る。



「……ポーションとかないのか」
「ないわね。ここにあるのは生成する前の薬草だけ。苦いけど飲む?」
「……飲む」
「それならこれをあげるわ。ハイポーションに使われる特別苦いやつ」
「……」


 アーサーはサリアから渡された薬草を、薬草に負けないぐらい苦い顔をしながら一気に飲み干した。


「あら、そのまま行ったのね。言ってくれれば水ぐらい用意したのに」
「……」


「で、ここに来たってことはワタシに用があるんでしょ。何よ」
「……」



「ワンワン!」
「……ああ、あまりにも苦いものだから吹き飛んでいたな……」


 アーサーは咳き込んで調子を整えてから、再び話を切り出す。


「あんた、アロマについては詳しいか」
「アロマねえ。まあそこそこって所かしらね。いい香りのする花って、必然的にそう使われるものだから」
「……それについて訊きたい。要望があれば報酬も出すぞ」
「報酬? そんなに切羽詰まったことなの」
「切羽詰まったというか……どうしてもあんたに教えてもらいたいだけだ」
「ふーん……」


 興味深そうに眉を吊り上げてから、サラは言う。


「……いいわ。話を聞きましょう。ここでする? 別にワタシ以外の連中がが片付けてくれるだろうから、外に出てもいいわよ」
「……外に出ようか。何か軽食でも奢ろう」
「やけに待遇がいいわねえ……後で何をされるのかしら」





 また、翌日の園舎内。生徒もまばらにしか来ていない時間帯に、クラリアとルシュドは二階の掲示板を見て青い顔になっていた。



「……あ、えっと、アーサー……」
「ん……? おお、アーサーじゃねえか!」


「……何だ二人共。そんな顔をしてどうしたんだ」
「そ、それが、これ見てくれよ!」



 階段を昇ってきたアーサーを、クラリアは掲示板の前まで引っ張っていく。



「……何だこれは」


 そこにあったのは新聞部のスクープ記事――

 文章の隣には、アザーリアと思われる人物と共に疾走する自分の姿が描かれている。


「えっと、アーサー、アザーリア? 先輩? 会ってた? しかも、みっかい? で?」
「アタシ知ってるぜ! 密会ってこと悪いなんだろ!? アーサー、何か悪いことあったのか!?」
「おれ、力、なる。言って、ほしい。何、あった?」




 するとそこに都合よく――


「ふぃ~これで園舎内は終わり! さあて皆の反応が見物だぞー!!」




「おいアーサー、黙ってないで何か……」
「後ろだ、やれ」
「ワオ゛ンッ!!」
「ぐわあああああーーーーー!?」


「「……えっ!?」」



 二階に到達したガゼルに向かって、カヴァスが牙を剥き出しにして襲いかかる。



 不意打ちで当然避けられるはずもなく、彼は地面に叩き付けられた。



「えっ、ちょっ、アーサー君!? 朝早くからおはようごぶっ!?」
「……」



 特に何か言うまでもなく、黙々と殴りかかるアーサー。

 その様子を、口をあんぐり開けて見つめるクラリアとルシュド。



「……エリスが百合の塔に向かっていて、本当によかった」
「ワン!」

「すんません……もうしません……アーサー様のことはどんなことであってもスクープにはしません……」
「保健室まで連れていってやれ」
「ワオーン!」


 魔術昇降機にぼろぼろのガゼルとカヴァスを乗り込ませてから、アーサーは状況に全くついていけてない二人に振り向く。


「あいつは園舎内と言っていたな。行くぞ」
「……え? どこにだ?」
「園舎内全ての掲示板だ。これは奴の書いた嘘だ――それを払拭するのを手伝え」
「わ、わかった。えっと、これ、剥がす?」
「そうだ。全く奴も厄介な物を書いてくれた……」





 何とか騒動を未然に防いだ日も含め、ここ数日は放課後になると、アーサーは五階の空き教室で作業を行っていた。


「っ……」
「ああ、また危なかったね。だから糸は短くした方がいいって……」
「だが取り替えるのが面倒臭いだろう」
「安全と面倒臭さは天秤にかけられるものじゃないと思うな」
「……」



「うふふ、頑張っておられますわね」


 カタリナ指導の下作業を行っていた所に、アザーリアと二人の生徒が入ってくる。兎耳を生やした女子生徒と黄色い髪の男子生徒だ。




「アザーリア先輩、お疲れ様です」
「……お疲れ様です。後ろのお二人は?」


「やっほ、あたしはマチルダ。アザーリアとは演劇部で一緒なんだ」
「僕はラディウスです。ほら、フェンサリルで魔術師やってた。それでアザーリアからカノジョのために精一杯頑張っている健気な男子がいるって聞いて、マチルダ共々ついてきちゃいました」
「彼女ではなく親しい友人です」
「何々図星~? 照れてんのかな~?」
「別にそんなことは……わっ」

「もうアーサー、針は危ないんだから手元に集中してよ」
「あっはっは~。いやあ、演技の参考になるなあ」



 ラディウスはそう言いながら、木目の箱をアーサーの隣の机に置く。



「……リングルスのバターカップ」
「おっ知ってる? 時々食べたくなるよね、バターカップって」
「あの濃厚な味が最高なのですわ! これはわたくしからの差し入れですので、遠慮なく食べてくださいまし!」
「……ありがとうございます」


「へえ、カチューシャタイプのヘッドドレスかあ。これなら頭の大きさ関係ないから手軽でいいね」
「……何勝手に型紙覗いているんですか」
「いいじゃんこれぐらい~」


 マチルダはその隙に移動し、箱からバターカップを一つ頂く。


「あー美味しい。これ苺味だよ、酸味と甘みがベストマッチ」
「苺……」

「エリスの大好物だね」
「ああ、そうだ」



 アーサーの脳裏には、反射的に苺を食べているエリスの笑顔が浮かぶ。


 いつも見慣れているはずの笑顔が、今は非常に愛らしく思えてくる。



「ふわあ……んじゃあこっちの課外活動もあるし、あたし達そろそろ戻っていい?」
「別に大丈夫ですよ。その、差し入れありがとうございます」
「お気になさらず、これが先輩の貫禄という物ですわ!」
「アザーリアの場合は貫禄が凄すぎるけど……まあいっか。そうだ、演劇部の部室も五階にあるから、今後暇が出来たら遊びに来てよ。んじゃあね~」



 先輩三人は教室を後にし、緩やかに扉が閉められる。



「アザーリア先輩、マチルダ先輩、ラディウス先輩……皆、優しい人だったね」
「そうだな」


「……ねえアーサー。あたし達も二年生になるんだよ」
「そうだな……」


「あたし達にも、あたし達みたいな、後輩ができるんだよ……そう考えるだけで、あたし、緊張しそう」
「そんなに深刻になることはないと思うぞ」


「そうかなあ?」
「……まあオレもよくわからないけどな」
「ふふっ」





「アーサー、何だか変わったよね。この一年で、凄く」
「……そうかな」
「そうだよ。だって出会ったばかりの頃は、あたしに頼み事をしてくるなんて、そんなの思ってもいなかったよ」
「……そうか」

「ほら、手止まってるよ。口と一緒に手を動かして。それともバターカップ食べる?」
「そうするか……少し指の関節が凝ってきたな。裁縫も大変なんだな……」
「武器を持つのと変わりないね。ふふ……」



 こうして今日も日が暮れるまで作業をし、完成まで着実に近付いていく。
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