ナイトメア・アーサー ~伝説たる使い魔の王と、ごく普通の女の子の、青春を謳歌し世界を知り運命に抗う学園生活七年間~

ウェルザンディー

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第1章3節 学園生活/楽しい三学期

第159話 ミセス・グリモワール

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「まあ、なんて素敵なヘッドドレスですの!」


 僅か、たった数秒程度の出来事。


「おお、なんて素敵な緑なのだろう! 我が主君に実に似合う!」


 先に売り場に来ていた、自分よりも早かった人物だ。


「気に入りましたわ! わたくしはこれを買いますの! 店員よ、今すぐ参りなさい!」


 その人物に、掠め取られて、


「はい、お会計は二万五千ヴォンドになります! ……丁度お預かりします! ありがとうございました! またのご来店をお待ちしておりまーす!!」


 彼女の所有物になった――





「……カトリーヌ様、ちょっと……」
「ん……あらまあ」


 ナイトメアのフレイアに呼び止められ、そこで初めてカトリーヌはアーサーの存在に気付く。そして視線が合った。


「ハッ、何だその醜い顔は。オーガの群れに投げ捨てても遜色なさそうだな?」
「もしかしなくてもこのヘッドドレスが欲しかったんですの? でもざーんねん、たった今わたくしが購入いたしましたわ! おーっほっほっほ!」


 高笑いをしながら、買ったばかりのヘッドドレスを見せつけるようにひらひらと振る。フレイアだけではなく、周囲にいた取り巻きも言葉をぶつけてきた。


「賤しい貧民よ、あなたは物がわからないようだから言ってあげるわ。今のカトリーヌ様の行い、何か咎められる点でもあったかしら?」
「市場原理等価交換の原則に乗っ取って、ちゃんとお金は払っていましたわ。そして大前提として、買い物は早い物勝ち! カトリーヌ様はあなたよりも先に店にいらして、あなたよりも先に決断なされた。たったそれだけのことなのよ?」
「……!」


 握った拳が震える。中に握っていた金貨を、粉々にしてしまいそうな勢いで力が込められる。


「そうですわね……何だか気分も悪くなりましたし、今日はもう帰りますわ。ではごめんあそばせ!」
「ありがとうございましたー!」




 そしてアーサーだけを取り残して、周囲の時間は動き出す。




「……」


 悔しさと悲しさ。それ以上に、やるせなさが、彼の心に満ちていく。


「ワン……」


 仕える騎士は寄り添い、慰めてやることしかできない。上辺だけの言葉で、どうにか主君の力になろうと画策する。




「ワンワンワ……ワオン?」



 カヴァスは突然、アーサーから少し離れて床を観察し出す。



 そこには透明な糸が落ちていて、光を受けて様々な色に輝いていた。見惚れてしまうような美しさだった。しかしカヴァスの記憶には、先程までこんな糸が落ちていた記憶はない。

 何よりもこんなに目立つ糸であるのに、客も従業員も誰一人として気付いていないのだ。



「ワンワン! ワワン!」
「……どうしたんだ」


「ワンワン!」
「……床か……これは、糸か?」



 アーサーも糸に気付き、目で追っていく。それは入り口を出て、外まで繋がっていることがわかった。



「ワオンワオーン?」
「オレ達にしか見えていない……誘っているのか?」

「ワン?」
「……行ってみよう」





 高級な店であっても、裏側まで清楚とは限らない。質を求めるために多くの素材を消費するので、寧ろ庶民的な店よりも汚い可能性もある。


 そんな高級店街の路地裏に、アーサーとカヴァスは縫うように入り込んでいく。


 二人が追っていた糸の先は、突然地面から離れて宙に上がっていた。




「――ヤッホー若人くん。一部始終見させてもらったよ」



 そう言った女は、伸ばしていた糸を手元に手繰り寄せながらアーサーに呼びかける。丁度真上に、そして先程までの店の二階から顔を出していた。


「まあアタシが一階に出てしまうと、大騒ぎになるからこうさせてもらったわけだ――よっと」



 女は柵を乗り越え、アーサーの前にひらりと着地する。彼女の姿を見て、アーサーはようやく気付いた。



 この人物はゾンビにも立ち向かう勇敢な仕立て屋――ミセス・グリモワールなのだと。



「残念だったねえ、カノジョへのプレゼント買えなくて」
「……何を根拠に」
「アタシの服って女の子をターゲットにしたデザインだからさー。あとこの店、そういう傾向もあって女の子しか来ないんだよね。そんな所に男の子がいたら……ねえ?」

「……彼女ではない。親しい人だ」
「でもプレゼントは贈るんでしょ? じゃあ同じだよ」
「……」




「ねえ」
「……何だ」

「あのヘッドドレス、何で買おうと思ったの?」
「……欲しいと言っていたのを聞いたからだ」

「そう。プレゼントのパターンその一ね。二つあるうちの」
「……もう一つは?」
「おっ、食い付いてきたねえ。いいよいいよ~。その姿勢に免じて教えてあげましょう――もう一つはね、自分が素敵だと思う物を贈るパターンよ」
「……自分が?」



 アーサーは、自分でも自覚できない程に彼女の言葉に食い付いていた。



「そう、自分が。例えばこのアクセサリーつけてくれれば似合うんじゃないかって感じ。この場合は、相手が気付いていない魅力を引き出せることもあるのよねー」
「……」

「アナタは今狙っていた物が買えなくてもうダメだって思ってるかもしれないけど、だったら自分が好きな物を贈ってみればいいんじゃないって話よ」
「……っ」

「あら図星。年頃の男の子ってわかりやすいわね~」
「……馬鹿にしているのか」
「いやー、イジりやすい子って話してて楽しいわよね」
「はぁ……」



 グリモワールに愛想を尽きながら、アーサーは光射す大通りの方を見遣る。



「それなら、早速店に戻って商品を見よう」
「あ、そうなっちゃう? じゃあ追加のアドバイスだ。贈り物ってね、何も値段が絶対なわけじゃないよ」
「……何?」

「代表的なのはハンドメイド。要は手作りね。粗末な仕上がりになったとしても、身近な誰かが作ってくれたってだけでプライスレスになるものなのよ」
「……そういえば、チョコレートの時も似たような話を聞いたな」
「そう、チョコレートも! っていうか贈り物の代表格じゃない? それはさておき、方向転換して食べ物を贈るっていうのもありだよね」
「……」

「あとは何があるかな~。実用品、アロマ、ペン……まあ色々あるよね。店に行けばちゃんとプレゼント用の包装もしてくれるだろうし。その店にしかないデザインとかってあると思うし~」
「……親身になってくれるんだな」
「そりゃああんな顔見たらね?」


 フレイアの罵倒を思い出し、アーサーは若干の嫌悪感に駆られる。


「……まあ、今適当に言ってみたけどさ。大事なのは値段とか種類じゃなくって、気持ちだよ」
「気持ち……」

「相手を想う気持ち。相手のことを考えて、抱いた感情。それが贈り物に籠っているかどうかなの。それさえあれば、極端な話何贈っても大丈夫。あごめん極端すぎた、相手の気持ちとか状況も考慮しないとダメだわ。でないと独り善がりになっちゃう」
「……」



「……うん、アタシに言えるのはこれぐらいかなー。どう? いけそう?」
「ああ……」


 グリモワールを背にしてから、顔を見せないようにアーサーは微笑む。


「何だか……やっていけそうな気がするよ。誕生日まで日があるし、模索してみる」
「あら、誕生日だったの! それなら益々気合が入るわねぇ~……最高の誕生日にしてあげなよ!」
「元よりそのつもりだ」
「気合十分ね! それじゃあ闘志が滾ってきた所でアタシ戻るね! バーイ!」
「感謝を……いや、ありがとう」




 アーサーの前にやってきた時と同様に、グリモワールは入り口を使わずジャンプで戻っていった。




「……」
「ワンワンッ!」
「……そうだな。やれることをやってみよう……ん?」


 一歩踏み出そうとしたアーサーの頭上から、三枚の紙が降ってくる。


「折角だからそれあげるよ。参考にしてね!」


 上からグリモワールの声がしたかと思うと、すぐに消えていった。




「……行動が不可思議だが。しかし、何故か頼れる人物だな」
「ワンワン!」
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