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第1章3節 学園生活/楽しい三学期
第158話 誕プレアーサー君・前編
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「――っとぉ!? ケネスのプロフィールを説明している間に、アーサーの一撃が鼻を掠めたぞ!?」
「何という速さぁ! 目を離すことを許さない刹那の一撃、これが強者の貫禄かぁ!」
「さあ決勝戦も残り三分、ここからどうなる――」
そこで実況のブルーノとマキノの声を遮り、砂煙と轟音が闘技場内に響く。
「――決まったあああ! アーサーの一撃が衝撃波を起こして、ケネスを壁に叩き付けたぞぉぉーーー!!」
「魔力を込めて風の勢いを強くしたんだねぇ。んー、これは中々やるねぇ!」
「さあ只今審判によってノックアウトの判定が行われています……おおっと、結果が出ました!」
「というわけで今回の大会は、一年生のアーサーの優勝だあーーーっ!!」
「ふう……」
「ワンワン!」
「ああ……水か。済まないな」
大会後の控室。アーサーはそこで一人、身体を休めて水を飲む。
水分補給で身体の温度が下がっていくのを感じながら、アーサーは次の行動について考えていた。
「……アーサーいるよな? 入っていいか?」
「ああ……来ていたのか。構わないぞ」
「んじゃ邪魔しー!」
扉を開き、イザークとルシュドとアルベルトが入ってくる。まだ周囲を気にかけながら考えるだけの力は、自分には残っていたようだった。
「いやあお疲れ! スゴかったなオマエの剣捌き!」
「お疲れ様。アーサー、強かった。だから、おれ、負けない。頑張る」
「いいもん見せてもらったよ。流石次に二年生になるだけはあるな。そしてこれは差し入れだ」
「……キャンディか」
「カイルが愛と感謝の祭日のお返しだっつって、買い込んでいたのをかっぱらってきたんだ。ミント風味でお口さっぱりだぞ~」
「……」
キャンディを口に放り込み、再度人のいない闘技場に目を向けるアーサー。
「何か聞いたことあるなあ。二月十四日のお返しはウン倍返しだって」
「リネスやグランチェスターでは根付いているっぽいけど、グレイスウィルはまだまだの文化だ。シスバルドの魔の手が伸びていないとも言うがな!!」
「さっさと伸びてほしいなあ。そしてチョコレートをたんまりと貰った奴の財布が爆発してほしいなあ!!!」
「……アーサー、どうした?」
ルシュドは徐に立ち上がったアーサーに声をかける。
「……金銭授受に向かう」
「ああーあれね。優勝はなんぼ貰えるんだっけ?」
「一年生なら一万だな。あともうすぐ二年生になるし、その記念でボーナスが入ると思うぞ」
「何それいいじゃんいいじゃん高収入ー! ねえー飯奢って!!」
「……」
「痛っでえ!? コイツ腹パンじでぎだんでずげぞぉ!?」
「……」
痛がるイザークを尻目に、アーサーは控室を後にする。
「おれ、肩、貸す」
「ずまねえ……」
「んー……俺としては飯の一つぐらいいいと思うんだが。理由があるのか?」
「何か、買う。お金、必要?」
「え、何買うんだろ? 教科書?」
「いや、それに関しては学園から支援金が下りるから問題ないぞ」
「んー……じゃあなんだろお゛っ」
「無理するなよ……」
その翌日、薔薇の塔事務所内にて。
「ちわーす。学園カフェ薔薇の塔店でーす。宅配に参りましたー」
「ああ、ここの机に置いといてくださいー」
「了解しましたー。こちらご注文のスモークサーモンのパニーニとブラックコーヒーでーす。代金は後で請求書送ってくださーい」
大勢の職員がせわしなく移動している中をガレアは軽やかに移動し、アレックスの机まで到着する。
「にしてもやっぱりこの時期は忙しいですねえ。卒業生と新入生の対応お疲れ様です」
「カフェも相当なもんだと聞きましたが」
「もう食べ納めなんだからたらふく食べたいって卒業生と、学園生活に慣れるべく体験で来る新入生。ああ、事務処理の方と対して変わりませんね。おかげで働きに来る子も急増ですよ」
「ははは……正直変な所に行かれるよりは、目と鼻の先で働いてくれた方がこっちとしても助かりますよ」
「喜んで頂けたなら何より。んじゃあ僕はこれで……」
ガレアは回れ右をして再び入り口の方に向き直る。
「……ん?」
だがすぐには進行せず、額に水平にした掌を当てて入り口を凝視し出した。
「……入り口に金髪赤目の生徒が。アレックスさんを見てるので、何か用があると思いますよ」
「ん……? あれはアーサーか?」
「おお、ぱっと名前が出てきた。どんな子なんです?」
「色々事情があって、この塔自体に立ち入ることが滅多にない子だ。ここに来るなんて珍しいな……」
「なら深刻な用事があるんでしょう。早く行ってあげてください」
「そうさせてもらうとしよう」
「……」
「ワンワン……」
一方のアーサーはというと、入り口から覗き込むまではできたものの、そこから先に進めないでいた。
「ワンワン」
「……」
「ワオーン……」
「……わかっている。だが、続きが……!」
「俺に用があるんだろ?」
「っ!?」
顔前から突然声をかけられ、アーサーは現実に立ち返る。そこにはアーサーの顔を覗き込むアレックスが。
「あ、あの……」
「何だ?」
「……」
「……お金ください」
そう言って一枚の紙を差し出し、頭を下げる。
「……」
「……ああ! 試験成績に応じて奨励金を支給するやつか! すまんすまん、いきなり言われたもんだから……えーと?」
アレックスはアーサーから成績表を受け取り、ざっと見る。
「そういえばお前前期分は貰っていないんだな。この機会だから渡してしまおうか。ちょっと十分程度……その辺で待っててくれ」
事務所に戻るアレックスの姿を見て、アーサーは胸を撫で下ろしていく。
「む、誰かと思えばアーサーではないか」
「こんなとこで何してんの?」
「――っ!! これは違うんだ!!」
「は?」
「ワオン!?」
一方的に言い放ったまま、アーサーはカフェの方向に向かって走り出してしまう。その後をカヴァスがとことこついていく。
残されたヴィクトールとハンスは何が何やらさっぱり。
「……何の話だ?」
「呼び出しでも喰らったんじゃねえの?」
「……」
その晩、アーサーは部屋で財布から硬貨を取り出し、延々と数えていた。
「一、二、三……これで金貨が三枚だ」
そうして取り出した三枚の金貨を、部屋の光球に照らして眺める。
ふと耳を澄ましてみると、リビングでエリスが手紙を書いている声が聞こえてきた。
「お父さんへ。今年ずっと苺ありがとう。おかげでお肌がぷるぷるです。お母さんへ。毎日お料理作るの大変だね。お母さんって本当にすごいんだなって、身に染みて感じています」
「……とか色々書いたけど、わたしのこと育ててくれてありがとうっと……」
「……」
掌を握り締めると、硬貨の感触がより伝わる。明日は彼女の笑顔に、より花を添えてやることができるのだ。
「ワンワン!」
「そうだな、頑張ろう……とはいっても、戦ではなく買い物なんだがな」
「……いや。これもある意味では戦なのかもしれないな」
そして翌日の放課後。
「ワンワン……」
「……セールは終わったはずなのに。これほどの……」
グリモワールの店の前には、一週間に見た物とほぼ変わらない長さの列ができていた。アーサーは唖然としたが、今回は奥歯をきっちり噛み締めた。
「……行くしかない。ここで諦めたら、全てが台無しになる……」
「ワンワン!」
最後尾に並んで、待つこと数十分。アーサーがようやく店内に入れるようになった頃には、空は茜色に染まりつつあった。
「……あった。エリスが欲しいと言っていた……」
「ワン! ワワン!」
店内に入ったアーサーは、アクセサリー売り場に脇目もふらず一直線。
(――わあ、わたしが欲しかった物だ! これ買ってくれたの!? ありがとうアーサー!)
脳裏に浮かぶ大切な人の笑顔。
だが、それは、
あと一歩の所で、崩れ去ることになる。
「何という速さぁ! 目を離すことを許さない刹那の一撃、これが強者の貫禄かぁ!」
「さあ決勝戦も残り三分、ここからどうなる――」
そこで実況のブルーノとマキノの声を遮り、砂煙と轟音が闘技場内に響く。
「――決まったあああ! アーサーの一撃が衝撃波を起こして、ケネスを壁に叩き付けたぞぉぉーーー!!」
「魔力を込めて風の勢いを強くしたんだねぇ。んー、これは中々やるねぇ!」
「さあ只今審判によってノックアウトの判定が行われています……おおっと、結果が出ました!」
「というわけで今回の大会は、一年生のアーサーの優勝だあーーーっ!!」
「ふう……」
「ワンワン!」
「ああ……水か。済まないな」
大会後の控室。アーサーはそこで一人、身体を休めて水を飲む。
水分補給で身体の温度が下がっていくのを感じながら、アーサーは次の行動について考えていた。
「……アーサーいるよな? 入っていいか?」
「ああ……来ていたのか。構わないぞ」
「んじゃ邪魔しー!」
扉を開き、イザークとルシュドとアルベルトが入ってくる。まだ周囲を気にかけながら考えるだけの力は、自分には残っていたようだった。
「いやあお疲れ! スゴかったなオマエの剣捌き!」
「お疲れ様。アーサー、強かった。だから、おれ、負けない。頑張る」
「いいもん見せてもらったよ。流石次に二年生になるだけはあるな。そしてこれは差し入れだ」
「……キャンディか」
「カイルが愛と感謝の祭日のお返しだっつって、買い込んでいたのをかっぱらってきたんだ。ミント風味でお口さっぱりだぞ~」
「……」
キャンディを口に放り込み、再度人のいない闘技場に目を向けるアーサー。
「何か聞いたことあるなあ。二月十四日のお返しはウン倍返しだって」
「リネスやグランチェスターでは根付いているっぽいけど、グレイスウィルはまだまだの文化だ。シスバルドの魔の手が伸びていないとも言うがな!!」
「さっさと伸びてほしいなあ。そしてチョコレートをたんまりと貰った奴の財布が爆発してほしいなあ!!!」
「……アーサー、どうした?」
ルシュドは徐に立ち上がったアーサーに声をかける。
「……金銭授受に向かう」
「ああーあれね。優勝はなんぼ貰えるんだっけ?」
「一年生なら一万だな。あともうすぐ二年生になるし、その記念でボーナスが入ると思うぞ」
「何それいいじゃんいいじゃん高収入ー! ねえー飯奢って!!」
「……」
「痛っでえ!? コイツ腹パンじでぎだんでずげぞぉ!?」
「……」
痛がるイザークを尻目に、アーサーは控室を後にする。
「おれ、肩、貸す」
「ずまねえ……」
「んー……俺としては飯の一つぐらいいいと思うんだが。理由があるのか?」
「何か、買う。お金、必要?」
「え、何買うんだろ? 教科書?」
「いや、それに関しては学園から支援金が下りるから問題ないぞ」
「んー……じゃあなんだろお゛っ」
「無理するなよ……」
その翌日、薔薇の塔事務所内にて。
「ちわーす。学園カフェ薔薇の塔店でーす。宅配に参りましたー」
「ああ、ここの机に置いといてくださいー」
「了解しましたー。こちらご注文のスモークサーモンのパニーニとブラックコーヒーでーす。代金は後で請求書送ってくださーい」
大勢の職員がせわしなく移動している中をガレアは軽やかに移動し、アレックスの机まで到着する。
「にしてもやっぱりこの時期は忙しいですねえ。卒業生と新入生の対応お疲れ様です」
「カフェも相当なもんだと聞きましたが」
「もう食べ納めなんだからたらふく食べたいって卒業生と、学園生活に慣れるべく体験で来る新入生。ああ、事務処理の方と対して変わりませんね。おかげで働きに来る子も急増ですよ」
「ははは……正直変な所に行かれるよりは、目と鼻の先で働いてくれた方がこっちとしても助かりますよ」
「喜んで頂けたなら何より。んじゃあ僕はこれで……」
ガレアは回れ右をして再び入り口の方に向き直る。
「……ん?」
だがすぐには進行せず、額に水平にした掌を当てて入り口を凝視し出した。
「……入り口に金髪赤目の生徒が。アレックスさんを見てるので、何か用があると思いますよ」
「ん……? あれはアーサーか?」
「おお、ぱっと名前が出てきた。どんな子なんです?」
「色々事情があって、この塔自体に立ち入ることが滅多にない子だ。ここに来るなんて珍しいな……」
「なら深刻な用事があるんでしょう。早く行ってあげてください」
「そうさせてもらうとしよう」
「……」
「ワンワン……」
一方のアーサーはというと、入り口から覗き込むまではできたものの、そこから先に進めないでいた。
「ワンワン」
「……」
「ワオーン……」
「……わかっている。だが、続きが……!」
「俺に用があるんだろ?」
「っ!?」
顔前から突然声をかけられ、アーサーは現実に立ち返る。そこにはアーサーの顔を覗き込むアレックスが。
「あ、あの……」
「何だ?」
「……」
「……お金ください」
そう言って一枚の紙を差し出し、頭を下げる。
「……」
「……ああ! 試験成績に応じて奨励金を支給するやつか! すまんすまん、いきなり言われたもんだから……えーと?」
アレックスはアーサーから成績表を受け取り、ざっと見る。
「そういえばお前前期分は貰っていないんだな。この機会だから渡してしまおうか。ちょっと十分程度……その辺で待っててくれ」
事務所に戻るアレックスの姿を見て、アーサーは胸を撫で下ろしていく。
「む、誰かと思えばアーサーではないか」
「こんなとこで何してんの?」
「――っ!! これは違うんだ!!」
「は?」
「ワオン!?」
一方的に言い放ったまま、アーサーはカフェの方向に向かって走り出してしまう。その後をカヴァスがとことこついていく。
残されたヴィクトールとハンスは何が何やらさっぱり。
「……何の話だ?」
「呼び出しでも喰らったんじゃねえの?」
「……」
その晩、アーサーは部屋で財布から硬貨を取り出し、延々と数えていた。
「一、二、三……これで金貨が三枚だ」
そうして取り出した三枚の金貨を、部屋の光球に照らして眺める。
ふと耳を澄ましてみると、リビングでエリスが手紙を書いている声が聞こえてきた。
「お父さんへ。今年ずっと苺ありがとう。おかげでお肌がぷるぷるです。お母さんへ。毎日お料理作るの大変だね。お母さんって本当にすごいんだなって、身に染みて感じています」
「……とか色々書いたけど、わたしのこと育ててくれてありがとうっと……」
「……」
掌を握り締めると、硬貨の感触がより伝わる。明日は彼女の笑顔に、より花を添えてやることができるのだ。
「ワンワン!」
「そうだな、頑張ろう……とはいっても、戦ではなく買い物なんだがな」
「……いや。これもある意味では戦なのかもしれないな」
そして翌日の放課後。
「ワンワン……」
「……セールは終わったはずなのに。これほどの……」
グリモワールの店の前には、一週間に見た物とほぼ変わらない長さの列ができていた。アーサーは唖然としたが、今回は奥歯をきっちり噛み締めた。
「……行くしかない。ここで諦めたら、全てが台無しになる……」
「ワンワン!」
最後尾に並んで、待つこと数十分。アーサーがようやく店内に入れるようになった頃には、空は茜色に染まりつつあった。
「……あった。エリスが欲しいと言っていた……」
「ワン! ワワン!」
店内に入ったアーサーは、アクセサリー売り場に脇目もふらず一直線。
(――わあ、わたしが欲しかった物だ! これ買ってくれたの!? ありがとうアーサー!)
脳裏に浮かぶ大切な人の笑顔。
だが、それは、
あと一歩の所で、崩れ去ることになる。
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