ナイトメア・アーサー ~伝説たる使い魔の王と、ごく普通の女の子の、青春を謳歌し世界を知り運命に抗う学園生活七年間~

ウェルザンディー

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第1章3節 学園生活/楽しい三学期

第157話 仕立て屋と誕生日

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「ああ~……つっかれたぁ~!」



 試験最終日、全ての日程を終えて離れに戻ってきたエリスとアーサー。エリスはリビングに入るとすぐに鞄を放り投げ、ソファーに横たわる。



「終わったな……あとは試験結果を待って、それで四月になると進級か」
「そうだよ~。色々あったけど、わたし達二年生になるんだよ~」
「ワンワン!」
「……」


 アーサーは紅茶とココアを淹れてから、それを持ってソファーに座った。


「この一年で色々あったね……たとえば、アーサーが飲み物を淹れるのが上手になったとか」
「……何だそれは」
「セイロンに目覚めてがぶがぶ飲んでるとか……」
「……」

「何その反応ー。でもね、大切なことだよこれはー。だって美味しい物が食べられるって、幸せなことだもん」
「……そうか」


 この夜も変わらず、魔法光球の光が二人を温かく包む。しかしすり減ってきたようで、少し光は弱まっている。


「……明日は休日だな。どうする」
「ん~……天気はどうだっけ?」
「晴れだと聞いた」
「じゃあ地上階を散歩しようよっ。高級店に入らなくても、店先で空気を吸うだけなら咎められないよ」
「……そうだな。お前が言うならそれでいいぞ」
「ワン!」





 厳しい冬を乗り越え、遂に春の兆しが見え出した三月。麗らかな春暖の空に心躍らせ、若芽が萌える大地を行く。再び色付く世界を見聞しに、イングレンスの生命は旅の準備を始めるのだ。



「はぁ……この辺は空気が美味しいなあ……」


 春を感じさせる、薄いクリーム色と黄緑色のワンピース。白く整われたシャツに緩やかなジーンズ。皺もまだ付いてない衣に身を包み、エリスはアーサーと地上階を行く。


「森に入れなくてもこれか。ウェルザイラの技術はかなり高いのだな」
「肝心の森は……あ、無理そう」


 地上階の南、森の入り口と思われる関所。そこには仕立ての良い服装の人々が列を成している。


「こんな時アヴァロン村だったら、お金がなくても天然の森が味わえるのに……あ」
「どうした?」


「……ふふっ。アーサーと初めて会ったのも、こんな森だったなあって」
「……」



 吹き抜ける風は、様々な果実の匂いを内包して、嗅いだ者の胸をすっきりと晴らしていく。



「んー……ここにいてもしょうがないか。ではウインドウショッピングと洒落込みましょうかっ」
「商店街に移動するんだな?」
「そういうこと。んじゃあ行こう~」





 今日の天気は清々しい晴れ。僅かに浮かぶ雲が、寧ろアクセントとして引き立っている。

 そんな青い空の下で、同じように散歩をしている人が歩きながらでも散見された。



「自然豊かな田舎と欲しいものが買える城下町……住むならどっちがいいんだろうね?」
「訓練ができればどちらでもいい」
「もう、つまんないこと言わないでよー」



 そんな中、二人はある行列を前にして立ち止まってしまう。



「……わあ」
「何だこれは……通行の邪魔になっているぞ」
「ワンワン」


 よく目を凝らして見てみると、並んでいたのは二人と程変わらない年齢の女子が多かった。


「……女が多いな。装飾の店か」
「……あ、発見。リーシャとそれから……カタリナがいるね」
「そうか。会いに行くか?」
「行く行く!」


 エリスが駆けていく後ろを、アーサーが小走りで追いかける。




 そうして列の最後尾に到着し、エリスは友達二人に声をかけた。


「リーシャ、カタリナ! おはよう!」
「あ、エリス……エリスもここのお店の話、聞いてきたの?」
「え、初耳なんだけど。そんなにすごいお店なの?」
「聞いてなくとも見ればわかる! 何も言わないで、とにかくショーウインドウの中を見てっ!」
「んー……?」


 リーシャが指差す方向にエリスの視線が向かれる。遅れてやってきたアーサーも同様にした。


「わあ……!」
「……」



 飾られていたのは、とても親しみやすいデザインや柄の服ばかり。緑や茶色、パステルやオレンジを基調とした柔らかな色合いの中には、着る者を自然に調和させ、そして魅力を引き出す魔法がかかっているように思えてくる。



「ミセス・グリモワールだよ、ミセス・グリモワール! ウィーエルで有名な仕立て屋さんが、グレイスウィルに進出したんだよ!」
「ああ、あの戦闘能力の高い女か」
「戦闘……? えっと、どういうことかわかんないけど、とにかくここはその人のお店なんだって。あたし、リーシャに誘われて、それで」
「今日は開店セールでお買い得なの! まあ私持ち合わせないけど! あと早めに行きたい気持ちが先走って、エリスのこと誘うの忘れちゃってた! ごめん!!」

「それなら今合流できたから問題ないね! わたしも並ぶよ!!」
「よしよし! それじゃあ一緒に買い物した気分を味わおう!」
「そういうことだよアーサー、今から並ぶからね!」
「……ああ」





 こうしてエリス達と共に店内に入ったアーサー。入店して早々ごった返す人々と商品を見比べながら唖然とする。



「……」
「ワンワン……」
「……何だこの店は……」


「春物のシャツ……三万ヴォンド……」
「ワン……!?」

「このスカートは五万ヴォンド……」
「ワンワン……!?」

「……このベルトはセールの対象か。それでも一万四千……」
「……わっふん」



 アーサーが値札を眺めながらぶつぶつ言っていると、リーシャとカタリナと行動をしていたエリスがやってくる。



「ちょっとアーサー、向こうのアクセサリー売り場がすごいから来て!」
「……」


「……どうしたの? お腹空いたかな?」
「いや……それは大丈夫だ。それよりも、この店の商品は価格が高すぎないか」
「そりゃそうでしょ。だってミセス・グリモワールが手掛けているんだもん」

「……半年前にゾンビを薙ぎ倒していたあの女。そんなに有名なのか」
「らしいよ、わたしも後で知ったんだけどね~。それで手掛けている服も見てみたら、本当に素敵で……!」
「……」


 今までの店に並んでいた服とこの店の服を脳内で見比べてみるが、エリスがどこに惹かれているのかはわからなかった。


「……別にこれぐらいの服なら、誰が手掛けても一緒じゃないのか」
「ぶーっ、男子はみーんなそういうこと言う~。そんなこと言うなら鎧だって同じでしょ~」

「違う。用途、材質、構造、その他の特徴が鎧にはあり、更に職人によっても……」
「はい論破します。どんな時に着るのか、材質は何か、どんな風に着るのか、そして誰が仕立てているのか。ね? 服も鎧も変わらないでしょ?」
「……」



「さあわかったらわたしについてきなさい。アクセサリーぐらいなら、可愛いとかそういうのわかるでしょ?」
「……ああ」


 連れて行かれた先は店内の中でも奥の方。多くの女子学生が商品を眺望する中に、リーシャとカタリナはいた。





「ああ~……! なんてすっごいのここ! 種類も豊富だし、それでいて可愛いの多いし……!」
「でもやっぱり高いなあ……慌ててお金持ってきたけど、これじゃ手で数えるぐらいしか選べないや」
「私の持ち合わせは一番安いやつの五割にも満たないんだけど! どうやったらお金貯められるのよカタリナァ~!!」
「え、えっと……わかんない……」


 エリスも二人の隣に立って、商品を眺める。


「このクローバーのヘッドドレス……可愛いなあ……欲しいなあ……」
「ああ~わっかるぅ~……やっぱグリモワールのデザインって緑を取り込んでいる物が一番映えてるよね~……」
「値段は……二万五千かあ。うう、貯金箱には一万しか入ってなかった気が……」
「小物類なら私達にも手が届くかな? え~私も貯金頑張ろうかな……」
「……」



 あれやこれやと妄想を膨らませるエリス達を、アーサーは一歩引いた位置から静観していた。





 それからしばらくウインドウショッピングを堪能して、二人は店を出た。その後は露店で軽食を買ったりまた街を歩いたりして、日が暮れるまで二人は外で過ごしたのだった。


 そして、日が沈む方向に傾き、そろそろ家に帰ろうかと帰路に差しかかった時――




「まあ、貴女はエリスちゃんではなくって?」
「アザーリア先輩。こんな所でこんにちは」


 塔へと続く道の途中で、アザーリアに声をかけられる。後ろにはマイケルとラディウスもいた。


「アザーリアってよく人の顔覚えられるよな……俺無理なんだけど」
「僕も無理かな~。物語の登場人物ならいけるんだけどね」
「人の出会いは一期一会。大切な出会いなんですもの、忘れるはずがございませんわ!」
「……一々覚えていくのは、今後苦労しそうだな」



「ところで、先輩達はこれから街に出かけるんですか?」
「そうでございますわ!」


 アザーリアは手に持っていた編み籠を高々に突き上げる。


「演劇部にマチルダという子がいまして。その子、もうすぐ誕生日を迎えるんですの!」
「あいつはキャンディが大好きだからな。だからこの籠に入るだけ詰め込んで渡してやろうって寸法さ」
「誕生日は欲しい物を貰える、一年に一度の大切な日。マチルダにはお世話になっているから、奮発するんだ~」
「奮発した結果がキャンディかってツッコミはノーだぜ!!」


 それまで話半分でエリス達の会話を聞いていたアーサーが、ラディウスの言葉で我を取り戻した。


「ていうかもう行こうず。早くしないと日が暮れる」
「それもそうですわね! それではエリスちゃん、ごきげんよう~!」
「アザーリア先輩、マイケル先輩、ラディウス先輩。さようなら~」



 エリスとアーサーは先輩三人を見送ってから再び歩き出す。



「誕生日かあ……そういえばわたしも誕生日もうすぐだな」
「……三月二十三日だったか」
「そうそう。周りはどんどん年増えていくから、自分も増えた気になって忘れちゃうんだよね~」
「……」



「ふんふんふふ~ん。今度手紙でお父さんに何かねだろうかな~」


 すっかりご機嫌なエリスの隣で、アーサーは神妙な顔で考え込む。





(誕生日は欲しい物を貰える、一年に一度の大切な日)

(このクローバーのヘッドドレス……可愛いなあ……欲しいなあ……)



 今アーサーの中で、二つの言葉が結び付いて解を導き出した。
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