ナイトメア・アーサー ~伝説たる使い魔の王と、ごく普通の女の子の、青春を謳歌し世界を知り運命に抗う学園生活七年間~

ウェルザンディー

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第2章1節 魔法学園対抗戦/武術戦

第185話 ヴィクトール

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「……」


 何も言わずに空き教室の部屋を開けて、適当な席に座った。適当故隣の生徒がどのような素性でも、受け入れて居座る。


「……でさ~! このシーンがかっけーんだわ! 見てみ?」
「どれどれ……おー、騎士王が悪党を懲らしめるシーンか。確かにいいな」


「そうそう、そうなんだよ、なあヴィクトール!」



 隣の生徒が自分の肩を叩いてくるので、渋々反応する。気さくに名前を呼んでくるということは、二年生かそれ以上の学年か。



「……何の用だ」
「お前もさ、そんな不貞腐れたような顔してないで! 騎士王伝説でも読めよ!」
「……」


 半開きの目で、差し出された文章に目を落とす。


「あーつまんなさそーな顔しやがって。お前、こういうのに心惹かれないタイプかよー」
「教養として読んだことはあるが、趣味としては興味がない」
「えーつまんねーの。騎士王って俺らと同年代なんだぜ? 近い年齢のヤツがこう活躍してるの見て、何も思わねえのかよ」
「……」



「……所詮は伝説に語られる存在だ。年齢が近かろうとも親近感は沸かん」

「仮に存在したとしても、俺達とは決して分かり合えぬ存在だ。上にいるか下にいるか、それだけが違いを証明するだけの……」



 ヴィクトールの淡々とした物言いに、話しかけた生徒二人は口を尖らせる。



「説明会が始まるようだぞ。本を仕舞え」
「へいへーい」





 こうしてヴィクトールはハンスをアーサー達に押し付けあずけ、生徒会の対抗戦説明会に参加していた。クラス毎での説明が終わった後、生徒会に所属する者は別途参加しなければならない。



「入会する時にも説明があったと思うけど。対抗戦では生徒会が大きな役割を担うことになっています」


 生徒会長が代表して説明を行っている。既に対抗戦を経験している四年生以上の生徒が歩き回り、寝ている生徒を大層痛そうに起こしている。


「その役割は指揮系統の担当、戦争で例えるなら軍師です。生徒会の役員は指揮官として、所属する生徒達を率いて勝利に導いていくことが求められています」


 そう言って生徒会長は、四角い金属でできた物体を取り出す。


「これは『通信器』と呼ばれている魔法具です。魔術研究部に所属している子は見たことあるかな。これを使うと声と声で連絡を取り合うことができます。これに加えて『探知器』という魔法具を使って戦況を把握し、適切な指示を出していきます」


「生徒会役員は武術戦と魔術戦の両方に参加が強制されます。総合戦は二つの試合の結果を鑑みて、優秀な成績を残した生徒が参加します。つまり二つの戦いを全力でやれってことですね。ここは他の生徒と変わりありません」



 会場となっている空き教室二つ分、そこを埋める生徒達をぐるりと見遣る。



「指示を出すだけ、前線で戦わないから楽だと思うかもしれませんけど。皆の言葉一つでその対抗戦の勝敗が決まってしまうんです。そのプレッシャーはただ言われた通りに動く前線以上の苦痛があります。どちらがいいかは個人によるので、難しいんですけどね」

「ちなみになんですけど、一年生。一年生はまだ入学したてなので対抗戦には出ません。代わりに先輩の応援を頑張ってもらいます。でも四年生、七年生と出場するので、その時の為にも先輩の活躍見ておいてくださいねー」



「では説明はこんな感じですね。何かわからないことがあったら、遠慮なく先輩とかに聞いてくださいね。解散!」



 生徒会長が手を打ち鳴らしたのを聞いて、役員達は続々と物音を立て出す。





「よーし終わり終わり。この後第二階層でも行こうぜ」
「えー、でも二年生はどうするか話し合った方がいいんじゃなーい? 他の先輩はそうしてるよー?」
「そんなのヴィクトールが大体何とかしてくれるだろ? なあ?」


 二年生の誰かそう言ったのを聞いて、ヴィクトールは振り向く。


「……」
「おお、こっち向いてる。なあお前さ、この対抗戦では絶対に勝つんだーとか言ってたじゃん。生徒をまとめあげるのはそういうやる気がある奴が一番良いって、俺は思うな」
「そんなこと言って、ただサボりたいだけでしょ! わかってるんだから!」
「……」


「でも一理あるよねー。実際ヴィクトール君頭良いし。一年生の試験だって、全部の教科で百点満点だったんでしょ?」
「そうそう。一年生唯一のパーフェクトだって、バックスのハゲが喜んでいたなあ。それで追加ボーナス貰ったんだろ? いいなあ」


「……大したことはない」
「まーたそうやって謙遜するー。とにかく武術戦の参加者リストが確定したらさ、策立てて俺らに教えてくれよ」
「……」




 その後同学年の生徒が続々と帰っていっても、ヴィクトールはまだその場に残り続けている。




(……絶対に勝つ)


(……そうだ。この戦いは負けられないんだ)


(……彼奴と戦うことになるんだ。ここで俺の実力を証明しなければ……父上に……)




 結局ヴィクトールが教室を後にしたのは、最後の数人になって他の生徒会役員に急かされてからであった。





「……そういえば奴はどうしているだろうか」


 階段を降りていく途中で、ヴィクトールはハンスのことをようやく思い出していた。


「今回は連中に任せたから問題はないものの……早く回収しないとな」


 そして二階の階段に差しかかった時――



(……ん?)

(……話し声? 二年一組の教室から……)




(……この声は、アーサー? それに……ハインリヒ先生?)


 気が付くと彼は、聞き耳を立てていた。






「……それでは先生、こちらが申請書です」
「ええ、確かに承りましたよ。……ふむ、剣術ですか」
「やっぱりオレにはそっちの方が性に合ってます。殴るのが嫌い、というわけではないのですけれども」
「それもそうでしょうね。貴方は。剣を使うことが身体に染み付いているのでしょう」


「……色んな先生方から貴方の話を聞いています。イズエルトでのことやイスパル風邪のことなどね。何だか私の知らない所で様々な経験をしてきたようで……」
「えっと、それについては……すみません。報告しようにも翌日には忘れていることが多くて」
「それは日常が楽しいということの証明ですよ。気に病む必要はありません。必要とあらば私の方から情報を集めていますので」
「へえ、それは凄いですね」

「教師というものは常に生徒を気にかける仕事なのですよ……それにしても貴方、いつの間にか敬語を使うようになったんですね?」
「あ、えーと……最近、覚えました、はい」
「往々にして結構なことだと思いますよ? ふふっ」
「ははは……」


「……ではこれぐらいにしておきましょうか。すみませんね、友達といる所を呼び止めてしまって」
「いえ、オレも話したいと思っていたので……あ、最後に一ついいですか」
「私に答えられることであれば」
「セロニム先生について何か聞いていませんか? この前の集会の時から姿を見せていなくて、そして結局四月いっぱいは課外活動に来なくて。来てもらわないと一年生達に忘れられてしまうという話をエリスとしていたんです」

「ふむ……あの方には少々込み入った事情がありまして、魔法学園を時折離れることを許可しているんですよ」
「そうなんですか」
「ここで働く際に学園長にそういう了承を得たそうです。私も内容までは預かり知れないのですが、そこは個人的なものなので。とはいえアーサーの言うことも一理ある」
「先生からも一声かけてくださいよ。事情が何であれ、忘れられるのには変わりないと思います」
「そうしておきましょう。では、これで」
「はい、ありがとうございました先生」





 アーサーはハインリヒに一礼して、教室を後にする。



 その直前に聞こえた、階段を駆け下りていく足音にも気付かずに。





 それから数日後の日曜日。



「……」
「おはよーアーサー。顔俯けてどうしたの?」
「いや……」
「ねえねえ、今日はオニオンスープを作ってみたんだー。コンソメが効いてて美味しいよっ」
「ああ……頂こう」


 アーサーはソファーに座り、マグカップのスープを喉に流し込む。


「美味しい。朝にはこれぐらいの味がいいな」
「トーストも食べて食べてー。ビアンカさんにね、ガーリッククリームの作り方教えてもらったんだー」
大蒜にんにくか……ということは服に臭いがついているな」
「ん……一応気を付けてはいたけど、まあちょっと付いちゃってるかも?」
「ならオレが洗っておくよ」



「……」



「……へんたい」
「むがああっ!?」


 むせて咳き込むアーサーに、エリスから蔑視の視線が向けられる。


「も~、前から決めてたじゃん。お互いの服はお互いで洗う! 急に変えられても、変態って言うだけです!」
「……へんたい……」
「そうよ変態なのよ。とにかくね、今まで通りわたしの服はわたしが洗います。あとそれ以外の布団とかは……交代で洗うって決めてたよね。それで今日はわたしの番だったはず……」



「……そ、そうだそれが言いたかったんだ!! 今日は布団はオレが洗うよ!!」



「え……そっちは別にいいけど。どうしたの急に」
「いやさ、布団って重いじゃないか!? 偶にはオレが洗って楽してもらおうと思ってさ!! なっ!? 悪い話じゃないだろ!?」
「……」


 やけに熱いお手伝いの申し出である。これを突っぱねるのは気が引けてしまう。


「……うん、アーサーがそこまで言うならそれでいいよ。あとスープ冷めるよ」
「あ、ありがとう。二つの意味で」
「はいはい」


 空返事をした後、エリスは自分の食器をまとめていく。


「わたし今日は島に行くんだ。サラが花壇整備をするから、そのお手伝い。多分男手がいると思うから、暇ならアーサーも来てよ」
「あ~っと……オレは洗濯してからでもいいか?」
「へ、洗濯?」
「そうだ。昨日服を汚してな。早く洗い流したいって思ったんだ」

「……それ終わったら来てくれるのね?」
「勿論だ。騎士の誓いに懸けて」
「何それ」



 食器を洗い終えたエリスは、自分の部屋に向かい、出かける為の準備に着手する。



(……でも何で急に洗濯の話が出てきたんだろう)




 その後来るついでに買ってきてもらうお菓子用ということで、ヴォンド銀貨を二枚アーサーに渡してからエリスは出発していった。




 それから一時間後。





「……ワンワン」
「『それでいいのかお前』だと? いいんだよこれで、これが最善なんだよ」
「ワンワン……」
「原因がわかれば苦労はしてないんだよ。だからといって直球に訊くわけにはいかないだろう……」


 カヴァスとぶつぶつ言い合いながらアーサーが洗っていたのは、自分のベッドのシーツと下着。固形石鹸を擦り付けて、水を張った鉄盥に突っ込んでわしゃわしゃ手洗い。


「くそっ……何故この期に及んでなど……あの冬、調子を崩して倒れてからそうだ……」





           トン、トン



「イザークに知られたら何を言われるか……少なくともあいつには知られないようにしないと……」



       タン、タン



「ハインリヒ先生に相談してみるか? だが真面目な口調でこの話をされても……オレが恥ずかしいな」

「ならアレックスさんか? でもあの人普段から忙しそうにしているしなあ……」

「そうだ、カイルさんだ。アルベルトさんは多分イザークと同じ反応返してくるだろうから、一人の時を狙って……」


     カツン、カツン






 その声がする方向に、アーサーは首だけを向けた。



「……おはようアーサー。朝から家事仕事とは、実に神妙な心掛けだな」



 手を後ろに回して、今まで見たことのない不敵な笑みを浮かべて、




 彼は――ヴィクトールは、木々の影からにじり寄ってくる。




「ああ……おはよう。今日は朝から洗濯をしたい気分だったんだ」
「そうか、そうか……ククッ」


「……何だよお前。というか何の用でここに来た」
「おっと、そうだった……貴様に話があるんだ、アーサー……」



「いや、こう呼ぼう。騎士王と呼ばれるナイトメア――騎士王伝説の主役、大いなるアーサーよ」
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