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第1章 霧の向こうの研究所
1話 揺れるバスと霧の先に隠れる影
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ガタッ!! ゴトッ!!
「いててて、今のは結構揺れたな」
「もう少し、道を舗装してくれないかしらね」
「でもさ。どうせ当分戻らないんだし、そう何度もここを通るわけじゃないからな。俺たりだけじゃなく、他もそうだろう? なら、わざわざ舗装しないんじゃないか?」
「それにしたってよ? せめてお尻が痛くならないくらいには、舗装しても良いじゃない」
うん、本当にね。いくらあまり車が通らない、というか、ほぼ関係者しか通らない道だったとしても、もう少し舗装してくれれば良いのにね。私もまた、お尻が痛くなってきたよ。
ガタッガタッガタッ!!
……はぁ。時々ガタゴトと、いやかなりの頻度で激しく揺れながら、マイクロバスが森の道を進んでいく。
人里を離れてから、もう2時間。マイクロバスの窓の外は、いつのまにか深い霧に包まれていて。すぐ目の前の木々は確認できるけれど、5メートル先はよく見えず、今どんな場所を走っているのか分からないだ。
マイクロバスの目的地は、難病を治す薬を開発するために設立された、森の奥深くにある最先端研究所。今日からそこが、私の新しい仕事場になる。
「じゃあさ、少し気を紛らわせようぜ。知ってるか? 別の研究所で起きた、惨劇な事件の話……」
「またぁ?」
「あら、良いじゃない。私は好きよ」
マイクロバスに乗ってから、何度も聞かされている怖い話。怖い話が好きな研究員、山田哲也研究員が、よほど暇なのか、また怖い話を始めた。
ある研究所で起きた出来事。その研究所も、私たちがこれから働く研究所と同じ、薬を開発する研究所で。研究員の中に、自分の子供が難病にかかっている研究員がいて、表向きには子供を治すために、懸命に研究していたと。
だけど実は、裏では子供を助けるために、他人を使って人体実験を繰り返していて……。
そのうち、人体実験で亡くなった人々の幽霊が現れ、研究所は呪われることに。そして原因となった研究員は、人体実験の被害者の幽霊と研究所に囚われ、2度と外の世界に戻れなくなった……。
なんて、いかにもありそうな幽霊話。ずっとこの調子で、いかにもな怖い話ばかりする山田研究員。
ただ、マイクロバス内ではやることもなく、電波も悪くスマホは使えないため。まあ、確かに、研究所に行くまでの暇つぶしにはなるかなと。私は、見えにくい窓の外を眺めつつ、右から左に話を聞き流しながら過ごすことにして。
そうして15分くらい話を聞くと、マイクロバスの中はまた静かになったんだ。
聞こえるのはエンジンの音だけ。私は無意識に胸元へ手をやる。洋服の下、首から下げているのは、両親とお兄ちゃんから貰った大切なお守り。
握りしめると、両親とお兄ちゃんの思いが伝わってくるようで、それに、その思いに力をもらえるようで、時々こうして握りしめるんだ。
そしてお守りを見るたびに、私はあの日のことを思い出すの。私が小学校1年生で、お兄ちゃんが小学校6年生の時にあったことをね。
小さい頃は毎日、大好きなお兄ちゃんの後を追いかけていた私。あの日もいつも通り近所の公園で、お兄ちゃんが遊具で遊んでいるのを見ていて。お兄ちゃんが遊び終わった後に、私も同じ遊具で遊んでいたんだ。
そうして帰る前に乗ったのが、当時1年生だった私にとっては、ちょっと大きめのブランコだった。
でも、まぁ、そんなことは関係なく、これまたお兄ちゃんを真似て、私は思い切りブランコを漕いでね。
『瞳、危ないよ! そんなに高く漕いだら……!』
お兄ちゃんの制止する声が聞こえた瞬間だった。手が滑り、綺麗に澄み渡る空がスローモーションのように見えてからすぐ、私の意識は途絶えたんだ。
大きくなってから、その時のことをお兄ちゃんや、お兄ちゃんの友達に聞いたら、私は変な格好で、固い地面に叩きつけられたんだって。そして地面に血が流れ出して……。
その時、死について考えることは少ないだろう、まだ小学6年生のお兄ちゃんでさえ、私が死んだと思ったらしいよ。
でも、すぐに現実に戻ったお兄ちゃんは、友達に両親を呼びに行ってもらい、お兄ちゃん自身は泣きながら震える手で、私の頭にできた傷口をずっと押さえてくれて。
両親が駆けつけた後、救急車が呼ばれ、私はそのまま病院に運ばれ、一命を取り留めたんだ。
そして、目が覚めてから先生に言われた言葉。
「お兄ちゃんがずっと、怪我したところを押さえてくれていたから、すぐに病院で治すことができたんだよ。よかったね。お兄ちゃんはアニメに出てくる、みんなを助ける正義のヒーローみたいだね」
と、そう言われてね。だから大好きなお兄ちゃんは、この時から私のヒーローになったの。
でも私が退院し、家に戻ってきてから、何故かずっと部屋に籠ってしまったお兄ちゃん。そうして帰ってきてから1週間して、やっと部屋から出てきてくれたと思ったら、
『瞳、これ。あのね、これにね、僕が瞳を守るっていう気持ちを、全部入れたんだ。だからこれがあれば、もう痛い思いもしないし、怖いことも起きないよ』
そう言って、照れくさそうに笑いながら、何かを首にかけてくれたお兄ちゃん。手にとって見てみると、それはちょっと歪なお守りで。
お兄ちゃんがずっと部屋に籠っていたのは、私のために、手作りのお守りを作ってくれていたからだったんだ。
お守りを首にかけてくれた時の、お兄ちゃんのあの温かくて大きな手。私は今でもそれを覚えているよ。
そして私は、それからずっとお兄ちゃんのお守りを持ち歩き、今も両親のお守りと一緒に持っているんだ。
ただ、そんな私の、ヒーローのお兄ちゃんは……。
月日が流れ、みんなに優しかったお兄ちゃんは、苦しむ子供たちを助けたいと、難病に効く薬を開発するための研究者になって、バリバリ働き始めたの。
だけどその矢先、お兄ちゃん自身が難病に倒れてしまい、数ヶ月で亡くなってしまったんだ。
お兄ちゃんが亡くなって、どれだけ悲しかったか。でも、闘病中でも弱音を吐くことなく、逆にいつも私を心配してくれて。
そんなお兄ちゃんの姿を思い出し、いつまでも泣いていちゃダメだと、自分に言い聞かせ。
それから、お兄ちゃんはいつか、病気を克服したら、また苦しむ子供たちのための研究をするんだと、最後まで諦めずにいたからね。そんなお兄ちゃんの、みんなを救いたいという気持ちを、このままなくしたくないって思って。
だから私は、お兄ちゃんの意思を引き継ぎ、お兄ちゃんと同じ道へ進むことを決めたんだ。これが、私が研究員になった理由だよ。
“お兄ちゃん、見ててね。私、頑張るから。……絶対に、苦しんでいる人を助けてみせるよ ”
心の中で、何度も繰り返してきた言葉。それを改めて繰り返す。そして心が落ち着いてから、私は視線を窓の外に戻したよ。
そうして、それからまた少しして、
「あと、どれくらいで着くのかな」
誰にも気づかれないくらいの小さな声で、私は窓の外を眺めながらそう呟く。
と、その時だった。
“気をつけろ”
「え?」
懐かしいお兄ちゃんの声で、そう言われた気がして、私は思わず声のした方を見る。すると道路の脇に、白い服を着ている人が一瞬だけ見え。私は急いで、できる限り窓に顔を寄せ、外を覗き込んだ。
だけど、霧は濃いし、マイクロバスが止まるわけもなく。結局、確認することはできなかった。
今の……。まさかお兄ちゃんなわけないよね。きっと空耳。お兄ちゃんのことを考えていたから、そう聞こえたのかも。
うーん、それにしてもなぁ。この辺には民家はないって言っていたし、研究所の人かな? こんな霧が濃い日に外出? なんて考えた私。
だけど、そう。霧がこれだけ濃いんだから、人影もただの見間違いかなと思い直してね。その後は気にすることなく、深い霧の中をどんどん進んでいくマイクロバスに、あいかわらず激しく揺らながら、私は研究所に到着するのを待ったんだ。
「いててて、今のは結構揺れたな」
「もう少し、道を舗装してくれないかしらね」
「でもさ。どうせ当分戻らないんだし、そう何度もここを通るわけじゃないからな。俺たりだけじゃなく、他もそうだろう? なら、わざわざ舗装しないんじゃないか?」
「それにしたってよ? せめてお尻が痛くならないくらいには、舗装しても良いじゃない」
うん、本当にね。いくらあまり車が通らない、というか、ほぼ関係者しか通らない道だったとしても、もう少し舗装してくれれば良いのにね。私もまた、お尻が痛くなってきたよ。
ガタッガタッガタッ!!
……はぁ。時々ガタゴトと、いやかなりの頻度で激しく揺れながら、マイクロバスが森の道を進んでいく。
人里を離れてから、もう2時間。マイクロバスの窓の外は、いつのまにか深い霧に包まれていて。すぐ目の前の木々は確認できるけれど、5メートル先はよく見えず、今どんな場所を走っているのか分からないだ。
マイクロバスの目的地は、難病を治す薬を開発するために設立された、森の奥深くにある最先端研究所。今日からそこが、私の新しい仕事場になる。
「じゃあさ、少し気を紛らわせようぜ。知ってるか? 別の研究所で起きた、惨劇な事件の話……」
「またぁ?」
「あら、良いじゃない。私は好きよ」
マイクロバスに乗ってから、何度も聞かされている怖い話。怖い話が好きな研究員、山田哲也研究員が、よほど暇なのか、また怖い話を始めた。
ある研究所で起きた出来事。その研究所も、私たちがこれから働く研究所と同じ、薬を開発する研究所で。研究員の中に、自分の子供が難病にかかっている研究員がいて、表向きには子供を治すために、懸命に研究していたと。
だけど実は、裏では子供を助けるために、他人を使って人体実験を繰り返していて……。
そのうち、人体実験で亡くなった人々の幽霊が現れ、研究所は呪われることに。そして原因となった研究員は、人体実験の被害者の幽霊と研究所に囚われ、2度と外の世界に戻れなくなった……。
なんて、いかにもありそうな幽霊話。ずっとこの調子で、いかにもな怖い話ばかりする山田研究員。
ただ、マイクロバス内ではやることもなく、電波も悪くスマホは使えないため。まあ、確かに、研究所に行くまでの暇つぶしにはなるかなと。私は、見えにくい窓の外を眺めつつ、右から左に話を聞き流しながら過ごすことにして。
そうして15分くらい話を聞くと、マイクロバスの中はまた静かになったんだ。
聞こえるのはエンジンの音だけ。私は無意識に胸元へ手をやる。洋服の下、首から下げているのは、両親とお兄ちゃんから貰った大切なお守り。
握りしめると、両親とお兄ちゃんの思いが伝わってくるようで、それに、その思いに力をもらえるようで、時々こうして握りしめるんだ。
そしてお守りを見るたびに、私はあの日のことを思い出すの。私が小学校1年生で、お兄ちゃんが小学校6年生の時にあったことをね。
小さい頃は毎日、大好きなお兄ちゃんの後を追いかけていた私。あの日もいつも通り近所の公園で、お兄ちゃんが遊具で遊んでいるのを見ていて。お兄ちゃんが遊び終わった後に、私も同じ遊具で遊んでいたんだ。
そうして帰る前に乗ったのが、当時1年生だった私にとっては、ちょっと大きめのブランコだった。
でも、まぁ、そんなことは関係なく、これまたお兄ちゃんを真似て、私は思い切りブランコを漕いでね。
『瞳、危ないよ! そんなに高く漕いだら……!』
お兄ちゃんの制止する声が聞こえた瞬間だった。手が滑り、綺麗に澄み渡る空がスローモーションのように見えてからすぐ、私の意識は途絶えたんだ。
大きくなってから、その時のことをお兄ちゃんや、お兄ちゃんの友達に聞いたら、私は変な格好で、固い地面に叩きつけられたんだって。そして地面に血が流れ出して……。
その時、死について考えることは少ないだろう、まだ小学6年生のお兄ちゃんでさえ、私が死んだと思ったらしいよ。
でも、すぐに現実に戻ったお兄ちゃんは、友達に両親を呼びに行ってもらい、お兄ちゃん自身は泣きながら震える手で、私の頭にできた傷口をずっと押さえてくれて。
両親が駆けつけた後、救急車が呼ばれ、私はそのまま病院に運ばれ、一命を取り留めたんだ。
そして、目が覚めてから先生に言われた言葉。
「お兄ちゃんがずっと、怪我したところを押さえてくれていたから、すぐに病院で治すことができたんだよ。よかったね。お兄ちゃんはアニメに出てくる、みんなを助ける正義のヒーローみたいだね」
と、そう言われてね。だから大好きなお兄ちゃんは、この時から私のヒーローになったの。
でも私が退院し、家に戻ってきてから、何故かずっと部屋に籠ってしまったお兄ちゃん。そうして帰ってきてから1週間して、やっと部屋から出てきてくれたと思ったら、
『瞳、これ。あのね、これにね、僕が瞳を守るっていう気持ちを、全部入れたんだ。だからこれがあれば、もう痛い思いもしないし、怖いことも起きないよ』
そう言って、照れくさそうに笑いながら、何かを首にかけてくれたお兄ちゃん。手にとって見てみると、それはちょっと歪なお守りで。
お兄ちゃんがずっと部屋に籠っていたのは、私のために、手作りのお守りを作ってくれていたからだったんだ。
お守りを首にかけてくれた時の、お兄ちゃんのあの温かくて大きな手。私は今でもそれを覚えているよ。
そして私は、それからずっとお兄ちゃんのお守りを持ち歩き、今も両親のお守りと一緒に持っているんだ。
ただ、そんな私の、ヒーローのお兄ちゃんは……。
月日が流れ、みんなに優しかったお兄ちゃんは、苦しむ子供たちを助けたいと、難病に効く薬を開発するための研究者になって、バリバリ働き始めたの。
だけどその矢先、お兄ちゃん自身が難病に倒れてしまい、数ヶ月で亡くなってしまったんだ。
お兄ちゃんが亡くなって、どれだけ悲しかったか。でも、闘病中でも弱音を吐くことなく、逆にいつも私を心配してくれて。
そんなお兄ちゃんの姿を思い出し、いつまでも泣いていちゃダメだと、自分に言い聞かせ。
それから、お兄ちゃんはいつか、病気を克服したら、また苦しむ子供たちのための研究をするんだと、最後まで諦めずにいたからね。そんなお兄ちゃんの、みんなを救いたいという気持ちを、このままなくしたくないって思って。
だから私は、お兄ちゃんの意思を引き継ぎ、お兄ちゃんと同じ道へ進むことを決めたんだ。これが、私が研究員になった理由だよ。
“お兄ちゃん、見ててね。私、頑張るから。……絶対に、苦しんでいる人を助けてみせるよ ”
心の中で、何度も繰り返してきた言葉。それを改めて繰り返す。そして心が落ち着いてから、私は視線を窓の外に戻したよ。
そうして、それからまた少しして、
「あと、どれくらいで着くのかな」
誰にも気づかれないくらいの小さな声で、私は窓の外を眺めながらそう呟く。
と、その時だった。
“気をつけろ”
「え?」
懐かしいお兄ちゃんの声で、そう言われた気がして、私は思わず声のした方を見る。すると道路の脇に、白い服を着ている人が一瞬だけ見え。私は急いで、できる限り窓に顔を寄せ、外を覗き込んだ。
だけど、霧は濃いし、マイクロバスが止まるわけもなく。結局、確認することはできなかった。
今の……。まさかお兄ちゃんなわけないよね。きっと空耳。お兄ちゃんのことを考えていたから、そう聞こえたのかも。
うーん、それにしてもなぁ。この辺には民家はないって言っていたし、研究所の人かな? こんな霧が濃い日に外出? なんて考えた私。
だけど、そう。霧がこれだけ濃いんだから、人影もただの見間違いかなと思い直してね。その後は気にすることなく、深い霧の中をどんどん進んでいくマイクロバスに、あいかわらず激しく揺らながら、私は研究所に到着するのを待ったんだ。
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