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第1章 転生編
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私の人生、なんとなく生きていたら36年経ってしまっていた。
小中高と地方の学校を出て、都内の短大を卒業後はずっと同じ会社で事務員として働いていた。朝から晩まで働き、休日はアニメや漫画、ゲームなどに興じる日々。
結婚はおろか、今まで恋人だっていたことはないし、この先作ろうとも思っていない。私には縁遠いものだったのだと、とうの昔に諦めていた。
家族は両親と妹が一人いる。元々そんなに仲が良い方ではなかったが、妹が実家を継いでからは更に疎遠となり最後に会ったのは数年前といった始末。
プライベートの友人も皆無で、希薄過ぎる人間関係の中、唯一まともに話すのは職場のスタッフ位なのだがそれも仕事上での話にとどまる。
時々、本当にこんな人生で良いのかと思うこともあるが、今更どうすることもできない。
日が暮れ始めた夕方のオフィス、パソコン画面を前にもう少しで自分の仕事は終わる。
そんな中、突然隣の後輩の女の子に声をかけられた。
「すいません、これ入力方法がよく分からなくて……、お願いしても良いですか?」
今日だけで、何度目のセリフだろうか。そうやって資料を私に渡してくる。
さっきも教えたのに、同じ給料をもらっているのにも関わらずこれでは仕事量が違い過ぎる。
そう思っても、絶対口には出さない。態度にも出さず、
「あの、これはね……」
そうやってもう一回教えようとした矢先、「じゃ、先輩、先に飲み会行ってますからね」と、最初から聞く耳を持たなかった彼女にそう言って遮られてしまった。
彼女は私に仕事を教えてもらおうとしていたのではない。押し付けたかっただけなのだ。
心の中で深いため息をついて、顔に出さないように、意気揚々とオフィスをあとにしようとする彼女を見送る。
「臼井さーん、悪いけど、これもお願いしても良い?」
そして、重ね重ね残業を押し付けようとする奴がここにも1人。すでに帰り支度を整え、オフィスを出ようとしている係長だ。面倒な仕事や雑用はいつもこうやって押し付けられていた。残業代が出る訳ではないのに。断るのが面倒でまた「はい」と返事をする。
「いやぁー、こういう時本当助かるよね、便利屋祥子さん」
思わずその知らない呼び名に、ピクっと体が反応した。
……便利屋、祥子さん?
「ちょっと係長!」
慌てて後輩の女の子が、係長に咎めるように声をかけた。
「あー、あれ?本人にはこの呼び方秘密だったっけ?」
二人が焦る中、私は空気を読んで聞こえなかったフリをする。
係長はいつもこんな調子だ。なんの悪びれもせず、私に「じゃよろしくねっ」と言って手を挙げると足早にオフィスを出て行った。
今日は特別、皆早く帰りたいのだ。そう、今日は新人さんの歓迎会があるから。
でも……、私だって、参加するはずだったのに。
私の人生、思えばこんなんばっか。デスクの上でかさ張る資料に目を落とした。そもそも歓迎会に行ったところでろくに皆と話せないんだから別に良いじゃないか。
せめて終電前に帰れたら良いなと思いながら、黙々と作業に取りかかった。
「おいおい、一人に押し付けんなよなー。俺も少し手伝うよ」
そんな中、頭上から一際大きく明るい声が降りかかる。
「え……?」
そう言って見上げると、そこには営業課のエースと名高い、私の密かな想い人がいた。
彼とは同期で時々こうやって声をかけてくれるのだ。
「おー、優しいー。じゃ先に行ってるからな」
「二人とも早く来てくださいねー」
そう言って先に出ていく同僚や後輩達。私が引き受けた資料に目を通すと、途端に顔をしかめて文句を言い始めた。
「えー、こんなん、もう明日やろうよ。別に今すぐ、仕上げなきゃいけないやつじゃないっしょ?」
「で、でも」
「さっさと飲み会行こう」
そう言って背広を羽織る彼だけど、そういう訳にもいかない。特に後輩の女の子が残していった方は、明日の会議用に仕上げて人数分コピーしておかないといけないものだ。
「少しだけやったら行くので、先に行っててください」
「そう言って臼井さんこのまま来ないつもりでしょ?」
「え?」
「臼井さん来ないとさ、飲み会で一人頭支払う額大きくなっちゃうでしょ?そこは空気読んで来てよねー」
……っ!
嫌味ったらしくそう言う彼に、私の中の憧れの偶像が音を立てて崩れていった。びっくりして何も言い返せずにいると、つづけざまにとどめを刺してきた。
「若い女の子達にあんま金出させる訳にも行かないしさー。ちゃんと来てよー?そういうの社会人としての常識だからね」
間抜けな私はここでやっと気付いたのだった。彼が優しく頼り甲斐のあるところを後輩や同僚にただ見せつけるために、私を庇うような発言をしたっていうことを。
目の前の資料をぐちゃぐちゃにしてやりたいところだったが、感情を殺して最後まで仕事をこなし、なんとか終わり際の飲み会に参加した。
参加といっても私はほとんど飲み食いしていない。私は言われた通り一介の社会人として、一人の財布要員としての役割を果たしたのだ。しかしその後の二次会になんてもちろん誘われず、本当にお金だけ払って一人寂しく帰路についていた。
……もうどうでも良い。
私は、あんた達が円滑に飲み会に行けるように働いてる訳じゃないし、あんた達が楽しく飲み食いするために稼いでる訳でもない。
これだけ身を粉にして働いているのに。
どうしてこうも報われないの。
小中高と地方の学校を出て、都内の短大を卒業後はずっと同じ会社で事務員として働いていた。朝から晩まで働き、休日はアニメや漫画、ゲームなどに興じる日々。
結婚はおろか、今まで恋人だっていたことはないし、この先作ろうとも思っていない。私には縁遠いものだったのだと、とうの昔に諦めていた。
家族は両親と妹が一人いる。元々そんなに仲が良い方ではなかったが、妹が実家を継いでからは更に疎遠となり最後に会ったのは数年前といった始末。
プライベートの友人も皆無で、希薄過ぎる人間関係の中、唯一まともに話すのは職場のスタッフ位なのだがそれも仕事上での話にとどまる。
時々、本当にこんな人生で良いのかと思うこともあるが、今更どうすることもできない。
日が暮れ始めた夕方のオフィス、パソコン画面を前にもう少しで自分の仕事は終わる。
そんな中、突然隣の後輩の女の子に声をかけられた。
「すいません、これ入力方法がよく分からなくて……、お願いしても良いですか?」
今日だけで、何度目のセリフだろうか。そうやって資料を私に渡してくる。
さっきも教えたのに、同じ給料をもらっているのにも関わらずこれでは仕事量が違い過ぎる。
そう思っても、絶対口には出さない。態度にも出さず、
「あの、これはね……」
そうやってもう一回教えようとした矢先、「じゃ、先輩、先に飲み会行ってますからね」と、最初から聞く耳を持たなかった彼女にそう言って遮られてしまった。
彼女は私に仕事を教えてもらおうとしていたのではない。押し付けたかっただけなのだ。
心の中で深いため息をついて、顔に出さないように、意気揚々とオフィスをあとにしようとする彼女を見送る。
「臼井さーん、悪いけど、これもお願いしても良い?」
そして、重ね重ね残業を押し付けようとする奴がここにも1人。すでに帰り支度を整え、オフィスを出ようとしている係長だ。面倒な仕事や雑用はいつもこうやって押し付けられていた。残業代が出る訳ではないのに。断るのが面倒でまた「はい」と返事をする。
「いやぁー、こういう時本当助かるよね、便利屋祥子さん」
思わずその知らない呼び名に、ピクっと体が反応した。
……便利屋、祥子さん?
「ちょっと係長!」
慌てて後輩の女の子が、係長に咎めるように声をかけた。
「あー、あれ?本人にはこの呼び方秘密だったっけ?」
二人が焦る中、私は空気を読んで聞こえなかったフリをする。
係長はいつもこんな調子だ。なんの悪びれもせず、私に「じゃよろしくねっ」と言って手を挙げると足早にオフィスを出て行った。
今日は特別、皆早く帰りたいのだ。そう、今日は新人さんの歓迎会があるから。
でも……、私だって、参加するはずだったのに。
私の人生、思えばこんなんばっか。デスクの上でかさ張る資料に目を落とした。そもそも歓迎会に行ったところでろくに皆と話せないんだから別に良いじゃないか。
せめて終電前に帰れたら良いなと思いながら、黙々と作業に取りかかった。
「おいおい、一人に押し付けんなよなー。俺も少し手伝うよ」
そんな中、頭上から一際大きく明るい声が降りかかる。
「え……?」
そう言って見上げると、そこには営業課のエースと名高い、私の密かな想い人がいた。
彼とは同期で時々こうやって声をかけてくれるのだ。
「おー、優しいー。じゃ先に行ってるからな」
「二人とも早く来てくださいねー」
そう言って先に出ていく同僚や後輩達。私が引き受けた資料に目を通すと、途端に顔をしかめて文句を言い始めた。
「えー、こんなん、もう明日やろうよ。別に今すぐ、仕上げなきゃいけないやつじゃないっしょ?」
「で、でも」
「さっさと飲み会行こう」
そう言って背広を羽織る彼だけど、そういう訳にもいかない。特に後輩の女の子が残していった方は、明日の会議用に仕上げて人数分コピーしておかないといけないものだ。
「少しだけやったら行くので、先に行っててください」
「そう言って臼井さんこのまま来ないつもりでしょ?」
「え?」
「臼井さん来ないとさ、飲み会で一人頭支払う額大きくなっちゃうでしょ?そこは空気読んで来てよねー」
……っ!
嫌味ったらしくそう言う彼に、私の中の憧れの偶像が音を立てて崩れていった。びっくりして何も言い返せずにいると、つづけざまにとどめを刺してきた。
「若い女の子達にあんま金出させる訳にも行かないしさー。ちゃんと来てよー?そういうの社会人としての常識だからね」
間抜けな私はここでやっと気付いたのだった。彼が優しく頼り甲斐のあるところを後輩や同僚にただ見せつけるために、私を庇うような発言をしたっていうことを。
目の前の資料をぐちゃぐちゃにしてやりたいところだったが、感情を殺して最後まで仕事をこなし、なんとか終わり際の飲み会に参加した。
参加といっても私はほとんど飲み食いしていない。私は言われた通り一介の社会人として、一人の財布要員としての役割を果たしたのだ。しかしその後の二次会になんてもちろん誘われず、本当にお金だけ払って一人寂しく帰路についていた。
……もうどうでも良い。
私は、あんた達が円滑に飲み会に行けるように働いてる訳じゃないし、あんた達が楽しく飲み食いするために稼いでる訳でもない。
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