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第2章 赤ちゃん編

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 そのまま意識を失った。
 あの電車にはねられて死んだ時のように、一瞬、意識が途切れ無になる。


 そして突然、ブツっと、どこかに意識が繋がった。
真っ黒で無だった中、いきなりテレビがついたかのように唐突に新しい世界が始まり五感が再び働き始める。

 しかしうっすら瞼を開けるも、視界はピントが合わないかのようにボヤけている。

(しかも、何これ、苦しいんだけどっ)

 呼吸の仕方を忘れてしまったかのよう、というより、まるで初めて呼吸をするかのような感覚。どうやるんだっけ、どうやって息してたっけとパニックになっていると、次の瞬間、苦しさにたえきれず全てを吐き尽くすかのように大きな声をあげていた。

「オギャアアアアアアアアアッ」

 まるで赤ん坊のような大きな産声。発しているのは……、まさかの自分のようだ。 

 え、マジで?本当に赤ちゃんになっちゃったの?

 息をつけたところで、状況把握のため目をしっかり開けるとまず目の前に飛び込んできたものは、木板の天井だった。そして何やら冷たく固い背中、この感触は床だ。どうやら赤ん坊なのに、裸のまま床に寝かされているらしい。

 薄暗くジメジメと湿気のある部屋。床に寝かされてるせいもあるが、何やら埃っぽいし、一体ここはどこなのか。

「うっ、うっ」

 なんとも、ひ弱な存在に生まれ変わってしまったと、心細さから泣きそうになっていると、コツコツっという足音が振動と共に自分へ近付いてきた。暗くてよく見えないが黒づくめの大きな男の人、前髪のせいで顔がよく見えない。その人に抱きかかえられて体が宙に浮いた。

 大きな手ですっぽり覆われる全身。そしてようやく見えた顔に、赤ん坊ながら思わず目を奪われることに。

 ……まさかのドタイプ、黒髪にちょっと影のある切れ長の目、鼻筋の通った整った鼻といった、文句の付けようがないちょっと闇ある系の超絶イケメンだった。

「ばぶ」

 訳:好き、結婚しよ。

 しばらく瞬きもせず、ガン見しているとバタバタと数人の足音がこの部屋めがけて駆け寄ってきた。

「伯爵様、今赤ちゃんの声が!」

「あぁ、まさか召喚魔法で赤ん坊が出てくるとは」

「まぁ、なんて可愛いらしいのかしら」

 ……神官ありがと、次こそ図太く生きちゃるわ。
 そう決心して、黒づくめのイケメンの服にしがみつく。

「見てー、可愛いー。伯爵様の顔を大きな目でじっと見つめているわ」

 私の視界に割って入って来たメイドのような女。嬉しそうに私の手をつんつんと触る。その手を振り払い赤ん坊の特権とばかりにイケメンの顔を触ろうとしたが、そのままメイドに引き渡されて大判の白い布に体を包まれた。

「ばぁぶ……」

 訳:オウ、シット……。

 赤ん坊だからしょうがないけど、これでは日曜夜の国民的アニメキャラ、永遠にバブバブしか言わない〇ラちゃんのようだ。

 しかし本当に赤ちゃんだ。小さな自分の手をしみじみ見る。ピンク色で柔らかい。ついでにほっぺも触ってみる、こっちもぷにぷにしてて柔らかい。

「ばーぶぅ……ッ」

 訳:……姿は赤ん坊でも中身はアラサー喪女。母性なんて一生感じられず生涯を終えるものと思っていたけれど、ここにきて自分に母性を抱くなんて。あー、なんて可愛い体、そしてなんて可愛い声、一生こうやってバブバブしていたい。このまま誰かに一生縋って生きていきたい……、

 今の赤ん坊の一声に、これだけの重苦しい感情がこめられているとは誰が思おうか。

「ばぶばぶ」

 不必要に声を出し、小さな手でメイドの服をひっしと掴んだ。

「見て、私の服を掴んでるわ、小さいのに凄い力だわ」

 きゃっきゃっとメイド同士、私の一挙一動に喜んでいる。悪い気はせずウルウルとさせながら彼女の目を見つめた。


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