1 / 36
第一章
第1話「めんどくさい生活の始まり」前編
しおりを挟む
気がつくと、天井が変わっていた。
白い蛍光灯じゃない。木の梁が見える、やけに低い天井。畳の匂いが鼻をくすぐる。
(……あれ? 会社の机で、書類に埋もれて……そのまま、心臓が……?)
ぼんやりした頭で上体を起こす。視界の端に、赤いランドセルが見えた。
「なんだよこれ」と思わず声を出した瞬間、妙に高い声が部屋に響いて、俺は慌てて口をつぐんだ。
鏡の前に立ってみる。
そこには——見知らぬ少女。黒髪のボブ、少し長いぱっつん前髪。大きな瞳がきょとんと俺を見返す。
「……え、誰……?」
鏡の中の少女が同じ言葉を繰り返す。俺だ。俺が喋ってる。
「ひなー? 準備できたー?」
襖の向こうから、やわらかな女の声がする。母親の声みたいに優しい。
けど……俺の母さんは、もうとっくに……。
胸がざわつき、鏡に手をついた。小さな指先が映る。
(これ、俺なのか……? 嘘だろ……)
ガラリ、と襖が開いて、エプロン姿の女性が顔を出した。
「なにしてるの、ひな? 急がないと遅刻するわよ」
俺は反射的にランドセルに視線をやる。どうやら本当に“ひな”って子の部屋らしい。
「……あ、うん。いま行く」
喉の奥で出しかけた「めんどくせー」を、なんとか飲み込む。
⸻
朝ごはんの席。
茶碗に軽く盛られた白ご飯、焼き鮭、味噌汁。それを見た瞬間、思わず心の中で突っ込んでいた。
(……これだけ? 俺の胃袋、これで一食とか無理だろ……いや、待て、今は小学生の体か)
箸を持つ手も、指が短くて頼りない。思わず落としそうになり、隣の兄ちゃんに笑われる。
「ひな、まだ寝ぼけてんのかよ」
「う、うるさい……」
反射的に睨んだら、母さんに「女の子なんだから」とたしなめられた。
(うわ、やべ……。普通におじさんみたいな目つきで見ちゃったかも)
⸻
登校時間。
ランドセルを背負った瞬間、予想以上の重さに足がよろける。
「小学生って、こんなの毎日背負ってんのか……め、めんど……」
声に出そうになって、慌てて口を押さえた。
通学路には、同じ制服の子どもたちが並んで歩いている。
みんな笑いながら、流行りの動画とかアイドルの話で盛り上がっている。
その輪に入ろうと一歩近づいたけど、すぐに足が止まった。
(ダメだ……俺、四十五のおっさんだぞ。小学生と何を話せばいいんだよ……)
「ひなちゃーん! 一緒に行こ!」
クラスの女子が手を振ってきた。俺は反射的に笑顔を作って返す。
「……めんど……」
かすかに唇が動きかけたけど、ぐっと飲み込んだ。
それでも、ランドセルの重みと、子どもたちのはしゃぎ声に挟まれながら歩く道のりは、思っていた以上に長くて……俺の新しい人生は、こうして始まってしまった。
白い蛍光灯じゃない。木の梁が見える、やけに低い天井。畳の匂いが鼻をくすぐる。
(……あれ? 会社の机で、書類に埋もれて……そのまま、心臓が……?)
ぼんやりした頭で上体を起こす。視界の端に、赤いランドセルが見えた。
「なんだよこれ」と思わず声を出した瞬間、妙に高い声が部屋に響いて、俺は慌てて口をつぐんだ。
鏡の前に立ってみる。
そこには——見知らぬ少女。黒髪のボブ、少し長いぱっつん前髪。大きな瞳がきょとんと俺を見返す。
「……え、誰……?」
鏡の中の少女が同じ言葉を繰り返す。俺だ。俺が喋ってる。
「ひなー? 準備できたー?」
襖の向こうから、やわらかな女の声がする。母親の声みたいに優しい。
けど……俺の母さんは、もうとっくに……。
胸がざわつき、鏡に手をついた。小さな指先が映る。
(これ、俺なのか……? 嘘だろ……)
ガラリ、と襖が開いて、エプロン姿の女性が顔を出した。
「なにしてるの、ひな? 急がないと遅刻するわよ」
俺は反射的にランドセルに視線をやる。どうやら本当に“ひな”って子の部屋らしい。
「……あ、うん。いま行く」
喉の奥で出しかけた「めんどくせー」を、なんとか飲み込む。
⸻
朝ごはんの席。
茶碗に軽く盛られた白ご飯、焼き鮭、味噌汁。それを見た瞬間、思わず心の中で突っ込んでいた。
(……これだけ? 俺の胃袋、これで一食とか無理だろ……いや、待て、今は小学生の体か)
箸を持つ手も、指が短くて頼りない。思わず落としそうになり、隣の兄ちゃんに笑われる。
「ひな、まだ寝ぼけてんのかよ」
「う、うるさい……」
反射的に睨んだら、母さんに「女の子なんだから」とたしなめられた。
(うわ、やべ……。普通におじさんみたいな目つきで見ちゃったかも)
⸻
登校時間。
ランドセルを背負った瞬間、予想以上の重さに足がよろける。
「小学生って、こんなの毎日背負ってんのか……め、めんど……」
声に出そうになって、慌てて口を押さえた。
通学路には、同じ制服の子どもたちが並んで歩いている。
みんな笑いながら、流行りの動画とかアイドルの話で盛り上がっている。
その輪に入ろうと一歩近づいたけど、すぐに足が止まった。
(ダメだ……俺、四十五のおっさんだぞ。小学生と何を話せばいいんだよ……)
「ひなちゃーん! 一緒に行こ!」
クラスの女子が手を振ってきた。俺は反射的に笑顔を作って返す。
「……めんど……」
かすかに唇が動きかけたけど、ぐっと飲み込んだ。
それでも、ランドセルの重みと、子どもたちのはしゃぎ声に挟まれながら歩く道のりは、思っていた以上に長くて……俺の新しい人生は、こうして始まってしまった。
0
あなたにおすすめの小説
百合ランジェリーカフェにようこそ!
楠富 つかさ
青春
主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?
ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!!
※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。
表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。
ちょっと大人な体験談はこちらです
神崎未緒里
恋愛
本当にあった!?かもしれない
ちょっと大人な体験談です。
日常に突然訪れる刺激的な体験。
少し非日常を覗いてみませんか?
あなたにもこんな瞬間が訪れるかもしれませんよ?
※本作品ではGemini PRO、Pixai.artで作成した生成AI画像ならびに
Pixabay並びにUnsplshのロイヤリティフリーの画像を使用しています。
※不定期更新です。
※文章中の人物名・地名・年代・建物名・商品名・設定などはすべて架空のものです。
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる