姉の婚約者を寝取った話

なかたる

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部屋に戻り、まだベッドの中で目を瞑っていたカイルに安心してジャケットを脱いだ時だ。
「ぅわっ!?」
ぐいっと腕を引かれ、ベッドの上に押し倒される。
「せ、先輩!?」
起きていたの?いつから──今?それとも、まさか。
「…この俺に薬を盛るとはな」
「っ……」
息が止まるかと思った。だって、全く溶けていないそれが彼の指の間に挟まれていたから。
「なんで、」
それならどうして寝たふりなんてしたんだ。睨み上げればフッと笑われた。
「なんでって?良いことを教えてやろうか」
意地悪な顔で彼は僕のシャツのボタンを外した。
「俺は、信頼出来ない奴の隣では眠らないんだ」
それはつまり、僕が信頼出来ないということだろう。
分かっていたことなのに直接言われるとこんなにも胸が痛くなる。
「…例えば、フェリアとか?」
虚勢を張って笑ってみれば、彼は肯定とばかりに笑みを浮かべた。ひどい人だ。
フェリアの隣で眠れるようになれば、僕なんて用無しのくせに。
「もう1つ、良いことを教えてやるよ」
「…なんですか?」
これ以上は心が潰れそうだ。けれど僕にはそれを押し退けることは出来ない。
「俺は嘘が嫌いなんだ」
「…はぁ」
そんなことは知っている。だから貴方との約束を守るために優先して抱かれてあげたじゃないか。ゼロしかない感情がマイナスにならないように。
「1度しか聞かないから答えろよ」
「なんですか?」
「あの『先生』とやらと寝てきたのか?」
それに答えてどうなるというんだ。寝取られ趣味でもあるのか?ないだろう、なら要らない情報だ。
どうせ何を言っても信じないだろうけれど、エリック先生をそんな風に見られるのは嫌だった。
「いいえ」
「…ふぅん?」
目を細めた彼が、グッと僕の首を絞める。
「なにっ、」
「お前って嘘つきなんだな」
──え?なに、なんで?嘘じゃないのに。
「寝てない奴がこんなところにキスマークつけんの」
「っ…それは、」
どうやら餞別は悪い方に役立ってしまったらしい。
「せ、先輩が付けたんじゃ」
「違う」
沢山付けられたうちの1つにしてしまおうと思ったけれど、彼は一筋縄ではいかなかった。
「俺はこんなところに付けてねぇよ…!」
ガリッと音がするほど強くその場所を噛まれ、痛みに目の前が白くなった。
「なに、して」
「口開けろ」
「えっ、」
「開けろって言ってるだろ。2度は言わすなよ」
その顔があまりにも怖くて大人しく言われるがままにすれば、白い何かが口の中に放り込まれた。
「飲め」
「み、水とか…」
よく分からない薬を飲めるわけがない。けれど成る程こういう気持ちだったのか。次からは薬を盛るのなんてやめておこう。
「良いから飲めって言ってんだろ」
グッと喉の奥まで指を差し込まれ、おえっとえづきながら何とか飲み込む。
「なんですか、これ…?」
飲んでからではもう遅いが、睡眠薬ではないだろう。
「──お前の好きそうな薬だよ。その反応見る限り、他の誰かとは使ったことはなさそうだな」
その言葉の意味を知るのは数分後、身体が異常に熱く敏感になってからだった。


「あぁ最悪、出て行ってよアンタ」
後から来たというのに随分と横暴な物言いのシェリアにため息を吐く。
ここは共有のサロンだし出て行けと言われる筋合いはないだろう。
だが隣にいるカイルを見る限り、ここでイチャつくだろうことは簡単に予想できる。
「ちょっと聞いてんの?」
「…分かったって」
席を立ちふと視線をやれば、廊下で何やら談笑しているクリス先輩を見つけた。薬草学が得意だと言っていた彼に会えるのはタイミングが良かった。
声をかけようと歩き出した時、急に腕を掴まれた。
「──なんですか?」
珍しい。リアと一緒の時にこちらを気にするなんて。
「あ、いや…」
「カイル様?」
訝しげなリアの表情に何でもないようにカイルが言葉を発した。
「俺たちが後から来たんだから退かなくていい。シェリア、他の2人になれる場所に行かないか?」
「え?えぇ、まぁ、そんなに言うなら…」
何が気に喰わないって、この愚姉が彼に好意を抱き始めたのを目の前で見てきたからだ。
興味もなかったくせに奪って、その上自分の幸せまで掴もうとしている。
(強欲、阿婆擦れ、くそ女)
死んでくれたらいっそ楽なのに。
「いえ、結構です。用事があるので」
「…それならいいが」
ポンっと肩を叩いた彼が耳元で囁く。
「クリスが友達と話してるのに、邪魔はするなよ」
──成る程、そういうことか。こんな僕が親友に近付くのが嫌なのか。
「…そうですね。気が回りませんでした、すみません」
だが言っていることも最もだ。けれど大人しく身を引こうとサロンを出た瞬間。
「あっ、リルくんじゃん。元気~?」
なんと向こうから声をかけてくれた上にこちらへ来てくれたのだ。
「クリス先輩っ!」
「元気そうだねー。この後俺とサボる?」
「サボりませんけど、聞きたいことがあって」
「じゃあ一緒にお茶でもどう?カフェまだ開いてるだろうし」
「良いんですか?お友達…」
「大丈夫大丈夫。可愛い後輩優先するの当たり前だっての」
ポンポンと頭を撫でてくれる彼にへらりと笑う。駄目だ、頭を撫でられるとつい表情が崩れてしまう。
そんな僕をぶっ殺すぞくらいの視線でカイル先輩が見ていたけれど、気にしないことにした。


「はっ?」
口からダバダバとお茶をこぼした彼の口周りをハンカチで拭いてやる。
「ですから、作れますかね?セックスドラッグ」
「……ごめん、その可愛い顔からそんな単語が出てきたことにびっくりしてる」
「この前ちょっと使う機会があったんですけど、意識が飛んじゃったんですよね。それじゃ本来の意味がないので、どうせなら自分に合うのを作ってみたら良いんじゃないかと思いまして」
「…ちょっと整理させて」
タンマと手で制した彼に頷いて待つ。
数分経ってから深呼吸した彼がさっきよりも声を潜めて聞いてきた。
「え、もしかしてそういう相手いるわけ?」
「え?えぇ、まぁ」
「恋人ってことだよな?」
「…ちょっと違いますけど、まぁ、寝ますかね」
「爛れすぎじゃねぇ!?」
それ大丈夫なのかよと問われ曖昧に笑う。
「お互い割り切った関係なので」
「……あっそぉ…。後輩が大人の階段登りすぎててちょっと引いてんだけど」
「すみません、こんな話して。でも思い当たるのってクリス先輩くらいしかいなくて」
「…因みに聞きたくないけど、使ったのってどれ?」
「え?」
「面白そうだから手伝ってやるよ。まずはどの程度が駄目なのか知らないとな」
「あ、それが分かんないんです。相手の人が持ってきたのを飲んだだけなので」
「えー……めっちゃ積極的じゃん」
羨ましい、なんて呟いた彼には悪いがそんなに良いものではない。
「どんなやつ?有名なのなら分かるかも」
「えっと…白くて丸い、ツルツルの」
「普通の錠剤?」
「はい。けど水無しで飲めるくらいのサイズで」
「そんなの世に溢れてるからなぁ…。その相手に言ってもう1回貰うことって出来ないわけ?」
「…言うだけ言ってみたら、くれるかもですけど」
「なら言ってみろよ。作るのはそれからだな」
「分かりました」
「手に入ったら早めに持ってきて。成分鑑定の機械、貸出申請するから」
「了解です」

というわけで、頼んだわけだ。

「あの白い薬、まだ残ってたらくれませんか?」
「…なんで?」
まぁそうなるよね。はいどうぞって貰えるわけがないのは分かってたけどさ。
「気に入っちゃって」
「…ならやる前に飲ませてやるよ」
「いや、普通に欲しいっていうか」
「だからなんでだよ」
鋭い視線がこちらを刺す。まさか自分に合った媚薬をクリス先輩と作るためとは言えない。口が裂けても絶対に言えない。
「あー……」
しまった、言い訳を思い付いていなかった。
なにか良いのはないだろうか?例えば、そう。
「他の人とする時に使いたくて」
言い切った途端、バキッとテーブルが叩かれ悲鳴をあげる。──マジかよ、割れてるよ。
「…あの、先輩?」
「殺されたくなかったらちょっと黙れ」
手から血を流しながら頭を押さえて深呼吸している彼にもう足はガクブルだ。え、そんなにダメなことを言っただろうか。
「……なに」
「あ、すみません。手当て」
しばらくしても顔を上げる気配がないので勝手に手に触れて手当てしようとすると、ようやく顔を上げた。
「…お前さぁ」
「はい?」
「……マジで、ほんとに……」
「…はい?」
どうしたんだろう。言いたいことがあるならはっきり言えばいいのに。
「…カイル先輩?」
「………お前にやったら」
「はい、なんですか?」
「お前にやったら、俺になんかあるわけ?」
──成る程、確かにそれもそうだ。この薬だって入手するのにお金もリスクもあっただろう。
「そうですね、僕があげられるものってあんまりありませんから…」
というか僕の持つもので欲しいものなんてこの人には何も無いだろう。けれど折角手に入るチャンスなのだから、何か用意しなくては。
「えー……じゃあ、なにか先輩のお願い1つ聞くっていうのはどうですか?」
勿論こんなのが無くともなんでも聞くけれど、あんまりハードなプレイなんかは学校がある日は断っていたのだ。
それらが解禁されるのなら、割と良いのでは?
「──なんでも?」
「え?あ、はい。僕に出来ることなら」
「本当に?」
何をそんなに縋るような目で見ることがあるのだろうか。そんなに酷いことがしたいのか?
(まぁいっか、どうにかなるでしょ)
首を絞められたことはあるし、身体中を噛み跡だらけにされたこともある。大抵のことなら、この人からもらうものなら何だって平気だ。
「はい。どうぞ?」
そんなに躊躇わずともひと思いに言って欲しい。
「…今、」
(え、今からハードプレイ?)
明日実習があるんだけど、なんて考えたけれど、どうやら続きがあるようだ。
「今、お前が俺以外に関係を持ってる奴ら、全員切ってくれ」
「──え?」
「呼ばれたらいつでも行くから、もう他の奴に抱かれようとすんな」
「…それは」
それは、お願いになるのだろうか。そんなことなら普通に言ってくれたらいいのに。だって僕に他の人なんていないんだから。
「俺だけじゃ、嫌なのか」
嫌じゃないですよ、むしろ嬉しい。まぁ、これ以上兄弟が増えるのは嫌なだけでしょうけど。
「良いですよ。分かりました」
「──本当か?」
信じられないという顔をする彼に笑いかける。
「えぇ。じゃあ、薬ください」
手を出せば、グッと息を飲んだ彼が着てきたジャケットの胸ポケットに手を忍ばせ、薬の入った袋を差し出してくれた。
「ありがとうございます」
「…俺以外切るって約束したのに、誰と使うんだよ」
──しまった。やられた。それを言われてしまえばこの薬をもらったことの意味が無くなる。
僕はそれで良いけれど、薬が無くなって怪しまれてしまえば僕は嘘つき認定されてしまう。
それはすなわち、嫌われるということだ。
「じゃあ、1回だけ免除ってことで」
「ふざけんな」
あ、いつも通りの先輩だ。よかった。
「最後くらい良いじゃないですか」
「お前今すぐぐちゃぐちゃにしてやろうか?」
「怖いですって。ていうか使っちゃダメなら約束守る意味もないじゃないですか」
「使いたいなら俺とするときに使えばいいだろ。他の奴より俺が1番なんだろ?」
それを言われると困ってしまう。だって僕は他の人を知らないし、1度はそういうことがあっても良いのかとも思ったけれど、そんなに都合よく相手が見つかるわけがない。
「…おい」
「え?あ、すみません」
「……いいからさっさと飲めよ。ヤんぞ」
「へ?あー、これ、またのお楽しみにしますね」
いそいそとテーブルの引き出しにしまった僕を見て彼が眉を寄せる。
「俺の知らないところで使ったら許さねぇからな」
「分かってますって」
もういいからしましょ、そう誘えば、彼の唇が僕の口へと落ちてくる。
キスするなんて珍しい。けれど、拒む理由もないからそのままにしておいた。
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