姉の婚約者を寝取った話

なかたる

文字の大きさ
上 下
6 / 9

しおりを挟む

とりあえず何とか薬を入手したわけだし、さっさと鑑定してもらおうとクリス先輩の元に持って行ったのだけれど。
「先輩、水!水!!」
薬を見た途端に口からまたもやダバダバと零した彼の口周りをまたもやハンカチで拭く。
「…え、これ飲んだの?お前が?」
「へ?あ、はい。貰って」
「…えー……へー………あー……」
「どうしたんですか?」
変人なのは元からだが、今日は拍車をかけて変だ。
「あのさぁ、確認なんだけど」
「はい?」
「これ、相手の人から貰ったんだよな?」
「そうですけど…」
確認したがこの前と同じものだ。何をそんなに引き攣った顔をしているのだろう。
「……あのさぁ」
「はい?」
「言いたくないけど、すげぇ言いたくないけど」
「はい」
「これ、俺が作ったんだよね。随分昔に」
「……えっ!?」
そうなのか。通りで何も刻印がないと思った。
「効能やばかったでしょ」
「それはもう、意識飛びましたよ何回も。でも凄いですね、作ってたなんて思いませんでした!」
「──あのね、リルくん」
「はい?」
「作ったのが俺ってことは、俺は誰にこれをあげたか分かってるわけ」
その言葉を咀嚼して飲み込んで──頭が急激に真っ白になるのを感じた。
そうか、確かにそうだ。いや、けれど、女に渡したって可能性も。
「あげたのカイルだけなんだけどねー……」
「死にたいので帰ります」
「待て待て待て!!」
すくっと立ち上がった僕の腕を掴んだクリス先輩は顔を引きつらせたまま続けた。
「あー……2人ってそういう関係なんだ?」
「…死にたい…」
「いや死ぬなよ!?嫌だよ俺、遺書に名前とか書かれるの!」
「死なせてください…」
「いや引いてないから死ぬなって!」
「嘘だぁ…」
もう泣きそう。何でよりにもよって、こんな偶然。
「引いてるのはアイツに対してだから!!マジでこれやばいやつなんだよ!」
「…どういうことですか?」
「作っといてなんだけど、マジでやばかっただろ?こんなの聞きたくもないけどハマっただろ?」
「まぁ、そう、ですね。だから自分に合うやつ作ろうと思ったし…」
「普通のはこんな強くねぇんだよ。これはマジで俺の失敗作。ただアイツが捨てるの勿体無いって言うからやったけど、今の今まで忘れてたっての…」
落ち着くためか大きく深呼吸した彼が眉を寄せる。
「これ下手すりゃ腹上死だぞ」
「…もしかして僕のこと殺したかったとか」
「馬鹿、そんなのアイツに証拠丸々残るだろうが。お前何して怒らせたんだよ」
「……何って、ちょっと他の人との約束優先させようとしたら怒ったから、」
あの日の出来事を、思い返してもひどい話だった。
「とりあえず薬で眠らせてから会いに行って、帰ってきたらブチ切れてて」
「うんお前が悪い」
「なんでですか!?」
「そりゃお前、恋人が他の奴と会うために自分を眠らせて行ったら浮気疑うだろうが!」
「それなんですよ!キスマーク付けてただけですごい怒って、」
「当たり前だろ!?」
「ていうか僕たち恋人じゃありませんから!!」
何を勘違いしているのか分からないけれど、そんなことは有り得ない。
「はぁ!?お前は好きでもない奴に抱かれるのか!?ビッチじゃん!!」
「違います!僕は好きだけど、あの人は違う…!」
「ンなわけあるかよ!」
「──リアが好きだから、でも身持ち固いから、僕がそこに漬け込んだだけですよ」
最低な僕は代わりでもよかった。一夜の夢を見られたのならそれでよかったのだ。
「…お前らさぁ…」
仕方ねぇ奴らだな、とため息を吐いたクリスの手が伸びてきた時だった。
「──なに早速、約束破ろうとしてるわけ?」
「え、せ、先輩?」
どうしてここにいるのだ。
「…カイル」
「……悪いんだけどちょっとコイツに話があるからさ、譲ってくれねぇ?」
「…俺も話の途中なんだがな」
「頼むよクリス。急ぎだからさ」
とても顔を見上げられなかったのは、声が明らかに違ったからだ。怒ってる、それも尋常じゃないほど。
僕が取るべき行動はなんだ?
約束ってアレのことだよね?別にクリス先輩とはそういうのじゃないのに。
「…分かった。リルくん、お前はもうちょっと周りの人間をよく見ろよ」
よく分からない助言を残してひらひらと手を振り去っていくクリスを見送り、立ち尽くす。
「──アイツとは何ヶ月?」
「え?」
不意に投げられた質問の意味が分からなかった。
「俺より先か後か、どっち」
「なにが…」
「身体の関係持ったの」
…だから、持ってないんですけどね。面倒だから、もう言わないけどさ。
貴方の中で僕は男に奔放な性格であらねばならない。
「さぁ…覚えてません♡」
「なら俺の身の回りの奴に何人いる?お前の学年には何人だ?教師はこの前の奴の他に何人いる?」
「…だから、それ聞いてどうするんですか?」
「知っとかねぇとお前が約束破っても言い訳されて終わりだろうが」
「…まぁそうですね」
えー、普通のビッチって何人いるんだろう。ていうか普通のビッチってなんだよ、パワーワードだよ。
「えっと…6人くらい?」
「──んだよ、その程度かよ…」
息を吐いた彼に心が冷える。え、6人ってその程度って人数なの?そうなの?
どうしよう、キャラを維持する方法は。必死に頭の中を模索してなんとか打開策を1つ見つける。
「まぁ、クリス先輩とは今はそういう関係じゃないので切るとか切らないとか関係ないですよね」
「…そういう関係じゃ、ない?」
「えぇ。だって気になる人はじっくりゆっくり落としたいじゃないですか。クリス先輩の身体だけじゃなくて心も欲しいなぁって」
「──お前、約束」
「今の状態の人たちを切ればいいんでしょう?なら新しく出来た人はノーカウントですよねっ?」
目一杯あざとく首を傾げてみせる。驚くほど無表情のカイルが何を考えているのか、もう分からない。
「あ、なんなら先輩も協力してくれません?」
「なんで、どうして、お前は」
またその顔。どうすればいいか分からないみたいな顔をされても僕も困る。
「…お兄様?」
冷たく固い雰囲気を壊したのは、1人の少女の声だった。それはカイルに向けられたもので。
「どうなさったの、こんなところで。あらごめんなさい、お話中だったのね」
ふわりと笑った少女は、カイル先輩とそっくりな髪と顔と、それから声で。
「初めまして、妹のアリアと申します」
本当にそっくりで、ただ目を奪われた。
「──あ、と…シェリル・クレジオットと申します」
「まぁ、お噂の!お兄様の婚約者の方の、双子の弟君よね?とても優秀でいらっしゃるんでしょうっ?」
ぐいっと詰め寄られ顔が熱くなる。妹さんでこんなのなら、普段僕はどんな顔で彼に抱かれているのか。
まぁ意識して抑えているからマシだろうけれど。
「言うほどでは」
「ご謙遜なさらないで。人に興味がないお兄様が貴方には引っ付き虫なのだもの、とても素敵な人なのだと分かるわ!貴方のような方と縁者になれるだなんて嬉しい限りだわ!」
それは綺麗な笑顔で手を握ってきた彼女の言葉を理解するのに時間はそうかからなかった。
そうだ、今は婚約だけれどいつか結婚する。そうなればリアはこの人を受け入れて、子供を産むのだろう。
この人は僕なんかのことを忘れて幸せになる。
縁者といえど会う機会は滅多に無くなるだろう。
この人の、そばに、いたかった。
ほんの少しでも長く。
「シェリル様?」
僕は、最低だろうか。
「どうぞリルと愛称で呼んで下さい」
この嘘の微笑みも、いつか笑える日が来るのだろうかなんて。
「一目惚れって、本当にあるんですね」
「リル」
冷たい声。親友ならず妹まで奪おうとした僕に嫌悪感しか湧かない?
「悪いがアリア、この後用事があるんだ」
「え、えぇ、分かったわお兄様」
「来い」
ひと言命じられたこれに逆らえたら、どんなに楽だっただろう。


もうこれでもかってほど滅茶苦茶にされたよね、当たり前に。
あの薬も飲まされたし、もう最悪。
「ちょっと、重いんですけど」
さすがに倦怠感もやばい今に腕が胸の上に置かれるのは辛さ以外の何者でもなかった。
聞こえているはずなのに無視されたのが分かったので思いっきり抓ってやるとようやくどかされる。
「なんなんですか、ほんとに」
「…こっちのセリフだ」
「え?」
「一目惚れってなんだよ、馬鹿じゃねぇの」
「…あぁ、駄目でした?」
どうしても嫌悪感を露わにされるならやめておこうと思っていた。別に先輩を傷付けたいわけじゃないんだから。説得力ないかもだけど。
「…なぁ知ってるか?」
もうすっかりくたびれた僕の性器をゆるゆると扱かれさすがに弱い力だが彼の手を払った。
「疲れてんですけど」
「こっちも弄れば開発できるらしいぜ」
「…いや、いらないです」
「いいじゃねぇか。胸も後ろも、俺が抱く時には他の男にやられてたんだからさぁ」
ここくらいいいじゃんって、おもちゃを強請るみたいに簡単に言ってくれる。
「嫌ですよ。使い物にならなくなったらどうしてくれるんですか」
「…誰かに使う予定でもあんの?」
「失礼な人ですね。僕もこれでも伯爵家の長男って忘れてませんか?」
「あぁそうだったな。養子取れば?お前、男が好きなのに結婚なんて出来ないだろ」
「なに馬鹿なこと言ってんですか。別に男が好きなわけじゃないですよ。正しくは男も、です」
別に今まで女を好きになったことがないわけではないのだ。子供の頃の話だけれど。
「僕だってそこらへんはちゃんと分かってますし、それなりの身分の人と結婚しますよ。子供も生まないとだし、不能にされたら困りますね」
「…いいじゃん、不能になれば」
「……あのねぇ」
アンタ僕のことなんだと思ってるんだ、本当に。
何故たった小さな過ちを未来永劫続く傷にさせなければならないのだ。
「奥方だって自分に興味のない男に抱かれるよりは子無しのほうがマシだろ」
「そこら辺は人それぞれでしょうけど、自分の常識を当てはめないで下さいよ」
アンタは思っているシェリアと結婚できるから良いだろうけれど、世の中そんなに甘くはない。
貴方たちは偶然が重なっただけの幸福者だ。
「それに僕は意外と単純ですから、少し優しくされたら簡単に落ちるんですよ。今も昔も」
これだけが難点だと言い切ってようやく眠りにつく。
何故か抱きしめられていたけれど、突っ込む気力ももうなかった。
しおりを挟む

処理中です...