姉の婚約者を寝取った話

なかたる

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行為が終わればさっさと眠っていたのに、珍しく甲斐甲斐しく世話をしてくれたカイルに首を傾げる。
そういえば今日の行為はなんだか変だった。
「カイル先輩?」
「ん?」
──だからなんなんだ、その優しい笑みは。
(…まぁいっか)
気まぐれでも何でも、束の間の恋人気分を味わえるのなら何でもいい。
せっかく入れてくれた水を喉に流し込み尋ねる。
「夏の帰省、実家に戻られるんですよね?」
「あぁ、そうだな。父の手伝いもあるし」
「…そうですか。休暇の間、両家で食事会をするそうですよ。僕たちも会えますね」
笑いかければへんな顔をされた。何かおかしなことを言っただろうか。
「先輩?」
「あ、いや。…暇なら俺の家に来ればいい、いつでも、もてなすように伝えておく」
「あはは、ありがとうございます。でも先輩のお宅まで少し遠いですからねぇ」
「…何言ってる?近いだろ、十分」
「え?──あぁ、そっか」
そういえば言ってなかったっけ、忘れてた。
「僕は今回は帰省しないので。あ、食事会には顔を出すので安心して下さいね」
「……は?なんで?」
「実家嫌いなんですよ、僕。聞いたらクリス先輩も毎年残留されてるって言うので、それなら僕も今年からは帰らないでおこうと思って」
「寮に残るのはアイツだけだ」
「え?あ、そうですね」
「…なんなのお前、マジで」
「えっ?」
なんでそんな大袈裟にため息つくの。
「あ、心配してるようなことは起こりませんよ。休暇中はクリス先輩に手出したりしませんって!」
「信用できるかよ」
「それにエリック先生が僕のこと心配して、休暇中は寮内に泊まってくれるって、」
バキッ。え、待ってこの音聞いたことある。ついこの間に弁償して買い換えたばっかりなんだけど。
(──テーブル割れてますやん…)
どれだけ握力があればこんなになるんですか…?
「…選べ」
「へ?」
「俺と一緒に休暇中は俺の家で過ごすか、お前の大嫌いな実家に戻って毎日俺の家に通うか」
「え、普通にどっちも嫌ですけど…」
前者は愚姉がうるさそうだし勘繰られそうだ。後者でもそれは同じ、というか面倒くさい。
どちらにせよ性格の悪いあの女に「実はコイツ貴方のことが好きなのよ」なんて告げ口された日には生きていけなくなる。
「なら俺が寮に残る」
「馬鹿なんですか?そんなに溜まってるなら偶に出張してあげますよ」
「…お前マジで俺のことなんだと思ってんの?」
「あ、そうですよね。寮から出れるんだから普通にそういう店に行きますよね、ごめんなさい」
「──もういい、説明すんのも疲れた。寝るぞ」
「ですね。僕も疲れました。おやすみなさい」
このおやすみなさいは、あと何回許される?



夏休み中盤、こんなに長い時間彼に会えないのは初めてだと思いながら日々を過ごしていた。
去年もその前も、なんだかんだ理由をつけて彼の実家へと足を運んでいたし、彼も来ていた。
「暇だなー」
僕の部屋に遊びに来たクリス先輩は特に何をするでもなくぼうっと宙を見つめていた。
「暇ですねぇ」
「あのさぁ」
「はい?」
「俺、元彼がうちの学校にいるんだけどォ」
「……はぁ」
「反応薄いねぇ」
「すみません、驚きで」
今なんと?元彼?え、先輩ってそっちなの?
理解不能な上に暑さのせいで考えるのを放棄してしまった。
「別れたんですか」
「うん、そぉ。でもセフレ状態」
「……俺とカイル先輩みたいですね」
「そんなにいいもんじゃないけどさぁ。俺って綺麗じゃん?」
「…まぁ、顔は整ってますね」
自覚ありかよこの人。自分で言えるのがすごい。
「で、お前もそんな感じじゃん」
「はぁ。とてもクリス先輩には及びませんけど」
「だからどっちが抱かれてるとか分かんねぇと思うのな。ってことで付き合おうぜ」
「すみません脈絡下さい、僕貴方みたいに頭良くないんですよマジで」
「俺はアイツのこと好きだけど、アイツは俺のことまともじゃないとか言うわけ。女と付き合って結婚するのが普通だ、周りに言えないようなこの関係がおかしいって」
それはまさに僕が考えていたことそのままだった。
「でも思うわけ。誰を愛そうがその人の自由だし、誰かに言われて傷付くことはあっても、心変わりするくらいならそれって本気じゃないよなって」
「…たしかに」
「俺は男を愛する男より、誰も愛せない男の方が怖いと思うんだけどな」
「極論ですけど、たしかにそうですね」
どこかズレているけれどそれが大正解のように感じるのはどうしてだろうか。
「まぁそんな事も全部笑い飛ばされて終わったけど。お前はカイルが好きなんだろ?」
「えぇまぁ」
「俺はソイツが好き。だからさ、俺らが関係を持った風に見せてオープンにすれば、そいつらに迷惑かけずにアタックし放題じゃん」
「いやいやいや」
ちょっと待て、それはおかしい。
「え、人目もはばからずってことですか?」
「うん」
「いや無理でしょ!僕は伝えるつもりなんてないんですから!」
「──ならなんで関係を持ったわけ?」
それは至極真っ当な正論で、あまりにも真っ直ぐすぎるものだった。
「…なんで、って」
「諦めきれないって思ったからじゃねぇの?」
「……例えそうだとしても、もう」
もう、遅すぎる。
「そうやって蓋をして、言わずに、2人の結婚を祝福出来るのかよ」
「そんなの」
出来る、はずだった。したかった。
好きな人が好きな人と幸せになるのを、僕は。
「…わからない…」
「でしょ」
「でもそれ、クリス先輩にしかメリットないじゃないですか。僕は周りの目を気にするんです」
「お前専用の媚薬作ってやるって言ったら?」
「やります」
──誰か僕の浅はかさを罵ってくれ。
夏の暑さのせいだと言い訳すら出来ないだろう。


「リル!」
眩しい笑顔は久しぶりに見たせいか随分眩しい。
「…こんにちは。お久しぶりです、先輩」
貴族御用達の店の化粧室で再会なんて、よりにもよって2人きりだし。
「マジで久しぶり。痩せたんじゃないか?」
触れて来ようとする手を思わず避ける。行く前に口すっぱくなるほどクリス先輩に言われたのだ。
不用意に触らせない、それから交際相手がいることを伝えておくこと。
「──リル?」
「は、はい?」
「なんで避けるんだよ」
「…避けてませんよ」
言いながらも伸びてきた手をひょいっと身体を捻らせて避ける。
「なに、俺汗臭かった?なら」
「先輩はいい匂いですよ、安心して下さい」
「…あっそう」
頭をぽりぽりと搔いた彼に言うタイミングが全くと言っていいほど見つからない。
「当たり前だけどクリスと変なことしてねぇだろうな?」
考えば当たるとはまさにこの事、ドンピシャで出てきた名前に顔が引きつる。
「へ?あ、えぇ、はい」
「…何かあったのか?」
「えっ」
「お前すぐに顔に出るんだよ!お前まさか、アイツと寝たのか!?」
ぐいっと個室に引っ張られ鍵を手早く閉められてしまった。
「ちょ、やめてください!」
なにやってんのこの人、これから食事会なのに。
「お前言ったよな、手出さないって」
「──あぁ。そのつもりだったんですけど」
丁度いいや、もう今のうちに言ってしまおう。
「実はちゃんとお付き合いすることになりました。だからもう、先輩は、」
クリス先輩の声が脳裏に蘇る。
『笑顔で先輩は要らないですって言うんだよ』
そうすれば万事うまく行くと彼は言っていた。
「先輩は、要らないです」
初めから心の底からそう思えたらきっと楽だったのだろうと思う。
「…は…?だって、お前ら、男同士で」
「男同士ってそんなに重要ですかね?別にお互い好きで一緒に居るんだから、いいじゃないですか」
「ふざけんなよ!じゃあ俺は何のために…!」
「僕は、先輩のことは最後まで分かりませんでしたけれど」
何も話してくれなかった。ただ僕の顔に押され流されここまできたのだろう。
「先輩すごく上手だったから、リアも夢中になると思いますよ。ほら、そろそろ行きましょう?」
きっと僕たちを待ってお互い向き合って席に着いている頃だろう。
鍵を開けて化粧室を出ようとした、その時だ。
「ぅわっ!?」
扉にかけた手を押さえられ、彼のネクタイで後ろ手に拘束された。
「ひっ、なに、して…!?」
僕のベルトを緩めた彼が無造作に指を突っ込み、まだキツイそこに舌を這わせた。
「毎日ズコバコやってんじゃねぇのかよ」
「ぁあっ!?や、め、」
「とりあえず1回出しとけよ、なぁ」
ぐちゅぐちゅと僕のをしごいて簡単に達したせいで出たものを後ろに当てがった。
耳を塞ぎたくなるくらいに卑猥な音がして、もう泣いてしまいそうだった。
「やめて、先輩、やめて、おねがい」
こんなのされたことない。硬い床で拘束されたことも無ければ、こんな風に手荒くされたことも。
「なぁこれ、口から飲んでもすごかったなぁ?」
目の前に掲げられたのはあの白い薬だった。泣きながら首を振って許しを請う。
「ごめんなさい、ごめんなさい!!それだけは、」
「あぁ大丈夫、飲まさないって」
その言葉に安堵したのもつかの間、彼はそれを後ろの秘部から直接体内にぶち込んだ。
「ここから入れたら、口から飲むよりも効くらしいぜ?」
「ひっ」
「もう黙っとけ、な?」
口の中にハンカチを詰め込まれ頭がおかしくなりそうだった。彼の匂いがするハンカチと、異常なほどに震える身体と。
「はー、きっつ…」
そんな僕の中へ入って、気持ち良さそうに緩くしか動かない彼に、頭がおかしくなりそうだった。
もういっそ殺して欲しいと思うほど身体が熱くて。
ここがどこだとか、誰を待たせているとか分からなくなるほど頭もぐちゃぐちゃになって、涙とか鼻水で顔がぐちゃぐちゃになった頃だった。
「何をしている!?」
その姿は、何度かお会いした、先輩の父親で。
「っ…父さん…」
「──この馬鹿者がッ!!」
長い足で息子に蹴りを入れた彼は、両者の下半身を見て顔を青くさせた。
「大丈夫か!?」
「ぁいっ…!」
引き抜かれるその瞬間にも感じてしまうのだから、もう頭がおかしいのかもしれない。
「待ってくれ、今…」
何をどうすべきか分からずただ青白い顔でネクタイを解こうとするその姿を最後に、僕の意識は落ちた。


「…起きたか」
目が覚めればそこは昔よく見た天井だった。
視線を寄越せば父が立っていて、身体を起こそうとしたけれどとても動かなかった。
「…僕の部屋」
「そうだ。気分は?」
「…普通ですかね。すみません、気を失ったみたいで」
「それだけか」
「え?」
「お前、……」
なにか言い含む父に、あぁ、と納得する。
「先輩に襲われたことですか」
「っ…それは、」
「僕が悪いんです」
「襲われていたのはお前だろう!」
「あの人をそれほど怒らせたんでしょう。心当たりはありすぎてどれか分かりません」
「お前、久しぶりに顔を見せたと思えば、あんな…」
あぁ、あの姿をこの人も見たのか。
何というか何の感情も湧かなかった。僕は意外と薄情者なのかもしれない。
「医者に診てもらった。薬も盛られたそうだな」
「あぁ、そういえばそうでした」
「…明らかに初めての痕じゃないと言っていたぞ」
言葉を濁したが恐らくあの行為のことだろう。どうせもうあれを見られた時点で隠し通すのは不可能だ。
「そうですね」
「…そこまであの学校の寮は緩かったか」
「そうとも言いますし、僕が賢かったとも言うかもしれませんね」
「お前たちは恋人同士だったのか」
「はは、息子の恋愛遍歴聞きたいんですか?」
「これはお前だけの問題じゃない。これからの両家の問題だ」
成る程、確かにその通りだ。
「母さんは?」
「言ってない。侯爵と私しか知らん。お前が体調不良で倒れたことになっている」
「…そう」
ほんの少しホッとしたのは、大嫌いな姉にとって「好きな人にレイプされた可哀想な弟」になりたくなかったからだ。
「別に付き合ってませんよ。でも、そういう行為をしてたのはあの人だけです」
「理由は?」
「…リアが幸せになるのを邪魔したかったから?」
「違うだろう」
一刀両断ばっさりだ。そりゃ、伯爵ともなれば嘘も見抜くのだろうか。
「──ずっと好きだったのを、リアが知って、横から掻っ攫ったんですよ。女って言うだけであの人に愛されて、…殴りたければ殴って良いですよ?」
貴方の大事な娘を傷付けたんだから、と嫌味で付け加えてやれば驚くことを言われた。
「お前は私の息子だ。それを、あんな風にされて、腹が立たないと思うか」
「…それはびっくりですね。僕たちの間に親子の絆があったなんて」
「お前は昔からこの家が嫌いだったからな。見なかっただけだ」
「は、よく言う。あのバカ女の願いばかり叶えてきたくせに」
「それはお前が何も言わないからだ。お前が何かを頼んできたのなら、俺は何でも聞いただろう」
なんだそれ、都合のいい言葉だね。
身体は痛むし心も痛い。外はとっぷり暗いし、きっとクリス先輩も心配してるだろう。
「──なら、さぁ、父さん、お願いだから」
もうきっとこれ以上のお願いはないだろう。
「お願いだから、今すぐ、カイル先輩、呼んで」
会いたい。貴方に会って言いたい。
傷付けてごめんなさい、あなたが、好きです。



コンコン、と控えめにされたノックの後に入ってきたのは侯爵だった。
「失礼する」
顔は未だ青白く、こちらとかち合った瞳は痛ましげに歪められている。
「──お待ちしておりました。どうぞ、…2人とも」
父のその声で部屋に入ってきたカイルに思わず絶句してしまった。顔は腫れているし、目も真っ赤だし、なんなら唇も切れていた。
「先輩と2人で話したいんだけど…」
「それは出来ん。愚息がいつ暴走するか分からん」
「同意ですね。私としても息子が無体に扱われるのは我慢ならんので」
いや話難いし。そんな部屋の隅っこにいたって、侯爵と伯爵じゃ存在感ありすぎるから。
待てども出て行く気配もないので仕方なく口を開く。
「先輩、僕、」
「いやだ」
「…嫌だってなにが?」
「謝らねぇ。だって俺悪くないもん」
頬を膨らませて涙を今にもこぼれ落ちそうにしながら言い切ったカイルに、侯爵が無言で拳を振り上げた。
それを視線で制してから語りかける。
「大体俺の方がずっと前からお前の面倒も見て色々してやってたのに、なんでアイツなんだよ…!」
「…確かに本当にお世話にはなりましたし、」
「俺のなにが悪いわけ?顔も良いし性格も悪くない、将来だって安泰だし、なのに、なんで」
大粒の涙をポロポロ零すこの人に何をどう伝えれば良いのか分からない。
「俺でいいじゃん、俺のこと1番って言ったじゃん。なのになんで俺以外とほいほい寝んの。して欲しいことあるならお前の願いならなんだって叶えんのに、なんでよりにもよってアイツなんだよ!」
「──僕、貴方が1番じゃないです」
そう言った途端の傷付いた顔に、薄々気付いていて、けれど都合が良すぎるからと見ないふりをしていたことにようやく向き合う。
「貴方しか、知らないから」
「…え…」
「全部嘘です。貴方以外なんて、全部嘘。ガルオはただの親友だし先生はただの元家庭教師、クリス先輩だってただの親しい先輩です」
「だって、お前、」
「貴方が好きだから、けれど手に入らないって思ってたから、初めから自分で線引きしました。でも、」
「すきだ」
宝石みたいな雫をたくさん落としながら彼は言う。
「ずっと好きだった、ずっと、他の奴に嫉妬して、それでも1番でいたらきっといつか、そう思ってたから許せなくて、だから、だから」
僕の前に跪いて泣く彼の頬を撫でる。
「ごめん、何度でも謝るから、だからお願い」
「…僕は貴方のお願いなら何でも聞くんですよ」
「俺のこと好きでいて、俺以外に触れないで、後悔させないから、俺のそばに、いて」
僕は卑怯者で、ずっと逃げ回っていた。その間もこの人がそばに居続けた意味を、考えようともせず。
「大事にするから、お願い、好きなんだ、どうしようもないほどにお前が」
他に何もいらないと嘆く彼を可愛いと思ってしまう僕も大概だ。
「──なら存分に大切にして下さい」
きっとこれから考えることも沢山あるし、問題だって沢山ある。けれど。
「もう、売女の真似事も、レイプも、たくさんだ」
僕を好きだと言ってくれたこの人と一緒なら、きっと歩いて行ける気がしたんだ。
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