45 / 52
45 大切な幼なじみ 後
しおりを挟む何か思い出したのか、フィンは不愉快そうに頷いた。
「リーネが父親から褒められたことがあるのは、小さい頃に武術指南を受けてたときだけだったとか。男爵夫人は、そのことにリーネがこだわり過ぎて、他の可能性や楽しみには目もくれないのはもったいないって」
キールトは難しい顔になる。
「それは……その通りかも知れない。ドミナン伯爵は、アイリに対してかなり厳格で……」
「厳格?」
フィンは片眉を上げる。
「ねちねちとリーネの自信を奪うような言葉ばかり浴びせる、ただのクソオヤジじゃないっすか」
キールトは目を丸くし、「会ったのか」と苦笑いを浮かべた。
「友人である僕の父親は、『ドミナン伯は有能なアイリーネ嬢に期待し過ぎているんだろう』なんて暢気な見方をしてたが、正直なところ、僕もお前と同感だ。たまに顔を合わすと、僕のことはあれこれ賞賛してくれるのに、必ず引き比べてアイリを貶すから気分は良くなかったよ」
「あんな父親の評価に縛られるなんて、ばかばかしい。リーネのことは、俺が心の底からいくらでも褒めてやるのに……!」
吐き捨てるように言ったフィンを見て、キールトはなぜか柔らかく目を細めた。
「な、なんすか」
「いや……お前、本当にアイリに惚れてるんだなあ」
微笑ましげなキールトに、フィンは少し耳を赤くして顔をしかめる。
「何なんだよ? やめてください、その謎目線」
「ヴリアンも言ってたけど、僕がルーディカと結婚したら、公にはできないが義理の兄弟ってことになるんだし、なんだかお前のこともかわいく見えてきたよ」
「やめてくれ。あー……また兄貴が増えるのかよ」
フィンはうんざりしたように髪をかき上げて立ち上がり、脱ぎ捨ててあった上着を再び羽織った。
「どうした?」
「やっぱりもう一度話しに行ってきます。……また追い返されるかも知れないけど」
「明日にしたらどうだ。今夜はもう遅いし」
「でも……」
突っ立って考えを巡らせているフィンの姿を、キールトはまじまじと見上げる。
「それにしてもお前、あの火事の日からまだ一年も経ってないとは思えないほど大きくなったよなあ」
「え、……まあ、あれからけっこう勢いよく伸びたから……あっ」
フィンは何かを思い出したような声を出し、キールトを睨んだ。
「あんた、俺が火の中から助けたってリーネに知らせただろ?」
キールトは一瞬ぽかんとした表情になったが、すぐに潔白を主張した。
「い、いや、僕はお前の口止めを守ってるぞ? 他の誰かからアイリに伝わったんじゃないか?」
じゃあ一体どいつが……と眉根を寄せるフィンを見ながら、キールトはふっと笑う。
「かわいいよなあ。わんわん泣いたのを知られたくないから黙ってて欲しいなんて」
フィンはさらに耳を赤くして抗議した。
「ち、違うし! それと、これ以上かわいいとか宣ったら決闘を申し込みますよ! 俺が秘密にしておいて欲しかった理由は、救出に手こずって大火傷を負わせたのに、恩着せがましく名乗りを上げたくないからであって……」
「――でも、アイリは生きてる。あんなに元気になった。お前は本当によくやってくれたよ」
キールトの穏やかな声音に、一抹の寂しさが混ざる。
「さっきは『任せられない』なんて言ったけど、お前がアイリについててくれるなら、僕は安心してそばを離れることができそうだ。……ちゃんと仲直りしてくれよ」
◇ ◇ ◇
紙がこすれるような音が微かに聴こえ、アイリーネはまぶたを開けた。
「ん……」
ルーディカと話をして気が緩んだのか、アイリーネは長椅子に座ったままうたた寝してしまっていたことに気がついた。
長細い窓の鎧戸は既にぴったりと閉められ、その下方に置かれた丸い机の上では蝋燭の小さな火が揺れている。
その琥珀色の灯りが、ルーディカの端正な横顔を浮き上がらせていた。
美しい幼なじみは書類のようなものを熱心に覗き込み、指でなぞりながら何やらぶつぶつと口の中で呟いている。
アイリーネが目を覚ましたことに気がつくと、ルーディカは優しく微笑んだ。
「アイリ様」
「ごめん、私、寝ちゃってたんだね」
「ほんの少しですよ」
ルーディカは、手に持っていた紙を机の上に置く。
「冷めてしまっているとは思いますが、続き部屋にはお湯を用意していただいていますし、寝間着に着替えてお寝みになってはいかがですか」
アイリーネは「ありがとう」と言って立ち上がると、自分と同じくまだドレス姿のままのルーディカの方に歩み寄った。
「何してたの?」
訊ねながら、向かい側に置かれていた椅子に腰を下ろす。
「宰相様が考えてくださった、ご挨拶の口上を憶えようと……」
「挨拶?」
「はい。お誕生日式典で陛下から後継者としてご紹介いただいた後、私からもお集まりいただいた皆様に言葉を述べることになっているんです」
ルーディカは眉尻を下げて笑った。
「そんなに長いものではないのですが、なかなか頭に入らなくて……」
笑顔とは裏腹に、机の上に置かれたルーディカの華奢な手が小刻みに震えているのが目に映り、アイリーネはハッとした。
「……ルーディカ、ごめんね」
「えっ」
寒くはないのに冷え切っていたルーディカの手に、温かいアイリーネの手のひらが重なる。
「ルーディカこそ大変なときなのに、私ときたら自分のことばかりに気を取られて……」
「そんな……」
「ルーディカはいつも他の人のことを気遣ってくれるのにね」
アイリーネは「私が眠ってたから、灯りも最小限にしてくれてたんでしょ?」と席を立ち、部屋のあちこちに据えられていた燭台の蝋燭に火を灯して回った。
「ルーディカはきっと、国民思いの素晴らしい王女様になるよ」
アイリーネが机の方に戻ってくると、ルーディカはいつの間にか深くうなだれていた。
「どうしたの?」
不思議そうにアイリーネが呼び掛けると、沈痛な声が返ってきた。
「……私の方こそ……自分本位で、邪ですのに……」
深刻そうな幼なじみを、アイリーネは戸惑いの目で見る。
「……アイリ様は、私のような平民育ちの田舎の薬師が、なぜ王位を継ぐなどと大それた決心をしたのか分かりますか?」
「えっ……それはやっぱり、王太子殿下の長子として生まれたことへの使命感と、お一人で重責を担っていらっしゃる国王陛下をお支えしたいから……じゃないかな」
ルーディカは「アイリ様は私を買い被っておいでです」と、物憂げにまつ毛を伏せた。
「もちろんそういう思いもあります。フォルザの祖父母が陛下に託した私宛ての手紙を読んだというのも……」
それには、大切に育ててきたルーディカへの深い愛と、これからは父親から受け継いだ資質を国のために活かして欲しいという願いがしたためられていたのだという。
「また、コガー様の日記を実際に見せていただき、今は亡き父の望みを知ったからというのもあります」
侍従の日記には、離れて暮らす娘のことをずっと気にかけていた王子が、フィンの母親となった女性と結婚を誓い合った際に、「叶うことなら、王太子様の正統な長子であるフォルザの姫君とご一緒に家庭を築いていきたいです」と彼女から求められたことにも後押しされ、ルーディカを手許で育てたいと再び祖父母に願い出るつもりだったことが綴られていた。
「――でも、一番大きな理由は」
ルーディカは恥じ入るように身を縮める。
「わ……私が王族になれば……何の差し支えもなくキールト様との結婚が許されるから……」
罪を告白して裁きを待つ咎人のようにぎゅっと目をつぶったルーディカを、アイリーネは珍しいものでも見るかのように眺めた。
「……そんなことを後ろめたく思ってるの?」
気が抜けたような声に、ルーディカは驚いてまぶたを開く。
「えっ……」
「公に結ばれるっていうのは、二人の悲願だよね? 邪でも何でもないじゃない」
きょとんとするルーディカに、アイリーネは「ここにオディがいたら、きっとこんな風にまくし立てるよ」とニヤリとした。
「『継承者問題が解決する上に、長い間一途に想い合っていた恋人たちの願いが叶うんだから、一石二鳥じゃない! いいえ、二鳥どころじゃないわね。陛下の孤独も慰められるし、賢くて誠実で美しい王女様がいてくれることで国民の幸福度も上がるんだから、一つの石で何羽仕留められるのか分からないくらいだわ!』……って」
「……まあっ」
「ルーディカがフォルザの薬師じゃなくなるのは残念だけど、小さい頃、私が『しょうらい、ぜったいきしになる!』って決意表明したら、ルーディカは『とにかく、ひとびとのおやくにたつひとになります!』って宣言したよね? ――その夢は、王女様になったって叶うよ」
「アイリ様……」
ルーディカが少し瞳を潤ませながら笑みを浮かべたそのとき、ふいに部屋の扉を叩く音がした。
「あ……」
二人は目を見合わせる。
立ち上がろうとしたルーディカをアイリーネはやんわりと制し、意を決したように言った。
「私が出る」
0
あなたにおすすめの小説
贖罪の花嫁はいつわりの婚姻に溺れる
マチバリ
恋愛
貴族令嬢エステルは姉の婚約者を誘惑したという冤罪で修道院に行くことになっていたが、突然ある男の花嫁になり子供を産めと命令されてしまう。夫となる男は稀有な魔力と尊い血統を持ちながらも辺境の屋敷で孤独に暮らす魔法使いアンデリック。
数奇な運命で結婚する事になった二人が呪いをとくように幸せになる物語。
書籍化作業にあたり本編を非公開にしました。
ヤンデレ王子を闇落ちから救ったら愛執まみれの独占欲に囚われました
大江戸ウメコ
恋愛
幼い頃に精霊の祝福である未来視の力が開花し、「夫である第二王子ナハルドに殺される」という己の運命を知った伯爵令嬢ツィーラ。この悲惨な未来を変えるべく、ツィーラは彼を避けようとしたが、ひょんなことから婚約者に選ばれてしまった! ならば、ナハルドが将来闇落ちしないよう、側で彼を支えることを決意する。そんな努力の甲斐あって、ツィーラへの好意を隠さず伝えてくるほど、ナハルドとの関係は良好になった。だけど、彼の並々ならぬ執着心のすべてを、ツィーラはまだ知らなくて――
【完結】退職を伝えたら、無愛想な上司に囲われました〜逃げられると思ったのが間違いでした〜
来栖れいな
恋愛
逃げたかったのは、
疲れきった日々と、叶うはずのない憧れ――のはずだった。
無愛想で冷静な上司・東條崇雅。
その背中に、ただ静かに憧れを抱きながら、
仕事の重圧と、自分の想いの行き場に限界を感じて、私は退職を申し出た。
けれど――
そこから、彼の態度は変わり始めた。
苦手な仕事から外され、
負担を減らされ、
静かに、けれど確実に囲い込まれていく私。
「辞めるのは認めない」
そんな言葉すらないのに、
無言の圧力と、不器用な優しさが、私を縛りつけていく。
これは愛?
それともただの執着?
じれじれと、甘く、不器用に。
二人の距離は、静かに、でも確かに近づいていく――。
無愛想な上司に、心ごと囲い込まれる、じれじれ溺愛・執着オフィスラブ。
※この物語はフィクションです。
登場する人物・団体・名称・出来事などはすべて架空であり、実在のものとは一切関係ありません。
月の後宮~孤高の皇帝の寵姫~
真木
恋愛
新皇帝セルヴィウスが即位の日に閨に引きずり込んだのは、まだ十三歳の皇妹セシルだった。大好きだった兄皇帝の突然の行為に混乱し、心を閉ざすセシル。それから十年後、セシルの心が見えないまま、セルヴィウスはある決断をすることになるのだが……。
【R18】純粋無垢なプリンセスは、婚礼した冷徹と噂される美麗国王に三日三晩の初夜で蕩かされるほど溺愛される
奏音 美都
恋愛
数々の困難を乗り越えて、ようやく誓約の儀を交わしたグレートブルタン国のプリンセスであるルチアとシュタート王国、国王のクロード。
けれど、それぞれの執務に追われ、誓約の儀から二ヶ月経っても夫婦の時間を過ごせずにいた。
そんなある日、ルチアの元にクロードから別邸への招待状が届けられる。そこで三日三晩の甘い蕩かされるような初夜を過ごしながら、クロードの過去を知ることになる。
2人の出会いを描いた作品はこちら
「純粋無垢なプリンセスを野盗から助け出したのは、冷徹と噂される美麗国王でした」https://www.alphapolis.co.jp/novel/702276663/443443630
2人の誓約の儀を描いた作品はこちら
「純粋無垢なプリンセスは、冷徹と噂される美麗国王と誓約の儀を結ぶ」
https://www.alphapolis.co.jp/novel/702276663/183445041
完結【強引な略奪婚】冷徹な次期帝は、婚姻間近の姫を夜ごと甘く溶かす
小木楓
恋愛
完結しました✨
タグ&あらすじ変更しました。
略奪された大納言家の香子を待っていたのは、冷徹な次期帝による「狂愛」という名の支配でした。
「泣け、香子。お前をこれほど乱せるのは、世界で私だけだ」
「お前はまだ誰のものでもないな? ならば、私のものだ」
大納言家の姫・香子には、心通わせる穏やかな婚約者がいた。
しかし、そのささやかな幸福は、冷徹と噂される次期帝・彰仁(あきひと)に見初められたことで一変する。
強引な勅命により略奪され、後宮という名の檻に閉じ込められた香子。
夜ごとの契りで身体を繋がれ、元婚約者への想いすら「不義」として塗り潰されていく。
恐怖に震える香子だったが、閉ざされた寝所で待っていたのは、想像を絶するほど重く、激しい寵愛で……?
「痛くはしない。……お前が私のことしか考えられなくなるまで、何度でも教え込もう」
逃げ場のない愛に心が絡め取られていく中、彰仁は香子を守るため、「ある残酷な嘘」を用いて彼女を試す。
それは、愛するがゆえに彼女を嫉妬と絶望で壊し、「帝なしでは息もできない」状態へ作り変えるための、狂気じみた遊戯だった。
「一生、私の腕の中で溺れていろ」
守るために壊し、愛するために縛る。
冷酷な仮面の下に隠された、
一途で異常な執着を知った時、香子の心もまた甘い猛毒に溶かされていく――。
★最後は極上のハッピーエンドです。
※AI画像を使用しています。
敗戦国の姫は、敵国将軍に掠奪される
clayclay
恋愛
架空の国アルバ国は、ブリタニア国に侵略され、国は壊滅状態となる。
状況を打破するため、アルバ国王は娘のソフィアに、ブリタニア国使者への「接待」を命じたが……。
【完結】私にだけ当たりの強い騎士様と1メートル以上離れられなくなって絶望中
椿かもめ
恋愛
冒険者ギルドの受付嬢であるステレは幼い頃から妖精の姿を見ることができた。ある日、その妖精たちのイタズラにより、自分にだけ当たりの強い騎士コルネリウスと1メートル以上離れれば発情する呪いをかけられてしまう。明らかに嫌われてると分かっていても、日常生活を送るには互いの協力が必要不可欠。ステレの心労も祟る中、調べ上げた唯一の解呪方法は性的な接触で──。【ステレにだけ異様に冷たい(※事情あり)エリート騎士×社交的で夢見がちなギルドの受付嬢】
※ムーンライトノベルスでも公開中です
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる