年下騎士は生意気で 番外編ショートストーリー集

乙女田スミレ

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☆ショートストーリー☆

入隊の日 1

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 申し訳程度にせり出した幅の狭いひさしへりから、ぽたりと冷たい雫が落ちてくる。

「フィン・アーティー・マナカール……最後の一人だな。もう来ないかと思ってたぞ」

 がっしりとした体つきの若い騎士は、検問小屋の窓の中から旅装束の来訪者にそう言うと、机の上に名簿のようなものを広げた。

「たまにいるんだ。この猛者もさ揃いのエルトウィン騎士団で揉まれることに恐れをなして、トンズラこく臆病者が」

 そんなことするかよ、ごたごた言ってねえで早くしてくれ! と新入隊員フィン・マナカールは心の中で叫ぶ。
 頭から被った外套は雨を吸ってずっしりと重く、夜の外気に晒されて冷え切っていた。
 寒さに背筋が震えるが、蝋燭の灯りを頼りにフィンが持参した配属証を検める先輩の動作は、苛立たしいほどゆっくりとしている。

「腰抜けにゃ、国境の護りは務まらねーからなあ」

 当てこするような言葉に、フィンは少し眉根を寄せる。この岩石野郎、無駄口たたいてねえでとっとと確認を済ませやがれ、などと内心毒づきながら。

「オルボー、そんなふうに言ってやるなよ」
 後ろにいたもう一人の夜勤の騎士が顔を出し、同僚をたしなめる。

「土砂崩れで、ドリドル街道が通行止めになったっていう報せは入ってたんだから」
 なあ、と、銀髪の先輩はフィンに笑顔を向けた。

 野性的な風体の岩石先輩とは対照的なすっきりとした姿に、フィンは目を丸くする。
 一見細身だがしっかり鍛えられていることが分かる体つきや、涼しげな目鼻立ちは、荒々しいエルトウィンの騎士というよりも、実力と端正な容姿を兼ね備えている王宮騎士のようだ。

迂回路うかいろを使ったせいで、こんなに遅れたんだろう?」
 銀髪の先輩は優しく訊ねてくれたが、最悪だった一人旅がよみがえってきて、フィンはむっつりとした顔で頷く。

 かえすがえすも、散々な旅だった。

 騎士に叙任までされた弟に向かって「心配だから駐屯地までついて行こうか?」などと申し出た過保護な長兄を振り切って伯爵領を出発してから、フィンは数えきれないほどの子供扱いを受けた。
 十五おとなになったばかりなのだからそういうこともあるだろうと、いちいち気にしないように心がけてはいたが、さすがに女の子に間違えられるのには閉口した。

 男装した家出娘だと勝手に思い込まれ、宿のおかみから「さとに帰ったほうがいい。親御さんも心配してるよ」と諭されたり、女衒ぜげんに「仕事を世話してやる」と連れ去られそうになったりもした。

 甘く見て近づいてくる置き引きやらぼったくりやらを蹴散らし、ついにエルトウィンに続く街道に入ったところで、とどめのように大雨が降った。

 土砂で道が塞がれてしまい、このままでは入隊日に間に合わないと不案内な場所で困っていると、親切なことに、遠方からの帰りだという地元の若者が迂回路に誘ってくれた。
 最初は気のいい青年だと思っていたが、彼もまたフィンのことを素性を偽った家出娘だと誤解していて、「帰れない事情があるなら嫁に来ないか」などと強引に迫ってきたため、慌てて逃げ出すはめになった。

 そして、冷たい雨がしとしとと降る中、道なき道をさまよい歩き、とっぷりと日も暮れてから、ようやくフィンはこのエルトウィン騎士団第一駐屯地にたどり着いたのだった。

「新人歓迎の夕餉は、もうとっくに終わっちまったぞ」
 岩石先輩にそう言われ、今日は鞄の中から見つけた干からびた小さなパンしか口にしていないことを思い出し、フィンの腹がぐうと鳴る。

「いつもの飯よりかなり豪勢だったんだが、残念だったなあ~」
 からかい口調の岩石先輩を、「オルボー」と言いながら銀髪の先輩は横へと押しやった。
「早く確認を終わらせてやれ」

 銀髪の先輩は羽根ペンを手に取ると、翠色の瞳でフィンを見た。
「マナカール、いいか?」

 窓際の机の上に置かれた一枚の紙片に簡素な地図らしきものがさらさらと描かれ、銀髪の先輩はフィンから見やすいように紙の向きを変えた。

「これが、僕たちが今いる検問所な。ここを真っ直ぐ行って……司令部がある大きな建物のところを右に曲がって……三つ目の棟が大浴場だ」
 端に描かれた四角に印が付けられる。

「夜遅くなってから君が着くかも知れないと、アイ……グラーニ小隊長が寝る前に温めておくって言ってたから、今ならまだ冷めてないはずだ。まずは風呂に入るといい」

 予想もしていなかったありがたい話にフィンが顔を輝かせたとき、岩石先輩が嬉しそうに口を挟んだ。
「おお、マナカールの上官は、グラーニ小隊長か!」
 
 岩石先輩はニヤリと笑う。
「厳しいぞお。なにしろ、〝漆黒のハヤブサ〟の異名を持つ、とびきり凄腕すごうでの騎士だからなあ」

 フィンの脳裏に、猛禽類のように鋭い目つきをした、いかめしい男性の姿が浮かぶ。

「オルボー、仕事しろよ」
 銀髪の先輩は苦笑すると、地図に新しい線を描き足した。

「マナカール、風呂で温まったら宿舎に行け。――ここが宿舎だ」
 新しい四角が、線でぐるぐると囲まれる。

「こちらから入って……君の部屋は廊下の突き当たりだ。四人部屋だから、空いてる寝台を探してそこで寝ろ。もう就寝時刻を過ぎてるから、出入りは静かにな」

 描き上がった地図を、フィンは凍える指で受け取った。

「よーし、書類の確認は終わったぞ。あとは、髪と瞳の色を照合するだけだ」
 岩石先輩は燭台を手に取り、顎をしゃくる。
「マナカール、おまえの瞳が水色なのはもう分かってるが、髪が栗色なのかどうか見せてみろ」

 フィンは少し気が進まないような顔をする。
「濡れたくないのは分かるが、出さねーと終わんねえぞ」

 思い切ったようにフィンが被っていた外套を頭から下ろすと、岩石先輩は目をみはった。
「え……おまえ」
 感心したような声が上がる。 
「可愛いなあ……!」

 覚悟はしていたが、フィンはぎゅっと奥歯を噛みしめた。これ以上何か言われたら、この間抜け面に一発食らわせてしまいそうだ。

「身体も細くてちっこいし、そんなんでよく騎士に叙任され……」
「オルボー」
 窓越しにフィンの拳が繰り出される前に、銀髪の先輩が一段低い声音で遮った。

「まさか、国王陛下が正式にお認めになったことに、異議があるんじゃないだろうな?」

 同僚から射すくめるような視線を向けられた岩石先輩は口をもごもごさせると、慌てたように窓から上半身を乗り出した。

「い、いや、マナカール、よく見たらおまえは身体の割に手足がでかいから、きっとそのうちぐんと背が伸びるぞ! 眼光も鋭いし、すっげえ騎士になる素質を秘めてるってのが、この俺には分かる! よく分かる!」

「……はあ」
 取って付けたような褒め言葉だったが、発言の埋め合わせをしようとしていることは伝わってきたので、フィンは外套を被りなおし、「どうも」と言って立ち去ろうとした。

「あ、マナカール、待ってくれ」
 銀髪の先輩はフィンを呼び止めると、後ろに置いてあった手籠を差し出した。

「え……?」
 きれいに畳まれた清潔そうな布と、手のひらほどの大きさの布包みが入っているのが見える。

「君の小隊長から預かってたんだ。雨に濡れてるだろうから、これでよく拭くようにって」
 銀髪の先輩は畳まれた布を指し示してそう言った。

「それから、こっちにはパンが包んであるそうだ。夕餉のときに取り分けておいたらしい」
 何か温かいものが入っているわけではなさそうなのに、フィンは受け取った籠からほんのりと暖気だんきのようなものを感じた。

 礼を言って検問所を離れたフィンは、手籠を濡らさないように外套で覆った。

 霧のように細かい雨の中、庇の下に据えられたかがり火に導かれるようにして、小走りで目印の大きな建物の方へと向かう。
 雨粒も空気も相変わらずひんやりとしているが、さっきまでフィンの胸の中を覆っていた分厚い雲のようなものは、じわじわと薄くなっていくような気がした。

 フィンは建物の屋根の下へと駆け込むと、乾いた地面にどさりと荷物を降ろした。

 手籠からいたように布包みを取り出し、結び目をほどくと、香ばしい匂いが広がる。
 今日焼いたばかりなのか、小麦が香る大きなパンの切れ込みには、見るからにおいしそうな薄切り肉がたっぷりと挟み込んであった。
 フィンが獣のようにそれにかぶりつくと、旨い肉汁が溢れた。呑み込むごとに、疲れ切った身体に力が湧いてくるのが分かる。

 瞬く間にすべてを腹に収めたフィンは満足げに息を吐き、屋根越しに空を見上げた。
 いつの間にか雨は止んでいて、黒い雲の切れ間から白い月が静かに顔を覗かせている。

〝漆黒のハヤブサ〟なんて恐ろしげなあだ名は付いてるようだが、俺の小隊長は結構いい人なんじゃないか? とフィンは思う。そんなに凄腕だというなら、胸を借りてたくさん教えを請うこともできるだろう。

 最悪の入隊日になったと思っていたが、そこまで悪い日じゃないかも知れないと、フィンは頬に笑みを浮かべて荷物を持ち上げ、月明かりを浴びながら歩いていった。
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