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☆ショートストーリー☆
五男坊は振り回されっぱなし
しおりを挟む「ひ、姫。以前お会いした武道会で、俺はあなたの笑顔に……」
「ちっがーーう!!」
甲高い三重唱のダメ出しに、モードラッド伯爵家の五男、フィン・マナカールは思わず両手で耳を塞いだ。
「フィンおにいさま、まーったくできていないわ」
鼻の頭にそばかすがあるリオーナ・マナカールは、呆れたように頭を振った。
「マクエンおうじは、じぶんのことを『わたし』っていうのよ!」
「そうよ! それに……」
長い前髪を真ん中から分けているレシーナ・マナカールも、人差し指を立てて指摘する。
「ぶどうかい、じゃなくて、ぶ・と・う・か・い!」
前髪を眉毛のあたりで切り揃えたルアーナ・マナカールも、パンパンと手を叩いて厳しい声を上げる。
「さあっ、さいしょからやりなおしっ!」
フィンは心底疲れたような顔をして、五歳になったばかりの赤毛の三つ子を見下ろした。
長兄の愛娘である彼女たちは、十五歳のフィンからすると十歳違いの姪ということになる。
長い修行を了えて騎士として叙任されたばかりのフィンは、入隊までの準備期間を実家であるモードラッド伯爵家で過ごしていた。
帰省するたびにどんどん大きくなる姪っ子たちは、いつの間にか大人も圧倒されるほど口が達者になっていた。
母である義姉も、『三人が束になってかかってきたら、もう私も言い負かされちゃうのよ』などと苦笑いしていた。
くりくりの目をして「早くやって!」と迫ってくる三つ子たちに、フィンは提案を試みた。
「なあ、リイ、レイ、ルウ。〝お姫さまと王子さま〟ごっこはこれくらいにして、天気もいいことだし、外に出て騎士ごっこでもしてみないか?」
三人はそっくりの形に唇を尖らせる。
「きしごっこぉ?」
「楽しいぞお。俺は本物の騎士だから、いろんな技を教えてやれるぞ」
三人は口を揃えて言下に拒否した。
「やだあーー!」
だろうな……とフィンは肩を落とす。
恋愛小説好きの義姉の影響なのか、女の子とはそういうものを好むものなのか、フィンにはよく分からないが、とにかく三つ子はいま戯曲や物語に出てくるような〝恋の場面〟を演じたくて仕方がないのだ。
しかも姪たちは台本もあらすじもないまま、即興で素敵な王子様を演じるという至難の業をフィンに求めてくる。
〝ごっこ〟が始まると彼女たちの思いつきはくるくると変容し、「ここは、ひみつのはなぞのよ~」と言ったかと思うと、「あら、いつのまにか、おうじさまのおしろだわ」となり、「それならぶとうかいね!」「ひめのドレスはとってもすてき~」「ほんと、うっとりするようなみずいろね!」などと次々に新情報がもたらされるので、兄弟や同僚たちと敵味方に分かれて戦うような遊びばかりしてきたフィンにとっては、それを追っていくだけでも一苦労だった。
フィンの疲弊を感じ取った姪っ子たちは、彼女たちなりの妥協案を提示した。
「じゃあ、〝おひめさまとおうじさま〟ごっこはおわりにして、〝きふじんときし〟ごっこはどうかしら?」
「いいわね! フィンおにいさまは、ほんもののきしですものね!」
「すてき! かたひざついて、きゅうあいして!」
ことごとく遊びの嗜好が合わないと、フィンは深いため息をついた。
「――なあ、クロナンもいま帰ってきてるだろ? たぶんあいつだったら大張り切りで演じてくれるぞ。呼んできてやろうか?」
四番目の兄であるクロナンは、かつてはフィンと同じ修行先で騎士を目指していたが、叙任を待たずに見習いを辞め、自分探し中などとうそぶいて王都と父の領地を行ったり来たりしている。
フィンの申し出を聞いた三つ子たちは急に神妙な顔になると、額を合わせて彼女たちなりの小声で相談を始めた。
「……ねえ、クロナンおじさまは……おじさんよね?」
「おじさんは……おうじさまとか、きしさまとかってかんじはしないわよね?」
「クロナンおじさまは、たびのおみやげをよくくださるから、かんしゃはしてるけど、おうじさまでは……ないわよね?」
聴こえていたフィンは吹き出した。
「おっさんの王子や騎士は世界中に沢山いるし、クロナンと俺の歳なんてそんなに離れてねーし、第一、『おにいさま』なんて呼んでるけど、俺だっておまえたちの叔父さんなんだぞ?」
「えー……」
三つ子は眉根のあたりをくぼませる。
「フィンおにいさまは、おじさんじゃないとおもうわ」
「そうよね」
「おじさんってかんじはしないわよね。だっておにいさまは……」
三人の声がぴたりと重なる。
「かわいいもの!」
嬉しくない言葉を耳にしたフィンがスッと冷めた表情になったのを見た三人は、慌てて言い募った。
「そ、それにとってもかっこいいし!」
「そう、フィンおにいさまは、ものがたりにでてくるおうじさまみたいに、かっこいい!」
「ほんもののきしさまになったし、すっごくかっこいいわ!」
「だから、おこらないで……」
「いっしょにあそんで!」
「おねがいします……!」
祈るような仕草をしたり、ぎゅっと小さなこぶしを握り締めたり、懇願して涙目になったりと、三人三様で必死な姪っ子たちを見たフィンは表情を緩め、仕方ないといった様子で微笑んだ。
「――で? 俺はどの貴婦人に求愛すればいいんだ?」
◇ ◇ ◇
「つぎは、おにんぎょうであそびましょう!」
〝貴婦人と騎士〟ごっこに満足した三つ子たちの関心が漸く別のものに移り、フィンは安堵のため息を漏らした。
姪っ子たちの妄想の翼に乗った恋物語は、さらわれて塔に幽閉された貴婦人を騎士が救い、夫婦となって双子に恵まれるところまで羽ばたいて、やっと終わった。
やれやれと思いながら、部屋の隅にあるおもちゃの入った大きな木箱を覗き込んでいる姪たちをフィンが遠巻きに眺めていると、ふいに後ろから声が掛かった。
「フィンちゃん、あの子たちと遊んでくれてありがとうね」
振り返ると、三つ子の母であるロンナが微笑んでいた。
「あ……まあ、暇なんで……」
美しい金髪を結い上げた義姉は、声を弾ませる。
「私、途中から隣の部屋にいて刺繍をしてたんだけど、フィンちゃん、どんどん演技が上手くなっていったわよね」
「え」
フィンの耳が赤くなる。
「い、いたんすか……」
「フィンちゃんの恋人や奥さんになる人は幸せね」
「は……?」
「『一生君を守り抜くよ』のあたり、素敵だったわあ」
「ちょっ……」
「『君より美しいものなど、世界中のどこを探してもない』とか、夫から囁かれてみたーい」
「あ、あ、あれはあいつらがそう言えって」
「他にも、即興でいろんな名台詞が出てきてたじゃない。フィンちゃん才能あるわよ!」
「なっ、なんの才能だ……。そういうのは、義姉さんたちから無理やり読まされた恋愛小説を思い出しながら捻り出してただけだし……」
フィンの抗弁などお構いなしに、嬉しそうにロンナは続けた。
「林檎草の薬湯も上手に作れるし、本当にいい旦那様になるわ」
「はあ……!?」
ある年末に家族が集まったとき、上の兄たちの妻が三人とも月のもので苦しんでいたことがあった。
召使いたちは新年を迎える準備で大わらわだったため、ロンナから口頭で薬湯の作り方を教わったフィンが淹れてみたら好評で、以降の帰省時にも時々頼まれるようになったのだ。
「死にそうな形相で『薬湯……薬湯……』とか唸ってるから、俺は仕方なく……」
「ひざ掛けを持ってきてくれたり、暖炉に火をくべてくれたり、優しいじゃない」
「震えながら『寒い』だの『冷える』だの言われたら、そんくらい……」
面映ゆそうに眉根を寄せる義弟を、義姉は微笑ましげに眺めた。
「もう十五になったんだし、いいお相手ができるのもきっとそう遠くはないわね。フィンちゃんのお嫁さんに会える日が楽しみだわ」
フィンにとっては、気が早いどころの話ではなかった。
ほとんど男性ばかりの環境で育ち、思考がつかめない姪や義姉たちの相手をするだけでもこんなに疲れるのに、女性とずっと一緒にいるなんてフィンにはとてつもなく面倒なことに思えた。
「お、俺は、まだそんなの全然――」
「フィンおにいさまあ」
ルアーナが、右手と左手に一体ずつ女の子の人形を持って駆け寄ってくる。
「どっちの子がいい?」
「え、人形遊びはおまえたちだけで……」
「どっち?」
ずいと二体の人形を突き出され、フィンがしぶしぶ片方を手に取ると、ルアーナは満足げな笑みを浮かべた。
「そのこはダナっていうのよ! おぼうしがあったはずだから、さがしてくるわね!」
姪っ子が再びおもちゃ箱の方へ走っていくと、義姉が含みのある声を出した。
「……へえ」
「な、なんすか」
フィンは、ロンナの笑顔がニコニコからニヤニヤに変わったような気がした。
「フィンちゃんって、黒髪の女の子が好きなの?」
「は?」
手許の人形をフィンは改めて見る。たしかに黒髪だ。ルアーナが差し出したもう片方の人形は、薄茶色の頭をしていた気がする。
「こ、これは、何も考えずに受け取っただけで」
「じゃあ、黒髪は嫌い?」
「す、好きとか嫌いとかなんて――」
そのとき突然、フィンの脳裏にひとりの黒髪の少女の姿がよぎった。
ずっと前に見かけて以来なぜか忘れられない、栗毛の犬と戯れていた黒髪の騎士見習いの少女が。
赤面したのをごまかすように、フィンは姪たちの方を向いた。
「あ、あいつらの相手してくる!」
大股で歩きながら、フィンは「ほんと、わけわかんねえことを……」と小さく呟く。
兄たちが次々と結婚したことにより身内に女性は増えたけど、思いもよらないことを言われるばかりで全然慣れなくて、いつもフィンは振り回されっぱなしだ。
「あっ、フィンおにいさま、ダナはすごくおしとやかなおんなのこだから、ちゃんとそういうふうにしゃべってね!」
フィンの水色の瞳が、げんなりと曇る。
配属先である〝北の荒くれ者集団〟エルトウィン騎士団には、女性隊員なんていないだろう。せいせいする、とフィンは思った。
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