【完結】嘘が匂いますね、公爵様〜愛を騙る夫の後悔〜

終日ひもの干す紐

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第一章

第8話 公爵夫人の矜持

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 翌日から動き始めたウィステルはすぐに主催者へ書状を出し、三日後に会う約束を取りつけた。大まかなアイデアや展望を整理して臨み、主催者側の理解を得られたことで出店の許可が下りた。

 それからの二週間は慌ただしく過ぎていった。材料や道具の数量を洗い出して発注、商品の試作、販売計画の調整など、基本的にウィステル一人で行っていた。その中でも特に時間を費やしていたのが商品の試作だ。

 ウィステルは風術を使い、空中でくるくるとかぼちゃを回転させながら皮を切り落としていく。綺麗に皮が剥けたものを一口大に切ってから蒸し始めた。

 その間にアーモンドを取り出し、こちらも風術を利用してすり潰して粉状にしていく。その様子を眺めていた料理長のベルフラムが感嘆の声を漏らした。

「いやぁ、いつ見ても豪快……ウィステル様が料理人になったら即戦力間違いなしですねぇ。これは……」

 ウィステルは収穫祭で出す品をかぼちゃを使ったブールドネージュとポタージュに定め、夜な夜なこっそりと試作をしていた。ポタージュを作るのは初めてではなくある程度形にはできていたが、ブールドネージュの方は未知への挑戦だった。

 かぼちゃを混ぜたレシピが見つからず、通常のブールドネージュのレシピを参考にしていたがどうにも上手くいかなかった。けれど偶然厨房へ来たベルフラムに見つかり、事情を話すと協力を申し出てくれた。夜だけでなく昼食後の厨房を使えるようになったこともありがたかった。

 彼のおかげでポタージュのレシピはより美味しく洗練され、何度焼いても上手くいかなかったブールドネージュは失敗しなくなった。今はベルフラムの助言を聞きながら、ブールドネージュの材料の配合を色々と試し、美味しさを追求しているところだ。

「じゃあ、公爵夫人をクビになったら厨房で再雇用してもらえそうですね。そのときはフィセリオ様にわたくしを推薦してくださいね」

 愛されていない妻である以上、フィセリオに本当に愛する人ができたときに全て終わる。もちろん、黙ってやられるつもりはない。

 愛されていたと信じて騙された哀れな女を演じ、兄に協力してもらいながらフィセリオ有責での離縁をもぎ取る。その計画は、婚姻前からすでに兄と示し合わせてきている。使えるものを総動員しなければたちまち潰されてしまうのが、キャスバート家とラティマー家の権力格差だ。

 けれどそれはそれ、これはこれ。白い結婚だったと訴えても恐らく信じてもらえないと判断し、その選択は早々に捨てた。となれば、伯爵令嬢としての“まともな道”は残らない。

 ならば、次の雇用先を確保しておくのは重要なことだ。無策のまま、静かに音もなく握り潰されるわけにはいかない。

「我々料理人一同、ウィステル様を慕っているんです。あなた様以外が公爵夫人になられては困ります……が、厨房は助かってしまうのでしょうねぇ……」
「もー! 何言ってるのベルフラムさん! ウィステル様も変なことおっしゃらないでください!」

 わりと本気だったのだが、ベルフラムとジャスミンには冗談として窘められてしまった。

 真実を知ったら、きっと二人は驚くだろう。その後、どんな反応をするだろうか。今のように、変わらず笑いかけてくれるだろうか。それとも愛されてもいないのに公爵夫人の座についていた偽物だと、見る目が変わってしまうのだろうか。

 二人はどうやったってキャスバート公爵家に属する人たちだ。主であるフィセリオ側につくことだけは間違いない。それが少しだけ……ほんの少しだけ、ウィステルの心に影を落とした。

 三人で談笑しているうちに、かぼちゃが蒸しあがる。ウィステルは柔らかくなったかぼちゃを風術で潰し、さらに道具を使って丁寧に濾していく。なめらかな舌触りになるよう、慎重に仕上げていった。

 順調にブールドネージュの生地を完成させると、小さな球体にしてからオーブンへと入れる。そうして焼き上がった生地が冷めるのを待ち、粉砂糖をまぶしていく。かぼちゃで淡いオレンジ色をしていたものが、ブールドネージュという名前に相応しい雪玉へと変わった。

「職務中にお菓子が食べられるなんて、役得ですね~!」

 ジャスミンが頬を緩めながら一粒手にしたのを皮切りに、ウィステルとベルフラムも試作の味見のためにブールドネージュを口へと運ぶ。

「美味しい~! 最近はどの配合でも、甘くて食感も良くて最高ですね!」
「ウィステル様……この配合で完成としても良い仕上がりになっていると思います。いかがですか?」

 しゅわりと溶ける粉砂糖が舌の上に広がり、ほろりと砕ける。噛めば噛むほどサクサクとした軽い食感が心地よい。甘すぎず、これまで消えがちだったかぼちゃの素朴な風味がしっかり感じられる仕上がりになっている。

「美味しい……繊細で、ほっこりしてて……」

 まるで雪景色を温かい部屋の中から眺めているような、温もりと優しさを感じる味わい。キャスバート領とラティマー領の友好の証だからこそ……妥協したくなかった。ここまでこだわって、何度も何度も諦めずに調整してきて良かった。

「これも全て、ベルフラムの協力があってこそですね。本当にありがとうございます」
「お役に立てて光栄です。こんなに喜んでいただけるのなら、料理人冥利に尽きますよ」

 ベルフラムは照れ臭そうに頬を掻きながら、目尻のシワを深くする。温かさに満ちた仕草に、こちらの心までふわりと柔らかくなった。

 やりたいことだけはあって、けれどいつも一人では成し遂げられない。それはラティマー領にいた頃も、今も変わらない。いろんな人の親切や温かさに支えられて、望みを叶えてもらってきた。そのことを忘れないように、ウィステルはそっと胸の奥に刻んだ。


* * *


「本当に、大丈夫でしょうか……」

 ウィステルは先ほどの納得できた試作のブールドネージュを持って、離れにある別邸へと来ていた。ここはフィセリオの両親……ウィステルにとっての義父母が暮らしている屋敷だ。

 義母のヘレニーテに持っていったら喜んでもらえるだろうか。彼女に一つ感謝を伝えたくて、ぽつりと口をついて出た言葉。それを拾ったジャスミンとベルフラムに背を押される形で屋敷を訪ねることにしたのだ。

 ヘレニーテ……キャスバート家の元公爵夫人が心を病んでいるという話は、貴族の間では知れ渡っている常識だ。だが、キャスバート家へ嫁ぎ、直接話を聞くまで詳細は知らなかった。

 かつてのウィステルはヘレニーテを、貴族社会と世間から向けられる公爵夫人としての重圧に押し潰されてしまった方だと、漠然と認識していた。だが実態は、フェアファクス公爵夫人からの心無い言葉が一番の原因だったのだと知った。

 フィセリオに若くして公爵家を継がせたのは、義父のアマドゥロが彼女と共に一線を退き、傍で支えるためであることも、初めて会ったときに聞かせてくれた。今は年始の挨拶以外は、この離れの屋敷や別荘などへ行って静養に専念しているらしい。

 婚姻後は歓迎してくれてたけど、今行って怖がらせたりしないでしょうか。

 ウィステルは毎年行っていた年始の挨拶で、ヘレニーテに会ったときのことを思い出していた。いつもうつむき気味で、目が合わなかったことをよく覚えている。

 社交場が苦手でつらそうだとそのときは思っていたが、フェアファクス派に属しているラティマー家の令嬢だったから、目を合わせることすら恐ろしいと思われていたのだと今ならわかる。

「大丈夫ですって! ベルフラムさんも、ヘレニーテ様は甘いものがお好きって言ってましたし」
「そう、ですね……」

 一応は料理長であるベルフラム監修のブールドネージュだ。間違いはない……きっと大丈夫、そう言い聞かせながら、ヘレニーテの専属侍女の後ろに続いて歩いていく。

 ある部屋の前で立ち止まると、侍女が中にいるヘレニーテに声をかけ、扉を開いてくれた。

「いらっしゃい、ウィステル。会いに来てくれて嬉しいわ」

 窓際のソファに座ったヘレニーテが、穏やかに微笑んでウィステルを迎える。陽光に透ける、フィセリオと同じ色の紺色の髪がサラリと零れる。その儚げな雰囲気に、思わず息を呑んだ。

 なんか今、お母様に……似てた気がする。

 儚く優しい笑みに、亡くなった母の面影を重ね見てしまった。病に侵され、寝台の上から窓の外を眺める母の寂しげな眼差しとよく似ている気がした。

 ヘレニーテに勧められ、向かいのソファへウィステルは座る。持ってきていた小さなバスケットを開いてブールドネージュを見せると、彼女は侍女に紅茶を淹れるように頼んだ。

「まぁ、すごいわね。ウィステルはお料理ができるの?」
「少しだけですが……こちらもベルフラムとジャスミンの助けを借りて上手に焼けるようになったものなんです。キャスバート領のアーモンドとラティマー領のかぼちゃを使って作りました。どうぞ召し上がってみてください」

 ヘレニーテは一つ手に取り、口にする。ふわりと花が綻ぶような笑みを零して、噛み締めるようにして味わってくれていた。

「優しい味がするわ。本当に美味しい……」
「これを今度街で開かれる収穫祭で販売しようと思っているんです。キャスバート領の皆さんにラティマー領へ親しみを感じていただけたらと……あ、収益は孤児院へ寄付するつもりです」
「あなたは見かけによらず行動力があるわね。まだ婚礼を挙げて日も浅いのに、もう公爵夫人として役目を果たそうと努力している……」

 ヘレニーテは眩しそうに目を細めると窓の外へと視線を向け、空を見上げた。公爵夫人としての重圧に耐えきれず、心を病んでしまったことを後ろめたく感じているのかもしれない。微かに揺れる空色の瞳は、悔いと自責に満ちていた。

「わたくし、今日はお義母様にお礼を申し上げたくここに参りました」
「お礼……?」

 深い絶望の海から浮かび上がるように、ヘレニーテは視線をこちらへと戻した。ヘレニーテに会ったことは、まだ数えるほどしかない。いつ感謝されるようなことをしたのだろうかと言いたげな表情で、小さく首を傾げていた。

「ジャスミンから伺いました。お義母様は慈善事業や寄付で民に寄り添っていた、と」

 心を病んでなお、彼女はキャスバート領の民を思い、公爵夫人としてできることを探したのだろう。これだけ優しい人なのだから、本当はもっと別の方法で近づきたかったかもしれない。けれどそれもできないほどに、残酷な貴族社会にズタズタに心を引き裂かれてしまった。

 それでも誇り高く、責務を果たそうとした。その背中の尊さと輝きは、紛れもなく公爵夫人に相応しいとウィステルは思う。

「ラティマー領でのやり方そのままに、民と親睦を深めるため、畑へ手伝いに行くと言った愚かなわたくしを笑ってください」
「は、畑に……?」
「えぇ、そんなわたくしを導いてくださったのがお義母様なのです。その背中から、公爵夫人としてのあるべき姿を学びました。わたくしのこれまでのやり方と、お義母様の慈善事業……合わせることで導き出したのが、この収穫祭への出店なのです」

 ヘレニーテは瞳を潤ませると、一粒だけ……ひとひらの雪のように涙を零した。ごめんなさいと呟きながら、白いレースのハンカチで目元を押さえた。

「私のことを……あなたはそんなふうに言ってくれるのね……」
「それはわたくしの台詞です。不出来な田舎者を、家族として温かく迎え入れてくださってありがとうございます」

 ヘレニーテは目元を赤くしながら、はにかんだような笑みを浮かべていた。そうしてウィステルの手にヘレニーテの手が重なると、まっすぐに目と目が合う。

「出店、上手くいくと良いわね。私も、ウィステルの思いが民に届くよう、ここから一緒に祈っているわ」

 嘘のない、まっすぐな祈りがウィステルの胸を打つ。心の中にあった感謝と友好の思いが、手の温もりに溶けて伝わっていくような、そんなくすぐったさと喜びをウィステルは感じていた。
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