嘘が匂いますね、公爵様〜愛を騙る夫の後悔〜

まな板のいわし

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第一章

第10話 温もりを分かち合えたら

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 収穫祭は三日間、キャスバート邸のある領都エルダミアの中央広場で開催される。ウィステルはそのうちの二日目、早朝から参加することになっていた。

 昼の間に仮眠を取り、夜の間にブールドネージュとポタージュを準備した。そのまま眠ることなく、開店準備を進めている。

 中央広場はぐるりと大きな円形になっており、東西に大通りへと続く出入り口がある。その外縁に、輪になるように出店が並び、中央の大樹の前には特設の舞台が設けられている。祭り期間中は、ここで歌や踊り、大道芸などが披露され、多くの人で賑わうらしい。

 テーブルに白いレースのクロスを敷き、見本用の瓶詰めのブールドネージュや白磁の器などを置く。その横に販売内容と金額表を記したボードを備えつけた。店の奥ではすでに熱々のポタージュの寸胴鍋二つと袋詰めの終わったブールドネージュが、販売のときを待っていた。

「ジャスミン、あとはお願いします。わたくしはポタージュを皆さんに配ってきます」
「わかりました! お気をつけていってらっしゃいませ」

 ポタージュの鍋と器の入った箱を風術で浮かせ、一つずつ出店を訪ね歩く。秋も深まり、早朝はかなり冷え込む。まだ薄暗い中で準備を進めている出店者や、舞台の準備をしている祭りの関係者へポタージュの差し入れをしようと考えていた。祭りを盛り上げ、キャスバート領に貢献してくれている人々への感謝と労いでもある。

「おはようございます。朝早くからお疲れ様です。今出店者の方へかぼちゃのポタージュをお配りしてるのですが、一杯いかがでしょうか?」
「公爵夫人のウィステル様、ですよね? ほ、本当に出店されるんですね!?」

「おはようございます。今朝も冷えますね。温かいポタージュを朝食にいかがですか? 今出店者の方に無償でお配りしてるんです」
「え、いいんですか? 寒いし腹は減るしで、ありがたくいただきます!」

 ひとりひとりに声をかけ、目を見て会話をしながら配り歩く。ラティマー領製の白磁の器に注がれたとろりとしたスープからは、白い湯気がもわりと、かぼちゃの甘い匂いを乗せて香る。

 その香りが自然と出店準備をする商人たちの目を惹きつけていく。彼らは手を温めるように受け取ると「美味しい」「温かい」と口にしながら、ホッと表情を和らげた。


 一通り配り終えて戻ってくると、ウィステルの店の近くに出店している商人が四人、ポタージュの器を片手に集まっているのが見える。近くになったのも何かの縁だと思い、ウィステルは声をかけることにした。

「お味はどうですか?」

 商人たちに訪ねると、そのうちの一人が小さく笑いながら肩を竦める。それは少し困っているような、苦笑にも近い笑みに見えた。

「体が温まって助かります。にしても、さすが公爵夫人ですね。こんな美味しいものを、たった銅貨三枚で売るんですから」
「だな。こりゃ今日の朝は、ウィステル様のところに客が取られちまうかもしれませんねぇ」

 冗談混じりの会話のように聞こえて、チクリと嫌味を含んだ軽口が飛んでくる。けれど、それは仕方ないだろう。ウィステルは“公爵夫人”という肩書きで注目を集め、更にブールドネージュを銅貨一枚、ポタージュと器のセットを銅貨三枚という破格で販売しようとしているのだから。

 慈善事業の一環として考えていたウィステルは、高いお金を取って商売をするつもりは最初からなかった。とはいえ、無償配布では露骨に他の店から客足を奪ってしまう。それではあまりにも本末転倒だ。

 そこで出店場所を最も集客の見込めない舞台の真裏にした。人通りも少なく、演目の音しか聞こえないせいで最も客足が悪い。商人たちの商売を極力邪魔しないように、最も立地の悪い場所を選んだのだ。

 更に、販売数をブールドネージュは三百袋、ポタージュは鍋が底を尽きるまでの限定販売とすることにした。早朝から販売を開始し、客足が増える昼前には邪魔にならないよう店じまいできるように調整している。収益は全て孤児院へ寄付し、利益が目的ではない。それらを出店者にのみ伝え、告知が客への宣伝になってしまわないよう配慮した。

 公爵夫人という、彼らからすれば本音を言いにくい立場だからこそ、気持ちよく商売してもらえるよう、思いつく限りの対応を尽くしたつもりだ。

「ふふ、ごめんなさい。恨まないでくださいね? わたくし、どうしても皆さんに知ってほしいものがあるんです」

 ポタージュを出店者に無料配布しているのは、こうして交流を図ることももちろん目的の一つだが、それだけではない。競合することへの精神的反発を差し入れという形で緩和する意図と、ラティマー領のかぼちゃや白磁の器とスプーンを試してもらうことで販路を開拓するという意図もあった。

「なるほど。つまりウィステル様にとっての出店は、ラティマーを売り込むためでもあると。ってことは、これは“試供品”ってわけか。こりゃもう、恨みっこなしだね」
「ふふ、気づかれてしまいましたか。やはり商人の方の勘は鋭いですね」

 格安の値段設定も数量限定の“お試し”とすることで、納得感を築く。ウィステルなりに商人のやり方で勝負しているつもりだ。それを察してくれた店主の一人が、ニマリと口角を上げながら唸った。

「こちらのポタージュはラティマー領のかぼちゃを、器とスプーンもラティマー領の白磁を使っています。よかったら記念にお持ち帰りください」
「おぉ、ありがたく頂戴いたしますよ。ほら、君たちも僻んでる場合ではないよ。祭りに来てポタージュだけで満足して帰る人はほとんどいないんだから。売れないとしたら、それは君たちの商売が下手なだけでは?」
「同感だね。ウィステル様が、この不遇の舞台裏に客を呼び込んでくれる可能性があるんだ。むしろ今日に商機があるんじゃないか」
「おやおや、親切に教えてしまうとはねぇ。出し抜こうと思ってたのに」
「そりゃ悪いことしたな!」

 カラカラとした二人の気楽な笑い声が、朝の冷えた空気をゆっくりと温めていく。ヒリついた空気を良い方向へと変えてくれた商人の二人に、ウィステルは心密かに感謝した。彼らの言葉のおかげで、先ほどまで嫌味を口にしていた残りの二人も、顔を見合わせて静かに頷いた。

「言われてみれば確かに……今年の祭りはハズレを引いたと思っていましたが、そう考えるとむしろ運が良かった気もしてきますね。それで納得……ということにしておきましょうか……」
「なら俺のとこのは、ポタージュによく合うって触れ込みでいくか。ウィステル様、利用されても恨まないでくれよ?」
「えぇ、どんどん利用してください。正面だけでなく、裏側もわたくしたちで沸かせましょう! こんなところに良いものが隠れていたと言わせたら、わたくしたちの勝ちですね」

 商人たちが軽口で激を飛ばし互いに磨き合うように、賑やかに笑い合っている。その中に、自分も混ざれている。まるで彼らの一員として認められた気がして、胸の奥がくすぐったい。

 こうして交流が生まれ、少しずつウィステル自身のことも知っていってもらえることが嬉しい。公爵夫人という遠い存在ではなく、親しみを感じてもらえる存在でありたいと改めて思った。

「わたくしもただ安く売っておしまいではなく、皆さんのようにしっかりと魅力を伝えていかないといけませんね。ラティマー産のものが“良いものだ”と思っていただけるように……」
「健闘を祈るよ、ウィステル様」

 なんとか強い反発までは買わずに上手くいきそうだ。ポタージュを配っていると、好意的な言葉には時折ほんのりと嘘の匂いが混じることがあった。けれど、快く迎え入れてくれた商人の方が多いようだった。全員に心からの賛同を得ることは難しくとも、いろんな意見や感情を直接聞ける機会を得られたことが、何よりも収穫だった。


* * *


 東の空が白み、朝日が昇る頃には販売が始まる。祭り会場の舞台の裏側に位置するウィステルの店先でも、祭りに遊びに来た人たちや、通勤途中に立ち寄った人が行き交い始めていた。この時間帯は人の少ない時間に祭りを楽しみたいという人や、出勤前の朝食がてら覗きに来たという人たちが大半だ。

「おはようございます! 冷え込みの強い朝に体の温まる一杯、かぼちゃのポタージュはいかがですか? 作業の合間に摘むのにちょうど良いクッキーもありますよ!」

 ウィステルの呼び込みを耳にして足を止めた女性が、出店のテントの屋根から吊り下がるキャスバート家の紋章旗を見て目を丸くした。

「公爵夫人が出店なさるって噂、本当だったの!?」
「おや、こんなとこで出店していたとは。正面で見かけなかったからガセだと思ってたよ」
「出店は今日の朝限定なんです。よろしければいかがでしょうか? クッキーは銅貨一枚、ポタージュは器とスプーンごと銅貨三枚で販売しています」

 彼女が立ち止まったのをきっかけに、足を止めてくれる人が現れ始める。絶えず呼び込みをすると、新聞を小脇に挟んだ若い男性がテーブルの前まで進み出てくる。見本のブールドネージュへ視線を落とすと、興味深そうに少しだけ前屈みになった。

「あの……これってもしかして……ブールドネージュ、ですか?」
「そうですよ。キャスバート領のアーモンドとラティマー領のかぼちゃを使って、心を込めて焼きました。一人一袋ではありますが、ささやかな贅沢を味わっていただけたら嬉しいです」
「公爵夫人自ら焼いたんですか!? ほ、本当に、それを銅貨一枚でいいんですか?」

 一応テーブル端に置いたボードにも、販売価格や、収益が孤児院へ寄付されることについて明記している。それでも信じられないと言いたげに、男性は目をしばたたかせていた。
 
「はい。気軽にお手に取っていただいて、ほんの少しだけでも今日という日に彩りを添えられたら、と思いまして」
「そんな思いで出店なさっていたんですね。僕に、クッキーとポタージュを一人分ずつお願いします」
「ありがとうございます……! ジャスミン、ポタージュ一杯お願いします」
「はい!」

 男性からお金を受け取り、ブールドネージュとポタージュを手渡す。器の中を覗く彼の頬をふっと白い湯気が撫でると、その瞳がかぼちゃの深い黄色を映して潤むように輝いた。

 そんな彼の姿がまるで呼び水のように次の客を引き寄せる。そうして最初は疎らだった人の数が増え、店の前に列を成していく。

『ウィステル様、ご結婚おめでとうございます! まさかこんなに早くお目にかかることができるなんて……それもこんな場所でなんて想像もしてなかったですよ』
『わぁ……美味しそう! 公爵様の奥様が料理してるなんて、ちょっと親近感湧いちゃいますね』
『娘に買っていってやろうと思いましてね。公爵夫人のクッキーだと言ったら驚くだろうなぁ』

 ウィステルは一人ずつ丁寧に接客しながら、短く言葉を交わす。キャスバート領に住む人々の表情を見て、声を聞き、手紙を一枚ずつ箱の中にしまうように心に刻んだ。

「ぼくこんな甘い雪玉食べたの初めて! すごくおいしかった! ウィステル様、ありがとう!」
「こちらこそ、あなたの笑顔をありがとう。わたくしもとっても嬉しい気持ちになりました」

 少年は口の端をブールドネージュの粉砂糖で少し白くしながら、宝石のように澄んだ眼差しでウィステルを見上げていた。口を指して教えると、彼はペロリと舌先で拭う。その白く甘い名残りに、また頬を緩めていた。

 少年の傍らに立った母親がお礼を口にしながら静かに頭を下げる。手を繋いで去っていく二人の背中をウィステルは見送った。

 少年と母親は、気温に対してやや薄手のよれた服を着ていた。その服には丁寧に施された修繕の跡もあった。あまり裕福な家庭ではないのだとなんとなく察しはつく。

 なかなか祭りにお金を割く余裕がないであろう二人が、少しでも祭りの雰囲気を楽しんでくれていたら、この味が祭りの日の味として思い出に残ってくれていたら。出店したのは正解だったと自信を持って言えるだろう。


 そんなふうに過ごすうちにブールドネージュもポタージュも完売となった。昼前に店じまいする予定だったが、噂が広がり、想定よりも一時間ほど早く終了することとなった。

「収穫祭にはたくさんの美味しいものが集まってきてます。どうぞいろんなものを食べて、お気に入りを見つけてみてくださいね。良い一日を!」

 美味しいね。温かいね。そんなふうに笑い合っている和やかな光景に、思わず顔が綻ぶ。この尊い時間を、たくさんの笑顔を、ラティマー領のかぼちゃが作り出していることに胸の奥が震えた。

小さな力だとしても、わたくしにもやれることはある。

 貧しい人も、富める人も、分け隔てなく皆が安心して穏やかに暮らせる場所を守る。それをより良く整えていくのが領主であり、その妻であるウィステルの役目なのだろう。この場にあふれる人々の温もりが、それを教えてくれていた。
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