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第一章
第14話 優しさは潮の味
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新婚旅行先が海に決まり、ウィステルたちはマーシェルという港湾都市を目指していた。南部の西岸に位置するその街までは、領都エルダミアから馬車で半日ほどかかる。
とはいえ、街道は整備が行き届いており、移動はそれほど苦にならない。そこからさらに三十分ほど船に揺られて辿り着くのが、目的地となるアクエレスト島だ。
秋の終わりの気配を忍ばせた穏やかな陽光。馬車は街道を順調に進み、小窓の向こうでは、草原の景色が緩やかに移ろっていく。草の青い匂いを乗せた涼やかな風が少しずつ湿り気を帯び始め、海が近づいていることを肌で感じていた。
「あの、同伴はエルウッドさんとジャスミンだけで良かったのですか?」
「代々懇意にしている宿に泊まるからな。二人だけで十分だ」
行き先が領内だと聞き、てっきり所有している別荘にでも泊まるのだろうと思い込んでいた。基本的なことは宿の者たちが担ってくれるため、無駄を省く形で従者は最小限にしたのだろう。
フィセリオは元々自領で騎士を率い、軍務を担当するために士官学校で学んでいた人だ。その辺の護衛よりもよほど強いと、エルウッドが半笑いで話していたことを思い出す。ウィステル自身も、最低限の身の回りのことは自分でできるのだから、従者を何人も伴う必要は薄い。
特に今回は新婚旅行のため、半分はお忍びのような形で計画されている。ぞろぞろと従者を伴えば公式訪問になってしまう。休暇として肩の力を抜くための旅行だと、フィセリオ自身も思っているのだろう。
「兄上や母上がよく静養に行っていた場所だ。静かで景色もいいから、きっと君も気に入るだろう」
「そうだったんですね……フィセリオ様も行ったことがあるのですか?」
「幼い頃は両親に連れられて行っていたが、もう何年も行ってないな。自分から誰かを誘って行くのも初めてだ」
フィセリオは全寮制の士官学校に在籍していた。早くから家を離れ、学校を中退したあとは亡き兄に代わって家督を継ぐための勉強や経験に時間を費やすことになった。
そして世代交代をして当主になったあとも、忙しさに追われて休養を取る暇もあまりなかったのだろう。余裕のある微笑みで政務をこなす彼の苦労が、この短い会話の影に滲んでいた。
* * *
マーシェルで港の様子や商船の見学をさせてもらい、船でアクエレスト島へ到着する頃にはすでに日が暮れかけていた。アクエレスト島は交通の便の悪さから、大衆に開かれた観光地ではなく、富裕層が人目を避けて静養に訪れる隠れた名所なのだと教えてくれた。
案内された宿は外観は重厚な石造りでありながら、内装は質の良い木材を使用した落ち着いた空間になっている。キャスバート家が懇意にしていると言うだけあって、明らかに高級宿といった風格があった。
夕食も入浴も終えてソファで寛いでいると、扉がノックされる。出迎えると、ハーブティーを手にしたジャスミンの姿が見えた。彼女も入浴は終えているのか、いつもの服よりも少し緩いものを着用し、肩にショールをかけていた。
「ラベンダーティーをお持ちしましたが、この時間で間違いなかったですか?」
「えぇ、ちょうどいいところに持ってきてくれて助かりました」
「それなら良かったです! 私は隣の部屋で泊まるので、何かありましたら、いつでも遠慮なくお申し付けください。それでは、おやすみなさいませ」
「ありがとう。おやすみなさい」
ジャスミンからハーブティーのトレイを受け取ると、そのまま明かりの灯るルーフバルコニーへと出る。中央に備えつけられた白いテーブルにトレイを置き、椅子に腰掛けた。
ルーフバルコニーからは海が一望できるらしいが、今はすっかり夜の闇に飲み込まれてしまっている。ただ遠くから不規則に、けれど呼吸のように聞こえるさざなみの音だけがその存在を感じさせてくれていた。
川のせせらぎとはまた違う、馴染みのないその音が心地良く耳に響く。それを子守歌のように聞きながら、ハーブティーを口に運んだ。熱い湯気と共に香るラベンダーとカモミールの香りに、ふっと力が抜ける。長距離移動や慣れないことの連続に、想像以上に気を張っていたのだと気づいた。
「……間に合ったみたいだな」
いつの間にか部屋へと戻ってきていたフィセリオが部屋からバルコニーへと顔を出す。彼が手にしているトレイには、お酒と思しきボトルやグラスなどが乗せられていた。
「隣、いいだろうか?」
「もちろんです、どうぞ」
フィセリオは椅子に座ると、トレイの上にあったガラスの器をこちらへと差し出す。蓋を取ると、中には淡い空色をした花が入っていた。
「白波の花と呼ばれるこの島固有の花の砂糖漬けだ。お茶請けに良いと思って、宿の主人に頼んでおいた」
「ありがとうございます。いただきます」
器から一輪手に取り、眺める。五枚の花びらは薄く、まるで霜が降りたように、白い結晶をまとっている。口に含むとしゅわりと砂糖が溶け、微かな塩味と共に舌の上に広がる。ゆっくりと噛むと、柑橘類に似た爽やかな花の甘さがふわりと香った。
「やっと表情が和らいだか……」
フィセリオは少しだけ安堵したような表情で、肩の力を抜いた。その様子に、ウィステルは思わず両手で自身の頬をさすって確かめる。
「そんなに……固い表情でしたか?」
「あぁ。特にマーシェルの見学の後半あたりは……固いというより、思い詰めているようにも見えた」
目敏い……見抜かれてますね。
マーシェルの街は、溌溂とした活気にあふれていた。笑顔の人々。整備の行き届いた街並み。港には最新鋭の魔動力機械が導入されていた。それだけこの街や商会が発展、繁栄しているということだが、それはキャスバート領そのものの安定があってこそだ。
──その眩しさと人々の笑顔に、ラティマー領の人々の笑顔が重なって見えた。
安心して暮らせない場所に発展はない。余裕のない土地に繁栄はない。貧しく、災害で疲弊したラティマーの地。それでも領民たちはラティマー家を信じて、「今が踏ん張りどきだ」とウィステルに笑いかけてくれた。
けれどその笑顔が……疲れてくたびれたものだったことが、一つずつ胸の内に蘇った。無理を強いてしまったのは、領主としての務めを果たしきれていないからだ。
兄のローワンは、家督を継いだ頃から自覚していたのだろう。ラティマー家の人間としてローワンの負うものを共に背負えなかったこと、領民たちを励ますことしかできなかった自身の無力さと、取り返しのつかない罪深さを見せつけられた瞬間だった。
「気づいていたんですね……けど、大したことではありません。少し、自分が情けなくなっただけです。わたくしは、キャスバート家のように民を守っていくことができなかったな、と」
「……キャスバート領は肥沃な土地だが、ラティマー領は痩せている。素地としての資金力にも差がある。条件の違うものを比較しても、正確な判断はできないだろう」
四大公爵家の成り立ち……初代キャスバート家当主は『秩序』と『安定』を重んじ、『理のキャスバート』と呼ばれるようになったという話をふと思い出す。西の地に築かれたキャスバート家の理念は、国に繁栄をもたらした。そして今、マーシェルの街にも息づいている。
秩序と安定を代々受け継ぎ、守り育んでいくことの尊さと難しさ──それは嫌と言うほど、この身と心に刻まれている。公爵夫人として、その責任の一端を負うことの重さを、痛感した。これは過去の、ラティマー時代だけの話では済まない。
「だとしても、です。支援が届かない理由なんて、民には関係ありませんから」
土地が痩せていようが、領主が突然亡くなろうが、災害に見舞われようが、そんなことは民には関係がない。領主である以上、民を支え導き、幸福を追求していく必要がある。その責任を負っている以上、そこにどんな理由があろうと言い訳にしかならない。
「納得できないか……」
「はい。公爵夫人になったわたくしが、同じことを繰り返すわけにはいきません。キャスバート、ラティマー、どちらの民のためにも」
ウィステルは、港で働く人々の表情をまぶたの裏に思い出す。それは、いつか……ラティマーの地に取り戻すべき笑顔の形でもあった。
「……責任感が強すぎるというのも困りものだな」
ふっと苦笑するフィセリオの吐息が、さざなみに押し流されて溶けていく。そこに嫌悪の色はなく、呆れながらも許すような柔らかさがあった。
彼は氷の入ったグラスにお酒を注ぐと、静かに口元へ寄せる。グラスが傾くと、カランと涼やかな氷の音がしん……と響いた。
「歯車も、油を差さなければ動かなくなる。回るのが役目なのだから回れと言っても限界はある。今は心身を休めることに専念して、帰ってからまた好きなだけ考えればいい」
ただただまっすぐに向けられるフィセリオの言葉に、ほろりと心の一端が溶けたような気がした。理屈では、どんな理由があろうと責務を果たすべきだとわかっている。
自給自足するには厳しい土地柄。援助も受けられない孤立無援。災害で生活すら崩れている状態でどうやって経済を回し、復興に回す資金を得たらいいのか。八方塞がりで、それでも役目だけは果たさなければと追い立てられて、心が叫んでいた。
──じゃあわたくしは、一体どうすれば良かったの?
心の奥に小さく残った悲鳴を、ウィステル自身ですら聞こえないふりをしようとした悲鳴を、彼は聞き漏らさなかった。
何かを言葉にしたら弱さが零れてしまいそうで、唇を引き結ぶ。そんなウィステルを見かねたのか、フィセリオは何も言わず白波の花の砂糖漬けの器を、ウィステルの目の前に置いた。
穏やかなさざなみと、彼がグラスを傾けるたびに聞こえる氷の音だけが、二人を一つの場所に繋いで包んでいる。気持ちをゆっくりと落ち着けてから、砂糖漬けを口にすると、舌先の温度でじんわりと花がほどけていく。それは先ほどよりも濃く甘く……塩っぱく感じられた。
とはいえ、街道は整備が行き届いており、移動はそれほど苦にならない。そこからさらに三十分ほど船に揺られて辿り着くのが、目的地となるアクエレスト島だ。
秋の終わりの気配を忍ばせた穏やかな陽光。馬車は街道を順調に進み、小窓の向こうでは、草原の景色が緩やかに移ろっていく。草の青い匂いを乗せた涼やかな風が少しずつ湿り気を帯び始め、海が近づいていることを肌で感じていた。
「あの、同伴はエルウッドさんとジャスミンだけで良かったのですか?」
「代々懇意にしている宿に泊まるからな。二人だけで十分だ」
行き先が領内だと聞き、てっきり所有している別荘にでも泊まるのだろうと思い込んでいた。基本的なことは宿の者たちが担ってくれるため、無駄を省く形で従者は最小限にしたのだろう。
フィセリオは元々自領で騎士を率い、軍務を担当するために士官学校で学んでいた人だ。その辺の護衛よりもよほど強いと、エルウッドが半笑いで話していたことを思い出す。ウィステル自身も、最低限の身の回りのことは自分でできるのだから、従者を何人も伴う必要は薄い。
特に今回は新婚旅行のため、半分はお忍びのような形で計画されている。ぞろぞろと従者を伴えば公式訪問になってしまう。休暇として肩の力を抜くための旅行だと、フィセリオ自身も思っているのだろう。
「兄上や母上がよく静養に行っていた場所だ。静かで景色もいいから、きっと君も気に入るだろう」
「そうだったんですね……フィセリオ様も行ったことがあるのですか?」
「幼い頃は両親に連れられて行っていたが、もう何年も行ってないな。自分から誰かを誘って行くのも初めてだ」
フィセリオは全寮制の士官学校に在籍していた。早くから家を離れ、学校を中退したあとは亡き兄に代わって家督を継ぐための勉強や経験に時間を費やすことになった。
そして世代交代をして当主になったあとも、忙しさに追われて休養を取る暇もあまりなかったのだろう。余裕のある微笑みで政務をこなす彼の苦労が、この短い会話の影に滲んでいた。
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マーシェルで港の様子や商船の見学をさせてもらい、船でアクエレスト島へ到着する頃にはすでに日が暮れかけていた。アクエレスト島は交通の便の悪さから、大衆に開かれた観光地ではなく、富裕層が人目を避けて静養に訪れる隠れた名所なのだと教えてくれた。
案内された宿は外観は重厚な石造りでありながら、内装は質の良い木材を使用した落ち着いた空間になっている。キャスバート家が懇意にしていると言うだけあって、明らかに高級宿といった風格があった。
夕食も入浴も終えてソファで寛いでいると、扉がノックされる。出迎えると、ハーブティーを手にしたジャスミンの姿が見えた。彼女も入浴は終えているのか、いつもの服よりも少し緩いものを着用し、肩にショールをかけていた。
「ラベンダーティーをお持ちしましたが、この時間で間違いなかったですか?」
「えぇ、ちょうどいいところに持ってきてくれて助かりました」
「それなら良かったです! 私は隣の部屋で泊まるので、何かありましたら、いつでも遠慮なくお申し付けください。それでは、おやすみなさいませ」
「ありがとう。おやすみなさい」
ジャスミンからハーブティーのトレイを受け取ると、そのまま明かりの灯るルーフバルコニーへと出る。中央に備えつけられた白いテーブルにトレイを置き、椅子に腰掛けた。
ルーフバルコニーからは海が一望できるらしいが、今はすっかり夜の闇に飲み込まれてしまっている。ただ遠くから不規則に、けれど呼吸のように聞こえるさざなみの音だけがその存在を感じさせてくれていた。
川のせせらぎとはまた違う、馴染みのないその音が心地良く耳に響く。それを子守歌のように聞きながら、ハーブティーを口に運んだ。熱い湯気と共に香るラベンダーとカモミールの香りに、ふっと力が抜ける。長距離移動や慣れないことの連続に、想像以上に気を張っていたのだと気づいた。
「……間に合ったみたいだな」
いつの間にか部屋へと戻ってきていたフィセリオが部屋からバルコニーへと顔を出す。彼が手にしているトレイには、お酒と思しきボトルやグラスなどが乗せられていた。
「隣、いいだろうか?」
「もちろんです、どうぞ」
フィセリオは椅子に座ると、トレイの上にあったガラスの器をこちらへと差し出す。蓋を取ると、中には淡い空色をした花が入っていた。
「白波の花と呼ばれるこの島固有の花の砂糖漬けだ。お茶請けに良いと思って、宿の主人に頼んでおいた」
「ありがとうございます。いただきます」
器から一輪手に取り、眺める。五枚の花びらは薄く、まるで霜が降りたように、白い結晶をまとっている。口に含むとしゅわりと砂糖が溶け、微かな塩味と共に舌の上に広がる。ゆっくりと噛むと、柑橘類に似た爽やかな花の甘さがふわりと香った。
「やっと表情が和らいだか……」
フィセリオは少しだけ安堵したような表情で、肩の力を抜いた。その様子に、ウィステルは思わず両手で自身の頬をさすって確かめる。
「そんなに……固い表情でしたか?」
「あぁ。特にマーシェルの見学の後半あたりは……固いというより、思い詰めているようにも見えた」
目敏い……見抜かれてますね。
マーシェルの街は、溌溂とした活気にあふれていた。笑顔の人々。整備の行き届いた街並み。港には最新鋭の魔動力機械が導入されていた。それだけこの街や商会が発展、繁栄しているということだが、それはキャスバート領そのものの安定があってこそだ。
──その眩しさと人々の笑顔に、ラティマー領の人々の笑顔が重なって見えた。
安心して暮らせない場所に発展はない。余裕のない土地に繁栄はない。貧しく、災害で疲弊したラティマーの地。それでも領民たちはラティマー家を信じて、「今が踏ん張りどきだ」とウィステルに笑いかけてくれた。
けれどその笑顔が……疲れてくたびれたものだったことが、一つずつ胸の内に蘇った。無理を強いてしまったのは、領主としての務めを果たしきれていないからだ。
兄のローワンは、家督を継いだ頃から自覚していたのだろう。ラティマー家の人間としてローワンの負うものを共に背負えなかったこと、領民たちを励ますことしかできなかった自身の無力さと、取り返しのつかない罪深さを見せつけられた瞬間だった。
「気づいていたんですね……けど、大したことではありません。少し、自分が情けなくなっただけです。わたくしは、キャスバート家のように民を守っていくことができなかったな、と」
「……キャスバート領は肥沃な土地だが、ラティマー領は痩せている。素地としての資金力にも差がある。条件の違うものを比較しても、正確な判断はできないだろう」
四大公爵家の成り立ち……初代キャスバート家当主は『秩序』と『安定』を重んじ、『理のキャスバート』と呼ばれるようになったという話をふと思い出す。西の地に築かれたキャスバート家の理念は、国に繁栄をもたらした。そして今、マーシェルの街にも息づいている。
秩序と安定を代々受け継ぎ、守り育んでいくことの尊さと難しさ──それは嫌と言うほど、この身と心に刻まれている。公爵夫人として、その責任の一端を負うことの重さを、痛感した。これは過去の、ラティマー時代だけの話では済まない。
「だとしても、です。支援が届かない理由なんて、民には関係ありませんから」
土地が痩せていようが、領主が突然亡くなろうが、災害に見舞われようが、そんなことは民には関係がない。領主である以上、民を支え導き、幸福を追求していく必要がある。その責任を負っている以上、そこにどんな理由があろうと言い訳にしかならない。
「納得できないか……」
「はい。公爵夫人になったわたくしが、同じことを繰り返すわけにはいきません。キャスバート、ラティマー、どちらの民のためにも」
ウィステルは、港で働く人々の表情をまぶたの裏に思い出す。それは、いつか……ラティマーの地に取り戻すべき笑顔の形でもあった。
「……責任感が強すぎるというのも困りものだな」
ふっと苦笑するフィセリオの吐息が、さざなみに押し流されて溶けていく。そこに嫌悪の色はなく、呆れながらも許すような柔らかさがあった。
彼は氷の入ったグラスにお酒を注ぐと、静かに口元へ寄せる。グラスが傾くと、カランと涼やかな氷の音がしん……と響いた。
「歯車も、油を差さなければ動かなくなる。回るのが役目なのだから回れと言っても限界はある。今は心身を休めることに専念して、帰ってからまた好きなだけ考えればいい」
ただただまっすぐに向けられるフィセリオの言葉に、ほろりと心の一端が溶けたような気がした。理屈では、どんな理由があろうと責務を果たすべきだとわかっている。
自給自足するには厳しい土地柄。援助も受けられない孤立無援。災害で生活すら崩れている状態でどうやって経済を回し、復興に回す資金を得たらいいのか。八方塞がりで、それでも役目だけは果たさなければと追い立てられて、心が叫んでいた。
──じゃあわたくしは、一体どうすれば良かったの?
心の奥に小さく残った悲鳴を、ウィステル自身ですら聞こえないふりをしようとした悲鳴を、彼は聞き漏らさなかった。
何かを言葉にしたら弱さが零れてしまいそうで、唇を引き結ぶ。そんなウィステルを見かねたのか、フィセリオは何も言わず白波の花の砂糖漬けの器を、ウィステルの目の前に置いた。
穏やかなさざなみと、彼がグラスを傾けるたびに聞こえる氷の音だけが、二人を一つの場所に繋いで包んでいる。気持ちをゆっくりと落ち着けてから、砂糖漬けを口にすると、舌先の温度でじんわりと花がほどけていく。それは先ほどよりも濃く甘く……塩っぱく感じられた。
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