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第二章
エピローグ
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ラティマー領での魔物災害の事後処理が片づき、その余波が落ち着いたのは、終わりかけの夏に、秋の気配を感じられるようになった頃だった。
魔物災害の爪痕は残っているものの、ほとんど以前の生活に戻っているとローワンからの手紙に書いてあった。いくつもの災害を乗り越えたラティマーの地は、痛みを抱えながらも、今度こそ本当の明るい明日を掴んでいく。
ラティマー領の人々は、経験に裏打ちされた忍耐強さと前向きさがある。一人の心が折れてしまったとしても、周囲が見捨てない。一人では生き抜くのが難しい土地だからこそ、支え合える土壌が育っている。だからきっと、完全な復興も生活基盤の安定も、そう遠くない未来に実現するだろう。
ウィステルは、そう“信じている”。
ウィステルへの贈り物として作られた白磁のペンは量産化に成功した。“キャスバート公爵が愛する妻のために考案したペン”、“キャスバート公爵夫人も愛用”という謳い文句で販売され、文官や貴族の女性の間で静かに人気に火がつき始めているのだとか。その謳い文句を勧めたのは、もちろんウィステル自身だった。
フィセリオがウィステルを思って依頼したものが、ラティマー領の新たな工芸品として誕生した。ペンは高級品として売り出したため単価が高く、このまま人気が出れば、工房の人たちの生活も潤うようになっていくはずだ。
ウィステルはキャスバート領の商業ギルドへお礼状を書くためにペンを執る。商業ギルドの人々や所属している商人たちは、これまでに繋いだ縁に応えるように『ウィステル様の故郷の危機だ』と立ち上がってくれた。
寄付を募り、正規価格よりも安く物資を準備するだけでなく、現地までの運送も担ってくれた。おかげでラティマー領は十分な支援を受けることができ、餓死や病死などを防ぐことができた。彼らの力なくして、早期に収束を迎えることはできなかっただろう。
手紙を綴っていると、扉がノックされる。ウィステルに代わってジャスミンが対応してくれたが、部屋へと入ってきたのはフィセリオだった。
「フィセリオ様、政務はよろしいのですか?」
「ずっと働き詰めていたからな。元々今日は午後から休むことにしていた。それで……君には今から来てほしいところがあるのだが」
「あ、もうすぐ書き終わるので少し待っていただけないでしょうか?」
「時間がかからないのであれば。私は応接室で待っている」
それだけ言い残すと、フィセリオはすぐに部屋を去っていった。来てほしいところが応接室というのはどういうことだろうか。誰か客人でも来ているのかもしれないが、ウィステルに面会を申し入れてきそうな人は思い当たらなかった。
* * *
書き上がったお礼状を出すようジャスミンにお願いし、ウィステルは足早に応接室へと向かう。扉をノックすると、フィセリオの入室を許可する声が聞こえた。
応接室へと入ると、フィセリオの向かいのソファに見たことのない人物が座っていた。服装や雰囲気から商人であることがわかる。傍らには大きなカバンが二つ置かれていた。
フィセリオに促されて隣へ座ると、商人が片方のカバンをテーブルに乗せて開く。小箱がギッシリと詰められており、箱を取り出しては開いて並べていく。
「どうぞごゆっくりご覧くださいませ」
中にはイヤリングやネックレス、指輪など、様々な装飾品が入っている。どうやらこの商人は、キャスバート家が懇意にしている宝石商のようだ。
「忙しくて結婚記念日を祝う暇がなかったからな」
フィセリオの言う通り、結婚記念日は少し前に過ぎてしまっている。元々は愛のなかった打算での結婚。今でこそ嘘が真実になったとはいえ、フィセリオが気に留めていると思ってもいなかった。
「君は母君の形見以外、資金調達で売り払ってしまっただろう? また少しずつ私から贈ろうと思って……今度はちゃんと、君を見ながら」
「えぇ!? だからって直接宝石商を呼びつけなくても」
装飾品を贈ると聞いて恐縮はしてしまったが、嬉しくないわけではなかった。ウィステルを見て、丁寧に選びたいという意思が感じ取れること。それが何よりの贈り物だと感じている。
そしてそれは、最初嫁いできたときに、宝飾箱いっぱいの装飾品を押しつけ……贈ってくれた対応とは正反対だった。
「必要経費だ。公爵夫人が毎回同じものを身につけていては見くびられる」
「それは……そうかもしれませんが……」
「せっかくの機会なんだ。できれば、もっとウィステルを知りたい。好みのデザインとか、色とか……」
照れるでもなく、まっすぐ見つめて柔らかく微笑んでいる。彼の眼差しは、可愛らしくお願いするような甘さと、少しだけ遠慮しているような切なさが入り混じっていた。
フィセリオらしい理屈と、その隙間から零れる本音。それがたまらなく、愛おしい。
「それなら……派手なものより、小さくて繊細な感じのものが好きで……あ、公爵夫人としては、多少存在感のあるものを選ぶべきでしょうか……」
ウィステルは気になるデザインや好きな色の宝石が使われた装飾品の小箱を自身の前へと近づける。控えめで、宝石も小ぶりで、でも確かな輝きを放っていた。
けれど豪奢さや華やかさという面では、やはり足りていない。権力に見合うものを選ぶなら、もっとそれを誇示できるような、大粒で“戦闘力”の高いものを選ぶべきかもしれない。
「気にせず、好きなものを選んでくれ。ウィステルなら、ウィステルらしいキャスバート公爵夫人像を作っていける」
どんなものを身に着けても、ウィステルなら大丈夫──それは紛れもなく、絶対的な信頼を寄せてくれている人の言葉だった。愛されなくても、信頼し合える関係になりたいと願い続けたウィステルにとって、これ以上に嬉しく、誇らしいものはなかった。
「わたくし一人では心配ですから、フィセリオ様も意見をくださいね?」
「あぁ、もちろん。君が迷ったときには、私が……」
そっと手を差し伸べるような、温かな声がウィステルの耳をそっと撫でる。最初は警戒してばかりだったのに、いつの間にか彼の隣は、こんなにも居心地良く、安らげる場所になっていたのだと実感した。
何もない、けれど少し特別な日。優しい時間だけが、ゆったりと流れていく。
穏やかな日常の、何気ない一瞬。当たり前を奪われることの悲しみを知り、苦難を耐えてきたからこそ、ウィステルはその尊さが身に沁みるほどにわかる。
本当の幸福は、細部に宿るものだということを。
そしてそんな何もない日々が、これからも続いていくことを──今はただ祈っている。
魔物災害の爪痕は残っているものの、ほとんど以前の生活に戻っているとローワンからの手紙に書いてあった。いくつもの災害を乗り越えたラティマーの地は、痛みを抱えながらも、今度こそ本当の明るい明日を掴んでいく。
ラティマー領の人々は、経験に裏打ちされた忍耐強さと前向きさがある。一人の心が折れてしまったとしても、周囲が見捨てない。一人では生き抜くのが難しい土地だからこそ、支え合える土壌が育っている。だからきっと、完全な復興も生活基盤の安定も、そう遠くない未来に実現するだろう。
ウィステルは、そう“信じている”。
ウィステルへの贈り物として作られた白磁のペンは量産化に成功した。“キャスバート公爵が愛する妻のために考案したペン”、“キャスバート公爵夫人も愛用”という謳い文句で販売され、文官や貴族の女性の間で静かに人気に火がつき始めているのだとか。その謳い文句を勧めたのは、もちろんウィステル自身だった。
フィセリオがウィステルを思って依頼したものが、ラティマー領の新たな工芸品として誕生した。ペンは高級品として売り出したため単価が高く、このまま人気が出れば、工房の人たちの生活も潤うようになっていくはずだ。
ウィステルはキャスバート領の商業ギルドへお礼状を書くためにペンを執る。商業ギルドの人々や所属している商人たちは、これまでに繋いだ縁に応えるように『ウィステル様の故郷の危機だ』と立ち上がってくれた。
寄付を募り、正規価格よりも安く物資を準備するだけでなく、現地までの運送も担ってくれた。おかげでラティマー領は十分な支援を受けることができ、餓死や病死などを防ぐことができた。彼らの力なくして、早期に収束を迎えることはできなかっただろう。
手紙を綴っていると、扉がノックされる。ウィステルに代わってジャスミンが対応してくれたが、部屋へと入ってきたのはフィセリオだった。
「フィセリオ様、政務はよろしいのですか?」
「ずっと働き詰めていたからな。元々今日は午後から休むことにしていた。それで……君には今から来てほしいところがあるのだが」
「あ、もうすぐ書き終わるので少し待っていただけないでしょうか?」
「時間がかからないのであれば。私は応接室で待っている」
それだけ言い残すと、フィセリオはすぐに部屋を去っていった。来てほしいところが応接室というのはどういうことだろうか。誰か客人でも来ているのかもしれないが、ウィステルに面会を申し入れてきそうな人は思い当たらなかった。
* * *
書き上がったお礼状を出すようジャスミンにお願いし、ウィステルは足早に応接室へと向かう。扉をノックすると、フィセリオの入室を許可する声が聞こえた。
応接室へと入ると、フィセリオの向かいのソファに見たことのない人物が座っていた。服装や雰囲気から商人であることがわかる。傍らには大きなカバンが二つ置かれていた。
フィセリオに促されて隣へ座ると、商人が片方のカバンをテーブルに乗せて開く。小箱がギッシリと詰められており、箱を取り出しては開いて並べていく。
「どうぞごゆっくりご覧くださいませ」
中にはイヤリングやネックレス、指輪など、様々な装飾品が入っている。どうやらこの商人は、キャスバート家が懇意にしている宝石商のようだ。
「忙しくて結婚記念日を祝う暇がなかったからな」
フィセリオの言う通り、結婚記念日は少し前に過ぎてしまっている。元々は愛のなかった打算での結婚。今でこそ嘘が真実になったとはいえ、フィセリオが気に留めていると思ってもいなかった。
「君は母君の形見以外、資金調達で売り払ってしまっただろう? また少しずつ私から贈ろうと思って……今度はちゃんと、君を見ながら」
「えぇ!? だからって直接宝石商を呼びつけなくても」
装飾品を贈ると聞いて恐縮はしてしまったが、嬉しくないわけではなかった。ウィステルを見て、丁寧に選びたいという意思が感じ取れること。それが何よりの贈り物だと感じている。
そしてそれは、最初嫁いできたときに、宝飾箱いっぱいの装飾品を押しつけ……贈ってくれた対応とは正反対だった。
「必要経費だ。公爵夫人が毎回同じものを身につけていては見くびられる」
「それは……そうかもしれませんが……」
「せっかくの機会なんだ。できれば、もっとウィステルを知りたい。好みのデザインとか、色とか……」
照れるでもなく、まっすぐ見つめて柔らかく微笑んでいる。彼の眼差しは、可愛らしくお願いするような甘さと、少しだけ遠慮しているような切なさが入り混じっていた。
フィセリオらしい理屈と、その隙間から零れる本音。それがたまらなく、愛おしい。
「それなら……派手なものより、小さくて繊細な感じのものが好きで……あ、公爵夫人としては、多少存在感のあるものを選ぶべきでしょうか……」
ウィステルは気になるデザインや好きな色の宝石が使われた装飾品の小箱を自身の前へと近づける。控えめで、宝石も小ぶりで、でも確かな輝きを放っていた。
けれど豪奢さや華やかさという面では、やはり足りていない。権力に見合うものを選ぶなら、もっとそれを誇示できるような、大粒で“戦闘力”の高いものを選ぶべきかもしれない。
「気にせず、好きなものを選んでくれ。ウィステルなら、ウィステルらしいキャスバート公爵夫人像を作っていける」
どんなものを身に着けても、ウィステルなら大丈夫──それは紛れもなく、絶対的な信頼を寄せてくれている人の言葉だった。愛されなくても、信頼し合える関係になりたいと願い続けたウィステルにとって、これ以上に嬉しく、誇らしいものはなかった。
「わたくし一人では心配ですから、フィセリオ様も意見をくださいね?」
「あぁ、もちろん。君が迷ったときには、私が……」
そっと手を差し伸べるような、温かな声がウィステルの耳をそっと撫でる。最初は警戒してばかりだったのに、いつの間にか彼の隣は、こんなにも居心地良く、安らげる場所になっていたのだと実感した。
何もない、けれど少し特別な日。優しい時間だけが、ゆったりと流れていく。
穏やかな日常の、何気ない一瞬。当たり前を奪われることの悲しみを知り、苦難を耐えてきたからこそ、ウィステルはその尊さが身に沁みるほどにわかる。
本当の幸福は、細部に宿るものだということを。
そしてそんな何もない日々が、これからも続いていくことを──今はただ祈っている。
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