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げっぷが上手
しおりを挟む広間に戻った僕は、予想はしていたけど驚いた。
子どもたちの泣き声が凄かったから。
この国では、子どもが泣いていても放っておくのが良しとされている。
その方が自分で泣き止み自立した逞しい子に育つ、というのが理由。
子どもが泣いていても、抱き癖がつくからと言って抱っこしない人が大半。
この国の育児書でも、泣いている子をあやしてはいけないと書いてあったりする。
時代や国によって常識は違うし、子どもとの接し方にたった一つの正解は存在しないから、その考えを否定するつもりは無い。
だけど僕は、育児書を読むよりも子どもの表情を読むことを大切にしたいと思っている。
だから泣いている子を抱っこして、小さな背中に手のひらを当て優しくポンポンとした。
そうして欲しいという声で、この子が泣いていたから。
この中では一番小さそう、まだ首もすわってない。
そんな僕を見て、受験者の中にはクスクス笑っている人もいる。
お世話係の試験を受けに来たくせに育児の方法も知らず非常識だと思われているのかもしれない。
抱っこしていた子がいつの間にか寝てしまったので僕の上着を敷いて、そぅっとそこへ下ろした。
続いてすぐそばで泣いている子の様子を見る。
その子はおしめが濡れていた。
おしめについては、数時間ごとの決まった時間に替える、というのがこの国では主流の考え。
そうする事で早めに排泄のリズムが整うという理論らしい。
なので時間がくるまで、子どもたちは濡れたおしめのままで過ごす。
もしかしたら、それが正解なのかもしれない。
でも僕は、ついつい子どもが排泄したタイミングでおしめを替えてしまう。
その方が肌もかぶれないし、なにより子どもたちが嬉しそうだから。
僕がおしめを替え始めたら、そばにいた人が懐中時計を取り出して時間を確認したあと僕を見て鼻で笑った。
無知だな、と蔑まれているのかな。
「普段通り子どもたちと接してくればいい」と騎士団長のレイン様に言われてなかったら、いたたまれない気持ちになっていたかもしれない。
レイン様の言葉のおかげで、周りの視線を気にせず子どもの様子を気にかける事ができている。
この子もおしめを替えたら泣き止んでもう嬉しそうに笑っているし、よかった。
おしめを替えたのでお手洗いの場所を聞き、手を洗ってから戻ってみると食事の時間になっていて子どもたちがミルクを飲んだり、食べ始めているところだった。
食事の時間になり受験者と子どもが一対一のペアになっていたので、人数が分かりやすい。
受験者は面談中の人と僕も含めて30人いて、子どもの数は面談で抜ける分を考慮しているのか29人だった。
まだ泣き止まないうちに食事の時間になってしまったせいか、泣きながらスープを飲んでむせている子もいる。
手を洗いに行っていて僕がいなかったため一人だけ残っていた子は、先ほど寝かしつけた子だった。
僕が近づくとちょうど起きて泣き出したその子。
食事の時間だけど今すぐミルクを飲ませたらむせてしまうと思う。
落ち着くまで少し抱っこしてから、ミルクを飲ませた。
「上手に飲めてるね、おいしい?」
飲み終わったのでたて抱っこして背中をさする。
「げっぷが上手にできたね。すごいよ」
小さな声で言ったつもりだったけど聞こえたのだろう。
気がついたらすぐそばにいる受験者が怪訝そうな顔で僕の方を見ていた。
この国では、まだ言葉が分からない赤ん坊に言葉がけをする人は少ない。
だから「げっぷが上手」なんて赤ん坊に話しかける僕は、かなり特異な存在に見えたのかもしれない。
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