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しおりを挟むコンコンッ
「どなた?」
鏡の前で立ったまま、ノックされたドアを見つめる。
「クリフです。もう公爵とシャルマン様は出発されましたよ」
「私ももうすぐ行けるわ。でもちょっとトラブルがあって……とりあえず中に入って待ってて」
どうかされましたか? という言葉とともにクリフが私の部屋へ入ってきた。
いや、正確に言うと、入ってこようとしてドアを開けたところで固まったように動かない。
「美し……」
「クリフ……?」
「あ……」
声をかけたらクリフはゼンマイを巻いたオモチャのように急に動き出して、バタンと後ろ手にドアを閉めた。
あら? クリフ顔、赤くない? 熱かしら、大丈夫? 相変わらず牛乳瓶の底眼鏡で表情が見えないから体調もよくわからないけど。
「あ……の、アクセサリーとドレス、美しいですね、ハハ、馬子にも衣裳」
馬子にも衣裳!?
もう何よ、その言い方!
夜会のために普段はしないメイクもしてもらって、髪だって貴族の令嬢らしく優雅に見えるようにアップにしてもらったのに。
少しは、褒めてくれるかなーって期待してたんだけどな。
「ところで、トラブルって何があったのですか、お嬢様?」
いつの間にかすぐそばにやってきたクリフが、ぷーっと膨らんだ私の頬をツンツンしながら聞いてくる。
やめてよね、メイクが落ちるじゃないの。
そんなことされたら、顔だって赤くなっちゃうし。
プイッと横を向いて答える。
「前髪が、ほんの少しほどけてしまって」
「誰か呼んできましょうか?」
「みんな忙しいから悪いわ」
今日は夜会に出かけるための準備もしてくれたから、侍女たちは普段の業務をいつもよりも短い時間でこなさなければいけないはず。
「……仕方ないですね」
クリフがシャツの胸ポケットからスッと髪飾りを出した。
よく見ると前に看病をした時に、クリフの前髪につけてあげた花飾りのついた私のピン。
「それ、まだ持っていたのね」
「ええ、今日も偶然持っていてよかったです」
偶然?
着たら洗濯するようなシャツの胸ポケットに、偶然女物のピンなんて入れておくかしら?
まさか、まさかまさか、隙あらば私の髪飾りを、他の女性にプレゼントしようなんて考えていたりして。
けっこう可愛いピンだもの。ドレス姿でつけたって見劣りしないくらい。
「じっとしていてください」
クリフが目の前に立ち、私のほつれた前髪を直してくれた。
だから私のすぐ目の前には、クリフの喉仏があって。
言葉を交わすたびにそこが動くのを見ると、クリフも男性だったと嫌でも意識してしまう。
ダンスみたいに、動いていれば少しは気が紛れたかもしれないけど。
なんだか唾を飲み込むことさえ、音がクリフに伝わらないか妙に気になってできなくなってしまった。
心臓の音まで、外に響き渡りそうなほどドキドキうるさいし。
しばらくして、時間が止まったのかと思ってしまうくらいクリフが動かなくなった……と思ったら上から声が降ってきた。
「ハァ……可愛い」
え、可愛い!?
私のこと可愛いって言った、今!?
思わずバッと顔を上げてクリフの牛乳瓶の底眼鏡を見つめた。
「ぁ……えっと、可愛い……ですね、この髪飾り」
思わずズッコケそうになったのを、ドレスの中で足を踏ん張って堪える。
あ……そ、髪飾り、ね。
「ヴェレ、髪飾りがずれないかどうか、最後にもう一度ダンスの練習をして試してみましょう」
スッとクリフが差しだした手に、自分の手を重ねてもよいものか一瞬迷った。
ファーストダンスは普通、婚約者と踊るものだけど……まだ夜会前のこれは、ノーカウントだから、いいわよね。
そう自分に言い訳をして、クリフの手にそっと指をのせた。
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