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花の箱
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「相澤様、確かにお荷物をお預かりしております」
ポカンと口を開けてしまった。
だって、他人の名前を呼ばれたから。私の名前は宮ノ内花。
目の前にいるのは、毛先まで隙なくカールが行き届いた髪を、ふんわりと、それでいてビジネスシーンにも相応しい雰囲気でアップにしたコンシェルジュの女性。
彼女はその美しいまとめ髪にぴったりな化粧が施された顔で、これまた完璧な笑顔を私に向けてから、カウンターの奥へと入っていった。
本当に、いつまでたっても慣れない。
先ほどの上品なコンシェルジュに対してだけではない。
自分が今ここに住んでいることにも、それに――、振り返ってロビーを見渡す。
ホテルを思わせるような高い天井のロビー。主張しすぎることなく、しかし手を抜くことなく人々の目を楽しませる調度品の数々。座り心地抜群のあの来客用ソファは、値段の想像もできない。
ふぅ、とため息をつく。ここで彼と一緒に暮らしているなんて。
「相澤様?」
ハッと気が付くと、いつの間にか淡い小花柄の包装紙に包まれた箱がカウンターに置かれていた。コンシェルジュの女性が心配そうに声をかけてくる。
まるで授業中に居眠りを咎められた生徒のようだ。思わず耳が熱くなる。
「あ、ありがとうございます」
ぶんっと勢いよく頭を下げたものだから、胸まで伸びた赤茶けた髪がふわりと揺れたのが自分でもわかった。
髪の色は好きではないが、生まれつきなのだから仕方がない。
大学受験の時期に父が亡くなってからは美容院に行くお金も無くて、以降ずっと髪は自分で切り揃えている。
髪の色を変えてオシャレを楽しんだことなんて無い。頻繁に切るのが大変だから、前髪も伸ばして耳にかけている。
ボサボサにならない程度にふわっとした髪質だったので、自然のまま何も手入れをしなくても済んだのは助かった。
ふわりとした感触が珍しくて気に入ったのか、彼はいつも何かと髪に触れてくる。
彼の手はとてもやさしくて、そこに愛情があるのかと勘違いしてしまいそうになるのがつらい。
だってそこにあるのが、愛情ではなく、同情だってわかっているから――。
想像していたよりもずっと小さかった箱を胸に抱えて、高層階専用のエレベーターへと乗り込んだ。
最上階のボタンを押して頭に浮かぶのは、先ほどの女性の完璧な笑顔。
私もお化粧とかした方がいいのかなぁ。
可愛い、といつも彼は言うけれど、きっとそれは子どもに向けられる好意と同義だ。
大人っぽく化粧をしたら何て言うかな……
……って、いったい何て言われたいんだろう、私。
エレベーターを降り、奥の角部屋のドアを開け電気をつけた。
穏やかな光に照らされる玄関は、実家の自分の部屋と同じくらいの広さがある。
少し長めの廊下を進み、リビングのドアを開ける前に、廊下の電気を消した。
ふぅ、と一呼吸してからドアを開ける。その瞬間、目の前に広がる東京の夜景。
――あぁ、宝石箱みたい。
大きな窓から一望できる色とりどりの光。
まるで夢の中のよう……。
今頃は、お酒でも飲んでいるのかな。
窓に近づき、この光のどこかにいる彼を想う。
お酒といえば、酔って困らせちゃったことがあったっけ。
あの時のことは、何度思い出しても恥ずかしい。
先ほどフロントで受け取った箱をローテーブルに置いて、すぐ脇のソファに腰をかけた。
二人掛けにしてはゆったりと大きめのソファは、柔らかすぎず硬すぎず、絶妙の座り心地で私の身体を受けとめてくれる。
ふと、酔ってこのソファで醜態を晒したことが頭をよぎり、顔が熱くなった。
あの時は自分から、彼のシャツのボタンを外して、思いのほか筋肉質だった胸をはだけさせて……。
雑念を振り払うようにブンブンと首を振ってクッションに顔をうずめる。
あぁ、あの日の私を彼の頭から消し去りたい……。
ポカンと口を開けてしまった。
だって、他人の名前を呼ばれたから。私の名前は宮ノ内花。
目の前にいるのは、毛先まで隙なくカールが行き届いた髪を、ふんわりと、それでいてビジネスシーンにも相応しい雰囲気でアップにしたコンシェルジュの女性。
彼女はその美しいまとめ髪にぴったりな化粧が施された顔で、これまた完璧な笑顔を私に向けてから、カウンターの奥へと入っていった。
本当に、いつまでたっても慣れない。
先ほどの上品なコンシェルジュに対してだけではない。
自分が今ここに住んでいることにも、それに――、振り返ってロビーを見渡す。
ホテルを思わせるような高い天井のロビー。主張しすぎることなく、しかし手を抜くことなく人々の目を楽しませる調度品の数々。座り心地抜群のあの来客用ソファは、値段の想像もできない。
ふぅ、とため息をつく。ここで彼と一緒に暮らしているなんて。
「相澤様?」
ハッと気が付くと、いつの間にか淡い小花柄の包装紙に包まれた箱がカウンターに置かれていた。コンシェルジュの女性が心配そうに声をかけてくる。
まるで授業中に居眠りを咎められた生徒のようだ。思わず耳が熱くなる。
「あ、ありがとうございます」
ぶんっと勢いよく頭を下げたものだから、胸まで伸びた赤茶けた髪がふわりと揺れたのが自分でもわかった。
髪の色は好きではないが、生まれつきなのだから仕方がない。
大学受験の時期に父が亡くなってからは美容院に行くお金も無くて、以降ずっと髪は自分で切り揃えている。
髪の色を変えてオシャレを楽しんだことなんて無い。頻繁に切るのが大変だから、前髪も伸ばして耳にかけている。
ボサボサにならない程度にふわっとした髪質だったので、自然のまま何も手入れをしなくても済んだのは助かった。
ふわりとした感触が珍しくて気に入ったのか、彼はいつも何かと髪に触れてくる。
彼の手はとてもやさしくて、そこに愛情があるのかと勘違いしてしまいそうになるのがつらい。
だってそこにあるのが、愛情ではなく、同情だってわかっているから――。
想像していたよりもずっと小さかった箱を胸に抱えて、高層階専用のエレベーターへと乗り込んだ。
最上階のボタンを押して頭に浮かぶのは、先ほどの女性の完璧な笑顔。
私もお化粧とかした方がいいのかなぁ。
可愛い、といつも彼は言うけれど、きっとそれは子どもに向けられる好意と同義だ。
大人っぽく化粧をしたら何て言うかな……
……って、いったい何て言われたいんだろう、私。
エレベーターを降り、奥の角部屋のドアを開け電気をつけた。
穏やかな光に照らされる玄関は、実家の自分の部屋と同じくらいの広さがある。
少し長めの廊下を進み、リビングのドアを開ける前に、廊下の電気を消した。
ふぅ、と一呼吸してからドアを開ける。その瞬間、目の前に広がる東京の夜景。
――あぁ、宝石箱みたい。
大きな窓から一望できる色とりどりの光。
まるで夢の中のよう……。
今頃は、お酒でも飲んでいるのかな。
窓に近づき、この光のどこかにいる彼を想う。
お酒といえば、酔って困らせちゃったことがあったっけ。
あの時のことは、何度思い出しても恥ずかしい。
先ほどフロントで受け取った箱をローテーブルに置いて、すぐ脇のソファに腰をかけた。
二人掛けにしてはゆったりと大きめのソファは、柔らかすぎず硬すぎず、絶妙の座り心地で私の身体を受けとめてくれる。
ふと、酔ってこのソファで醜態を晒したことが頭をよぎり、顔が熱くなった。
あの時は自分から、彼のシャツのボタンを外して、思いのほか筋肉質だった胸をはだけさせて……。
雑念を振り払うようにブンブンと首を振ってクッションに顔をうずめる。
あぁ、あの日の私を彼の頭から消し去りたい……。
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