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 先に服を着たヴェルク様が、私の胸にサラシのような長い布を捲いてくれた。
 新しく用意してくれたヴェルク様のシャツとズボンを着る。
 やっぱりぶかぶかだけど。
 ヴェルク様が袖と裾を捲ってくれた。

 ちょうど着替え終わったタイミングでドアがコンコンと鳴る。

 私たちを迎えに来てくれたファロスは廊下を歩いている間ずっと、銀の魔王の側近のトルタルからサイン本をもらったと興奮しながら話していた。

 ファロスは本当に好きなのね、トルタルという人、いいえ魔物のことが。

 ヴェルク様に続いて入った部屋は、数は少ないけれど上品な調度品が飾られた格式高く落ち着いた雰囲気の応接間。

 大人が5人は余裕で座れそうな大きさのソファに、アリアを抱っこしたサティ様とアエルを膝に乗せた男性が座っている。

 サティ様たちのそばにある椅子には私と同じくらいの背丈の亀さんが背筋、というか甲羅をシャンと伸ばして座っていた。シワシワの顔に埋もれた目がすごく細い。もしかしたら眠っているのかもしれない。

 この亀さんが銀の魔王の側近かしら。こちらの世界にいる魔物で一番長生きしている方だとファロスが言っていたけれど、亀の外見からは年齢があまりよく分からない。

 アエルを膝に乗せている男性は、私の方をチラリと見ると、ふぅん、と意味ありげな笑みを浮かべた。

 目に少しかかるくらいのサラリとした銀色の髪、美しいけれどどこか冷たさを感じさせる見た目、そしてその冷たさに拍車をかけるようにクールな印象を与える眼鏡をかけた男性。

 眼鏡の奥の瞳は右が黒で左が金色だった。この人が銀の魔王、ゾマかしら。

 ヴェルク様に促されて、サティ様たちとローテーブルを挟んで向かいのソファにヴェルク様と並んで座る。

 眠そうにしているアリアの背中を優しく寝かしつけるようにトントンしながら、サティ様が私たちの方に視線を向けた。

「ヴェルク、ゾマが迎えに来たから今日帰るわね。リリィ、色々とありがとう」

 銀の魔王は隣に座るサティ様を一瞥し、はぁ、と呆れたような表情でため息をつく。

「勘違いしないでほしいな、サティ。僕は君を迎えに来たわけじゃない。ヴェルクに用があって来ただけだから」

 うわ、見た目だけじゃなくて話し方もなんだか冷たい。
 ヴェルク様は銀の魔王よりもサティ様の方が強いって言っていたけれど、やっぱり違うのでは。

「そう、ならまだ帰らなくてもいいかしら。リリィと話したいこともまだたくさんあるし」

「いや、帰らなくていいとは言っていない。まあ、せっかく僕もヴェルクのところに来たことだし、今日一緒に帰ればいいさ」

 ん……?
 サティ様と一緒に帰りたいのかな、銀の魔王。

「ゾマ、我に用、とは?」

「ああ、なんかさ、ノワール王国が大変な事になってるって聞いて。別にサティのお母さんの出身だから気になるって訳じゃないけど、ま、お互いの国について情報交換でもしようかと思ってね」

 素直じゃないだけで、銀の魔王はサティ様のことが大好きなのかもしれない。
 根拠があるわけじゃないけれど、そんな気がした。
 きっとサティ様のお母様の出身国だからすごく気にされているのですね、銀の魔王。

「ノワール王国は聖女がいないから魔物除けのお守りが足りていないんだろう? セルヴィル王国にはひとりだけど聖女がいるし、ノワール王国へお守りを援助するよう国王に言っておくよ。あと今度レオンのところに行く用事があるから、お守りの援助の件もついでに言っておく。クルーティス王国には聖女がふたりいるらしいからね、お守りもたくさんあるかもしれない」

 あ……、そのふたりの聖女のうち、ひとりは私です。
 お守りの件も、もう金の魔王は知っている。

「あの、お守りのことですが、レオン様にお願いしたので、もう少し待てばノワール王国へ提供されるかと」

 銀の魔王が目を見開いてこちらを見た。
 眠っていたのかと思った側近の亀さんも、片目を薄く開けてこちらを見ている。

「あのレオンが……貴女のお願いを、聞いた、と?」

 コクンと頷く。

「はい、野菜入りクッキーを渡して、聞いていただくことができました」

「へぇ……あのレオンが、ねぇ……」

 銀の魔王は、顎に指を添え何かを思案するような顔をした。

「ま、一時的にはお守りでしのげるかもしれないけれど、ノワール王国はこのままだと衰退してしまうかもしれない。今のうちから何か対策を考えておいた方がいいかもしれないな」

「その事でしたら、セルヴィル王国とノワール王国の国境を流れる暴れ川に橋をかけてはどうでしょう? あの川の流れは凄くて、今のままでは船で渡ることができないと聞いています。激流のため人間の手では橋を架けることができないようですが、人間と、人間の言葉を喋ることの出来る魔族が協力し合えばできるのではないでしょうか」

 体の力と魔力が強い魔族が協力してくれれば、激流の中でも工事を進めることができるはず。

「工事によりノワール王国とセルヴィル王国の両国に雇用も生じますし、橋ができれば物流も格段に楽になることでしょう。協力し合うことで、人間と魔族の共生の未来にもつながるかもしれません」

 そこまで話して、皆の視線が自分に集中していることに気がついた。
 側近の亀さんでさえ、目を大きく開けてこちらを見ている。
 細い目かと思っていたのに、あんなにまん丸な目をしていたなんて。

「も、申し訳ありませんッ。出過ぎたことを言いました」

 やってしまった。でしゃばり過ぎた。
 デセーオ王太子殿下の外交事業で聖女のお守りの提供個数を決める時にも、意見を述べて殿下に嫌な顔をされたではないか。
 この世界では、女性が男性よりも前に出るのを嫌う人が多い。
 
 ヴェルク様も……怒っていないといいけれど。

「リリィ」

「ひゃいっ」

 ヴェルク様に名を呼ばれ、思わず背筋がピンとなる。
 そのままギギギ……と首をまわして横を見ると、ヴェルク様が蕩けるように甘い笑顔でこちらを見ていた。

「ありがとう、素晴らしい考えだと思う。な、ゾマもそう思うであろう?」

「ふぅん、ま、いいんじゃない。セルヴィル国王にも伝えてみるよ」

「リリィの意見はとても良いと思うわ。ゾマ、ヴェルク、実行できるようにがんばってね」

 まさか三人にそう言ってもらえるなんて。
 言って良かった、と思う。
 きっとこれからも、自分の意見を言ってもこうして笑って受けとめてもらえる気がした。



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