上 下
17 / 33

第十七話【執着心と策略】

しおりを挟む
◇◇◇◇
一ヶ月経ち、修行を終えたジェイド王子が王城へ帰った。ジェイドは早速、現王である父に挨拶と報告をしに玉座の間へと出向いていた。
「父上、只今戻りました。」
そう言って王の前に跪いて
「なぬ!?本当にお前が、あのジェイドだというのか?」
「はい。王家の証もここに。」
ジェイド王子は王家の証である指輪を見せた。
「ぬ。確かに本人なようだな。」
「見ての通り、もう、皆様のご気分を害する事はありません。これからは魔塔主ジグルド様が直々に王城へ出向き家庭教師をしていただく事になりました。」
「なに!?王城にだと!?なっ…それは!!」
すると王城の扉がバンッと開いて、堂々とプレジャデス王子が入って来てジェイドと並び王の前に膝まづいた。
「お父様、いえ、王よ。次期王の継承権を放棄したい。」
プレジャデスがそういうと玉座の間がざわつき王の隣にいた宰相の眼鏡が割れた。金髪碧眼の美青年の口から飛び出すような言葉ではない。
「なっならん!!ならんぞ!!冗談はよせ。」
王はかなり冷や汗をかいていた。
「兄上、何の御冗談を。」と流石のジェイド王子も冷や汗を流す。
「ならん…とは。私は庶子でございます。卑しい身分でございます。そうですよね?王よ。」
「なっ、なっ、なっ。お前は…どうしたというのだ。正気ではない。」
「はい、正気ではございません。ですが、継承権を放棄したいです。」
「待って下さい!!それなら、私も王位継承権を放棄したい!!!」とジェイド王子も顔を青ざめさせながら進言する。
「ジェイド、お前は残念ながら正当な血統だ。本来、庶子である私は冷遇されるべき。それが魔力が漏れ出るという理由でジェイドの方が冷遇されていた。食事も満足に与えられず、家庭教師すらつけてもらえず、こんな事はあってはならないはずです。ジェイドこそが正当な王位継承者です。」
「意味がわかりません!!兄上!私は間違えなく病弱でした。それに先に生まれたのは兄上です!潔く継承されて下さい。僕は!!帝王学や社交マナーを学んでおりませんので。」
「今から学べば良いじゃないか。お父様だって、まだまだ現役。我々が継承されるのは髪の毛が薄くなった頃さ。」
「なっ。」
「もうよい。兄弟喧嘩をするでない。して、プレジャデスよ。お前は、放棄して何になるというのだ。庶子である事を公表したのだ。これからの世間の目は覚悟できているのだろうな?」
「はい。問題ございません。」
「問題大ありです!!王子がいなければ公務はどうされるのですか!!いまやほとんどの仕事をなされているというのに!!それらがジェイド王子にこなせると思いません!!」という宰相の声に不敵な笑みを浮かべるプレジャデス王子。
「なら、こういうのはどうでしょうか。二人して王位継承権の破棄。残る王家の血筋は1つ。ハイドシュバルツ公爵家のサノアルに回ってしまいますね。」
「そして私はサノアルとの婚約を破棄するつもりは微塵もございません。これで宰相の憂いは晴れるのでは?」
「ぬ…それなら…。」
(そうか、兄上は最初からサノアル令嬢を王にしたい、いや、自分の隣に縛り付けたいのか。)
「ジェイドは?王になりたいならなってくれてもいいけど。」
「いいえ、僕は放棄するつもりです。」
「どうされますか?父上。」
「保留じゃ。全く。」
やれやれと言った感じに頭をかかえる王。
「さて、お父様はお疲れの様ですので、私はこの辺で失礼致します。」
立ち上がるプレジャデスはクルっと踵を返し去ってゆく。
「それでは私も失礼致します。」
ジェイド王子も去ろうとしたが「待て。」と王に引き留められた。
「はぁ。ジェイドよ。あやつの言っていた通り、正当な継承権はお前にある。王家を出る事は許さん。それだけは心しておけ。」
「はい。父上。では失礼します。」

◇◇◇◇

父上は知らない。稚拙で傲慢な父上だ。だから知ろうともしない。王家から代々受け継がれる書を読めば分かる事がわかっていない。僕は全てを読んだ。だから知っている。
父上が恐れている魔塔主ジグルドについてだ。ジグルド先生はスイートローズを愛している。だから、この国を攻撃したりなんてしない。初代スイートローズ様が愛した国をどうして壊す事ができようかといったところだ。父上は、初代スイートローズの血が王家に受け継がれていなければジグルド先生が自我を失い国を攻撃すると思い込んでいる。兄上もそんな感じだろうと思っていたけれど、リアの手紙を読んで兄上は全てを知っている側だと理解した。
僕も婚約者のリアが大好きだけれど、兄上も婚約者のハイドシュバルツ公爵令嬢の事が大好きなようだ。つまり、兄上はサノアル嬢を逃がさないように外堀から埋めていっているといったところだろうか。

「ジェイド。」
壁に持たれかかっている兄上が声を掛けて来た。
「はい?」
「もたもたしていると、寝取られるぞ。」
「は?」
「悪い虫がついているという事だ。」
「ご忠告ありがとうございます。」

そのまま兄上に会釈して自室へと向かった。腐っても兄弟。例え腹違いでも同じ血が流れている。
僕は…兄上よりも非道な手で掴みにいくさ。その為に彼を送ったのだから。

◇◇◇
-6年前-

「クルス・リスメギス。何故死に急いでいるんだ?」

僕の護衛役を買って出たクルス・リスメギス。当時の彼は王室魔法士団団長をして活躍していたが、団長の座を譲り、第二王子付き護衛魔法士に移動してきた。これはほぼ自殺志願者に近かった。僕の側にいれば体調が悪くなり、やがて死に至るまで衰弱してしまうからだ。今まで恋人を亡くしたものや、家族を失ったものばかりが志願し死んでいった。その役職は自殺の名所のようなものになっていた。そもそも地位や名誉のあるリスメギス卿がどうして自殺したいと願ったのか。

「暇なんです。とても。」
そう言ってニコリと笑った。既に僕とかなり密接な距離にいる。気分が悪くなる事だろう。
「死んでも良いと?」
「はい。暇ですから。」
その答えはとても傲慢だった。

「なら、死ぬ前に頼みがある。」
「なんなりと。」

◇◇◇
僕の頼みというのは錬金術を学び賢者の石を作れというものだ。王室錬金術士長を呼びリスメギス卿に錬金術を教えさせた。彼は天才で僅か3年で錬金術をマスターした。だが、賢者の石の作り方については未だ不明で現在に至るまで開発不可能となっていた。そうする事で彼の退屈を防いでいた。賢者の石があれば僕の体質をどうにかできるかもしれないという思惑もあるけれど、いつか使えるコマとして、優秀な彼を延命させていた。賢者の石の作り方なんて僕はとうの昔から知っていた。これを知れば今直ぐにでも彼は死んでしまうだろう。賢者の石の材料はヒトだから。

だけど、魔法を学べるようになった僕にはもう必要のないものだ。
今必要としているのは愛しい婚約者のエルヒリアなはずだ。愚かな父上のせいで僕は隠され、魔法学校へ通う事すらできなかった。それが偶然ジグルド先生と出会う事ができて学べるようになり、魔力の流出を抑える事ができるようになった。まだまだだけれど平常時はコントロールできるようになった。もっと早く通えていたら、友ができ、後ろ盾だって作れたかもしれない。
後ろ盾のない僕が王になったところで傀儡になるだけだ。それよりも僕は、初めて会話してくれたリアを大事にしていきたいと願った。その感情はドロドロとしていて、真っ黒かもしれないな。
なんせ、コマであるリスメギス卿を利用してリアの心を手に入れようと最初から策略しているから。
しおりを挟む

処理中です...