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第三十一話【世界が嫌いだった。】

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ふと、空を見上げれば時間が止まった。

私の名前は上野うえの 美華みか。平凡な家庭で育った平凡な女の子。普通に友達がいて派手でも地味でもない生活を送っていた。だけど悪魔はすぐそばにいた。
ここまで聞くと、だいたいの人はどうせここから虐められたりするのだろうと予想するよね。

違うよ。

誕生日にお父さんが「これからの時代はパソコンを使いこなせないと損をする。」とか言ってパソコンをプレゼントしてくれたの。パソコンは私の世界を大きく変えた。

最初は使いこなせなかったけれど、友達がゲームをしながら覚えてみてはどうかと提案してくれて有名なオンラインゲームを始めてみた。
新たな世界に降り立った気分だった。学校で自分も派手な格好をしてみたいと思っていた。それがゲームの中では叶ってしまう。誰の目を気にしなくて良い。そこには自由があった。学校の友達には可もなく不可もない話をし続けて、なるべく話は聞き役に徹しなければいけなかった。だけどゲームの中はみんな喋りたい事を自由に喋っていたし、それで人が去っていく人がいても気にする事も必要もなかった。それがネットというものらしい。顔も住所も性別も不明な世界で嫌なら消えれば良い、名前を変えればいい。心が心から解放される。そんな世界だ。

段々と学校が社会が世界が息苦しく感じてしまった。

まだ、たったの16歳。世の中に絶望してしまっていた。毎朝起きて絶望を覚えた。段々と外へ出ようとすると吐き気がするようになって、体が震えてしまい、とうとう不登校になってしまった。

お父さん、お母さん、ごめんなさい。ごめんなさい。ごめんなさい。ごめんなさい。ごめんなさい。

ゲームで思いっきり狩りをしてストレスを発散して、眠りにつこうとする度に良心への謝罪を呟いていた。

ある日、目が覚めるとパソコンが部屋からなくなっていた。
頭の中はどうやってパソコンを取り返すかしかなかった。今怒り叫んだらパソコン依存症だとバレて余計にパソコンを触れなくなる。だから、スクールバックにカッターナイフと携帯用のイヤホンとガムテープを良い感じの長さにちぎって下敷きにはりつけてソレを入れて制服に着替えてリビングへ行った。

「どうしたの?まさか、学校へいくつもり?」とお母さんに声をかけられた。
「うん、今日は寝る前にパソコンで見た星占いで最高に良い日だって出てたから学校に行ってみようと思って。」
「そう、無理しないでね。しんどくなったらすぐに帰ってくるのよ?何かあったらすぐに連絡して。」
優しい言葉をかけてくれるお母さん。
「うん。」
とびっきりの笑顔を見せて学校へ行った。

珍しく私が登校した事によって、少しざわつく教室。
恐らく、イジメが原因だと思われている。私の教室は誰も虐めなんてしていない。むしろ、ある意味私が皆をイジメているかもしれないね。

3限目が終わったあたりで限界だった。吐き気がしてトイレで吐くだけはいたあと、カバンの中からカッターナイフを取り出して自分の制服をビリビリに裂いた。自分の体もそのまま傷つけた。
痛かった。だけどパソコンを取り返す為だったから痛みなんて感じなかった。
沢山切りつけて傷をつけた。パソコン、パソコン、パソコン。

私はパソコン依存症で外に出ないと思われていたせいで寝ている間にパソコンを取り上げられたに違いない。だから、学校でイジメにあってた事にすればきっとパソコンが戻ってくる。

制服を切りつけて体にも傷をつけ終わった後、トイレの窓から一応服で指紋を拭きとったカッターナイフを投げ捨てた。
真下には酷く汚れた池があって、掘り起こされる事はないだろうと思った。口を使って紐で両手首をしばった。次に下敷きに貼り付けたガムテープを取り出した。指紋がつかないように端を折り曲げてあるから手首が縛られていても剥がす事ができた。
ガムテープを目に貼り付けて床に倒れた。これでパソコンが返ってくるに違いない。

だけど、その後すぐに誰かに発見されて救急車で運ばれて病院で入院する事になった。
暫らくは何度か警察の人が来て、話を聞きに来た。
パソコンが触れなくてイライラした。早く家に帰りたくて、外が恐いふりをして演技をした。

少しすると家に帰してもらえた。

新しいデスクトップパソコンが部屋に置かれていた。もう学校へ行かなくても良いしゲームもできる!安堵しかなかった。
部屋から出るのも辛いふりをすれば部屋の前にご飯が置かれるようになった。
トイレやお風呂の時だけ外へ出た。お母さんが心配だからお風呂上りにだけ顔を見せてくれというので顔を見せた。
お母さんは風邪引くと、また外へ出ないといけなくなるからと、髪を乾かしてくれた。
何も心配しなくていい、ずっと部屋にいればいい、とお母さんが言ってくれた。お父さんも外は危険だから、ずっと家にいていいと言ってくれた。「退屈になったらいつでも言いなさい。何か父さんが用意してやろう」と言ってくれた。

最高の空間、最高の両親。もう何も心配する事はない。

私はそれからずっとゲームをして過ごした。

【甘い甘い薔薇の君】というゲームをお父さんが買ってきてくれたから一応プレイしてみた。
パッケージを見る限り最初は乙女ゲームなのかと思ったけど、謎に長いストーリーが始まった。

私はその物語が悲しくて沢山泣いてしまった。
涙なんて流したのはいつぶりだろうか。この人を慰めてあげたい。そう強く願った。

すると見知らぬ風景の場所に立っていて、目の前に黒髪の男性が倒れていた。

「えーー!?」
急いで男性に近寄って顔を確認した。すると先程まで見ていた物語の男主人公の神様がぐったりとした感じで倒れていた。

「うそ…神様じゃん。」

綺麗な顔をしていた。肌も凄く綺麗で、身長だって私より絶対高い。辺りを良く見渡せば先程のゲームの中の背景に似ている事に気が付いた。

待って、じゃあ…本当にこの人は神様なの?
どうしよう。どうしたらこの人を介抱できるんだろう?運んだりとか無理だし、どうしよう。
私、どうしようもなく この人を助けたい。救われてほしい。

神様に関する物語を思い出して涙がポロポロ溢れてきた。
あの時、あんなに今すぐ側に行って助けたいと思ってたのに、実際側にいっても何もできないじゃん。
私なんかが神様を助けようとした事が間違いだったんだ。

「もしかして、俺を思って泣いているのか?」

聞き覚えのある声がして神様の顔を見ると赤い瞳と目があった。

「生きてる…?」
「あぁ、神だから死なない。」
「でも、でも、今空っぽで…。」
「確かに空っぽだ。けど、ホッとしてる。」
「うん、うん、良かったね。」

もっと涙が出た。彼の辛い物語がやっと終わって、神の力をほとんど失って永遠と神として世界を管理する仕事を終えたところだ。今彼は自由になって、何もなくなったところだった。

「祈ってくれないか?」
「祈る?」
「そうだ。俺が回復できるように祈ってほしい。死にはしないが、腹を刺されて痛みが酷いんだ。」
「え?う、うん。祈るの?祈るね。」

祈るってどうするの?誰かにお願いするの?神様が目の前にいるのに?
でも、痛そう。よく見たら血が沢山でてる。
傷が治りますように、傷が治りますように、傷が治りますように、心の傷も治りますように。

私はこの人を癒したかった。心から、この人の孤独と寂しさを埋めたかった。
私も寂しかったんだ。心から何かを楽しめた事がなくて、社会が嫌で引きこもりになって、それを分かってくれる人がいなくて孤独を感じていたから。
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