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第十四話【控えめに言ってクソ王子ですわ!】

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週末になり、約束通りペルシカはヤードと海へやって来た。青い空と広がる海が、二人の周りに穏やかな雰囲気を漂わせていた。波の音が遠くから聞こえ、海風が心地よく吹き抜ける。

「荒れ狂った海どこいった。」と、ペルシカは低めの声で呟いた。

そう、実はペルシカは事前に海が荒れ狂っていることを知っていた。彼女はその荒れた海だからこそ、ヤードを拘束しやすいと考え選んだのだ。しかし、期待していた荒れ狂う海とは違い、青い空と青い海が広がっているだけだった。ペルシカはどうすればいいのかわからず、死んだ魚のような目で海を見つめていた。

海でお店を開いている中年の男性がペルシカを見つけ、急いで彼女のもとに駆け寄ってきた。

「もしかして、ペルシカ様でいらっしゃいますか?」
「はい。ワタクシ、ペルシカ・ハイドシュバルツでございますわ。」

ペルシカは緩やかな手の振りと上品な口調で、自分の名前を述べた。その仕草や言葉遣いはまるで貴族そのものだった。


「お会いできて光栄です!!ペルシカ様のお陰で我々は救われました。」と、中年の男性が神に祈るかのようなポーズをとると、ペルシカは心の中でドン引きした。

「いったい何がありましたの?ワタクシは何も…。」

「ペルシカ様がこの海を救うため、自らお越しいただいたおかげで、王室が動いてくださり、第一王子様がペルシカ様を危険にさらすまいと、空で大暴れしていたドラゴンを打ち倒してくださり、今の平穏な海に至ります。どのようにお礼を申し上げてよいのか…。」

(また話がとんでもなくでっち上げられてるわ…。ドラゴン討伐ですって?何がどうなってるの?)

頭の中はぐるぐるとしていたが、それでも気丈に「ワタクシはただ…海を満喫したかっただけですわ。」と返す。

「ご謙遜を…ペルシカ様はこの土地の女神です!!」と言えばわらわらと住民が「ペルシカ様だ!」と言って集まってきた。

「ヒィィィィ!!」

群がる住民を振り切って、ペルシカとヤードは豪華なホテルに移動しました。ホテルに到着すると、ペルシカは豪華すぎるベッドの上にドサッと寝転がりました。

「お疲れでございますか?お嬢様。」

ヤードはペルシカの近くに座り、彼女の顔にかかった髪を優しく耳にかけてあげました。

ペルシカが疲れているのには理由があります。先ほどの住民の騒動もその一因ですが、今回の海デートは本来なら夜会で起こるであろう事件を未然に防ぐためのものでした。しかし、驚くことに、招待状は届かず、誰に聞いても夜会の予定はないと言われてしまい、ペルシカは途方に暮れていました。

そんな時ふと小説の一文を思い出す。主人公が自分は神に愛されているのかも!と思い込むシーンだ。”こんな私でも夜会で王子様と踊ってみたい…なんてね。”これだ。この一文の願いを神は聞き入れたのだ。
しかし、ヤードが主人公を消してしまったことで、ストーリーが大きく変わり、夜会自体が存在しなくなってしまったのだ。

この考えにたどり着いたのはついさっきのことで、今までの悩みが全て水の泡になってしまったという脱力感による疲労が大きかった。

「ヤード。」
「はい、何でございましょう。お嬢様。」
「ワタクシの婚約者、今から第一王子になりなさい。」
「は?」

目を点にしたヤードの表情を見て、ペルシカは驚いて初めて見るその顔に思わず大笑いしてしまった。

「あっははははは!えっと、役よ役。演技をしてほしいの。」

ヤードはしばらく深く考え込んだ後、「………畏まりました」と返答した。


「そんなに畏まらなくていいのよ。少しだけよ。私の気持ちを晴らしたいだけなの。」ペルシカがそう言って起き上がった。

「はい。では失礼して。…どうしましたか?ペルシカ。」と言ってニコリと笑うヤード。

「演技下手ね…。まぁいいわ。……このっ!!ドクズ王子がぁぁ!!!」

ペルシカはヤードの両耳らへんをバンっと両手で挟んで、思いっきりゴツンと頭突きをした。すると、ドサッとペルシカの手から抜けてベッドへ仰向けに倒れてしまうヤード。

「な…は…え?ペルシカ?」

流石に唖然とするヤード。

ペルシカは冷ややかな声で、「後ろ。後ろを向きなさいクズ王子。」と指示した。

「こうでしょうか?」と言って、ヤードはぐるりと体を捩らせてうつ伏せになりました。その瞬間、ペルシカは手を大きく振り上げて、お尻目掛けてパンッと平手で叩きました。

「ドクズ!!」「変態っ!!」「馬鹿っ!!!」「いちいちやる事がキモイのよ!!」「馬鹿王子!」等と数々の暴言を吐きながらヤードのお尻を思いっきり叩き続けた。

「ハァ…ハァ…ハァ…気が済んだわ。ヤード、ありがとう。」

しかし、ピクリとも動かないヤード。いや、むしろ小刻みにピクピクと動いている気がしました。

「ヤード?大丈夫?」
「しばらく…お時間を下さいお嬢様。」
「え?良いけど。」

ヤードはパチンと指を鳴らして、瞬間移動でどこかへ行ってしまった。

(ショックを受けたのかしら。まぁ、いいわ。本当の事だし。)

ペルシカはドサッと音を立ててベッドに寝転がりました。

(ヤードと王子のせいで色々計画がパーだわ。どう考えてもヤードが王子な感じしかしなかったけれど、ヤードは私とずっと一緒にいるから無理よね。王子が小さな頃から城を抜け出して、ずっと私と暮らしてたら大問題なはず。クラスの子に聞けば王子は公務にもちゃんと出てるようだし。公務は基本クインシール様と一緒に動かれるのよね。でもヤードの瞬間移動能力があれば可能なのかしら…。どちらにせよ。どっちも変態だという事だけは分かってるのよね。髪の毛をセットし忘れたヤードを見た時、ほぼ王子だって確信したけれど、同時に存在する事なんて不可能のよね。いくらクインシール様が化けて過ごしてるからって…。そうだわ。クインシール様に聞けば良いのよ。…いや、待てよ。これで本当にヤードが王子だったら、私また泣いちゃう。推しに会えなかったショックで。)

そう、実はペルシカ。王子の中身が変態になっている事に気付いた時点で一度泣いているのだ。

「お待たせ致しましたお嬢様。」ヤードが側に現れ、ペルシカを見てギョッとしました。「どうされたのですか?お嬢様。」と心配そうにペルシカに近寄り、ペルシカの瞳から零れ落ちていく涙を指で拭いました。

ペルシカがヤードの執事服に微妙な変化に気付き、「ヤード、着替えてきたの?」と尋ねました。

ヤードは優しく微笑みながら、「はい。ついでに患部を治療して参りました」と答えました。そしてハンカチを取り出し、ペルシカの涙を優しく拭いました。

「そう、悪かったわね。どうしても腹が立って仕方が無かったの。二人に。」

ペルシカはうつ伏せに寝転がり、大きなフカフカの枕に顔を埋めました。

「二人…でございますか?」

「そう。私の邪魔ばかりして、本来なら今日、夜会があるはずだったのに、ヤードがロザリオを破壊してしまったから、主人公が夜会で王子と踊りたいっていう夢が叶わなくて、無くなっちゃったの。」

「夜会を開く手配を致しましょうか?」

「いらないわ。夜会を開けば王子が何者かに刺されちゃうもの。」

「それは物騒でございますね。城の警備が杜撰ずさん過ぎます。では、何故夜会が開かれなくて泣いてらっしゃるのでしょうか?」

「夜会が開かれなくて泣いてるわけじゃないわ。ただ、推しと会えなさそうで悔しいだけ。それと、夜会で刺されてしまうかもしれない王子を助ける為にヤードを騙して、ここへ連れてきたのよ?ここに拘束して自分だけ夜会へ行って助けようとずっと考えて、考えて、考えて行動してきたのに。全部パーよ。私の労力はいったいなんだったの!」と足をばたつかせるペルシカ。

「そのような恐ろしい計画を立てていたのですか?」

ヤードは嬉しそうな顔をして、ペルシカの頭をやさしく撫でました。彼の手はそっと、愛情に満ちた動きで、ペルシカの髪を撫で、その姿に安らぎと温かさが溢れていました。

「…うぅ。大好きな人の中身がお父さんだったくらいショックだわ。」

ペルシカは恨めしそうな表情でヤードを見つめました。彼女の目には怒りと失望が滲んでおり、その視線はヤードを責めるかのように鋭く突き刺さっていました。

「難しい例えでございますね。で?お嬢様。本日はハメを外して私奴わたくしめと海デートとやらをしていただけるのでしょうか?」
「いいわ。但し、身分の差をわきまえなさい。過度なボディタッチはダメよ。」と拗ねた口調で言うペルシカ。
「はい。もちろんでございます。畏まりました。」と言ってニコリと笑うヤードだった。
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