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39.守るべきものの為に
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1週間、サクレティアはクレノースと片時も離れずに過ごした。仕事の時も、趣味の時間も、お風呂に入る時も、そして寝る時も、常に一緒だった。その甲斐あってか、クレノースは次第に落ち着きを取り戻し、今では以前のような冷静さを少しずつ取り戻していた。
《ようやく、まともに戻ってきたわね……》
サクレティアは内心で安堵のため息をつきながら、デスクに向かって執務に集中していた。彼女の視線は契約書や各種書類に向けられていたが、時折、ソファーに座るクレノースとキースをちらりと見る。クレノースはキースを優しく膝の上に乗せ、彼をあやしながらも自分の手元にある契約書に目を落としていた。彼が今手掛けているのは、サクレティアの発明品に関連する新しい契約書だ。
「サクの発明品が、ここまで注目されるとは思っていなかった。契約書の準備も追いつかないよ」と、クレノースは穏やかに言いながら、ペンを走らせていた。
サクレティアは微笑んで答えた。「私だって、そんなつもりじゃなかったのよ。必要だったから作っただけで、いつの間にかこんなことに……。」
クレノースはキースを優しく揺らしながら、目を細めて彼女を見つめた。「サクの元いた世界は凄いね。こんなに多くの発明品があって、この世界はまだまだだね。」
彼のその言葉に、サクレティアは自然な微笑みを浮かべた。しかし、同時に彼女の中には不安もあった。最近の毒事件や新聞記事、そして陰謀めいた動きが、再び彼らの平和を脅かしそうな気配を感じていたからだ。だが、クレノースがこうして落ち着きを取り戻し、キースをあやしながら自分の役割をこなしている姿を見ると、サクレティアもほんの少し心が軽くなった。
サクレティアはふと呟きながら書類に目を落とした。
「契約書にサインしてもらうためにも、近々また王宮に行かないといけないわね。」
クレノースは黙って頷き、再び書類に集中する。
キースが小さな声を上げると、クレノースは微笑みながら彼をあやし、ソファーに座ったまま彼に語りかけた。「大丈夫だよ、キース。お父さんも頑張ってるからね。」
その夜、クレノースが突然「少し出かけてきます」と告げた。いつもなら微笑んで送り出せるところだが、今夜の彼は明らかに違っていた。戦闘用の防具に身を包み、冷やかな目で玄関に向かおうとしている。サクレティアはその異様な雰囲気を察知して、思わず彼の腕を掴んだ。
「クレノ、一体どこへ行くの?」
クレノースは一瞬驚いた顔を見せたが、すぐにいつもの微笑みを浮かべた。「すみません、サクレティア様。やり残したことがあって、どうしても今夜中に片付けなければならないんです。」
しかし、サクレティアは不安定な状態の彼を一人で行かせる気には到底なれなかった。彼を見つめ、穏やかだが強い口調で言った。「バルドをつけるなら、外出してもいいわ。」
その言葉に、クレノースは一瞬戸惑ったように黙り込み、そして少し考えた後、急に顔をほころばせた。「サクレティア様……まさか、僕に束縛を?本当に、あなたに縛られるなんて……なんと光栄なことか……」
サクレティアは呆れつつも、心配そうにその場を見守った。
クレノースはしばらく呟くように喜びを噛みしめていたが、しっかりとした足取りで玄関へと向かう。そして、バルドに無言で指示を飛ばし、その後サクレティアに深く一礼すると、彼女の目の前でゆっくりと屋敷を出ていった。その背中は、かつての冷酷で、どこか影を秘めたクレノースを彷彿とさせ、サクレティアは不安な気持ちを抱えながらも、静かに見送った。
しとしとと降り始めた雨が、瞬く間に激しさを増し、まるで嵐のように屋敷を打ち付け始めた。サクレティアは自室の窓の外を見つめながら、クレノースが無事に帰ってくることを祈っていた。暗闇に覆われた庭は雨の音に包まれ、いつもの穏やかさを失っている。あの装備姿で出ていく彼の背中を思い出すと、胸の奥に不安が押し寄せてきた。
その様子を見ていた侍女たちが少しでも気を紛らわせようと、傍でたわいもない話を始めた。
「奥様、そんなに心配なさらなくても、きっとクレノース様は無事に戻ってこられますよ。クレノース様の腕は、戦場でよく知られているほどのものですから」と一人の侍女が柔らかい声で言った。「そういえば、大奥様も『戦の神』と称されていたそうですから、クレノース様の腕前も相当なものです。たしか……昔、たった二人で敵国を攻め落としたという逸話もあるとか……」
彼女の言葉が途切れると、すぐにもう一人の侍女が慌ててその侍女の袖を引っ張り、そっと耳打ちをした。「あの……大奥様の話は……禁止だと伺っております。お許しを。」
サクレティアは一瞬、驚いたように侍女たちを見たが、すぐに穏やかな表情を浮かべて小さく頷いた。「いいのよ。気を遣わないで。むしろ教えてくれてありがとう、皆。そういった話も……私は聞いておきたいの」
侍女たちは彼女の優しい言葉に少し安堵し、続けて少しずつ口を開いていった。
「本当に、奥様はお心が広いお方です……」一人の侍女が感慨深そうに呟いた。「大奥様の厳しい教えがあってこそのクレノース様のご活躍だったとは思いますが、今こうして公爵様が無事で、奥様と幸せに過ごされているのが何よりですよね。」
サクレティアは微笑みながらも、その言葉の重みを感じていた。確かにマリアベルの影響は、クレノースの人生に大きな影を落としている。しかし同時に、彼がその過去を乗り越え、今こうして自分と未来を歩もうとしていることがどれほどの勇気を伴うのか、彼女にはよく分かっていた。
彼女は窓の外を再び見つめ、まだ見ぬ彼の姿を心の中で描いた。暗い雨の夜を抜け、クレノースがまた笑顔で帰ってくることを願いながら。
嵐が激しく降り注ぐ中、クレノースとバルドは馬を駆りながら夜の闇を突き進んでいた。風が冷たく体に刺さり、雨は顔に打ち付けて視界を奪っていく。それでもクレノースの瞳には強い決意が宿り、動じることなく前を見据えている。
「バルド、変装道具と書類は持ってきたな?」クレノースは振り返りざまに確認する。
「はい、ご指示通りに全て揃えております。」バルドは確かな返事を返し、しっかりとその道具が入った鞄を押さえた。
「よし、俺としてしっかり行動しろ。完璧にこなしてこい。」クレノースの言葉に、バルドは深く頷いた。
「かしこまりました。クレノース様の振る舞いを徹底し、見事に任務を遂行いたします。」
クレノースは一瞬、真剣な表情でバルドを見つめ、さらに指示を加える。「それと、サクレティア様への崇拝を忘れるなよ。どんな場面でも、サクレティア様を最優先に考えろ。お前なら、わかるな?」
バルドは目を閉じ、静かに頭を下げた。「もちろんでございます。サクレティア様への忠誠と崇敬は、胸に刻んでおります。」
クレノースは満足そうに頷き、再び前を向く。夜の闇に向かい、低く「俺もここからは別行動だ。必ず成功させてくれ」と囁いた。その言葉に、バルドも強く頷き、「御身もどうかお気をつけて」と返した。
馬の足音が再び嵐の中を駆け抜け、クレノースとバルドは二手に分かれて進んでいった。バルドは王城への道を真っ直ぐに突き進み、クレノースは別の方向へと馬の手綱を握り直し、険しい表情で雨の向こうに待つ場所を目指した。
《ようやく、まともに戻ってきたわね……》
サクレティアは内心で安堵のため息をつきながら、デスクに向かって執務に集中していた。彼女の視線は契約書や各種書類に向けられていたが、時折、ソファーに座るクレノースとキースをちらりと見る。クレノースはキースを優しく膝の上に乗せ、彼をあやしながらも自分の手元にある契約書に目を落としていた。彼が今手掛けているのは、サクレティアの発明品に関連する新しい契約書だ。
「サクの発明品が、ここまで注目されるとは思っていなかった。契約書の準備も追いつかないよ」と、クレノースは穏やかに言いながら、ペンを走らせていた。
サクレティアは微笑んで答えた。「私だって、そんなつもりじゃなかったのよ。必要だったから作っただけで、いつの間にかこんなことに……。」
クレノースはキースを優しく揺らしながら、目を細めて彼女を見つめた。「サクの元いた世界は凄いね。こんなに多くの発明品があって、この世界はまだまだだね。」
彼のその言葉に、サクレティアは自然な微笑みを浮かべた。しかし、同時に彼女の中には不安もあった。最近の毒事件や新聞記事、そして陰謀めいた動きが、再び彼らの平和を脅かしそうな気配を感じていたからだ。だが、クレノースがこうして落ち着きを取り戻し、キースをあやしながら自分の役割をこなしている姿を見ると、サクレティアもほんの少し心が軽くなった。
サクレティアはふと呟きながら書類に目を落とした。
「契約書にサインしてもらうためにも、近々また王宮に行かないといけないわね。」
クレノースは黙って頷き、再び書類に集中する。
キースが小さな声を上げると、クレノースは微笑みながら彼をあやし、ソファーに座ったまま彼に語りかけた。「大丈夫だよ、キース。お父さんも頑張ってるからね。」
その夜、クレノースが突然「少し出かけてきます」と告げた。いつもなら微笑んで送り出せるところだが、今夜の彼は明らかに違っていた。戦闘用の防具に身を包み、冷やかな目で玄関に向かおうとしている。サクレティアはその異様な雰囲気を察知して、思わず彼の腕を掴んだ。
「クレノ、一体どこへ行くの?」
クレノースは一瞬驚いた顔を見せたが、すぐにいつもの微笑みを浮かべた。「すみません、サクレティア様。やり残したことがあって、どうしても今夜中に片付けなければならないんです。」
しかし、サクレティアは不安定な状態の彼を一人で行かせる気には到底なれなかった。彼を見つめ、穏やかだが強い口調で言った。「バルドをつけるなら、外出してもいいわ。」
その言葉に、クレノースは一瞬戸惑ったように黙り込み、そして少し考えた後、急に顔をほころばせた。「サクレティア様……まさか、僕に束縛を?本当に、あなたに縛られるなんて……なんと光栄なことか……」
サクレティアは呆れつつも、心配そうにその場を見守った。
クレノースはしばらく呟くように喜びを噛みしめていたが、しっかりとした足取りで玄関へと向かう。そして、バルドに無言で指示を飛ばし、その後サクレティアに深く一礼すると、彼女の目の前でゆっくりと屋敷を出ていった。その背中は、かつての冷酷で、どこか影を秘めたクレノースを彷彿とさせ、サクレティアは不安な気持ちを抱えながらも、静かに見送った。
しとしとと降り始めた雨が、瞬く間に激しさを増し、まるで嵐のように屋敷を打ち付け始めた。サクレティアは自室の窓の外を見つめながら、クレノースが無事に帰ってくることを祈っていた。暗闇に覆われた庭は雨の音に包まれ、いつもの穏やかさを失っている。あの装備姿で出ていく彼の背中を思い出すと、胸の奥に不安が押し寄せてきた。
その様子を見ていた侍女たちが少しでも気を紛らわせようと、傍でたわいもない話を始めた。
「奥様、そんなに心配なさらなくても、きっとクレノース様は無事に戻ってこられますよ。クレノース様の腕は、戦場でよく知られているほどのものですから」と一人の侍女が柔らかい声で言った。「そういえば、大奥様も『戦の神』と称されていたそうですから、クレノース様の腕前も相当なものです。たしか……昔、たった二人で敵国を攻め落としたという逸話もあるとか……」
彼女の言葉が途切れると、すぐにもう一人の侍女が慌ててその侍女の袖を引っ張り、そっと耳打ちをした。「あの……大奥様の話は……禁止だと伺っております。お許しを。」
サクレティアは一瞬、驚いたように侍女たちを見たが、すぐに穏やかな表情を浮かべて小さく頷いた。「いいのよ。気を遣わないで。むしろ教えてくれてありがとう、皆。そういった話も……私は聞いておきたいの」
侍女たちは彼女の優しい言葉に少し安堵し、続けて少しずつ口を開いていった。
「本当に、奥様はお心が広いお方です……」一人の侍女が感慨深そうに呟いた。「大奥様の厳しい教えがあってこそのクレノース様のご活躍だったとは思いますが、今こうして公爵様が無事で、奥様と幸せに過ごされているのが何よりですよね。」
サクレティアは微笑みながらも、その言葉の重みを感じていた。確かにマリアベルの影響は、クレノースの人生に大きな影を落としている。しかし同時に、彼がその過去を乗り越え、今こうして自分と未来を歩もうとしていることがどれほどの勇気を伴うのか、彼女にはよく分かっていた。
彼女は窓の外を再び見つめ、まだ見ぬ彼の姿を心の中で描いた。暗い雨の夜を抜け、クレノースがまた笑顔で帰ってくることを願いながら。
嵐が激しく降り注ぐ中、クレノースとバルドは馬を駆りながら夜の闇を突き進んでいた。風が冷たく体に刺さり、雨は顔に打ち付けて視界を奪っていく。それでもクレノースの瞳には強い決意が宿り、動じることなく前を見据えている。
「バルド、変装道具と書類は持ってきたな?」クレノースは振り返りざまに確認する。
「はい、ご指示通りに全て揃えております。」バルドは確かな返事を返し、しっかりとその道具が入った鞄を押さえた。
「よし、俺としてしっかり行動しろ。完璧にこなしてこい。」クレノースの言葉に、バルドは深く頷いた。
「かしこまりました。クレノース様の振る舞いを徹底し、見事に任務を遂行いたします。」
クレノースは一瞬、真剣な表情でバルドを見つめ、さらに指示を加える。「それと、サクレティア様への崇拝を忘れるなよ。どんな場面でも、サクレティア様を最優先に考えろ。お前なら、わかるな?」
バルドは目を閉じ、静かに頭を下げた。「もちろんでございます。サクレティア様への忠誠と崇敬は、胸に刻んでおります。」
クレノースは満足そうに頷き、再び前を向く。夜の闇に向かい、低く「俺もここからは別行動だ。必ず成功させてくれ」と囁いた。その言葉に、バルドも強く頷き、「御身もどうかお気をつけて」と返した。
馬の足音が再び嵐の中を駆け抜け、クレノースとバルドは二手に分かれて進んでいった。バルドは王城への道を真っ直ぐに突き進み、クレノースは別の方向へと馬の手綱を握り直し、険しい表情で雨の向こうに待つ場所を目指した。
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