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第四章 訪問者
14話
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コンコン
いつも通りの昼下がり、ちょうど昼食を食べ終わったタイミングで、家の扉が叩かれた。
大体半年に一回ほど来客があればいい方なのに、この数日間で二回もノックされるなんて。どうせカリアだろうと思って扉を開けると、そこには見知らぬ男の人が立っていた。
歳は──三十後半くらいだろうか。綺麗に切り揃えられた金髪に青い瞳が特徴的で、水の加護持ちであることが窺えた。それにしても、随分仕立ての良さそうな服を着ている。少なくとも僕の知り合いではないし、お爺さんの古い友人なのかな……?
「突然の訪問、失礼致します」
「あ……いえ。何か御用でしょうか?」
「ヴィシェーラ様はいらっしゃいますでしょうか」
固まっていた僕の前で優雅にお辞儀をした男は、聞き覚えのない単語を口にした。話の文脈的に人の名前だとは思うけど、恐らくソレイユ人のそれではない。だって、すごく言いづらいのだ。
「ゔい、しぇーら? あの、聞いたことのない名前なんですが……」
聞いたことのない名前であると伝えても、男はやけに食い下がってきた。言葉は伝わるのに、話が伝わらない世の不思議である。その気迫に後退っていると、数歩下がったところで何かにぶつかった。
「セシェル、どうしたんだ」
「ヴィラ!」
どうやら、皿洗いを終えて様子を見に来てくれたらしい。いざとなったら守る対象ではあるけれど、二対一になったことで、少しは心理的な余裕ができる。
まぁいきなり押し入られたわけでも、脅されているわけでもないし、警戒しすぎるのも良くないよね。
「この人が、えーと……なんだっけ。あ、そう! ゔいしぇーらさんって人を探してるらしいんだけど、何か知らない?」
「ヴィシェーラ……?」
「ああ! ご無事でしたか!」
「……ッ、そこから一歩も動くな。足を踏み入れた瞬間に殺す」
ヴィラを見た男は、嬉しそうに両手を広げて近づいて来ようとした。僕はというと、男が足を踏み出した瞬間、いきなり肩を抱き寄せられヴィラの腕の中にいた。背筋が凍るような冷気が走ったかと思えば、男の首筋には、見覚えのある氷剣が突きつけられている。
「……𝕹𝕬𝕹𝕴𝕾𝕴𝕹𝕴𝕶𝕴𝕿𝕬」
「𝕺𝕸𝖀𝕶𝕬𝕰𝕹𝕴𝕯𝕰𝕾𝖀」
「𝕶𝕬𝕰𝕽𝕬𝕹𝕬𝕴𝕿𝕺𝕴𝕿𝕬!!」
目の前で交わされる言葉の応酬に目を丸くする。
恐らく、初めて会った時にヴィラが使っていた言葉だろう。詳しいことは分からないけど、なにやら言い争っているようだった。ヴィラは殺気が漏れるほど怒りを露わにしているし、男も男で物腰柔らかな態度とは裏腹に一歩も引く気はないらしい。
しばしの後、ヴィラは苦々しそうな顔で何かを呟き、その喉元から剣を下ろした。それを見て、男の表情がパッと明るくなる。
「ヴィラ……大丈夫?」
「少しこいつと話してくる。お前は絶対家から出るな」
「わかった。気をつけてね」
心配ではあるけれど、ヴィラが決めたことならと頷いた。二人が森に消えていくのを見つめてから、ゆっくりとドアを閉める。
何かしようにも彼らのことが気になって、なんだか胸騒ぎが止まらなかった。あの男の口ぶりからすると、ヴィラの本名はヴィシェーラというのだろうか。
……僕は、君の本名すら知らなかったよ。
何だか胸が詰まったように苦しくて、大好きな薬学の本を開いても、そのモヤモヤが晴れることはなかった。
しばらくして、家にはヴィラだけが帰ってきた。大丈夫だったか尋ねると、心配ないとだけ返される。本当はもっと詳しく聞きたいし、本名のことだって教えてほしい。でも、これ以上の詮索は約束を破ることになってしまうから、何も言わずに頷いた。
もっと近づきたいのに、嫌われるのが怖くて、手を伸ばせない。それがもどかしくて苦しくて、その日の夜は中々寝付けなかった。
━━━━━━━━━━━━━━━━━
▽
いつもと変わらない小鳥の声で目覚めると、家の中が、やけに静かな気がした。
なんだか嫌な予感がして、慌ててヴィラの部屋へと向かう。けれど、彼のベッドは既にもぬけの殻だった。浴室も、トイレも、裏庭も探した。屋根裏も、食糧庫も、なんならオーブンの中まで覗いた。けれど、ヴィラは何処にも見つからない。
落ち着きなく歩き回りながら、きっと散歩にでも行っているのだと、何度も自分に言い聞かせる。不安で不安で堪らなくて、いっそ森の中まで探しに行こうとした時、テーブルの上にある一通の封筒が目に止まった。
あからさまに置かれたそれに、どうして気付かなかったんだろう。
そう思いはしたけれど、きっと、本能的に避けていたのだ。見たいけど、それ以上に見たくない。何が書かれているかなんて、薄々はわかっていたから。けれど、無視することもできなくて、結局は震える指で封筒を開く。中に入っていた手紙には、少し不恰好な文字が並んでいた。
『セシェルへ、不本意だが家に帰ることになった。こんな……騙すようなかたちで出て行ってしまってすまない。本当は黙って出ていくつもりだったが、お前との約束を思い出して、気づけばこの手紙を書いていた。短い間だったが、セシェルと暮らした時間は人生で一番の宝物だ。もし信じてもらえるのなら、少しだけ待っていてくれないか。必ずお前を迎えにくる。愛を込めて。ヴィラ』
ぱたりぱたりと雫が落ちて、濡れた先からインクが滲んだ。そんな気はしていた、していたけど……認めたくなかった。喉から、嗚咽が漏れるのを止められない。
「ふ、ぅ"……わあぁ"~っ!」
こんな手紙なんてなければ、またどこかで怪我をして休んでいるだけなんだって、いつかは僕の元に帰ってくるんだって、そう思っていられたのに。
ヴィラには帰る場所がある。でもそれはここじゃない。
そうはっきりと突きつけられたようで、悲しくて悲しくて、胸が張り裂けそうだった。僕との約束を守って、手紙を残していってくれたことが嬉しいはずなのに、いろんな感情がぐちゃぐちゃに混ざって、もうどんな顔をすればいいのかわからなかった。
強く握っていたせいか、気づけば手紙はグシャグシャになっていて、僕はそれを引き出しの一番奥に仕舞い込んだ。そうすれば、自分の醜い感情に蓋をして、大切な思い出のままでいられるような気がしたから。
いつも通りの昼下がり、ちょうど昼食を食べ終わったタイミングで、家の扉が叩かれた。
大体半年に一回ほど来客があればいい方なのに、この数日間で二回もノックされるなんて。どうせカリアだろうと思って扉を開けると、そこには見知らぬ男の人が立っていた。
歳は──三十後半くらいだろうか。綺麗に切り揃えられた金髪に青い瞳が特徴的で、水の加護持ちであることが窺えた。それにしても、随分仕立ての良さそうな服を着ている。少なくとも僕の知り合いではないし、お爺さんの古い友人なのかな……?
「突然の訪問、失礼致します」
「あ……いえ。何か御用でしょうか?」
「ヴィシェーラ様はいらっしゃいますでしょうか」
固まっていた僕の前で優雅にお辞儀をした男は、聞き覚えのない単語を口にした。話の文脈的に人の名前だとは思うけど、恐らくソレイユ人のそれではない。だって、すごく言いづらいのだ。
「ゔい、しぇーら? あの、聞いたことのない名前なんですが……」
聞いたことのない名前であると伝えても、男はやけに食い下がってきた。言葉は伝わるのに、話が伝わらない世の不思議である。その気迫に後退っていると、数歩下がったところで何かにぶつかった。
「セシェル、どうしたんだ」
「ヴィラ!」
どうやら、皿洗いを終えて様子を見に来てくれたらしい。いざとなったら守る対象ではあるけれど、二対一になったことで、少しは心理的な余裕ができる。
まぁいきなり押し入られたわけでも、脅されているわけでもないし、警戒しすぎるのも良くないよね。
「この人が、えーと……なんだっけ。あ、そう! ゔいしぇーらさんって人を探してるらしいんだけど、何か知らない?」
「ヴィシェーラ……?」
「ああ! ご無事でしたか!」
「……ッ、そこから一歩も動くな。足を踏み入れた瞬間に殺す」
ヴィラを見た男は、嬉しそうに両手を広げて近づいて来ようとした。僕はというと、男が足を踏み出した瞬間、いきなり肩を抱き寄せられヴィラの腕の中にいた。背筋が凍るような冷気が走ったかと思えば、男の首筋には、見覚えのある氷剣が突きつけられている。
「……𝕹𝕬𝕹𝕴𝕾𝕴𝕹𝕴𝕶𝕴𝕿𝕬」
「𝕺𝕸𝖀𝕶𝕬𝕰𝕹𝕴𝕯𝕰𝕾𝖀」
「𝕶𝕬𝕰𝕽𝕬𝕹𝕬𝕴𝕿𝕺𝕴𝕿𝕬!!」
目の前で交わされる言葉の応酬に目を丸くする。
恐らく、初めて会った時にヴィラが使っていた言葉だろう。詳しいことは分からないけど、なにやら言い争っているようだった。ヴィラは殺気が漏れるほど怒りを露わにしているし、男も男で物腰柔らかな態度とは裏腹に一歩も引く気はないらしい。
しばしの後、ヴィラは苦々しそうな顔で何かを呟き、その喉元から剣を下ろした。それを見て、男の表情がパッと明るくなる。
「ヴィラ……大丈夫?」
「少しこいつと話してくる。お前は絶対家から出るな」
「わかった。気をつけてね」
心配ではあるけれど、ヴィラが決めたことならと頷いた。二人が森に消えていくのを見つめてから、ゆっくりとドアを閉める。
何かしようにも彼らのことが気になって、なんだか胸騒ぎが止まらなかった。あの男の口ぶりからすると、ヴィラの本名はヴィシェーラというのだろうか。
……僕は、君の本名すら知らなかったよ。
何だか胸が詰まったように苦しくて、大好きな薬学の本を開いても、そのモヤモヤが晴れることはなかった。
しばらくして、家にはヴィラだけが帰ってきた。大丈夫だったか尋ねると、心配ないとだけ返される。本当はもっと詳しく聞きたいし、本名のことだって教えてほしい。でも、これ以上の詮索は約束を破ることになってしまうから、何も言わずに頷いた。
もっと近づきたいのに、嫌われるのが怖くて、手を伸ばせない。それがもどかしくて苦しくて、その日の夜は中々寝付けなかった。
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いつもと変わらない小鳥の声で目覚めると、家の中が、やけに静かな気がした。
なんだか嫌な予感がして、慌ててヴィラの部屋へと向かう。けれど、彼のベッドは既にもぬけの殻だった。浴室も、トイレも、裏庭も探した。屋根裏も、食糧庫も、なんならオーブンの中まで覗いた。けれど、ヴィラは何処にも見つからない。
落ち着きなく歩き回りながら、きっと散歩にでも行っているのだと、何度も自分に言い聞かせる。不安で不安で堪らなくて、いっそ森の中まで探しに行こうとした時、テーブルの上にある一通の封筒が目に止まった。
あからさまに置かれたそれに、どうして気付かなかったんだろう。
そう思いはしたけれど、きっと、本能的に避けていたのだ。見たいけど、それ以上に見たくない。何が書かれているかなんて、薄々はわかっていたから。けれど、無視することもできなくて、結局は震える指で封筒を開く。中に入っていた手紙には、少し不恰好な文字が並んでいた。
『セシェルへ、不本意だが家に帰ることになった。こんな……騙すようなかたちで出て行ってしまってすまない。本当は黙って出ていくつもりだったが、お前との約束を思い出して、気づけばこの手紙を書いていた。短い間だったが、セシェルと暮らした時間は人生で一番の宝物だ。もし信じてもらえるのなら、少しだけ待っていてくれないか。必ずお前を迎えにくる。愛を込めて。ヴィラ』
ぱたりぱたりと雫が落ちて、濡れた先からインクが滲んだ。そんな気はしていた、していたけど……認めたくなかった。喉から、嗚咽が漏れるのを止められない。
「ふ、ぅ"……わあぁ"~っ!」
こんな手紙なんてなければ、またどこかで怪我をして休んでいるだけなんだって、いつかは僕の元に帰ってくるんだって、そう思っていられたのに。
ヴィラには帰る場所がある。でもそれはここじゃない。
そうはっきりと突きつけられたようで、悲しくて悲しくて、胸が張り裂けそうだった。僕との約束を守って、手紙を残していってくれたことが嬉しいはずなのに、いろんな感情がぐちゃぐちゃに混ざって、もうどんな顔をすればいいのかわからなかった。
強く握っていたせいか、気づけば手紙はグシャグシャになっていて、僕はそれを引き出しの一番奥に仕舞い込んだ。そうすれば、自分の醜い感情に蓋をして、大切な思い出のままでいられるような気がしたから。
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