星屑を拾って-森の薬師と王の話-

深海めだか

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第七章 宣戦布告

22話

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 微睡まどろんでいると、いきなり体が大きく揺れて宙に浮いた。

 ヴィラが運んでくれてるのかな。
 正直今にも寝落ちてしまいそうだったからありがたい。広い胸板にもたれかかって数回の揺れをやり過ごすと、柔らかいシーツの上に横たえられた。どうやらベッドに着いたみたいだ。

 ようやく眠れる……そう思って目を閉じたのに、何か重たいものがのしかかってきた。力の入らない手で払い除けようとしてもそれは一向に退こうとしない。一体何が乗っているんだと寝ぼけ眼で薄目を開ける。

「も…ねむい、……だって」
「セシェル」
「ん……ヴィラ……?」

 ぼやけた視界には間近にまで迫ったヴィラの顔。吐息混じりの掠れた声音が耳に直接流し込まれて、なぜだかお腹の奥の方がぞわぞわとした。

「セシェル……可愛い……」

 額、瞼、鼻、頬、軽いリップ音を立てながら優しいキスが顔中に降ってくる。何かがおかしいことはわかっていたけど、寝ぼけた頭では寝かせて欲しいという思いの方が強くなるばかりだった。
 しつこく落とされる雨のようなキスから逃げようと、目を瞑って顔を背ける。

 そんな思いも虚しく、たしなめるように鼻の頭を甘噛みされ顔を元の位置に戻された。いやいやとかぶりを振って抵抗してみても、幼い子供のような仕草に小さな笑い声が落ちてくるだけだった。

「……やめて」
「嫌か?」
「…………いやじゃ、ない……」

 たった三文字の問いかけに言葉が詰まる。答えはもう出てたけど、言葉にするのが躊躇われてたっぷりの無言の後、吐き出すように白状した。

 ヴィラにキスされるとあったかくて、ほわほわして、心臓が擽ったくなる。こんなタイミングじゃなければもっとして欲しいくらいだ。でもその声だけは変な気持ちになるからやめてほしい。
 そう正直に伝えると、ヴィラはさっきまで僕の頬をついばんでいた薄い唇を片方だけ吊り上げて、とても"綺麗"に笑った。

 薄々覚醒し始めていた意識がハッと元に戻る。なんだか嫌な予感がしてベッドの上を後ずさった。

「セシェル……」
「ちょ、ちょっと待って……僕今すごく恥ずかしい事言ったかもしれない。お願いだから忘れて!」
「絶対嫌だ」

 広いといえども所詮はベッド。すぐにベッドヘッドという名の行き止まりにぶつかって、ヴィラとの間で身動きが取れなくなった。
 いつの間にか僕よりも大きくなった手のひらが、熱の集まった頬に添えられる。心臓はありえないほど激しく脈打って、今にも破れてしまいそうだ。

「こっちを向け」

 濃い深紫と淡い水色のアンバランスな双眸が真っ直ぐこちらを射抜いている。大好きな色。既に吐息が触れそうなほど近くにいるのに、ヴィラが止まる気配はない。
 薄く色づいた唇が僕のそれに重なろうとした直前、渾身の力で目の前の体を思いっきり突き飛ばした。

 よっぽど驚いたのだろう、ヴィラはぽかんとした顔のまま固まっている。その隙に腰のあたりでぐしゃぐしゃになっていたショールを慌てて拾い上げ、頭から被って顔を隠した。
 静まり返った室内で自分の鼓動だけがやけにうるさい気がして、ぎゅっと左胸を握りしめる。

「ヴィラ……その…僕たちは、家族……だよね」
「……? 当然だろう」

 ヴィラの顔がまだ頭から離れなくて、顔を合わせないように俯いたまま口を開く。ごちゃごちゃに混ざり合ったこの感情になんて名前をつければいいんだろう。
 羞恥? それとも恐怖? どれも間違っていないけど正解でもない。僕の心にいま最も渦巻いてる感情は多分、自己嫌悪だった。

 あの行為が正確にはどういう意味を持つものだったのかは知らない。
 家族間で行われる親愛のキスだと思っていたけれど、最後のヴィラは確実に唇を合わせようとしていた。驚いて思わず突き飛ばしてしまったが、よく考えれば家族間でも唇にキスをすることがあるのかもしれない。

 僕は孤児で、唯一の家族だったお爺さんともそういった触れ合いをしてこなかった。その点ヴィラには本物の家族がいるし、周りに話を聞ける人だって大勢いる。
 ヴィラは家族としての愛情を示そうとしてくれただけなのに、勝手にドキドキして突き飛ばしてしまったのかも。……弟をほんの一瞬でもそんな目で見てしまうなんて、兄失格だ。

 深くため息を吐いて反省していると、いつの間にか体制を立て直していたヴィラに腕を取られて引っ張られる。

「また思い込みで変な勘違いをしてそうだから言っておくが、私はお前を兄だと思ったことは一度もない」
「え……」
「勿論家族だとは思っている。でもそれは兄弟としてじゃない。伴侶として家族になりたいんだ」
「は……え、はんりょ……?」
「はぁ……薄々わかってはいたが、やはり気づいていなかったか。これでも結構アプローチしていたつもりだったんだがな」

 はんりょ……はんりょって何語だっけ? 頭の中で辞書を捲っても、その音には伴侶という言葉しか当てはまらないような気がした。

 顎が外れるとはまさにこの事。何かの冗談ではないかと疑いもしたが、ヴィラはそんなタチの悪い冗談を言うような子ではないので、すぐに選択肢から削除した。
 抱き寄せられた広い胸板から僕と同じーー下手をすればそれ以上に早い鼓動が伝わってきて、本気なのだと言外に理解してしまう。

 いや、理解したってどうしようもないよ。今までずっと弟だと思ってた子にいきなり伴侶って言われても、正直頭がついていかない。思ったよりずっと混乱してる。なんて返事をすればいいのか分からなくて黙り込んでいると、頭に被っていたショールを力尽くで剥がされた。

「あっ」
「お前が未だに、私のことを弟と思っているのはよく分かった。だが先程は明らかに意識していただろう」
「………ノーコメントで……」
「――まぁ、今はそれでいい。これからじっくり口説き落としてやるから覚悟しておけ」

 意図的に甘ったるく調整された声と共に、額に柔らかいものが触れる。みるみる真っ赤に染まっていく顔を見て満足そうに頷いたヴィラは、あっさりと部屋から出て行ってしまった。火照った頬を両手で覚ましながらベッドに倒れ込む。

 お爺さん……僕、どうすればいいですか……
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