星屑を拾って-森の薬師と王の話-

深海めだか

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第七章 宣戦布告

24話

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???

 重厚な扉の奥、本棚に囲まれた執務机には今にも崩れ落ちそうなほど大量の書類が積まれてあった。その奥に埋もれるようにして淡々とペンを動かす青年が一人。

『ヴィシェーラ様、ハリムです』
『………入れ』
『うわぁ、これはまた酷い状態ですね。私の代わりの補佐はどうしたんですか』
『使えないから切った』

 手に持っている書類から一切目を離さず、ペンを片手に毒を吐く。これは相当機嫌が悪そうだ。

『使えなくてもいないよりはマシでしょう。……はぁ、わかりました。新しい補佐はこちらで見繕っておきます』
『それで、何の用だ。セシェルに何かあったのか』
『あぁ、そうでした。セラシェル様からヴィシェーラ様宛にお手紙を預かったんです』
『手紙……? 早く見せろ』
『はいはい』

 手紙と聞いて少しだけ輝きを取り戻していた瞳が、目を通すごとに澱んでいく。……やっぱり内容を確認してから渡すべきだっただろうか。

『なんて書いてありました?』
『お前……話したな』
『誤解ですよ。セラシェル様がヴィラが心配なんですって切なげなお顔をされるからつい……』
『ハッ、全然似てないな。セシェルはもっと可愛い』
『あーはいはい、真似した私が馬鹿でした。それで? 言伝は如何いたしますか』

 一か八かでやった渾身の物真似が功を成したらしい。聞いてもないのに惚気出した様子を見るに、少しは機嫌が治ったようだ。

『明日の夜と伝えておけ』
『…………無理でしょう。この仕事量見えてます?』
『寝なければいいだけの話だ』
『…………はぁ~。夕方になったら私も手伝います』

 まったく仕方のない主だ。今日は屋敷に帰れないと、早めに言伝を頼んでおかなければ。

『流石は優秀な補佐殿』
『育て方間違えましたかね』
『まさか、大成功の間違いだろう』
『……ええそうですね。自慢の陛下です』

 私に対しての興味は既に薄れたようで、何度も読み返した手紙を、大切そうに内側の胸ポケットにしまっている。
 王としては非常に優秀、人間としては落第点。不敬罪にもあたる感想を抱きながら、深々と一礼をして、部屋に戻るため踵を返した。

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 次の日の夜、とうとうその時はやってきた。

 事前にハリムさんから教えられていたので、多少の心構えは出来ていたものの、緊張しないかどうかはまた別の話だ。ご飯も入浴も済ませた。言いたいことの練習もした。後は大人しく待つだけである。

コンコン

 小さなノックの音がして、体ごと心臓が飛び上がる。緊張から変に裏返った声で返事をしてしまって、恥ずかしさに口元を覆った。かっこ悪すぎる………。
 いっそ聞こえていなければいいと思ったのだが、扉はゆっくりと開かれて、その奥には予想通りの人物が立っていた。たった数日会っていないだけなのに、随分と久しぶりな気がする。

「……遅くなった」
「ううん、忙しいのに時間作ってくれてありがとう」

 ヴィラもシャワーを浴びてきたのだろうか。いつもより肌が上気しているし、服も寝巻きに近い軽装だった。とりあえず向かい側に座るよう促して、ハリムさんからもらった茶葉を使って紅茶を淹れる。
 緊張がほぐれるようにと、リラックス効果のある茶葉をわざわざ用意してくれたらしい。ヴィラとの時間を作ってくれた上に、こんなに細かいところにまで気を回してくれるなんて。ハリムさんには本当に頭が上がらない。

「今日は……話してくれるのか」
「うん。そのつもりだよ」

 まさか昨日の今日で来てくれるとは思わなかったけど、せっかく時間を貰ったんだから、しっかり話さないと。早まる鼓動を落ち着けるために、小さく深呼吸してから口を開く。
 
「……あの。僕さ、森を離れられないって言っただろ。あれ嘘では無いんだけど、本当は僕自身も良くわからないんだ」
「……?」
「お爺さん――前に話した僕を拾って育ててくれた人、その人からずっと言われ続けてたことなんだ。『お前はこの森から離れては生きられない』って」

 ヴィラの眉がわかりやすく顰められる。その顔にありありと乗っているのは困惑と疑い。まぁそうなるよね。

「ね、わけわからないでしょ? 最初は信じてなかったんだけど、余りにも真剣な表情で何度も何度も言ってくるから、僕も次第にそんな気分になっちゃって」
「その老人がお前を手放したくなくて嘘をついていたのかもしれないだろう」
「あはは、ズバッと言うね。お爺さんが亡くなる直前にね、僕の手を握りしめてこう言ったんだ『お願いだから、絶対にこの森から離れないと約束してくれ』って。……今まで聞いてきた中で、一番切実な声だった」

 ただ離れて欲しくないだけなら、自らの死後も、この森に留まることを強制するだろうか。それにあの声と表情を見てしまったら、疑うことなんて出来やしない。

「お爺さんは凄く厳しい人だったけど、愛されていなかったわけじゃない。魔力がない僕の為に家の設備を改造してくれたり、魔法を使わない家事の仕方も一から考えてくれた。何より、孤児だった僕が一人でも食べていけるように薬師としての知識を教えてくれたんだ」

 僕にとってのお爺さんは、家族じゃない。身寄りのない自分を十四年間も育ててくれた恩人であり、たった一人の大切な師匠なのだ。

「僕はお爺さんが意味のないことを言わないって知ってるけど、お爺さんのことを知らない人から見たら、洗脳されてるようにも見えるだろ」
「……正直に答えるとそうだな」
「うん、ヴィラの素直なとこ好きだよ。……まぁ実際そう言われたんだ。森に迷い込んだ旅人の中には、一緒に行こうって誘ってくれる人たちもいた。でも僕がこの話をしたら、みんな気味悪がって逃げちゃうんだ」

 逃げ出した旅人から話が膨らんで『イグドラの森には悪魔が住んでいる』なんて噂が隣町で大流行したこともある。
 僕は正直どうでも良かったのだけど、噂の真偽を確かめようと、森に迷い込む人たちが増加したのには手を焼いた。
 
 毒薬を作って殺した人間の魂を持ち去る――なんて、娯楽小説のような設定を何故素直に信じられるんだろう。

「お爺さんとの約束は守りたかったけど、せっかく再会出来た君に嫌われるのが怖かった。……これが僕の秘密と喋らなかった理由」

 緊張からか良く喋ったからか口の中はカラカラに乾いていた。すっかりぬるくなった紅茶をすする。優しい香りが鼻腔をくすぐって、少しだけ気分を落ち着かせてくれた。
 あえてゆっくりとソーサーの上へカップを戻して、ヴィラの反応をただ静かに待つ。

 もしこの話を信憑性のない思い込みだと一笑に付されたのなら、無理やりにでも森に帰るつもりだった。暫くの沈黙の後、ヴィラの唇がゆっくりと開かれる。体を固くして身構えていたのに、そこから漏れ出た言葉はひどく優しい音をしていた。

「セシェル、ありがとう」
「へ……」
「お前にとっては話し難いことだったんだろう」
「それは……そうだけど。もしかして、信じてくれるの?」
「正直に言うとまだ半信半疑ではある。……だが、ただの世迷いごとだとも言い切れないし、他でもないセシェルの恩師が言ったことだ」

 話してくれてありがとうと言いながら、それでも「信じる」とは言い切らないところがヴィラらしい。

「その……ひとつ提案があるんだが。そのご老人が言ってた言葉が本当かどうか確かめてみないか」
「確かめる……? でもどうやって――」
「セシェルがここに来てから今日で丁度八日目になるが、命に関わるような問題や体調の変化は今のところ起こってないだろう」
「……まぁ、確かにそうだね」
「セシェルが恩師のことを信じたいのもわかる。でも少しだけ私にチャンスをくれないか」

 ヴィラの話によるとこうだ。

 今から一年間この城で暮らし、僕は最終的に森に帰るかヴィラと暮らすかを選ぶ。
 お爺さんの言っていたことの真偽がどうであれ僕の選択は尊重するし、二度と無理矢理連れ去るような真似はしない。勿論その間に命に関わるようなことが起こった場合には即座に森に送り届ける。

 ……実際のところ悪くない条件だと思った。僕自身もお爺さんを信じている気持ちとは別に、あの言葉が本当なのかどうかはずっと気になっていたから。
 もし本当だったとしても、どれ程の期間迄であれば影響がないのかという情報は、今後もかなり役に立つ。――それに何より、もう少しだけヴィラと一緒に暮らしてみたかった。

「……わかった。暫くの間お世話になります」
「ああ!」

 差し出した右手は宙に浮かず、今度は強く握りしめられた。多分、ヴィラとの関係はこれからどんどん変わっていく。それが僕らにとっていい方向なのかは分からないけど……その第一歩目を揃って踏み出せたような、妙な爽快感があった。
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