星屑を拾って-森の薬師と王の話-

深海めだか

文字の大きさ
28 / 55
第七章 宣戦布告

25話

しおりを挟む
 空になったカップを重ねて、テーブルの隅に寄せておく。この部屋には洗い場が無いから、明日の朝片付けてもらうしかない。

「よし。夜も遅いし、そろそろ寝ないとね」
「そうだな」

 ………? 言外に部屋に帰ったらどうかと促したつもりなのだが、ヴィラが立ち上がる気配はなかった。

「ヴィラ……? 君疲れてるんだろ、早く部屋に帰って休んだほうがいい」
「あぁ休んだ方がいいな」
「……待って、なんだか嫌な予感がする。それ以上近づか、ちょッ───」
𝔅𝔄𝔓𝔘𝔗𝔑𝔗𝔄ヴァリティタ

 嫌な予感はものの見事に的中して、近づいてきたヴィラにふわりと体を抱き上げられる。僕は普通の成人男性だし、森で暮らしているから筋肉だってそれなりについてる。
 抵抗している状態でこんなに軽々と持ち上げられる筈がない。このやろ、重力操作使ったな……! 

 ジタバタと暴れる僕をいなしながら、ヴィラはそのままベッドへと足を進める。抵抗虚しく、遂にはシーツの上に降ろされて、大きな体が上から覆いかぶさってきた。
 星屑みたいな銀髪がこぼれ落ち、左右の視界を白く染める。……そういえば、今日は髪を纏めていなかった。

「セシェルは私の髪が好きだろう? ……お前の為に伸ばした」
「………っ」

 顔にみるみる熱が集まっていくのが、自分でも分かった。……待って待って待って。この前は眠気と酩酊感で半分意識がなかったけど、今は素面で意識もはっきりしてる。この状態では、とてもじゃないが耐えきれない。

 ――脈打つ鼓動が早すぎて、この心臓は壊れてるんじゃないかとすら思った。

 深紫と水色の美しい双眸が、今は僕だけを映している。銀のカーテンで仕切られたこの小さな世界は正しくヴィラの独壇場だった。

「セシェル……」
「待てって、まだ心の準備が……!」

 視界からの情報に耐えきれず、ぎゅっと両目を瞑る。額に柔らかいものが触れたかと思うと、それはすぐに離れていった。
 いつまで待っても続きが落ちてこないので恐る恐る瞼を開ければ、こちらを眺めていたらしいヴィラと目があった。その瞳は悪戯っぽく細められ、口元が愉しげに歪んでいる。

「……期待した?」
「ばっ…………!! ………ッこの馬鹿!!」
「ハハッ、そう拗ねるな。今はまだ何もしない。――ハリムにも釘を刺されたしな」

 最後の方は意図的に小さく呟かれていたせいで上手く聞き取れなかったけど、どうやらこちらを揶揄って楽しんでいただけらしい。誰に教わったんだか、悪い遊びを覚えたものだ。

「ヴィラ、満足したなら早く退いて」
「嫌だ。私は今日ここで寝る」
「………は?」
「おやすみ、セシェル」

 覆いかぶさっていた体がコロンと左側に転がった。途端に部屋の明かりが消えて、視界が黒に塗り潰される。
 状況が何一つ理解できないままの僕を置いて、ヴィラはさっさと眠り始めてしまったらしい。ベッドから起きあがろうにも、腰と胸のあたりにヴィラの腕が巻きついていて、身動きすらも満足にできなかった。
 
(もしかして最初からこのつもりで……?)

 上気した肌にシンプルな軽装。おかしいとは思っていたけど、ようやく全てが繋がったような気がする。策士というべきか、我が強いと言うべきか……。

 叩き起こそうかとも思ったけど、普段よりやつれていた様子のヴィラを思い出して、そっと手を下ろした。    

 ――特別に、今日くらいは許してあげよう。瞼を閉じると、ヴィラの鼓動や体温がより鮮明に伝わってくる。とくん、とくん。穏やかな音に暫く意識を委ねていると、紅茶のおかげか、ようやく僕にも眠気が襲ってきた。

「……おやすみ。ヴィラ」

━━━━━━━━━━━━━━━━━━



 朝起きると、既にヴィラの姿はなかった。

「あ……」

 ほんの一瞬、嫌な記憶がよぎったけれど、昔のことだと頭を振った。自分の中では昇華していたつもりでも、やっぱり、多少のトラウマではあるらしい。

 ベッドから起き上がって、今日も窓辺をセッティングする。毎朝水やりをしていた時間に目が覚めるから、ハリムさんが来るまでは暇なのだ。本を読むにはまだ勉強が足りないし、城下町の景色は毎日変わって新鮮だから、これが存外気に入っている。

 正門が開く音が聞こえてきたら、そろそろベッドに戻る合図だ。いつも通り完璧に元に戻して、ベッドの中でハリムさんが来るのを待つ。 

「おはようございます、セラシェル様」
「おはようございます」

 ハリムさんは、今日も変わらず綺麗な微笑を浮かべていた。表情が変わらないという点においては、ヴィラよりも上なんじゃないだろうか。
 ただ一つだけいつもと違っていたのは、その背中に隠れるようにして、見覚えのない少年が立っていたことだった。

「あの……その子は?」
「ご紹介が遅れました。ほら、ご挨拶を」
「レ、レオン・カデリアです! よろしくお願いします!」

 一歩前に踏み出した少年は、緊張のせいか、足がもつれて転びそうになっていた。だ、大丈夫かな。

 ヒヤヒヤしながら見ていたのだが、彼はなんとか体勢を立て直し、大きな灰色の瞳をこちらへと向けた。頰に散ったそばかすに、ふわふわとした栗色の髪。
 落ち着きのない様子もあわせて、なんだか栗鼠みたいな子だ。――というかこの子、ソレイユ語で喋らなかった?

「本日より、私の代わりとして世話係を務めます」
「え……あの、今日からですか?」
「はい。本来であればもっと先の予定だったのですが、少々事情が変わって参りまして……」

 言いにくそうな様子から察するに、本当の事ではあるのだろう。……せっかく慣れてきた頃だったのに。正直そう思わないでもなかったけど、ハリムさんにいつまでも使用人の真似事をさせるのは、忍びないという気持ちもあった。

 ようやくお守り役から解放されて、本来の仕事に戻るだけだ。

 それでも、若干落ち込んでしまった様子の僕を見かねたのだろう。ハリムさんは、すかさずフォローを入れ始める。

「レオはルミナーレでも有数の商家――カデリア商会の後継でして、ソレイユ語が堪能なので世話役としても家庭教師役としても最適かと思ったんです」
「そうなんですね」
「いえ、後を継ぐのは弟です。僕は養子ですから」

 若干和みかけていた空気が瞬間的に凍りつく。当の本人には全くその気が無かったらしく、いきなり動かなくなった僕たちを見て不思議そうな顔をしていた。

 か、家庭環境が複雑な子なんだろうか。何て言えばいいのかわからなくてハリムさんを見上げると、彼も迷っているようだった。少しの間無言の時間が続き、このままでは仕方ないと口を開く。

「その……レオン君は――」
「レオとお呼びください!」
「あ、うん。……レオは、ソレイユ語が上手なんだね」
「ありがとうございます。母の祖国の言葉ですから」

 ソレイユ語を褒める。

 セラシェルが考え得る中で一番当たり障りのない話題を選んでみたけれど、どうやら正解だったらしい。褒められたことがよっぽど嬉しかったのか、レオの顔には年相応の笑みが浮かんでいる。

 内心冷や汗を拭いながら、とりあえず良かったと安堵する。――根は悪い子ではなさそうだし、振る話題さえ間違えなければ、何とかやっていけるかもしれない。

「……では私はこれにて失礼致します。レオには一通りの仕事は教えてありますが、使用人としてはまだまだ半人前です。扉の前に必ず一人は立たせておりますので、なにか問題があればその者にお伝えください」

 きっともう大丈夫だと思ったのだろう。そう言い残して去ろうする背中に、慌てて声をかける。次はいつ会えるとも知れないのだから、せめてお礼くらいは言わせて欲しかった。

「あの、今までありがとうございました」
「――身に余るお言葉です」

 お礼というには、あまりに短い言葉のやりとり。
 けれど、これくらいが丁度いいのだと思う。ハリムさんは再び優雅な一礼をして、静かに部屋を出て行った。その後ろ姿を眺めながら、これからどうしようかと思案する。……まぁ寝起きだし

「とりあえず、シャワーでも浴びようかな」
「承知しました!」
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

俺の婚約者は小さな王子さま?!

大和 柊霞
BL
「私の婚約者になってくれますか?」 そう言い放ったのはこの国の王子さま?! 同性婚の認められるパミュロン王国で次期国王候補の第1王子アルミスから婚約を求められたのは、公爵家三男のカイルア。公爵家でありながら、長男のように頭脳明晰でもなければ次男のように多才でもないカイルアは自由気ままに生きてかれこれ22年。 今の暮らしは性に合っているし、何不自由ない!人生は穏やかに過ごすべきだ!と思っていたのに、まさか10歳の王子に婚約を申し込まれてしまったのだ。 「年の差12歳なんてありえない!」 初めはそんな事を考えていたカイルアだったがアルミス王子と過ごすうちに少しづつ考えが変わっていき……。 頑張り屋のアルミス王子と、諦め系自由人のカイルアが織り成す救済BL

【第一章完結】死に戻りに疲れた美貌の傾国王子、生存ルートを模索する

とうこ
BL
その美しさで知られた母に似て美貌の第三王子ツェーレンは、王弟に嫁いだ隣国で不貞を疑われ哀れ極刑に……と思ったら逆行!? しかもまだ夫選びの前。訳が分からないが、同じ道は絶対に御免だ。 「隣国以外でお願いします!」 死を回避する為に選んだ先々でもバラエティ豊かにkillされ続け、巻き戻り続けるツェーレン。これが最後と十二回目の夫となったのは、有名特殊な一族の三男、天才魔術師アレスター。 彼は婚姻を拒絶するが、ツェーレンが呪いを受けていると言い解呪を約束する。 いじられ体質の情けない末っ子天才魔術師×素直前向きな呪われ美形王子。 転移日本人を祖に持つグレイシア三兄弟、三男アレスターの物語。 小説家になろう様にも掲載しております。  ※本編完結。ぼちぼち番外編を投稿していきます。

精霊の港 飛ばされたリーマン、体格のいい男たちに囲まれる

風見鶏ーKazamidoriー
BL
 秋津ミナトは、うだつのあがらないサラリーマン。これといった特徴もなく、体力の衰えを感じてスポーツジムへ通うお年ごろ。  ある日帰り道で奇妙な精霊と出会い、追いかけた先は見たこともない場所。湊(ミナト)の前へ現れたのは黄金色にかがやく瞳をした美しい男だった。ロマス帝国という古代ローマに似た巨大な国が支配する世界で妖精に出会い、帝国の片鱗に触れてさらにはドラゴンまで、サラリーマンだった湊の人生は激変し異なる世界の動乱へ巻きこまれてゆく物語。 ※この物語に登場する人物、名、団体、場所はすべてフィクションです。

真空ベータの最強執事は辞職したい~フェロモン無効体質でアルファの王子様たちの精神安定剤になってしまった結果、執着溺愛されています~

水凪しおん
BL
フェロモンの影響を受けない「ベータ」の執事ルシアンは、前世の記憶を持つ転生者。 アルファ至上主義の荒れた王城で、彼はその特異な「無臭」体質ゆえに、フェロモン過多で情緒不安定な三人の王子たちにとって唯一の「精神安定剤」となってしまう。 氷の第一王子、野獣の第二王子、知略の第三王子――最強のアルファ兄弟から、匂いを嗅がれ、抱きつかれ、執着される日々。 「私はただの執事です。平穏に仕事をさせてください」 辞表を出せば即却下、他国へ逃げれば奪還作戦。 これは、無自覚に王子たちを癒やしてしまった最強執事が、国ぐるみで溺愛され、外堀を埋められていくお仕事&逆ハーレムBLファンタジー!

2度目の異世界移転。あの時の少年がいい歳になっていて殺気立って睨んでくるんだけど。

ありま氷炎
BL
高校一年の時、道路陥没の事故に巻き込まれ、三日間記憶がない。 異世界転移した記憶はあるんだけど、夢だと思っていた。 二年後、どうやら異世界転移してしまったらしい。 しかもこれは二度目で、あれは夢ではなかったようだった。 再会した少年はすっかりいい歳になっていて、殺気立って睨んでくるんだけど。

完結·氷の宰相の寝かしつけ係に任命されました

BL
幼い頃から心に穴が空いたような虚無感があった亮。 その穴を埋めた子を探しながら、寂しさから逃げるようにボイス配信をする日々。 そんなある日、亮は突然異世界に召喚された。 その目的は―――――― 異世界召喚された青年が美貌の宰相の寝かしつけをする話 ※小説家になろうにも掲載中

劣等アルファは最強王子から逃げられない

BL
リュシアン・ティレルはアルファだが、オメガのフェロモンに気持ち悪くなる欠陥品のアルファ。そのことを周囲に隠しながら生活しているため、異母弟のオメガであるライモントに手ひどい態度をとってしまい、世間からの評判は悪い。 ある日、気分の悪さに逃げ込んだ先で、ひとりの王子につかまる・・・という話です。

追放された味見係、【神の舌】で冷徹皇帝と聖獣の胃袋を掴んで溺愛される

水凪しおん
BL
「無能」と罵られ、故郷の王宮を追放された「味見係」のリオ。 行き場を失った彼を拾ったのは、氷のような美貌を持つ隣国の冷徹皇帝アレスだった。 「聖獣に何か食わせろ」という無理難題に対し、リオが作ったのは素朴な野菜スープ。しかしその料理には、食べた者を癒やす伝説のスキル【神の舌】の力が宿っていた! 聖獣を元気にし、皇帝の凍てついた心をも溶かしていくリオ。 「君は俺の宝だ」 冷酷だと思われていた皇帝からの、不器用で真っ直ぐな溺愛。 これは、捨てられた料理人が温かいご飯で居場所を作り、最高にハッピーになる物語。

処理中です...