星屑を拾って-森の薬師と王の話-

深海めだか

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第八章 家庭教師

26話

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 あれからしばらくの月日が過ぎた。レオとはまだ多少ぎこちないものの、順調に良い関係を築けていると思う。

 入浴や着替え等、僕が嫌がることは基本的に任せてくれるし、何よりソレイユ語がほぼ完璧に近いから、意思の疎通が取りやすい。たまに抜けているところもあるけれど、まだ十二歳だし、親しみが持てて逆に良かった。

 ただ、レオの淹れる紅茶だけはとんでもなく苦い。

 最初に飲んだ時は、あまりの不味さに思わず吹き出してしまったほどである。――これを毎日飲んだら味覚が死ぬ。簡単に予想できた未来を避けるため、その日からは毎日一緒に特訓している。

 二人だけの、紅茶研究同好会だ。

「ど、どうでしょうか」
「……うん、美味しくなったと思う」
「やった! やっぱり茶葉の量が多すぎたんですね」
「あれには驚いたよ。缶をひっくり返したと思ったら、いきなりドサーッて入れるんだもん」
「う……その節はご迷惑を……」
「あはは、冗談だよ。ごめんごめん」

 毎日練習した甲斐あって、レオの紅茶は日に日に美味しくなっていった。――といっても、何となく茶葉を減らしてみたり、お湯の温度を下げてみたり、はたまた蒸らし時間を変えてみたりと、手探り状態もいいところだ。

「セラシェル様は本当にお優しいですね」
「え、僕が?」
「はい。陛下の大切な方だと伺っておりましたので、もっと……その……」
「あー、なるほど。怖い人かと思ったんだね」

 言い淀んだ先を口にすると、レオは気まずそうに頷いた。

「そんな顔しないで。同じ立場だったら、僕だってそう思う。……でもレオが来てくれて本当に嬉しいよ。断らないでくれてありがとう」
「そ、そんな! もったいないお言葉です……へへ……」

 照れたように笑う姿に、思わずきゅんとしてしまう。ヴィラとはまた違って、小動物的というか、守ってあげたくなる感じの可愛らしさだ。

 ……いや違うよ? ヴィラは言うまでもなく可愛いし、絶対に目移りしてるとかじゃないから。誰にともなくそう言って、残っていた紅茶を飲み干す。ほんのり甘いその液体は、喉を通ってするりと胃の腑に落ちていった。



 家庭教師役としてのレオは、ひとことで言うならだった。

 ハリムさんのような文法や形式に則ったやり方とはまた違って、窓から見えるものを指差しながら教えてくれたり、多少無理やりでも都度分からないところを聞きながら本を読んでみたりといった感じである。

 レオはほぼ独学でソレイユ語を学んだらしく、それ故に正しい教え方が分からないと言っていた。多少乱暴というか大雑把な教え方ではあったけど、これが幸運にもぴたりと嵌った。体で覚えるレオのやり方が、性に合っていたらしい。

「――よし、やっと一冊読み切れた……!」
「おめでとうございます! セラシェル様は本当に覚えが早いですね」
「レオのおかげだよ。本当にありがとう」
「いいえ、そんな! でも、そう言って貰えると嬉しいです」

 そして今日、記念すべき一冊目をようやく読み終えたのである。正直読むことに必死すぎて、どんな話だったかあんまり覚えていないけど、一応読めたということでいいだろう。
 レオはまるで自分のことのように喜んでくれて、ご褒美にと、美味しそうな焼き菓子まで持ってきてくれた。今はその焼き菓子をお茶請けに休憩中なのである。

「レオは本当に凄いよね。ソレイユ語って結構難しいのに、独学で勉強したなんて」
「母が生きていた頃はたまに使ってたんです。幼い頃から聞いていたので、自然と喋るようにもなりました。八歳の頃に両親を亡くしてからは、独学になってしまいましたが……」

 まずい、少々話題を間違えてしまったのかもしれない。──レオはある特定の話題に触れた時だけ、瞳から色が抜け落ちる。なんの感情も読み取れない石灰色の瞳は、底の見えない洞窟みたいだ。

 その原因を最近になってようやく掴んできたのだが、多分キーワードは"家族"なんだと思う。

 実の両親や養子になったカデリア家のことは勿論、今のように全く関係のない話題に見えても、根元で深く繋がっていたりする。
 ……できることなら力になってあげたいけど、無闇矢鱈に深入りすれば、逆にレオを傷つけてしまうかもしれない。ヴィラという前例もあって、正直どこまで踏み込んでいいのか、図りかねている部分はあった。

「……レオはソレイユに行ったことはある?」
「いえ、まだ一度も」
「じゃあいつか遊びにおいでよ。小さな国だけど、緑が多くて綺麗なところなんだ」

 ゆるやかに話題を変えると、灰色の瞳に光が戻る。お母さんがソレイユの出身だと言っていたから、一度も行ったことがないというのは意外だった。

「それならセラシェル様の故郷にも行ってみたいです」
「うーん。僕の故郷かぁ……案内は出来るんだけど、かなり田舎の方だからレオにはつまらないかも」
「そんなことないです!」

 僕の故郷――イグドラの森。瞳を閉じると、今でもすぐに思い出せる。柔らかな風、朝露に輝く草木、踏みしめた土の感触、森は毎日少しずつ形を変えるから、日々の散歩が何よりの楽しみだった。

 そういえば、もう随分長い間体を動かしていない。この部屋から出して散歩をさせろと、ヴィラにも再三訴え続けているのだが、なんだかんだと理由をつけて中々首を縦に振らない。

 いっそのこと脱走してやろうかとも思ったけど、日中はレオが側にいるし、扉には常に見張りが立ててある。夜は見張りこそいなくなるものの、鍵がかけられてしまうし、この部屋は結構な高さの場所にあるから、窓からの出入りも不可能だ。

「あー、散歩に行きたい。このままじゃ体にキノコが生えてくる」
「すみません。僕もハリムさんに進言してはいるんですが、中々難しいそうで……」
「レオは悪くないよ、ヴィラが過保護すぎるだけ。僕のこと何歳だと思ってるんだろうね」
「……でも、陛下が心配なさるのはセラシェル様のことを大切に思われているからですよ。今は即位されたばかりで不安定な時期ですし、先王や第一王子派の人間たちが虎視眈々と隙を伺っていますから」

 ……待って、今さらっと不穏な話しなかった? あまりにも自然すぎて、一瞬聞き流しそうになったんだけど。

「え。ヴィラは正当に王位を継いだし、ヴィラのお父さんもそれを支えてくれてるんじゃないの?」
「まさか、支えるはずがありません。特別相談役なんてわば新王の操り席。年若い王を言いなりにして実権握るための飾りです」
「……王宮って怖いんだね」
「ルミナーレは歴史が長い分、権力主義的なところがありますからね。特別相談役のことは国民であれば誰もが知っているくらい有名な話です」

 十二歳の少年が事もなげに話すような内容ではない。ヴィラのこともあるし、少々不穏すぎやしないかルミナーレ。

 ……でも、僕を部屋から出したがらないのも、余計な諍いに巻き込まれるのを防ぐ為だったのか。それならそうと正直に教えてくれればいいのに。肝心な部分を話さないから余計に事が拗れるのだ。
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