星屑を拾って-森の薬師と王の話-

深海めだか

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第八章 家庭教師

27話

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「先王のことはわかったんだけど、第一王子っていうのは誰のこと? ヴィラって兄弟いないだろ」
「え、陛下から聞いてないんですか?」

 二人して困惑したように顔を見合わせる。

「セレディア・トゥラエノ・ルミナーレ殿下。陛下のお兄様にあたる方で、現在の王位継承権第一位です」
「………」
「本当にご存じなかったんですね。話してしまって良かったのでしょうか……」

 ――ヴィラってお兄さんいたんだ。

 あまりの衝撃に、咄嗟に言葉が出てこない。ヴィラは確かに『兄弟がいない』なんて、一言も言ってはいなかった。僕が勝手に勘違いをして、先走っていただけ。

 ……そりゃあ僕を兄とは思えないわけだ。こんな見窄らしい偽物とは違って、血の繋がった本物がいるんだから。

 自分の中でドロドロとしたものが湧き出して、どう止めたらいいのかわからない。何を羨む必要がある。ヴィラは僕を必要としてくれてるじゃないか。そう思っているのに、わかっているのに、考えれば考えるほど嫌な感情が吹き出して止められない。

 僕にとっての家族はヴィラだけだ。弟みたいに可愛くて、愛しくて、守りたくて……でもその感情はあの子にとって迷惑だったのかもしれない。

 傷ついてる時に優しくされたから、なんとなく気に入って側に置いてるだけなんじゃないか。兄なんて言いふらされたら困るから、伴侶だと適当なことを囁いて、この部屋で飼い殺すつもりなんじゃないか。ダメだ。これ以上考えるな、考えるな、考えるな。でもさ、いっそのこと───

「セラシェル様!」

 頬に走る小さな痛みが、沈んでいた意識を引き戻す。

 一番最初に目に入ったのは、泣きそうな色をした石灰の瞳。頬を叩いて意識を戻そうとしてくれたのだろう。よっぽど強く叩いたのか、両頬はじんわりと熱を帯びていた。

「叩いてしまってごめんなさい。様子があまりにもおかしくて、声をかけても反応がなかったので………」
「ううん。戻してくれてありがとう」
「やっぱり言わない方が良かったですよね。陛下も話されてないようなことを考えもなしに喋ってしまって、僕、何とお詫びすればいいか……」
「大丈夫、ちょっと驚いただけだよ」

 僕の様子がおかしくなったのを、自分の失言のせいだと思って落ち込んでいるらしい。謝るのはこちらの方だ。兄がいたなんて言葉一つに、あそこまで動揺してしまうなんて。――このまま、何事も無かったかのように話題を逸らした方がいいのはわかってる。でも、どうしても知りたかった。

「ヴィラのお兄さんのこと、もっと教えて欲しい」
「でも……」
「絶対に秘密にするから! ……頼むよ」

 レオは戸惑うように視線を彷徨わせ、長い沈黙の後に小さく頷いた。

「……わかりました。ですが、もしまた様子がおかしくなったらすぐに止めます」
「うん。お願いします」
「といっても、僕もあまり詳しくはないんです。セレディア殿下はあまり公の場には姿を現しませんので」
「第一王子なのに?」

 王族が公の場に姿を現さないなんて、そんなことが可能なんだろうか。

「陛下がお生まれになってからは、王位継承権が第二位になりましたから。次第に部屋に篭るようになられて、周囲からも異端児扱いされていたそうです」
「異端児扱いされていたってことは、今は違うんだ」
「はい。セレディア殿下はその六年後――十歳になられた年に新しい魔法を創り出し、その特許を取得されました。その後も新たな魔法や魔法道具の特許を次々に取得され、魔法学の天才として世界中から注目されている方なんです」
「……わぁ、すごい人なんだね……」

 想像を遥かに超える情報量に、若干頭がくらくらする。ヴィラのお兄さんってそんなに凄い人だったのか……。

「公の場には滅多に姿を表しませんが、そのカリスマ性故に市民からの人気はとても高いです。陛下を蹴落としたい方々にとっては、絶好のシンボルといえるでしょう」
「なるほど、その人たちが第一王子派閥ってことだね」
「その通りです。……あ、そういえば陛下の即位式後の祝典には少しだけ参加されていましたね。かなり遠目からだったのでお顔までは見えなかったんですが、王家の方特有の銀髪が凄くお綺麗でした!」
「え、ヴィラより綺麗な髪なの?」
「陛下は灰色混じりの銀ですが、セレディア殿下はより白に近いお色でした。光を浴びるときらきら輝いてそれはもう……」
「へぇ、そんなに綺麗なら僕も見てみたいかも」

 ヴィラより綺麗な髪の人がいるのかな。
 
 まだ見ぬ第一王子に思いを馳せながら、齧りかけだった焼き菓子を冷めた紅茶で流し込む。気づけばかなり長い間話していたようで、外は既に薄暗くなり始めていた。

 本当はもう少し話していたかったけど、そろそろ夕食が運ばれてくる時間帯だろう。シャワーで簡単に入浴を済ませ、まだ心配している様子のレオの背中をぐいぐいと押して扉の前まで見送った。

「何かあったら絶対ベルを鳴らしてくださいね!」
「うんうん、大丈夫だって。今日もありがとう」

 目の前の扉が閉まるのを待って、小さくため息を吐いた。レオには心配ばかりかけて、本当に申し訳ないな。濁った泥のような気持ちはすっかり鳴りを潜め、心配をかけてしまったという申し訳なさだけが、心にわだかまりを残していた。

 ――あれは一体何だったんだろう。制御出来ないほどの感情が爆発的に湧き上がったことだけは確かだったけど、あの時自分が何を考えていたのかについては、正直あまり覚えていない。

 コンコン

 ぼうっと考え込んでいると、扉が軽くノックされる。恐らく、夕食が運ばれてきた合図だろう。未だに名前のつかない感情に蓋をして、扉の向こうの相手へと、小さく返事を投げかけた。
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