星屑を拾って-森の薬師と王の話-

深海めだか

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第九章 妖精

31話

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「う、わぁぁ……」

 一歩足を踏み入れれば、そこはまさしく楽園だった。目に映る限りの緑、ガラス越しに降り注ぐ日差し、どこか懐かしい土の匂い。楽園という言葉は、今この瞬間のためにあるのだと、本気で思ったほどである。

 視界が滲んでいくのを止めたくて、必死に瞬きを繰り返した。だって、せっかく温室に来られたのに、泣いていては勿体ない。

『気に入った?』
『……もちろんだよ! もう、ニンファ大好き!』

 感動醒めやらぬまま飛びついて、そのまま目についた方へと引っ張っていく。ニンファは抜け出そうとして暴れていたけれど、そんなものはお構いなしだ。言葉の通り、一度好奇心に火がついたら、もう誰にも止められない。

『これ、あの図鑑に載ってたやつだ! ルミナーレでしか育たないっていう不思議な植物なんだよね。やっぱり土の成分とかが違うのかな、それとも大気中に含まれる魔力量? 生育に必要な条件さえわかれば、他の国でも栽培できるかもしれないのに』

『あ、あっちはマリアナの木じゃない? 乾燥させたものは昔見たことがあるんだけど、実際に生えてるところは見るのは初めてなんだ。確かーーこの葉っぱに抗菌作用があるんだよね。巻けば包帯、絞れば消毒液にもなるなんて本当に万能すぎるよ!』

『待って……これモザレアの花だよね? 育てるのが難しいのに、こんなに沢山咲いてるなんて…! ねぇ、ここの植物って誰がお世話してるの? 栽培する時のコツとか、ぜひ色々と教えて欲しいんだけど』

 目を輝かせながら喋り続ける青年は、さながら忙しないコマドリのようだ。

『んっ、ふっ……ふ、ふふっ…ふはっ。あー駄目だ。ごめん、どうしても笑っちゃう。だって君が………ふはっ、そんなに喋るなんて…あははっ!!』

 抑えきれない笑い声を漏らしながら、ニンファが楽しげに肩を揺らす。最初は気にしてなかったけど、あまりにも笑い続けるものだから、少しムッとして振り返った。

『ちょっと笑いすぎじゃない? ニンファだって初めて会った時は同じくらい喋ってただろ』
『俺の場合は仕方ないよ。ずっと空き部屋だったところに人がいて、おまけに草の加護持ちだなんて、面白い匂いしかしないじゃないか』
『……納得いかない』

 もっともらしい理由を並べる口が、子憎たらしい。 

 拗ねたように呟くと、それとほぼ同時に、ニンファが呻き声を上げた。不思議に思って辺りを見渡せば、足元には茶色のきのみが転がっている。……どうやらこれが、ニンファの頭に直撃したらしい。大きさこそないものの、硬い殻に覆われているから、それなりの痛さではあっただろう。

『あはははッ、ほら、神様は見てるんだよ』
『ちょっと笑いすぎじゃない?』

 あまりのタイミングにお腹を抱えて笑っていると、ニンファが口を尖らせて、僕の真似をし始めた。ご丁寧に声まで寄せようとしているものだから、変に裏返って、可笑しな声になってしまっている。

『どう? 結構上手かったでしょ』
『ふっ、あはっ、反則だよそれ!』

 二人して笑っていた丁度その時、遠くの方で何かが軋むような音が聞こえた。そう、嫌になるほど聞き慣れた音だ。

 しばし無言で見つめあった後、全速力で入口へと走る。正直間に合わないと思ってたけど、行きよりもかなり強い風に運ばれて、気づけばベッドの中にいた。

 なんかもう、魔法ってすごい

 一周回ってそんな感想しか抱けないまま、布団を鼻の辺りまで押し上げる。ニンファがいなければ、誰にもバレずに温室に行き、あまつさえ時間通りに戻ってくるだなんて、到底不可能だっただろう。その名の通り、まさに妖精のような素早さである。

 ……温室、また一緒に行けたらいいな。

 ほんの半刻にも満たない楽しい時間を思い出しながら、靴音の相手を騙すため、今日も静かに瞼を閉じる。暗くなった視界の裏で、呻くニンファが甦って思わず吹き出しそうになったのは僕だけの秘密だ。
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