星屑を拾って-森の薬師と王の話-

深海めだか

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第十章 サシェ

32話

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???

『……最近、セシェルの様子がおかしい』

 紙とペンの音だけが響く中、ぽつりと投げ落とされた声が静寂を破った。

『今度は何ですか』

 動かしている手は止めずに、最低限の動作で相手を見やる。視線の先にいる年若き王は、瞼を伏せ、悩ましげな吐息を漏らしていた。憂いを帯びたその表情すらも、まるで一枚の絵画のようだ。

『以前にも増して、愛らしくなっているとは思わないか?』
『……………はぁ』

 わかってはいたが、やっぱり惚気そうか。気のない返事をひとつして、再び手元へと目線を戻す。ひと口に惚気といえど、我が王のこれは、一定の周期でやってくる発作のようなものだった。

 一般的に他人の惚気を聞かされるほど面倒なことはないと思う。……思うのだが、ストレスが発散しにくい現状では、貴重なガス抜きであるとも理解していた。だからこそ、安易に無視することもできないのだ。

 まあ大抵の場合は少し話を聞いてあげれば落ち着くし、不器用な主の恋愛模様を観察するのも、別段嫌いではないのだけれど。

『それで、具体的にはどのあたりがですか?』
『まず笑顔が増えただろう。それに口調も明るくなった。昨晩はルミナーレ語で『良い夢を』と言ってくれたんだが、その後の得意げな顔がまた愛らしくてな』

 想像以上の重症度合いに、思わず言葉をなくしかけた。憂鬱そうな表情は鳴りを潜め、僅かに上がった口角からは、幸せでたまりませんといった、不思議なオーラが溢れ出ている。これには氷の君の異名も形なしであろう。

『まあでも良かったじゃないですか。城に迎えたばかりの頃は私の忠告も聞かずに迫りまくって、案の定避けられるようになり。それが終わったと思えば外に出せと拗ねられて、長い間口を利いてすらもらえませんでしたもんね』
『…………やめろ、思い出させるな』

 一応心からの祝辞ではあったのだが、どうやらお気に召さなかったらしい。低く唸るようなその声に、薄っぺらい謝罪を述べる。

『これは失礼致しました。──ですが、外に興味をもたれなくなったのは正直助かりますね』
『ああ、セシェルを出歩かせるには不安要素が多すぎる。本当は温室や庭園にも連れて行ってやりたいが…まだ暫くは本で我慢してもらうしかないだろうな』
『そうですねぇ。最近はよく星を眺められているそうですし、星に関する本でも贈られてみてはどうですか?』
『星…星か……』

 すっかり考え込んでしまった様子の主を眺めながら、小さなあくびを噛み殺す。既に時刻は深夜を回り、眠気も限界へと近づいていた。

『セラシェル様のことは後でゆっくり考えるとして、ひとまずは政務を片付けてしまいましょう。このままでは、また徹夜することになりますよ』
『ああわかっている。……だが、いつかは根本的な改革が必要だな。最終決定を仰いでくるのは構わんが、対策すらも講じずに丸投げしてくる人間が多すぎる。特にこれなんか、本来は騎士団の管轄だろう』
『おや、騎士団の案件なんて混じってました?』

 気分転換も兼ねて立ち上がり、指先で苛立たしげに叩かれている紙を覗き見る。そこに書かれていた題名は、内容を読まなくてもわかるほど、至極簡潔なものであった。

『……城下町での連続誘拐事件について?』

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 机の上にうず高く積まれた本の山。僕の目線ほどもあるそれは、レオが積み上げたものだった。

「……レオ、これは何かな?」
「陛下からの贈り物です! 星見の方法や、星座に関する物語。それに、星が題材の小説なども混ざってますね」
「何でそんなに――」

 星に関するものばかり。

 そう言いかけて、慌てて自分の口を塞いだ。思い出すのは最近よく口にする言葉。そう、ご存じ『星が綺麗だったから』である。最初は咄嗟についた嘘だったけど、実はあの日以降、何度もお世話になっていた。レオが勘違いするのも無理はない話である。

 こうなってしまっては仕方がない。本当は星を見るよりも、城下町を眺める方が好きなんだけど……。詰まった言葉を咳払いで誤魔化しながら、少し高めの声を絞り出す。

「わ…わぁ~、嬉しいな! レオが、その…お願いしてくれたの?」

 二人の好意を無下にはできない。その思いから発した言葉ではあったのだが、悲しいことに、壊滅的な演技力が邪魔をした。
 これでは両手もろてを上げて疑ってくださいと言っているようなものである。恐る恐るレオの方に視線をやれば、いつもとなんら変わらない、無邪気な笑みを返された。

「いえ、僕は何も! しばらくは公務がお忙しいそうで、会いに来れないことのお詫びだと言付かっております。陛下は本当にセラシェル様のことを大切にされておりますね」

 これには僕の方が、若干首を傾げてしまった。疑われなかったことは嬉しいけど、それはそれとして、この素直さは心配すぎる。いつか悪い人にでも騙されるんじゃないか……? 

 騙してる側でありながらどの口がといった感じではあるが、良心と利己心は、絶賛せめぎ合っている最中であった。

「セラシェル様? どうかなさいました?」
「あ、ううん、なんでもない。ヴィラにもありがとうって伝えておいて」
「承知しました」

 僅差ではあるが利己心が良心を押し退けたので、知らないフリを貫き通すことにした。

 レオには悪いと思うけど、バレなきゃいいの理論である。それに、わざわざ持ってきてもらった本を、興味が無いからと突き返す方が心無い仕打ちではないか。……そうだよね? 心の中で言い訳して、目の前の本に手を伸ばす。

「でもさ、こんなにいっぱい本棚に入るかな。読み終わった本も多いし、そろそろ返却しないとね」
「はい?」
「え…お城って図書室があるんでしょ? ヴィラが持ってきた本って、図書室から借りてるんだよね……?」

 互いに困惑した顔で見つめ合う。

 え、違うの? お爺さんから『お城には国中の書物を集めた図書室がある』って聞いてたから、てっきりルミナーレにもあるものだと思ってたんだけど……。

「あの……陛下から贈られた本は全てセラシェル様のために用意されたものですよ」


 ──開いた口が塞がらないとはこのことか。

 待って欲しい。ヴィラが用意してくれたのは、どれも植物や薬学に関する専門書ばかり。しかも、色つきの図鑑まで混じっていた。分厚い本はお値段も分厚い。すこしでも本を読む人なら、誰もが知っていることである。

(いやまさか……まさかね……?)

 怖いもの見たさとでも言うのだろうか。手当たり次第目についた本を掴んで、裏表紙を覗き見る。普通は上の方に値段が書いてあるはずなのに、違和感がないほど、綺麗に塗り潰されていた。待って、この本も、この本も!? 

 しかも恐ろしいことに、一冊一冊、塗りつぶされている色が違う。本の色に合わせて変えているのだろうが、僕から言わせれば、お金と手間の無駄遣いだ。

「ヴィ……ヴィラぁ……」

 思わず情けない声が漏れる。どうしよう、僕結構好き放題頼んじゃった。専門書なんて気安く買える値段じゃないのに……! 思わず頭を抱えて倒れ込みそうになったけど、その勢いのまま、小さな肩をがしりと掴んだ。灰色の瞳が驚いたように見開かれる。

 知らなかったとはいえ、ヴィラにかなりの額を散財させてしまったのだ。このまま黙って引き下がるわけにはいかなかった。

「レオ……お願いがあるんだけど」
「は、はい!」
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