星屑を拾って-森の薬師と王の話-

深海めだか

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第十章 サシェ

34話

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『ねぇ……ちょっと相談に乗ってくれない?』

 そう思っていた矢先に、いきなり声をかけられる。どうせ帰らないだろうとは思っていたけど、相談を持ちかけられるなんて少し意外だ。……お互いに弟がいるとわかった後だし、警戒心が緩んだのだろうか?

 もちろん断る理由もなかったから、素直に頷いて返事を返す。

『いいよ、僕で力になれることなら』
『ありがとう。あ、作業しながらでいいからね。そんなに深刻な話じゃないし』
『わかった』

 お言葉に甘えて作業を再開することにした。まずは組み合わせたドライフラワーとハーブをすり鉢にいれて、すこし荒めに砕いていく。

『実はさぁ、三番目の弟と喧嘩中なんだよね』
『へぇ……ちょっと意外。ニンファも喧嘩とかするんだ』
『まあ色々あったから。それで、仲直りの証に何か贈ろうと思ってるんだけどサシェは何がいいと思う?』
『うーーん。やっぱり本人の好きなものじゃない? 本とかアクセサリーとか』

 なるべく均等になるように注意しつつ、ある程度細かくなったら香油で香りを整える。――うん、いい感じ。袋も何種類か用意してあったけど、今回はシンプルに麻を選んだ。

『好きなもの……ねえ』
『もしわからないならさ、仲直りも兼ねて一緒に買い物に行けばいいんだよ。そこで気に入ってそうなものをプレゼントすればいいんじゃないかな』

 ヴィラと村に行った時のことを思い出して、思わず口元が緩んでしまう。……懐かしいな。押し花しかり、イヤリングしかり、僕がプレゼントしたものをどれも喜んでくれていた。今は王様なんて大層なものになってしまったけれど、こんな贈りものでも喜んでくれるのだろうか。

 ──喜んで、くれるといいな。

 中身が溢れないよう、袋の入り口を丁寧に縫い合わせ、その上から水色のリボンを結んでいく。紫にするか迷ったけど、氷のイメージが強かったから水色を選んだ。

『よし、できた!』
『早いね』
『作るの自体は簡単だから。はい、これニンファの分』

 退屈そうに足を動かしているニンファに近づき、その手のひらに小さな麻袋を乗せる。
 折角だからリボンは濃い赤色にしてみた。余った材料で作ったものだけど、香りも見た目も、中々いい出来だと思う。

『え……俺にもくれるの?』

 まん丸とまでは行かないが、紫色の瞳が大きく見開かれている。珍しく素で驚いているらしい。

『いらないなら返してもらうけど』

 すこし意地悪をしてみたくなって、そんな台詞を吐いてみる。いつも振り回されているのだから、ちょっと揶揄ってやろうくらいの、軽い気持ちだったのだ。

 ……だけど、見開かれていた瞳はゆるゆると蕩けて、傍目から見てもわかるほど、嬉しそうな微笑みに変わった。普段の笑い方とはまた違う、幸せを全面に押し出したようなその表情に、何だかむず痒くなってしまう。

『いや、貰うよ。嬉しいな。ありがとうサシェ』
『………うん』

 何とかその言葉だけを吐き出して、もう寝るからと半ば無理やり帰ってもらった。ああいうのを、慈愛に満ちた表情とでも言うのだろうか。

 五人兄弟の長男というのも、あながち嘘じゃないのかもしれない。そんなことを考えながら、布団を頭まで被って目を閉じた。

━━━━━━━━━━━━━━━━━━



「おはようございます。セラシェル様!」
「おはよう、レオ」

 次の日。いつも通りやってきたレオに、お礼の手紙とサシェを届けてもらうようお願いした。本当は直接渡したかったけど、忙しいみたいだから仕方ない。

 ちなみに、材料を用意してくれたお礼としてレオにもサシェを渡したら、飛び上がるほどに喜んでくれた。……いや、嬉しいよ。嬉しいんだけど、何だか妙に気恥ずかしい。人に喜ばれるという経験をあんまりしてこなかったから、きっと慣れていないのだ。謙遜すればいいのか、素直に受け取っていいのかわからない。

「ありがとうございます。僕、宝物にしますね!」
「いや……そんな、そこまで大切にしてもらうほどのものじゃないから……」

 タジタジになりながら首を横に振っていれば、レオは困ったように笑って『陛下に届けて来ます!』と部屋を出て行ってしまった。最初はホッとしたけれど、後になって不安が湧き上がってくる。謙遜しすぎて、逆に不快だったかな? 素直に喜んだ方が良かった? そう考えてみたところで時間は元には戻せない。

 悪い考えを少しでも追い払おうと、ヴィラが贈ってくれた、星に関する本を手に取ってみる。

 何ともなしに選んだものだけど、鈍器になりそうなほどの分厚さだ。
 そんなものを一ページ目から読むような気分にもなれなくて、適当にパラパラと読み流していく。星の名前、星座の由来、星に関する伝説の数々。その全てが挿絵付きで紹介されていた。これを片手に星を眺めたら、きっと楽しいんだろうと思う。……だけどやっぱり、植物ほどの興味はもてなかった。

「………はぁ」

 閉じた本を机に置いて、青い空を映し出す、大きな窓へと足をすすめる。

「…外に行きたいなぁ」

 ちいさく、本当にちいさく呟いて、窓の外にぐっと身を乗り出してみる。僕にも魔法が使えたら、ここから飛んでいけるのに。

 決して、城にいるのが嫌なわけではない。ヴィラもレオも優しいし、森にいたら一生読めなかったような本にも沢山出会うことができた。趣味の合う友人のおかげで、ルミナーレ語だって話せるようになったのだ。……でもさ、それでもずっと、

「さびしい」

 言葉にすると、より鮮明に浮かび上がってくるような気がした。揺れる木々、さえずる鳥たち、湿った土の匂いや感触、生き生きとした植物の、その葉脈の一本まで。

「うん、さびしい。さびしいんだ」

 ずっと言葉にできない感情があった。窓を開けているのに息苦しくて、言葉を交わしているのに遠く感じて、本を読んでいるのにつまらなくて、こんな感情は初めてなんだ。お爺さんが亡くなった後とも、ヴィラが出て行った後とも違うけど、これは確かに『寂しい 』という感情なんだろう。
 ゆっくりと目を閉じて風を感じている間。柔らかな風が頬をなでるその瞬間だけは、イグドラの森に帰れたような気持ちになった。

「……僕、帰りたいのかな?」

 誰に聞かせるでもなく、自分自身に問いかける。

 きっと、わからないままでいたいのだ。いたかったのだ。返ってきた答えにばつ印をつけて、クシャクシャに丸めたそれを、空の上へと放り投げる。全部本当の気持ちだけど、同時に選ぶことなんて出来やしない。だからあと少し、ほんの少しだけ先送りにしていたいと思うのだ。いつか選ぶ時が来るのなら、その時はちゃんと────


 びゅうっと強い風が吹いて、セラシェルの髪を乱していく、深い緑色の瞳はただ遠く、遠くの果てを見つめていた。
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