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第十一章 城下町へ

35話

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 最近、よく見る夢がある……と思う。

 断定できないのは、目を覚ませばすぐに忘れてしまうから。同じ夢を何度も繰り返し見ているのか、はたまた夢の続きを見ているのか。多分、そのどちらかだとは思うけど、正直なところ確証はなかった。

「でも、悪夢ではないんだよなぁ……」

 唸るように呟いて、手に持ったペンを握りなおす。視線の先には、ぐちゃぐちゃの文字で埋められた、怪しげな紙が置かれていた。──すぐに忘れてしまうのなら、内容を書き記しておけばいいんじゃないか。そんな安直な発想を、試してみた結果がこれである。

 寝ぼけながら書いた文字はその殆どが解読不能である上に、かろうじて読める部分すらも、支離滅裂で意味を成さない。そもそもメモとして、成立すらしていなかった。

「本当に、何の夢なんだろう」

 気になるところではあるけれど、窓を開けろと催促している友人を、そろそろ迎え入れてやらなければ。
 何の役にも立たない紙を丸めつつ、重い腰を上げて立ち上がる。横着をして放り投げたそれは、存外綺麗に屑入れの中へと吸い込まれていった。

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 美味しそうに湯気を立てる何種類もの料理たち。王宮お抱えの料理人によって調理され、美しく盛り付けられたその品々は、まさに垂涎ものの一品と言える。――そう、本来であれば。

「今日も食べられそうにありませんか?」
「いや、違うんだよ、食べられないわけじゃないんだ。…ちょっと苦手なものがあって」
「その言い訳はもう四度目ですよ。流石の僕でも気づきます」
「………そうだっけ?」

 一応とぼけてはみたけれど、嘘だと見抜かれているのに、今さら意味もないことである。
 腹痛、頭痛、吐気に眩暈、その他諸々。思いつく限りの体調不良を使い回したからこそ、ようやく辿りついた最適解に些か頼り過ぎてしまったのだろう。

「もともと食が細いのは存じております。……ですが、ここ数日はほとんど何も口にされていませんよね? 体調がよろしくないのであれば、やっぱり陛下に───」 
「ッやめて! 本当に、大丈夫だから」

 続く言葉を遮るように、ほぼ反射で声を上げる。けれど、すぐに自己嫌悪感が優って、申し訳なさに目線を落とした。……僕の馬鹿。何ひとつ悪くない相手に、何を八つ当たりしてるんだ。

「ごめんね。黙ってもらってるのに」
「セラシェル様」
「うん」
「…僕は…その……」
「大丈夫。わかってるよ、ありがとう」
 
 世話係なんていうのは名目上で、レオは多分、見張り役も兼ねている。この前の星に関する本しかり、そうでないと説明がつかないことも多いのだ。一つ付け加えるとするならば、僕はそれを黙認してるし、責めようだなんて思ってない。だからこそ、今回は先手を打ってお願いしたのである。

「明日──明日まで待ってくれる? 今日はもう夕方だし、レオも帰る時間だろ」
「はい」

 妥協案を口にすれば、レオはあからさまにホッとした顔をした。僕がお願いしたせいで、見張り役として板挟みになっていたのだろう。ごめんね、なんて言葉の代わりに、冷めきったスープを口に運ぶ。吐き出そうと震える喉で嚥下すれば、視界に涙の膜が滲んだ。
 

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『今日は城下町に行こうか』
『………待って、今なんて言った?』

 朝一番。ぽんっと投げかけられた言葉を、頭の中で咀嚼する。今日、城下町、行く。無理やり単語に区切ってみても、やっぱり理解は追いつかない。

『えーーと、城下町ってあそこ?』

 恐る恐る窓の外を指差せば、他にどこがあるの、なんて愉快そうな声音が降ってくる。……いや、無理でしょ。温室でさえ時間ギリギリだったのに、あの距離を往復できるはずがない。

『……流石に無理があると思うんだけど』
『あははっ、サシェは真面目だねぇ。たった一日約束を破ったところで神罰バチは当たらないでしょう。──それとも、君をここに閉じ込めてる悪い王様が怒るのかな?』
『っ、は』

 空気が、震えるような音がした。

 固まった思考とは裏腹に、心音だけが異様に跳ね上がっていく。気づかれてる? 何を? どこまで? 次々と湧き出す疑問を、声に乗せることすら出来やしない。いつもみたいに『冗談だよ』と、そう笑っていてくれたのなら、どんなにいいか。けれど、期待して見上げた先の紫は、ただ静かで優しげな色をしていた。

『サシェ、いいんだよ。もう十分頑張ったでしょう』
『………そ、かな…』
『うん。他になにか理由がいる?』
『いらない…の、……かも』
『よしよし、じゃあ行こうか』

 そう言って差し出された手を、迷った末に握り返す。……ごめんね、ヴィラ。

 言い訳なんてするつもりはない。口をついて出た言葉も、重ね合わせた左手も、全部全部──僕の意志だ。甘言に惑わされているのだと言われたら、否定はできない。
 けれど、枯れかけた花が水を求めて根を伸ばすように、ずっとずっと、心のどこかで求め続けていた言葉ものだったから。頑張ったね。十分だよ。砂糖水みたいに甘いそれは、まるで中毒性のある薬物だ。

『目は瞑らなくていいの?』
『うん、今日はいいや』

 久しぶりの外出に神経が昂っているからなのか、遠く離れた地面を見ても、不思議と怖さは感じなかった。
 万が一にも見つからないよう、城の側面に回って、城壁の上を飛び越える。一目を忍んだその様子は、まるで娯楽小説に出てくる盗賊だ。僕たち泥棒みたいだね、なんて何ともなしに呟けば、ニンファは少し考えこんで、それなら種でも盗んでいこうかと口の端を吊り上げた。
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