星屑を拾って-森の薬師と王の話-

深海めだか

文字の大きさ
40 / 55
第十一章 城下町へ

37話

しおりを挟む
 石畳の道に沿って、家々がずらりと建ち並んでいる。二階建ての家の窓からは緑の蔦が垂れ下がっており、そこかしこに小さな花をつけていた。駆け回る子どもたちは楽しげで、鳥を追い立てて遊んでいる。
 イグドラの村とは比べ物にならないほどの大きさに、僕はただただ、感嘆の溜め息を吐くことしか出来なかった。

『………すっ、ごい……』
『ここは住宅街と商業地区の丁度真ん中あたりだね。南に行けばお店が沢山あるから、まずはそこに行こうか』
『ちょっと待って、置いていかないで! 僕ここで迷子になったら絶対帰れないよ』
『あははっ、迷子になったサシェはちょっと見たいな』
『絶対やめて!!』

 さっさと歩き出したニンファに追いつき、マントの裾を思いっきり掴む。田舎者にとってこの町は、少々刺激が強すぎるのだ。

 けれどやっぱり物珍しくて、ニンファの後を歩きながらも、視線だけはやたら忙しく動き回っていた。
 イグドラの村には木製の家しかなかったけど、ここルミナーレは大半の家が石造りだ。色とりどりの石を混ぜている家もあれば、灰色グレーや白など、色を統一している家もある。その違いが面白くて、これだけでも延々と眺めていられそうだった。

『サシェ、ちゃんと前見て歩かないとまた転ぶよ』
『今はニンファを掴んでるから平気』
『まーたそんなこと言って』
『………あ! あれ!』

 少し歩けば、開けた場所が見えてくる。その中央に位置するのは大きな大きな石の噴水。遠いお城から見えたのだからそれなりに大きいのだろうとは思っていたけど、実物はその倍以上だった。

 見上げる程に大きなそれは、白の石を基調として、あちらこちらにガラスのように綺麗な石が散りばめられている。宝石かとも思ったけど、ニンファによれば違うらしい。ルミナーレ原産の石を加工する時に、削り方によって出てくる残り屑なんだとか。

『ね、ニンファ。ちょっとだけ触ってきてもいい?』
『……いいけど落ちないでよ』
『僕そんなに信用ないかな!?』

 腰より少し高いくらいの縁に乗り上げ、そっと右手を入れてみる。
 澄んだ水の底にはコインが見えて、どこの国でも考えることは同じなのだと笑ってしまった。……これを投げ込んだ人たちは、一体どんな願い事をしたのだろうか。大切な人のことを思って、祈ったりしたのかな。

『サシェ、そろそろ行くよ』
『えー……』
『不満そうにしても駄目。君、目立ってる自覚ないの?』

 その言葉に辺りを見渡せば、確かに視線を向けられていた。あからさまなものではないけれど、何だかすこし居心地が悪い。

『………もしかして、ここに座っちゃ駄目だった?』
『違うよ、どう考えてもその髪と目が原因。ソレイユの黒髪は目立つから』
『そっか、なら良かった』

 騎士団にでも通報されたらどうしよう。
 そんな考えが一瞬頭を過ったけど、ひとまずは大丈夫そうだと安堵する。でも油断は禁物だ。これ以上目立つ前に立ち去ろうと、噴水から飛び降りて、再びマントに手を伸ばす。腕にぐるぐる巻きつければ、ニンファは可笑しそうに笑っていた。

『着いたよ。ここが一番目の候補』
『ほわ……』
『ん、ふっ、もう笑わせないでよ。何その声』
『いやだってここ、何か凄くない? さ、三階建てのお店なんて初めて見たし……。僕入っても大丈夫? 多分門前払いされるんじゃないかな──って、待って、まだ心の準備が!』
『お城に住んでるくせに何言ってるの』

 マントに絡みついた腕を剥がそうとしていれば、逆にその手を掴んで引きずられる。なるべく目立たないようにと小声で抵抗してはいるが、そんなものでニンファが止まるはずもない。渋々入口をくぐれば、ふわりと鼻を擽るあの匂い。

『本……?』
『うん、城下町で一番品揃えのいい本屋だよ』

 石造りの建物の中には所狭しと本が並べられ、その間を縫うようにして、月をモチーフにしたランタンが吊り下げられている。窓がほぼないのは、日の光で本を痛めないようにするためだろう。入口のすぐ近くにある張り紙には【一階 大衆向け娯楽本】【二階 教養書】【三階 専門書】など品揃えについての詳細が並んでいた。

『すごい! すごいねニンファ!』
『どうぞ、好きに見て回っていいよ。俺は君の後ろを着いていくから』

─ ─ ─

 興奮して息巻いているセラシェルを横目に、ニンファは店内を見渡した。まだ開店直後ということもあり、店内の客はまばらな入りだ。けれど、目を引く二人の来店に視線を投げる者も少なくはない。それを当の本人が気づいているかは別として。



 店の端にある階段を、手すりに掴まりながら上っていく。本の置き場所を作るためか、階段にしては横幅が狭く、傾斜も強い。体力が落ちている僕にとっては、なかなかの重労働だ。

『は、ひ、やっと、ついた……』
『お疲れ様。まだ人が少なくて良かったね』

 暗に遅すぎると指摘されているのだが、ぜえぜえと乱れた息を整えるに必死で、それに気づく余裕もない。

 三階は専門書をメインに扱っているだけあって、閑散としていた。奥に見える木の椅子に、老人が一人座って本を読んでいるだけだ。

『えーと、薬学はどこの棚かな……』
『あっちじゃない?』
『違うよ。あっちは錬金学って書いてある。──っていうか君、もしかして来たことないの?』
『人混みは嫌いなんだ。でも今日はサシェのために下調べして来たんだよ。偉いでしょう』

 小声で話しながら薬学の棚を探して移動する。分類ごとに看板が吊り下げられてはいるけれど、あまりに数が多くて目が泳いでしまうのだ。……よりによって、ニンファは当てにならないし。

『ちょっとお前さん方。本を探してらっしゃるので?』

 後ろからかかった声に、思わず肩を跳ね上がらせる。振り向けば、そこにはあの老人が立っていた。

『す、すみません。うるさくしてしまって』
『ああ違う違う。わしで良ければ、案内をさせてもらえんかと』
『いいんですか?』
『もちろんだとも。この本屋には何十年も通っておるからの、大抵のものは見つけられる』
『そうなんですね。……実は、薬学の本を探していて』

 注意されるのかと思っていたけれど、迷っている僕らを見かねて、声をかけてきてくれたらしい。折角の好意に甘えようと口を開けば、老人は皺の寄った目元を細めて頷いた。

 ──案内されたのは、奥まった場所にある大きな本棚。ぎっしり並べられた本の中には、見たことのない題名もあった。ヴィラのおかげで大半の本は読み終えたと思っていたけど、まだこんなに沢山あったなんて。

『案内ありがとうございました』
『構わんよ。それでは良い一日を』
『良い一日を』

 レオに習った別れの挨拶を口にして、隣の相手へと向き直る。他人事のような素知らぬ顔をしてるけど、黙って見過ごす気はなかった。

『ねえニンファ、何でずっと黙ってるの? せっかく案内してくれたのに失礼だよ』
『いやあ、苦手なんだよね』
『人と話すのが?』
『似てるけど少し違うかな。さっきは人混みが苦手って言ったけど、本当は人そのものが苦手。というか好きじゃない』
『……ふはっ、君って結構臆病なんだ』

 きっぱり言い切るあたりを見るに、本当のことではあるのだろう。だけど、少し不思議だとも思う。僕に色んなことを教えてくれて、色んな場所に連れ出してくれるニンファが、人と話すのが苦手だなんて。つい心のままに呟けば、彼は驚いたような顔をした。

『あ、ごめん。馬鹿にしてるとかではないんだよ。ただ意外だなって』

 慌てて謝りはしたけれど、あまりにも動かないものだから、段々心配になってくる。立ち尽くしているその様子は、まるで石の彫刻だ。
 やっぱり言い方が良くなかったのかな。いや、そもそも人の苦手なことを笑うなんて……。
 ああもう、考えなしな自分に腹が立つ。本を読む気など失せてしまって、黙り込むニンファの傍ら、何も言えずに項垂れていた。

━━━━━━━━━━━━━━━━━━



 際限のない負の思考に陥った青年に、頭上の声は届かない。交わらない視線の中、赤い髪の妖精はただ静かに呟いた。

『やっぱり同じことを言うんだね』
 
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

俺の婚約者は小さな王子さま?!

大和 柊霞
BL
「私の婚約者になってくれますか?」 そう言い放ったのはこの国の王子さま?! 同性婚の認められるパミュロン王国で次期国王候補の第1王子アルミスから婚約を求められたのは、公爵家三男のカイルア。公爵家でありながら、長男のように頭脳明晰でもなければ次男のように多才でもないカイルアは自由気ままに生きてかれこれ22年。 今の暮らしは性に合っているし、何不自由ない!人生は穏やかに過ごすべきだ!と思っていたのに、まさか10歳の王子に婚約を申し込まれてしまったのだ。 「年の差12歳なんてありえない!」 初めはそんな事を考えていたカイルアだったがアルミス王子と過ごすうちに少しづつ考えが変わっていき……。 頑張り屋のアルミス王子と、諦め系自由人のカイルアが織り成す救済BL

【第一章完結】死に戻りに疲れた美貌の傾国王子、生存ルートを模索する

とうこ
BL
その美しさで知られた母に似て美貌の第三王子ツェーレンは、王弟に嫁いだ隣国で不貞を疑われ哀れ極刑に……と思ったら逆行!? しかもまだ夫選びの前。訳が分からないが、同じ道は絶対に御免だ。 「隣国以外でお願いします!」 死を回避する為に選んだ先々でもバラエティ豊かにkillされ続け、巻き戻り続けるツェーレン。これが最後と十二回目の夫となったのは、有名特殊な一族の三男、天才魔術師アレスター。 彼は婚姻を拒絶するが、ツェーレンが呪いを受けていると言い解呪を約束する。 いじられ体質の情けない末っ子天才魔術師×素直前向きな呪われ美形王子。 転移日本人を祖に持つグレイシア三兄弟、三男アレスターの物語。 小説家になろう様にも掲載しております。  ※本編完結。ぼちぼち番外編を投稿していきます。

精霊の港 飛ばされたリーマン、体格のいい男たちに囲まれる

風見鶏ーKazamidoriー
BL
 秋津ミナトは、うだつのあがらないサラリーマン。これといった特徴もなく、体力の衰えを感じてスポーツジムへ通うお年ごろ。  ある日帰り道で奇妙な精霊と出会い、追いかけた先は見たこともない場所。湊(ミナト)の前へ現れたのは黄金色にかがやく瞳をした美しい男だった。ロマス帝国という古代ローマに似た巨大な国が支配する世界で妖精に出会い、帝国の片鱗に触れてさらにはドラゴンまで、サラリーマンだった湊の人生は激変し異なる世界の動乱へ巻きこまれてゆく物語。 ※この物語に登場する人物、名、団体、場所はすべてフィクションです。

真空ベータの最強執事は辞職したい~フェロモン無効体質でアルファの王子様たちの精神安定剤になってしまった結果、執着溺愛されています~

水凪しおん
BL
フェロモンの影響を受けない「ベータ」の執事ルシアンは、前世の記憶を持つ転生者。 アルファ至上主義の荒れた王城で、彼はその特異な「無臭」体質ゆえに、フェロモン過多で情緒不安定な三人の王子たちにとって唯一の「精神安定剤」となってしまう。 氷の第一王子、野獣の第二王子、知略の第三王子――最強のアルファ兄弟から、匂いを嗅がれ、抱きつかれ、執着される日々。 「私はただの執事です。平穏に仕事をさせてください」 辞表を出せば即却下、他国へ逃げれば奪還作戦。 これは、無自覚に王子たちを癒やしてしまった最強執事が、国ぐるみで溺愛され、外堀を埋められていくお仕事&逆ハーレムBLファンタジー!

2度目の異世界移転。あの時の少年がいい歳になっていて殺気立って睨んでくるんだけど。

ありま氷炎
BL
高校一年の時、道路陥没の事故に巻き込まれ、三日間記憶がない。 異世界転移した記憶はあるんだけど、夢だと思っていた。 二年後、どうやら異世界転移してしまったらしい。 しかもこれは二度目で、あれは夢ではなかったようだった。 再会した少年はすっかりいい歳になっていて、殺気立って睨んでくるんだけど。

完結·氷の宰相の寝かしつけ係に任命されました

BL
幼い頃から心に穴が空いたような虚無感があった亮。 その穴を埋めた子を探しながら、寂しさから逃げるようにボイス配信をする日々。 そんなある日、亮は突然異世界に召喚された。 その目的は―――――― 異世界召喚された青年が美貌の宰相の寝かしつけをする話 ※小説家になろうにも掲載中

劣等アルファは最強王子から逃げられない

BL
リュシアン・ティレルはアルファだが、オメガのフェロモンに気持ち悪くなる欠陥品のアルファ。そのことを周囲に隠しながら生活しているため、異母弟のオメガであるライモントに手ひどい態度をとってしまい、世間からの評判は悪い。 ある日、気分の悪さに逃げ込んだ先で、ひとりの王子につかまる・・・という話です。

身代わり召喚された俺は四人の支配者に溺愛される〜囲い込まれて逃げられません〜

たら昆布
BL
間違って異世界召喚された青年が4人の男に愛される話

処理中です...