人生最高到達点

深海めだか

文字の大きさ
3 / 10
二つの線が交わる座標は

二話

しおりを挟む
 季節は冬。といっても、全面ガラス張りの景色は空の色以外に変わりなく、灰色と無機質なビルを映すだけ。
 美人は三日で飽きると言うが、そんなものよりタワマンの方が飽きると思う。
 やたら座り心地のいいソファに腰掛け、けれど膝上の重みのせいでリラックスとはほど遠い環境に置かれている。可哀想な俺。

 一方で膝枕をされている当人は満足そうに微睡んでいた。膝枕は三十分で七千円だから……撫でるオプション二千円、手繋ぎオプション三千円で締めて一万二千円。
 ぼったくりだと言われても否定できない価格ではあるが、やりたくないから必然的に吊り上げているだけであって、正当な需要と供給の関係である。

 というかそもそも、俺だって最初からこんなに吹っかけていたわけではない。
 どんな値段を提示しても嫌な顔一つしない上に、終いには「それでいいの?」なんて愉快そうに聞いてくるものだから、降参のひとことを言わせたくて吊り上げ始めたのが原因だ。お金はいくらあっても困らないし。

「あ」

 思い出したようにわざと呟く。手の下にある頭が少し揺れた。

「そういえば俺、来週からは来ないから」
「…………え、なんで?」
「塾に行くんだよ。来年もう受験だろ」

 たっぷりの時間をかけて絞り出したらしい言葉に、これまた用意しておいた答えを投げる。俺は仕事熱心だから、こんな時でも頭を撫でる手は止めはしない。

「で、でも、いきなりそんな」
「だって早めに言ったら面倒なことになるだろ」

 そう、こいつの我儘っぷりを侮ってはいけないのだ。告白された時しかり、いちいち数えていてはキリがないが、こいつは見た目に反してかなり諦めが悪かった。
 後に引けない状態にしておかないと、また駄々を捏ねられたり裏から手を回されたりで、面倒なことになるのは目に見えている。本人もそれをわかっているからか、むすりと口を引き結んで黙りこむ。

 ピピピピ ピピピピ

 軽快な音が終わりを告げて、それでも珍しく居座っているものだから、仕方なくペシペシと頭を叩く。

「重い。帰るからどけって」
「ねえ、その塾ってなんて名前? 毎日通うの?」
「さぁな」
「勉強なら僕が教えるし、来てくれるならその分お金だって払うよ。桜木くんの苦手なところ全部覚えてるから上手く教えられると思うけど」

 きっしょ、

 思わず声に出さなかった自分を褒めた。二年生に上がってから、コイツは私立特進Aクラス、俺は国立Bクラス、そもそも教室や科目だって違うのに苦手なところを全部覚えてるってのが怖すぎる。
 勉強を教える側がお金を払うってシステムもおかしいし、なんでコイツはそこまでして俺と一緒にいたいのだろうか。

「二万円」

 沈黙の中、声が響く。燕ノ宮はゆっくりと起き上がり、乱れた髪を整えながら口を開いた。

「美味しいケーキと紅茶も用意するよ。この前好きだって言ってたパティスリーのやつ」
「…………時間は」
「任せる。もちろん勉強は教えるけど、つまらないと思ったら帰ってもいい」

 これほど甘い条件を出されて揺れない人間がいるのだろうか。
 そういえば大学用の一人暮らし貯金、ほとんど出来てなかったな。頭の中に言い訳じみた台詞が浮かんで、ぐらぐらと揺れたままの天秤が、ついに押し負け傾いた。

「わかった。でも火曜だけな」

 貴重な休みを潰すことにはなるが致し方ない。コイツの方が頭はいいのは事実だし、精々上手く利用してやる──なんて、あの頃の俺は傲慢にもそう考えていた。
 一度狂ってしまった金銭感覚は早々戻ることはないのだと、今さら忠告したってもう遅いのに。あの頃がきっと、俺の人生における最高到達点だった。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

〈完結〉【書籍化・取り下げ予定】「他に愛するひとがいる」と言った旦那様が溺愛してくるのですが、そういうのは不要です

ごろごろみかん。
恋愛
「私には、他に愛するひとがいます」 「では、契約結婚といたしましょう」 そうして今の夫と結婚したシドローネ。 夫は、シドローネより四つも年下の若き騎士だ。 彼には愛するひとがいる。 それを理解した上で政略結婚を結んだはずだったのだが、だんだん夫の様子が変わり始めて……?

やっと退場できるはずだったβの悪役令息。ワンナイトしたらΩになりました。

毒島醜女
BL
目が覚めると、妻であるヒロインを虐げた挙句に彼女の運命の番である皇帝に断罪される最低最低なモラハラDV常習犯の悪役夫、イライ・ロザリンドに転生した。 そんな最期は絶対に避けたいイライはヒーローとヒロインの仲を結ばせつつ、ヒロインと円満に別れる為に策を練った。 彼の努力は実り、主人公たちは結ばれ、イライはお役御免となった。 「これでやっと安心して退場できる」 これまでの自分の努力を労うように酒場で飲んでいたイライは、いい薫りを漂わせる男と意気投合し、彼と一夜を共にしてしまう。 目が覚めると罪悪感に襲われ、すぐさま宿を去っていく。 「これじゃあ原作のイライと変わらないじゃん!」 その後体調不良を訴え、医師に診てもらうととんでもない事を言われたのだった。 「あなた……Ωになっていますよ」 「へ?」 そしてワンナイトをした男がまさかの国の英雄で、まさかまさか求愛し公開プロポーズまでして来て―― オメガバースの世界で運命に導かれる、強引な俺様α×頑張り屋な元悪役令息の元βのΩのラブストーリー。

鎖に繋がれた騎士は、敵国で皇帝の愛に囚われる

結衣可
BL
戦場で捕らえられた若き騎士エリアスは、牢に繋がれながらも誇りを折らず、帝国の皇帝オルフェンの瞳を惹きつける。 冷酷と畏怖で人を遠ざけてきた皇帝は、彼を望み、夜ごと逢瀬を重ねていく。 憎しみと抗いのはずが、いつしか芽生える心の揺らぎ。 誇り高き騎士が囚われたのは、冷徹な皇帝の愛。 鎖に繋がれた誇りと、独占欲に満ちた溺愛の行方は――。

【完結済】あの日、王子の隣を去った俺は、いまもあなたを想っている

キノア9g
BL
かつて、誰よりも大切だった人と別れた――それが、すべての始まりだった。 今はただ、冒険者として任務をこなす日々。けれどある日、思いがけず「彼」と再び顔を合わせることになる。 魔法と剣が支配するリオセルト大陸。 平和を取り戻しつつあるこの世界で、心に火種を抱えたふたりが、交差する。 過去を捨てたはずの男と、捨てきれなかった男。 すれ違った時間の中に、まだ消えていない想いがある。 ――これは、「終わったはずの恋」に、もう一度立ち向かう物語。 切なくも温かい、“再会”から始まるファンタジーBL。 全8話 お題『復縁/元恋人と3年後に再会/主人公は冒険者/身を引いた形』設定担当AI /c

鬼ごっこ

ハタセ
BL
年下からのイジメにより精神が摩耗していく年上平凡受けと そんな平凡を歪んだ愛情で追いかける年下攻めのお話です。

バーベキュー合コンに雑用係で呼ばれた平凡が一番人気のイケメンにお持ち帰りされる話

ゆなな
BL
Xに掲載していたものに加筆修正したものになります。

俺の彼氏は真面目だから

西を向いたらね
BL
受けが攻めと恋人同士だと思って「俺の彼氏は真面目だからなぁ」って言ったら、攻めの様子が急におかしくなった話。

毒/同級生×同級生/オメガバース(α×β)

ハタセ
BL
βに強い執着を向けるαと、そんなαから「俺はお前の運命にはなれない」と言って逃げようとするβのオメガバースのお話です。

処理中です...