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二つの線が交わる座標は
二話
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季節は冬。といっても、全面ガラス張りの景色は空の色以外に変わりなく、灰色と無機質なビルを映すだけ。
美人は三日で飽きると言うが、そんなものよりタワマンの方が飽きると思う。
やたら座り心地のいいソファに腰掛け、けれど膝上の重みのせいでリラックスとはほど遠い環境に置かれている。可哀想な俺。
一方で膝枕をされている当人は満足そうに微睡んでいた。膝枕は三十分で七千円だから……撫でるオプション二千円、手繋ぎオプション三千円で締めて一万二千円。
ぼったくりだと言われても否定できない価格ではあるが、やりたくないから必然的に吊り上げているだけであって、正当な需要と供給の関係である。
というかそもそも、俺だって最初からこんなに吹っかけていたわけではない。
どんな値段を提示しても嫌な顔一つしない上に、終いには「それでいいの?」なんて愉快そうに聞いてくるものだから、降参のひとことを言わせたくて吊り上げ始めたのが原因だ。お金はいくらあっても困らないし。
「あ」
思い出したようにわざと呟く。手の下にある頭が少し揺れた。
「そういえば俺、来週からは来ないから」
「…………え、なんで?」
「塾に行くんだよ。来年もう受験だろ」
たっぷりの時間をかけて絞り出したらしい言葉に、これまた用意しておいた答えを投げる。俺は仕事熱心だから、こんな時でも頭を撫でる手は止めはしない。
「で、でも、いきなりそんな」
「だって早めに言ったら面倒なことになるだろ」
そう、こいつの我儘っぷりを侮ってはいけないのだ。告白された時しかり、いちいち数えていてはキリがないが、こいつは見た目に反してかなり諦めが悪かった。
後に引けない状態にしておかないと、また駄々を捏ねられたり裏から手を回されたりで、面倒なことになるのは目に見えている。本人もそれをわかっているからか、むすりと口を引き結んで黙りこむ。
ピピピピ ピピピピ
軽快な音が終わりを告げて、それでも珍しく居座っているものだから、仕方なくペシペシと頭を叩く。
「重い。帰るからどけって」
「ねえ、その塾ってなんて名前? 毎日通うの?」
「さぁな」
「勉強なら僕が教えるし、来てくれるならその分お金だって払うよ。桜木くんの苦手なところ全部覚えてるから上手く教えられると思うけど」
きっしょ、
思わず声に出さなかった自分を褒めた。二年生に上がってから、コイツは私立特進Aクラス、俺は国立Bクラス、そもそも教室や科目だって違うのに苦手なところを全部覚えてるってのが怖すぎる。
勉強を教える側がお金を払うってシステムもおかしいし、なんでコイツはそこまでして俺と一緒にいたいのだろうか。
「二万円」
沈黙の中、声が響く。燕ノ宮はゆっくりと起き上がり、乱れた髪を整えながら口を開いた。
「美味しいケーキと紅茶も用意するよ。この前好きだって言ってたパティスリーのやつ」
「…………時間は」
「任せる。もちろん勉強は教えるけど、つまらないと思ったら帰ってもいい」
これほど甘い条件を出されて揺れない人間がいるのだろうか。
そういえば大学用の一人暮らし貯金、ほとんど出来てなかったな。頭の中に言い訳じみた台詞が浮かんで、ぐらぐらと揺れたままの天秤が、ついに押し負け傾いた。
「わかった。でも火曜だけな」
貴重な休みを潰すことにはなるが致し方ない。コイツの方が頭はいいのは事実だし、精々上手く利用してやる──なんて、あの頃の俺は傲慢にもそう考えていた。
一度狂ってしまった金銭感覚は早々戻ることはないのだと、今さら忠告したってもう遅いのに。あの頃がきっと、俺の人生における最高到達点だった。
美人は三日で飽きると言うが、そんなものよりタワマンの方が飽きると思う。
やたら座り心地のいいソファに腰掛け、けれど膝上の重みのせいでリラックスとはほど遠い環境に置かれている。可哀想な俺。
一方で膝枕をされている当人は満足そうに微睡んでいた。膝枕は三十分で七千円だから……撫でるオプション二千円、手繋ぎオプション三千円で締めて一万二千円。
ぼったくりだと言われても否定できない価格ではあるが、やりたくないから必然的に吊り上げているだけであって、正当な需要と供給の関係である。
というかそもそも、俺だって最初からこんなに吹っかけていたわけではない。
どんな値段を提示しても嫌な顔一つしない上に、終いには「それでいいの?」なんて愉快そうに聞いてくるものだから、降参のひとことを言わせたくて吊り上げ始めたのが原因だ。お金はいくらあっても困らないし。
「あ」
思い出したようにわざと呟く。手の下にある頭が少し揺れた。
「そういえば俺、来週からは来ないから」
「…………え、なんで?」
「塾に行くんだよ。来年もう受験だろ」
たっぷりの時間をかけて絞り出したらしい言葉に、これまた用意しておいた答えを投げる。俺は仕事熱心だから、こんな時でも頭を撫でる手は止めはしない。
「で、でも、いきなりそんな」
「だって早めに言ったら面倒なことになるだろ」
そう、こいつの我儘っぷりを侮ってはいけないのだ。告白された時しかり、いちいち数えていてはキリがないが、こいつは見た目に反してかなり諦めが悪かった。
後に引けない状態にしておかないと、また駄々を捏ねられたり裏から手を回されたりで、面倒なことになるのは目に見えている。本人もそれをわかっているからか、むすりと口を引き結んで黙りこむ。
ピピピピ ピピピピ
軽快な音が終わりを告げて、それでも珍しく居座っているものだから、仕方なくペシペシと頭を叩く。
「重い。帰るからどけって」
「ねえ、その塾ってなんて名前? 毎日通うの?」
「さぁな」
「勉強なら僕が教えるし、来てくれるならその分お金だって払うよ。桜木くんの苦手なところ全部覚えてるから上手く教えられると思うけど」
きっしょ、
思わず声に出さなかった自分を褒めた。二年生に上がってから、コイツは私立特進Aクラス、俺は国立Bクラス、そもそも教室や科目だって違うのに苦手なところを全部覚えてるってのが怖すぎる。
勉強を教える側がお金を払うってシステムもおかしいし、なんでコイツはそこまでして俺と一緒にいたいのだろうか。
「二万円」
沈黙の中、声が響く。燕ノ宮はゆっくりと起き上がり、乱れた髪を整えながら口を開いた。
「美味しいケーキと紅茶も用意するよ。この前好きだって言ってたパティスリーのやつ」
「…………時間は」
「任せる。もちろん勉強は教えるけど、つまらないと思ったら帰ってもいい」
これほど甘い条件を出されて揺れない人間がいるのだろうか。
そういえば大学用の一人暮らし貯金、ほとんど出来てなかったな。頭の中に言い訳じみた台詞が浮かんで、ぐらぐらと揺れたままの天秤が、ついに押し負け傾いた。
「わかった。でも火曜だけな」
貴重な休みを潰すことにはなるが致し方ない。コイツの方が頭はいいのは事実だし、精々上手く利用してやる──なんて、あの頃の俺は傲慢にもそう考えていた。
一度狂ってしまった金銭感覚は早々戻ることはないのだと、今さら忠告したってもう遅いのに。あの頃がきっと、俺の人生における最高到達点だった。
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