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二つの線が交わる座標は
三話
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きっかけは何だったか。
ああそうだ。今までただの一度もなかったのに、俺の客ばかりが次々と売掛を残したまま飛んだんだった。
そりゃ確かに、あの日はバースデーでそれなりに気合いも入っていたし、No.2にも届きそうだと調子に乗って無理に煽った自覚はある。長い付き合いだからと信用して高額の売掛を許した俺も馬鹿だった。
でも、それでもさぁ、一人くらいは返しにきてくれると思うだろ。
何とか乗り切ろうと金を借り、返済日に間に合わないからまた借りて、いつの間にか五千万近くまで膨れ上がった借金たち。
それなりに稼いではいたものの、後先考えず遊びまくっていたせいで、貯金なんてものは手元にない。大学を中退した時から実家とは既に絶縁状態だ。
頼れる人もアテもないまま何度も何度も取り立てにくる黒スーツたちに頭を下げ、有り金を渡して凌ぐ日々。
けれど、細々とでも金を渡し続けていれば暴力を振るわれることはなかったし、ホストの仕事も辞めずに続けられていた。比較的平穏な日々だったのだ。そう、あの日までは。
閉店後、いきなり店に現れた男は今までの借金取りとは明らかに何かが違っていた。
体の線に沿うようなオーダメイドのスリーピース、磨き上げられた革靴、サングラスで隠しているはずなのにやけに整って見える顔。
「お金、いつになったら返せそう?」
口もとが薄く吊り上げられた瞬間は嫌でもはっきり覚えている。路地裏に連れ込まれ、吐くほど殴られ、蹴られ……それから……──それから?
「っ、」
跳ね起きたつもりが、不自然な金属音を鳴らしただけですぐに元の場所へと引き戻される。
何も見えないのはアイマスクのせいだろうか。僅かな光も感じないほどぴったり巻きつけられており、滑らかな表面から皮か何かでできたものだと推測された。
先ほどの音の出どころ──頭上で固定された手首にも恐らく同じ類のものがつけられて、そこから鎖で動けないように繋がれているらしい。
口には棒状の、これまた革製らしきも。頭の後ろに留め具のようなものがあるらしく、どんなに頭を振ってもびくともしない。柔らかいシーツの感覚から察するに、一応ベッドではあるのだろうが。
「んん"……っ(待てよ、これもしかして)」
肌から伝わる感触に衣服を身につけていないのだと察した途端、ある可能性が脳裏を過ぎる。
臓器売買。グレーな世界で生きている以上、まったく関わりがないとはいえない言葉。
この世界はとことん金やルールに厳しい。返せないなら出稼ぎに行く、体を売る、危ない橋を渡って仕事をする。どれも当然のことのように俺だって指図してきた側の人間で……──
「あれ、もう起きてたの」
体がびくりと跳ね上がる。
「意外と丈夫なんだね。結構本気で殴ったんだけどな」
ドッドッドッドッ
まるで耳に心臓がついているのかと錯覚するほど、鼓動が激しく鳴り響いた。
口内に溜まった唾を飲み下すこともできず、切れた口の端を拭われて、鈍い痛みに眉根を寄せる。指はそのまま後ろに回され口枷の留め具が外された。
「僕のこと覚えてる?」
「…………」
わけもわからず小さく首を横に振る。声の様子からして取り立てにきた男だろうが、そもそも碌に顔だって見れていないのに、思い出すも何もない。
「返事」
「……おっ、……ぼえて、ない」
「そう」
また殴られるかと身を固くしてはいたものの、男は短く呟いただけでそれきり喋るのをやめてしまった。妙な沈黙の時間が続く。
「あ、あの……お金は、ちゃんと……返すので。今はその……ないんですけど、時間をもらえたら必ず……」
再びの沈黙のあと、目隠しの留め具が外されて急な眩しさに目を細める。けれど目の前にいる人物に焦点があった時、これなら一生見えないままで良かったと心の底から絶望した。
「久しぶりだね、桜木くん」
「え、んの……み、や……?」
ああそうだ。今までただの一度もなかったのに、俺の客ばかりが次々と売掛を残したまま飛んだんだった。
そりゃ確かに、あの日はバースデーでそれなりに気合いも入っていたし、No.2にも届きそうだと調子に乗って無理に煽った自覚はある。長い付き合いだからと信用して高額の売掛を許した俺も馬鹿だった。
でも、それでもさぁ、一人くらいは返しにきてくれると思うだろ。
何とか乗り切ろうと金を借り、返済日に間に合わないからまた借りて、いつの間にか五千万近くまで膨れ上がった借金たち。
それなりに稼いではいたものの、後先考えず遊びまくっていたせいで、貯金なんてものは手元にない。大学を中退した時から実家とは既に絶縁状態だ。
頼れる人もアテもないまま何度も何度も取り立てにくる黒スーツたちに頭を下げ、有り金を渡して凌ぐ日々。
けれど、細々とでも金を渡し続けていれば暴力を振るわれることはなかったし、ホストの仕事も辞めずに続けられていた。比較的平穏な日々だったのだ。そう、あの日までは。
閉店後、いきなり店に現れた男は今までの借金取りとは明らかに何かが違っていた。
体の線に沿うようなオーダメイドのスリーピース、磨き上げられた革靴、サングラスで隠しているはずなのにやけに整って見える顔。
「お金、いつになったら返せそう?」
口もとが薄く吊り上げられた瞬間は嫌でもはっきり覚えている。路地裏に連れ込まれ、吐くほど殴られ、蹴られ……それから……──それから?
「っ、」
跳ね起きたつもりが、不自然な金属音を鳴らしただけですぐに元の場所へと引き戻される。
何も見えないのはアイマスクのせいだろうか。僅かな光も感じないほどぴったり巻きつけられており、滑らかな表面から皮か何かでできたものだと推測された。
先ほどの音の出どころ──頭上で固定された手首にも恐らく同じ類のものがつけられて、そこから鎖で動けないように繋がれているらしい。
口には棒状の、これまた革製らしきも。頭の後ろに留め具のようなものがあるらしく、どんなに頭を振ってもびくともしない。柔らかいシーツの感覚から察するに、一応ベッドではあるのだろうが。
「んん"……っ(待てよ、これもしかして)」
肌から伝わる感触に衣服を身につけていないのだと察した途端、ある可能性が脳裏を過ぎる。
臓器売買。グレーな世界で生きている以上、まったく関わりがないとはいえない言葉。
この世界はとことん金やルールに厳しい。返せないなら出稼ぎに行く、体を売る、危ない橋を渡って仕事をする。どれも当然のことのように俺だって指図してきた側の人間で……──
「あれ、もう起きてたの」
体がびくりと跳ね上がる。
「意外と丈夫なんだね。結構本気で殴ったんだけどな」
ドッドッドッドッ
まるで耳に心臓がついているのかと錯覚するほど、鼓動が激しく鳴り響いた。
口内に溜まった唾を飲み下すこともできず、切れた口の端を拭われて、鈍い痛みに眉根を寄せる。指はそのまま後ろに回され口枷の留め具が外された。
「僕のこと覚えてる?」
「…………」
わけもわからず小さく首を横に振る。声の様子からして取り立てにきた男だろうが、そもそも碌に顔だって見れていないのに、思い出すも何もない。
「返事」
「……おっ、……ぼえて、ない」
「そう」
また殴られるかと身を固くしてはいたものの、男は短く呟いただけでそれきり喋るのをやめてしまった。妙な沈黙の時間が続く。
「あ、あの……お金は、ちゃんと……返すので。今はその……ないんですけど、時間をもらえたら必ず……」
再びの沈黙のあと、目隠しの留め具が外されて急な眩しさに目を細める。けれど目の前にいる人物に焦点があった時、これなら一生見えないままで良かったと心の底から絶望した。
「久しぶりだね、桜木くん」
「え、んの……み、や……?」
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