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過去の精算
四話
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伊達眼鏡であると知っていた。重い前髪に隠された素顔が案外綺麗なつくりをしていることも。
だからこそ触れることを特別不快には感じなかったし、自分だけが知っている秘密なのだと、優越感すら抱いていた部分もある。あの指通りのいい黒髪を撫でるのが、ほんの少しだけ好きだった。
「なんで、お前が」
「桜木くんがお金借りてるとこ、あれウチの管轄ね」
ニコッと擬音でも付きそうな笑顔で、とんでもないことを口にする。
俺が最終的に行きついたのは、謂わゆる「闇金」と呼ばれる類い。そんな店に関わりのある人間が碌な職業であるはずがないし、そもそも経営ではなく管轄という言葉を使った時点で怪しさに拍車がかかっている。
燕ノ宮は確か──……ああ、どうだったっけ。有名な私大に合格したとは聞いていたが、興味がなくて詳細までは覚えていない。連絡先も卒業と同時に消してしまったし、他大勢と同じように就職しているものとばかり思っていた。
「普段は任せてるんだけど桜木くんが困ってるって聞いたら見過ごせなくて」
「……その割には嬉しそうだな」
「ふふっ、わかる?」
ベッドが軋んで鼻筋が触れ合いそうなほどの距離で見つめ合う。ここで目を逸らしてはいけないと、自分の本能が囁いた。
「だってさ……~っはぁ、ようやく桜木くんの処女が貰えるんだ。自分で言った言葉くらい覚えてるよね」
「ひっ、」
熱い吐息が頬にかかった。狂ったように手首を繋ぐ鎖が鳴る。
逃げ出したくて堪らないのに、どんなに暴れようが叫ぼうが、燕ノ宮は少しも動じる様子がない。それどころか鼻歌まじりにベッドから降りて離れていく。
「『あ~、そうだな。じゃあ一億三千五百ニ十万円くれたらいいぜ』」
ピッと軽快な機械音。
それは卒業式間近、毎日毎日繰り返される「どうしたら付き合ってくれるのか」という質問に辟易し、口から吐いた出まかせだった。機械で再現された音声に燕ノ宮の声がぴたりと重なる。
「はい、先払い」
冗談だろ、なんて咄嗟に声は出なかった。
札束が宙を舞う光景を、いったいどれほどの人間が目にしたことがあると答えるだろう。稀有なことに俺はこれで二回目だ。
「寝てる間に洗おうかとも思ったんだけどさ、やっぱり意識がないとつまらないなって。だから一緒に頑張ろうね」
呆然としている間にも時間が止まってくれるわけではない。わけの分からないことを呟きながら、燕ノ宮は手錠とベッドを繋ぐ鎖を外して俺の体を抱え上げた。いわゆる姫抱きの体勢に慌てて逃げようと身をよじる。
「は、離せ、どこに連れてく気だ!」
「落としちゃうから暴れないで」
「~~……っうるさいこのサイコパス野郎、離せよ!」
やけに冷静な声が癪に触る。だいたい、手は縛られているが足は自由なままなのだ。この好機を逃してたまるか。
「そう。大人しくできないなら追加で足枷もつけようか、それとも折る?」
実際には何をされたわけでもない。ただ、抑揚のない声とこちらをじっと見つめる灰色が、あの路地裏の時と重なって。そろそろと視線を逸らしたまま足を下ろす。
「助かるよ。ありがとう」
「クソが」
ありがとうだなんてどれだけ馬鹿にしたら気が済むのか。腹立たしくて、けれど表面から突っかかる勇気もないものだから皮肉を込めて呟いた。
だからこそ触れることを特別不快には感じなかったし、自分だけが知っている秘密なのだと、優越感すら抱いていた部分もある。あの指通りのいい黒髪を撫でるのが、ほんの少しだけ好きだった。
「なんで、お前が」
「桜木くんがお金借りてるとこ、あれウチの管轄ね」
ニコッと擬音でも付きそうな笑顔で、とんでもないことを口にする。
俺が最終的に行きついたのは、謂わゆる「闇金」と呼ばれる類い。そんな店に関わりのある人間が碌な職業であるはずがないし、そもそも経営ではなく管轄という言葉を使った時点で怪しさに拍車がかかっている。
燕ノ宮は確か──……ああ、どうだったっけ。有名な私大に合格したとは聞いていたが、興味がなくて詳細までは覚えていない。連絡先も卒業と同時に消してしまったし、他大勢と同じように就職しているものとばかり思っていた。
「普段は任せてるんだけど桜木くんが困ってるって聞いたら見過ごせなくて」
「……その割には嬉しそうだな」
「ふふっ、わかる?」
ベッドが軋んで鼻筋が触れ合いそうなほどの距離で見つめ合う。ここで目を逸らしてはいけないと、自分の本能が囁いた。
「だってさ……~っはぁ、ようやく桜木くんの処女が貰えるんだ。自分で言った言葉くらい覚えてるよね」
「ひっ、」
熱い吐息が頬にかかった。狂ったように手首を繋ぐ鎖が鳴る。
逃げ出したくて堪らないのに、どんなに暴れようが叫ぼうが、燕ノ宮は少しも動じる様子がない。それどころか鼻歌まじりにベッドから降りて離れていく。
「『あ~、そうだな。じゃあ一億三千五百ニ十万円くれたらいいぜ』」
ピッと軽快な機械音。
それは卒業式間近、毎日毎日繰り返される「どうしたら付き合ってくれるのか」という質問に辟易し、口から吐いた出まかせだった。機械で再現された音声に燕ノ宮の声がぴたりと重なる。
「はい、先払い」
冗談だろ、なんて咄嗟に声は出なかった。
札束が宙を舞う光景を、いったいどれほどの人間が目にしたことがあると答えるだろう。稀有なことに俺はこれで二回目だ。
「寝てる間に洗おうかとも思ったんだけどさ、やっぱり意識がないとつまらないなって。だから一緒に頑張ろうね」
呆然としている間にも時間が止まってくれるわけではない。わけの分からないことを呟きながら、燕ノ宮は手錠とベッドを繋ぐ鎖を外して俺の体を抱え上げた。いわゆる姫抱きの体勢に慌てて逃げようと身をよじる。
「は、離せ、どこに連れてく気だ!」
「落としちゃうから暴れないで」
「~~……っうるさいこのサイコパス野郎、離せよ!」
やけに冷静な声が癪に触る。だいたい、手は縛られているが足は自由なままなのだ。この好機を逃してたまるか。
「そう。大人しくできないなら追加で足枷もつけようか、それとも折る?」
実際には何をされたわけでもない。ただ、抑揚のない声とこちらをじっと見つめる灰色が、あの路地裏の時と重なって。そろそろと視線を逸らしたまま足を下ろす。
「助かるよ。ありがとう」
「クソが」
ありがとうだなんてどれだけ馬鹿にしたら気が済むのか。腹立たしくて、けれど表面から突っかかる勇気もないものだから皮肉を込めて呟いた。
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