前門の虎、後門の兎

深海めだか

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-トラウマときっかけ-

五話

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 あれから二週間。朔は本当に、毎日俺を迎えにきた。階段を挟んで真反対のクラスなのに、必ず俺を教室まで送り届け、それから自分の教室へと向かうのである。

 せめて帰りくらいは裏門辺りでこっそり落ち合いたいと考えていたものの、うちの担任はホームルームがクソほど長い。
 大抵は朔のクラスが先に終わる上、あの男がそんな提案を呑んでくれる筈もなかった。

 今日も担任の無意味な話を延々と聞かされるのだろう。そう思っていた俺の耳に、ある吉報がもたらされた。

「ねぇ聞いた!? うちのクラス今日のホームルーム無いらしいよ」
「え、それマジなやつ?」
「あ~それ俺も聞いた。カト先がさぁ……」
「じゃあもう帰っていいのかな?」

 話を聞くに、どうやら担任の加藤先生が早退したらしい。奥さんの出産に立ち会うためだとか、急に体調が悪くなったとか、真偽が定かではない噂話が飛び交っていたのだが、その後やってきた教頭によって正式にホームルームの中止が言い渡された。

 クラスメイトが一人また一人と帰っていく中、俺も慌てて鞄を掴む。
 とりあえず裏門まで行って、そこでLIMEを送ればいいだろう。裏門までの最短ルートを計算しながら立ち上がった瞬間、後ろから肩を叩かれた。反射で振り向いた先には、クラスでも派手な部類に入る数人の女子生徒たち。

(あ、俺終わったかも………)

 勿論そのまま解放される筈もなく、半ば連行されるように校舎裏へと連れて行かれてしまった。

「ちょっと聞きたいことがあるんだけどさ」
「はい、何でしょう……」
「嵐山さぁ、兎山君とどういう関係なの?」

 うわぁ、すごい。まさに王道中のテンプレート。女子ですらないこの俺が、話題の恋愛ドラマみたいな質問をされるなんて思ってもみなかった。

「……ねぇ、聞いてるの?」
「あ、ごめん。えーと、朔とは家が隣同士で……その、幼馴染みたいなものだから……」

 中々口を開かない俺に苛ついたのか、代表格らしい女子生徒に鋭い目つきで睨まれる。その恐ろしいまでの気迫に負けて、つい本当の事を口走ってしまった。

(俺の馬鹿! 小中からの同級生~とか適当に言っとけば良かっただろ! )

 後悔しても既に遅く、女子たちは何かを伝えるように目配せをし始めた。何それ? テレパシーでも送り合ってんの? 
 しばらくして一人の生徒が俺の前に進み出てきた。
 腰まで伸びた綺麗な黒髪、ぱっちりとした二重に長いまつ毛、形の良い眉は戸惑うように顰められている。街行く人に聞けば十人中十人は美少女だと解答するであろうその容姿には、なんとなく見覚えがあった。

「桜、頑張って」
「うん」

 桜――あぁ、思い出した。同じクラスの片桐桜花さんか。
 同じクラスの人間すら覚えていないのかと方々からお叱りを受けそうではあるが、こちとら何とか目立たないようにと息を潜めて生きてきたのだ。これくらいのことは多めに見て欲しいところである。

「あの、嵐山君にお願いがあってね……」
「お願い……?」
「うん。えっと、その……と、兎山君と………」
「朔と?」
「……あー見てらんない! やっぱあたしが言う。桜は兎山君の事が好きなの! だからあんたに仲を取り持って欲しいわけ」

 あぁなるほど。朔との間に入って二人の仲を取り持てってことか。朔のことが好きな女子たちの修羅場に巻き込まれたのかとも思ったが、この呼び出しは案外友達思いな理由だったらしい。
 仲を取り持つくらい全然OK、俺で良ければ喜んで――なんて、簡単に言えれば良かったのに。

「あの……」
「勿論いいでしょ? 桜みたいな可愛い子なら兎山君とお似合いだし」
「断る理由ないよね~」

 穏便に断ろうとした言葉は、女子たちの鋭い声音に遮られて消えていった。
 どうやら俺に断るという選択肢は与えられていないらしい。そうこうしている間にも陽はどんどん沈んでいき、辺りは夕焼けに染まり始めた。ちょっと待って……今、何時だ。

 オレンジ色の校舎からは、単調な音色が響き始めている。吹奏楽部の練習音だ。

 まさか、もう放課後? 嫌な想像に体が震える。今すぐスマホの画面を確認したいのに、目の前の女子たちがそれを許してくれない。
 ああ、やはり呼び出しを食らったその瞬間に、さっさとLIMEしておくべきだった。今の俺は、連絡も無しに朔との約束をすっぽかしている状態である。

 本当に最悪だ。
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