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仲良く喧嘩するな
第十四話
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厳かな音楽が響く中、一歩、また一歩と足を進める。
笑顔で手を叩く人々、祝福する声、薄布を挟んだように白い視界。赤いカーペットが終わりを告げて、体はひとりでに動かなくなった。
ふわふわとした意識の中、視界を遮っていた薄い何かが取り払われる。
光に照らされたのは、甘い蜂蜜。耳に囁き落とされる声が、幸せであると、そう確かに告げていた。
『やっと俺のものになったね』
━━━━━━━━━━━━━━━━━━
▽
「うわぁぁァァッ!!」
自分の絶叫で跳ね起きて、ぜえぜえと荒い呼吸を繰り返す。ゆ、ゆめ……? 何が何だかわからないまま、震える手で布団を握りしめていた。汗のせいかは知らないけど、体中がびっしょりと濡れて気持ち悪い。
「あら、起きたの?」
そんな声が聞こえたかと思えば、視界を遮っていたカーテンたちが音を立てて開かれていく。一瞬驚きはしたけれど、目に入る風景を見て、ようやく保健室にいるのだと気がついた。
「ほ、けんしつ…だ……」
掠れた声でぽつりと呟く。そう、ここは保健室。学園内では数少ない、安全区域のはずである。それなのに心臓は痛いほどに脈打って、まるで何かを伝えようとしているようだった。
──黙れ心臓。余計なことはやめてくれ。左胸のあたりをシャツごと強く握りしめる。何でこんな場所にいるのかなんて、そんなことは知らなくていいのだ。うっすらと残る記憶だけでも恐ろしいのに、これ以上、思い出したくなんてない。
「お家の人が迎えに来てくれるそうだから、まだ眠っててもいいのよ」
「……や、いいです」
心遣いはありがたいけど、あんな悪夢を見たあとに眠れるわけがないではないか。
寝癖のついた髪をわざと乱雑にかき混ぜて、深く深く、それこそ腹の底から吐き出すように、空気の塊を押し出した。……とりあえずよかった。夢でよかった。
半ば自分に言い聞かせながら、再びベッドに倒れ込む。窓の外は既に薄暗くなっていて、相当の時間が経っていることが窺えた。
授業、結局サボっちゃったな……。
保健室にいるということは、一応体調不良として連絡が行っているのだろうか。一日休んだくらいで留年にはならないだろうけど、今まで優等生として過ごしてきたからこそ、不安で不安でしょうがなかった。
固いベッドの上で何度も何度も寝返りを打っていると、バタバタと慌てたような足音が聞こえてくる。
あいつじゃないとは思うけど……。
ひとまず布団の中に潜り込んで、呼吸を極限まで小さく抑える。いざとなったら窓から逃げよう。頭の中で逃走経路を組み立てていると、壊れそうなほどに大きな音を立てて、扉が開く気配がした。
「みつ!」
「…………兄さん?」
布団からほんの少しだけ顔を出して、恐る恐る入り口を見やる。そこにいたのは息を切らした兄の姿だった。
「ああ良かった。目が覚めたんだね」
「何で、兄さんが……」
「学校から電話があったんだよ。始めての事だったから、もう居ても立っても居られなくて──」
よっぽど急いで来たのだろうか。艶やかな髪は乱れ、ところどころ汗で張り付いてしまっている。こんな兄さんを見るのは、幼いあの日以来かもしれない。
目を見開いたまま固まっていると、確かめるように頬や額に触れられて、擽ったさに肩をひそめた。──確かに迎えが来るとは言ってたけど、普通に考えて、手が空いてる使用人か爺やが来ると思うだろう。よりによって、多忙な兄さんが………
「みつ、大丈夫? まだ具合が悪い?」
「あ……ううん。その、兄さんが来てくれるとは思わなかったから」
「私はね。何よりみつのことが一番大切なんだよ」
ぎゅうっと優しく体を抱きしめられて、思わず涙の膜が滲んだ。……駄目だ。ここで泣いたら、また心配をかけてしまう。
それがわかっていたからこそ、滴を弾き飛ばすかのように、何度も瞬きを繰り返した。温かな体温がゆっくりと離れていく。
「帰ろうか」
その言葉に黙って両腕を差し出すと、兄さんは仕方ないという風に笑って身を屈めた。そのまま首に手を回せば、体がふわりと宙に浮く。
『𝔣𝔩𝔬𝔞𝔱』
小さい頃から何回も何十回も繰り返した仕草。
ここまでくれば、ほとんど癖のようなものだ。高校生にもなって恥ずかしいとは思うけど、兄さんが許してくれる限り、この特権に甘えていたい。首元に顔を埋めると、甘くて優しい、安心する匂いがした。
笑顔で手を叩く人々、祝福する声、薄布を挟んだように白い視界。赤いカーペットが終わりを告げて、体はひとりでに動かなくなった。
ふわふわとした意識の中、視界を遮っていた薄い何かが取り払われる。
光に照らされたのは、甘い蜂蜜。耳に囁き落とされる声が、幸せであると、そう確かに告げていた。
『やっと俺のものになったね』
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「うわぁぁァァッ!!」
自分の絶叫で跳ね起きて、ぜえぜえと荒い呼吸を繰り返す。ゆ、ゆめ……? 何が何だかわからないまま、震える手で布団を握りしめていた。汗のせいかは知らないけど、体中がびっしょりと濡れて気持ち悪い。
「あら、起きたの?」
そんな声が聞こえたかと思えば、視界を遮っていたカーテンたちが音を立てて開かれていく。一瞬驚きはしたけれど、目に入る風景を見て、ようやく保健室にいるのだと気がついた。
「ほ、けんしつ…だ……」
掠れた声でぽつりと呟く。そう、ここは保健室。学園内では数少ない、安全区域のはずである。それなのに心臓は痛いほどに脈打って、まるで何かを伝えようとしているようだった。
──黙れ心臓。余計なことはやめてくれ。左胸のあたりをシャツごと強く握りしめる。何でこんな場所にいるのかなんて、そんなことは知らなくていいのだ。うっすらと残る記憶だけでも恐ろしいのに、これ以上、思い出したくなんてない。
「お家の人が迎えに来てくれるそうだから、まだ眠っててもいいのよ」
「……や、いいです」
心遣いはありがたいけど、あんな悪夢を見たあとに眠れるわけがないではないか。
寝癖のついた髪をわざと乱雑にかき混ぜて、深く深く、それこそ腹の底から吐き出すように、空気の塊を押し出した。……とりあえずよかった。夢でよかった。
半ば自分に言い聞かせながら、再びベッドに倒れ込む。窓の外は既に薄暗くなっていて、相当の時間が経っていることが窺えた。
授業、結局サボっちゃったな……。
保健室にいるということは、一応体調不良として連絡が行っているのだろうか。一日休んだくらいで留年にはならないだろうけど、今まで優等生として過ごしてきたからこそ、不安で不安でしょうがなかった。
固いベッドの上で何度も何度も寝返りを打っていると、バタバタと慌てたような足音が聞こえてくる。
あいつじゃないとは思うけど……。
ひとまず布団の中に潜り込んで、呼吸を極限まで小さく抑える。いざとなったら窓から逃げよう。頭の中で逃走経路を組み立てていると、壊れそうなほどに大きな音を立てて、扉が開く気配がした。
「みつ!」
「…………兄さん?」
布団からほんの少しだけ顔を出して、恐る恐る入り口を見やる。そこにいたのは息を切らした兄の姿だった。
「ああ良かった。目が覚めたんだね」
「何で、兄さんが……」
「学校から電話があったんだよ。始めての事だったから、もう居ても立っても居られなくて──」
よっぽど急いで来たのだろうか。艶やかな髪は乱れ、ところどころ汗で張り付いてしまっている。こんな兄さんを見るのは、幼いあの日以来かもしれない。
目を見開いたまま固まっていると、確かめるように頬や額に触れられて、擽ったさに肩をひそめた。──確かに迎えが来るとは言ってたけど、普通に考えて、手が空いてる使用人か爺やが来ると思うだろう。よりによって、多忙な兄さんが………
「みつ、大丈夫? まだ具合が悪い?」
「あ……ううん。その、兄さんが来てくれるとは思わなかったから」
「私はね。何よりみつのことが一番大切なんだよ」
ぎゅうっと優しく体を抱きしめられて、思わず涙の膜が滲んだ。……駄目だ。ここで泣いたら、また心配をかけてしまう。
それがわかっていたからこそ、滴を弾き飛ばすかのように、何度も瞬きを繰り返した。温かな体温がゆっくりと離れていく。
「帰ろうか」
その言葉に黙って両腕を差し出すと、兄さんは仕方ないという風に笑って身を屈めた。そのまま首に手を回せば、体がふわりと宙に浮く。
『𝔣𝔩𝔬𝔞𝔱』
小さい頃から何回も何十回も繰り返した仕草。
ここまでくれば、ほとんど癖のようなものだ。高校生にもなって恥ずかしいとは思うけど、兄さんが許してくれる限り、この特権に甘えていたい。首元に顔を埋めると、甘くて優しい、安心する匂いがした。
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