だって魔王の子孫なので

深海めだか

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仲良く喧嘩するな

第十五話

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「──それでは連れて帰ります。ご連絡ありがとうございました」
「あらあら仲がいいのね。はい、これ預かってた鞄。帰ったらちゃんと主治医の先生に診てもらうのよ」
「はい、もちろんです」

 短い言葉のやりとりをして保健室を後にする。ちなみにこの間、俺は一切顔を上げていない。先生がいたことを完全に忘れて、抱っこをねだっていたのである。今なら多分、恥ずかしさで死ねるんじゃないだろうか。

「ふふ、みつを抱っこするのは久しぶりだね」
「………恥ずかしいから言わないで」
「そう? 私は嬉しいよ」
 
 甘いその声に上を向けば、蕩けるような紫が、光を静かに眺めていた。きっと、このあとに返ってくる言葉を待っているのだ。流石は朔魔家次期当主。タチの悪さでは到底敵うはずもない。

「……俺も、ちょっと…嬉しい」
「おや、ちょっとだけ?」
「言わなくてもわかってるだろ。兄さんのばか」

 小さく胸を叩けば、くすくすとした笑い声が降ってくる。こんなに緩やかな時間は久しぶりだった。この間だってせっかく久しぶりに話せたのに……。
 
 それもこれも全部あいつのせいではないか。この騒動の元凶といえる男を思い出して、苦々しい表情を浮かべた。例えるならば、レモンとゴーヤを同時に齧ったような顔である。ーーもちろん生で。

 小さく唸り声を上げているうちに、長い廊下を抜けて、靴箱にまで差し掛かった。今までは奇跡的に生徒と出会わなかったけど、その幸運もここまでのようだ。
 隠す気なんて少しもないのであろう話し声に、思わず身を固くする。

「──なぁ、あれ朔魔様じゃないか?」
「は? んなはず……うわ、マジだ」
「え、朔魔様が来てるの!?」

 声は次第に伝播して、あっという間に広がっていく。……残念だけどここまでかな。兄さんしか見えてないうちに降りようと、軽く腕を叩いて合図する。普段ならこれでわかってくれるのに、何故か歩みは止まらない。

「え……待って、兄さん待って! 降ろして!」
「なんで?」
「なんでって、みんな見てるから!!」
「それは理由にならないよ。ふふっ、みつは恥ずかしがり屋だね」

 どこぞで聞いたような台詞だが、今は気にしている場合ではない。既に数人は俺の存在に気づいたらしく、中にはスマホを構えている生徒もいた。

 俺はいくら叩かれても気にしないけど、このままじゃ兄さんの評判に傷がつく。――仕方ない。思い切って抜け出そうとした瞬間、鳥の羽ばたきのような音がして、視界が一面黒に染まった。

「撮影は禁止。みつがびっくりするからね」
「あ……すみません」
「うん」

 一瞬何が起こったかわからなかったけど、二~三度瞬きしてようやく気づく。……これ、兄さんの翼だ。

 艶やかな黒色が、周りを取り囲むようにして広げられている。星黎の翼は一族の中でもかなり大きい。腕の中の弟一人隠すなど、至極簡単なことだった。

「車を待たせてるから早く行こうか」
「う、ん」

 異論を唱えるなんて、そんな思考は毛頭なかった。閉じた視界に入るのは、優しい兄の姿だけ。

 ……まあいいか。
 半ば考えることを放棄して、その首元に縋りつく。どうせ外から見えていないのなら、何をやっても同じこと。ならば、甘えた方が得ではないか。

 わけのわからない採算感情を振り回しつつ、俺は黙って目を閉じた。

 適度に揺れる感覚が心地よくて、次第に眠くなってくる。すると「寝てていいよ」なんて穏やかな声が聞こえたから、また安心して微睡の中に身を委ねた。
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